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異世界を喰らう

 キマイラの死体を囲んだ一行。

 

「久々の狩りだったが、良い汗をかいた」

 あぐらをかきながらキマイラの獅子頭をポンポンと叩き、機嫌よく笑っているのはナハルッド。


「ねえハンデルさん、これでいいんだよね?」

 プドルフは自らの手刀ハンドブレードで根元から切り飛ばした蛇の頭を持つ尾を手にぶら下げ、プラプラとさせている。


「おう、楽しみにしておけ」

 ハンデルも上機嫌そうにキマイラのあちこちを見て回っている。

「うむ、山羊魔素袋も獅子火炎袋も無傷のままだ。こりゃあ大漁だ」


 上機嫌なハンデルに貴意は疑問を口にした。


「そんなに大漁なのかい?」

「おう、三つの袋とも無事なのは珍しいぜ」


 ハンデルによると、獅子火炎袋とは口から炎を吐くための器官、山羊魔素袋は魔晶珠代わりにキマイラが魔法を唱えるのに使用する器官、蛇の毒袋は相手に毒を噴霧する器官であるとのこと。

 これらは戦闘中に武器と使用されるとそれなりに消耗する。

 なので長期戦になればなるほど各袋はやせ細っていくのだ。


 また、キマイラとの相性によっては、例えば蜘蛛腕族スパインマンは魔法に弱いので、まずは山羊魔素袋をつぶしにかかる。

 そのため、三つの袋ともが未使用のまま手に入るのはほぼ不可能らしい。


 しかし貴意の目にも、ナハルッド、ハンデル、プドルフの連携は見事なものであったので、キマイラの袋を無傷のまま残すのはそれほど難しくないのではないかと思える。

 が、その疑問にはネコ三人娘がとんでもないというばかりに大げさなそぶりで目の前で手を左右に振った。


「キマイラは本来私たち『二足種スタンダーズ』の天敵と言われているのよ!」

「かろうじてスパインマンだけがキマイラと渡り合えるとは聞いていたけれど、この目で見るの私も初めてだよ……」

「キマイラ瞬殺なんて、そもそもあり得ないの。私たちだって命からがら逃げてきたんだから」


「そうなのか?」

 再びハンデルの方に振り返った貴意に、ハンデルも肩をすくめた。

「まあな。魔術師や手練れの戦士を擁しているのならともかく、並のスタンダーズではキマイラに立ち向かうのは難しいだろう」


 ちなみにスタンダーズとは、二本足で歩く種族の総称らしい。

 シルベールもナハルッドもプドルフもハンデルも、留守番のギースやブララスたちも、大きなくくりでは二足種スタンダーズとなるそうだ。


「それじゃあ早速血抜きを始めるか。こいつを運ぶのを手伝ってもらえるかい?」

「これをか?」


 目の前のキマイラは雄牛を二回りほど大きくしたサイズである。

 そこでハンデルもこのメンバーではこのまま運ぶのは難しいかと初めて気づいたらしく、さてどうしたものかと腕を組んでしまう。

 するとそれまでは貴意の後ろでがたがた震えていたシルベールがそっと手を挙げた。


「『反重力アンチグラビティ』を使う?」

「おお、シルベールさんはそれも使えるのか!」


 アンチグラビティとは重力を相殺する魔法。

 というとたいそうな術に聞こえるが、実際は特定の目標の重さを一定時間ゼロにするというもの。

 

 ということで、アンチグラビティにより風船と化したキマイラを、ネコ三人娘がせめて手伝わせてくださいとばかりに鳥居経由でハンデルの食材庫に運び入れたのである。


 結局貴意は何もすることがなかった。

 そんな思いがつい口に出る。

「役立たずは俺だけだな……」

 するとナハルッドがそんなことはないとばかりに貴意の肩を叩く。

「きーちゃんとしーちゃんは十分役に立ってくれたぞ」


 続くナハルッドの説明に、貴意は怒る気力もなくなった。


 キマイラはエンカウントの際、迷わず貴意とシルベールに向かった。

 これはキマイラが二人を「最も弱い」と認識したから。

 そしてナハルッドもキマイラがそう認識するだろうと読んでいた。

 

 だからエンカウントの際、貴意たちに向かおうとするキマイラの初動を読んだかのようにナハルッドは動いたのだ。


「要するにおとりだってことね……」

「そんなことはない。危険な目に合わせるつもりはなかったのだからな」

 ナハルッドはそう胸を張り、ハンデルやプドルフも、良い作戦だったとばかりに頷いている。


 ここで、貴意はナハルッドやハンデルたちにとっての「危険と安全」の基準が自身と大きく異なっていることを改めて認識したのである。


 さてその日の晩。


 ハンデルが食堂拡張の際に新しく用意した個室に、貴意たちは招待された。

 理由は当然「キマイラ尽くし」を味わうため。


 既に食器類を並べられた大きな円卓を貴意、シルベール、ナハルッド、プドルフの四人と、シアム、ベルガ、ルシアの三人が囲んでいる。

 シルベール達は和気あいあいと料理を楽しみにしながら、ベルガ達三人は場違いな場所に座らされているかのように身を縮こませながら。


 しばらくするとハンデルがその六本腕に大皿を六枚抱えてやってきた。

「さあ、獲れたてキマイラ三昧だ! 楽しんでくれい!」

 ハンデルは大皿で食卓を埋め尽くすと、自身も空いた椅子に腰かけたのである。


「こりゃあまいったな……」

 貴意は思わず舌鼓を打った。


 六枚の皿には六種類の料理が乗っている。

 キマイラ三種盛りとは、獅子肉、山羊肉、蛇肉の肉を厚切りで焼いたもの。

 それら各肉が、香りと臭みのギリギリのところで独特な旨さを発揮している。


 他にもとろりとした癖のない、それでいて三種類の違いがよくわかる、白子を思わせるソテー。

 ぷりぷりとした食感と甘みが楽しい、上品なもつ鍋を思わせる強い香りのスープ。

 ゼラチンを思わせるプルプルとした円柱形の恐らくは髄であろう部分の煮込み。

 プチプチと独特の食感と旨味が口の中に伝わる、極上のタン塩を思わせる、さっとあぶられた三種の薄切肉。


 最後は赤・黄・黒と三色のとろりとしたものが、小さなスプーンに一口サイズで人数分乗せられている。

「それが今日のメインティッシュだ。食べて驚け」

 ハンデルが三本ずつ取り皿に乗せてくれたスプーンを、それぞれが口にしていく。


……。


「ほら、極上だろ?」

 ハンデルの自慢げな言葉に、一同は無言でうなずくしかなかった。


 それは新鮮な獅子火炎袋・山羊魔素袋・蛇毒袋を、毒の臭みが出る前にじっくりと湯煎して、それぞれの毒を無害化しつつ、熱を通したもの。

 そのとろりとした舌触りに、三種類それぞれの極上の旨味を口の中へと残していく。


 その後しばらく、食卓は食器のカチャカチャという音だけを響かせることになる。


「ふう、久しぶりに腹いっぱい食ったぜ」

「満足したか? これがキマイラだ」

「こりゃあ良い値で店に出せるだろうさ」

「当然だ」


 などというやりとりの後、ハンデルは背筋を伸ばすと貴意たちに向かった。


「今日の獲物を5万ブロスで俺に譲ってほしい。もちろん今の料理は無料だ」


 5万ブロスというのは、日本円でおおよそ50万円。

 結構な値段だが、既に貴意は領主からの百万ブロスを貯め込んでいる上に、1本200円で仕入れたビールを50ブロス、約500円でハンデルに卸しているので、ここで50万ブロスをもらっても正直ありがたくない。

 それにネコ三人娘にも取り分を分けてやる必要があるだろう。


「お前ら、一人7千ブロスでいいか?」

 貴意から突然話を振られたネコ三人娘は、あまりの料理のおいしさに昇っていた天から現実に引き戻された。


 シアムが驚いたような表情となる。

「7千ブロスって……」

 ベルガは恐縮したような表情となる。

「私たちは何もしていないが……」

 ルシアも申し訳なさそうだ。

「いいの?」


 そう言われると、最後のキマイラ運搬にさえ何もしていない貴意の立場がない。


「問題ないさ。おっさんも文句はないだろ?」

「きーさんに文句がなければ俺は構わないさ」


 すると三人の表情が一瞬明るくなり、すぐに引き締まった。

「これで探索が続けられる」

 ベルガが漏らした呟きに、貴意は三人娘の目的を思い出した。


「なあおっさん。2万ブロスで魔導具は買えないのか?」

「さすがに2万で買えるのは『発光ライト』や『点火スパーク』あたりの一般魔導具くらいだろうな。それじゃあ領主は納得しないだろう」

 ハンデルも貴意からの質問の意味が分かったらしい。


 貴意は三人娘の表情をちらりと見やる。

 ボーイッシュな可愛らしさのシアム。

 アスリートを思わせる美しさのベルガ。

 ふっくらと男心をくすぐるルシア。


 続けてシルベール、ナハルッド、プドルフを順に見やると、シルベールは何やら複雑そうな表情を浮かべているが、ナハルッドとプドルフは明らかに三人に同情している様子。


「よし、じゃあこうすっか」


 貴意はハンデルにデザートと、褐色小妖精ブラウニーコーボルト共の弁当を頼むと、一旦鳥居へと戻ったのである。

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