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亡国の女城主

 あれからどれほどの時が過ぎたのであろうか……。


 サテンシルバーに柔らかく輝く細身の全身鎧をまとった彼女は、玉座で一人、物思いにふける。


 どうしてこんなことになってしまったのか……。


 目の前に広がる広間に人影はなく、魔法の灯りが無機質な石の床をただ照らすだけ。


 私はあのとき、なぜ死ねなかったのか……。

 

 ほう、と既に日課となってしまったかのようにため息をついた彼女は、頭を抱えながら、これも意味もなく日課となってしまった城内の巡回に出る。

 一縷の希望を抱く一方で、今日も望みが打ち砕かれ玉座に戻ることになるであろう絶望に心を備えながら。

 

 広間から城内の廊下に出た彼女の歩みは、金属製の踵と石床によりカツーン、カツーンと乾いた音を響かせる。

 その音に驚く者も、身構える者も、逃げ出す者も、当然のことながら歓迎する者も誰も何もいない。

 今日もこれまでと変わらない。

 この後は再び玉座に戻り、意味もなく物思いにふけることになるのであろうと彼女はうんざりしながらも、巡回を進めていく。

 

 しかし今日はこれまでとは違った。

 硬く閉じられているはずの正面扉が、うっすらと白光に包まれている。

 その不思議な光景に彼女は久しぶりに思わず独り言をつぶやいた。


「何だあれは?」


 彼女は光の前に立ち、誘われるようにその身を光へと進めていった。

 これが地獄へ続く道でも構わない。

 今この場が地獄なのかもしれないのだから。

 

 光を超えた先で最初に彼女の眼に飛び込んだのは、抜けるような青い空。


「外に出ることができたのか!」


 それはずっと以前からの彼女の望み。しかし叶えられることのなかった望み。


 ああ……。

 

 暖かな日差しと涼しげな風を肌に受けながら彼女は目を閉じ、ほっと溜息をついた。


「どちらさま?」


 不意に彼女は背後から声をかけられた。

 久しぶりに耳にする自分以外の声に、彼女は思わず全身を声の方に向ける。

 そこには白のゆったりとしたガウンに紅のロングスカートを身につけた娘が、先に小枝らしきものを束ねた杖のようなものをついて立っている。


「あ、私はナハルッドという。ところでここはどこなのだろうか?」


 しかし目の前の娘は彼女に答えることはなかった。

 なぜなら、彼女の姿を見た娘は、甲高い悲鳴をあげながら、その場で卒倒してしまったから。

 

「危ない!」


 ナハルッドと名乗った女性は空いた左腕で倒れこむ娘を支えると、右手に抱えていたものを丁寧に脇の石段に置き、娘を赤く塗られた木に背を持たれさせるように優しく座らせてやる。


 するとすぐに近くの白い箱型の建物らしき所から一人の若者が飛び出してきた。


「シルベール、どうした!」


 若者は鳥居に背を持たれ掛けて座り込んでいるシルベールを見つけると、一旦は安堵の表情となった。

 が、その横に無言で立つ銀鎧の女性らしき存在を目の当たりにして唖然としてしまう。

 

「それってキソちゃんの仮装大賞のまねか何かか……?」


 なぜなら目の前の女性騎士は、首から上がなく、その代わりに女性の右脇に中身付きの兜が抱えられていたから。



「ごめんなさい。『DCZ』では互いに危害を加えられないのはわかっていたのに」


 シルベールと呼ばれた娘が、ちゃぶ台の向こうで鎧が邪魔になるのか、無理やり立膝をついている女性に向かって、手をついて謝っている。


「いや、この姿では当然だ。こちらこそ驚かせて済まなかった」


 両手で首を持ち上げたナハルッドも、頭を下げるかのように首を斜めに傾けている。


「しっかし面白いな。まんま『デュラハン』だなその姿って」


 台所から戻ってきた貴意が、三人の前に茶を注いだ湯呑ゆのみを並べながら、兜を脱いだナハルッドの頭をまじまじと見つめている。

 シルバーブルーの髪を短く刈りそろえ、切れ長の目に光る青の瞳とすらりと通った鼻すじに薄目の唇は、まさにヅカ系。

 ブロンドのストレートヘアを背まで伸ばし、アーモンド形の眼にエメラルド色の瞳を輝かせる正統派美人のシルベールとはまた異なった美人さんである。

 

「まあ飲め」


 貴意に何やら透き通った緑色の湯を勧められたナハルッドは、どうしたものかとちらりとシルベールの方に目をやり、彼女が美味しそうに湯呑をすすっているのを確認すると、左手で器用に頭を固定し、右手で湯呑を口に運んでみる。


 ……。


 甘くないな……。

 その割には酒でもなさそうだし。

 まずくはないし香りも良いのだが、口の中に残るほんのりとした苦みが気になる。


「何だ。茶は口には合わないか。大人びた表情をしている割にはおこちゃま舌なんだなお前は」

 などと無礼な口を叩きながら貴意は立ち上がると、今度は台所から透明なグラスに先程のお茶と同じような緑色の液体を入れて持ってきた。

 

「ほれ、これを飲んでみろ」


 さすがに拒否をする無礼はまずいだろうと、ナハルッドはグラスを受け取ると、そこから伝わる感覚に驚いた。


 冷たい?

 

 ナハルッドは恐る恐るグラスを口に運んでみる。

 

 冷たい! 甘い! 美味しい!

 

「何これ!」


 驚きの美味しさに、先程までの丁寧口調が吹っ飛んでしまったナハルッドであるが、そんな自分自身に気付かず、二口目を口にする。

 この飲物は先程のお茶というものと基本の風味や香りは同じだが、冷たさの中で優しい甘みが先程の苦みと相まって、独特のすっきりとした美味しさを醸し出し、ナハルッドを魅了する。

 あっという間にグラスは空になった。

 

「お、気にいったみたいだな。それは『薄茶糖』っていうこの辺りの名物だ」


「ウスチャトウ……ですか」

「おう。まだあるから飲め。シルベールにも茶のお代わりと最中もなかでも持ってきてやる」

「きーちゃんありがと! 最中大好き!」


 再び貴意は台所に戻ると、今度は大きな透明の水差しにたっぷりと入った薄茶糖と急須、それに茶菓子の最中を持ってきた。

「ほれ、ストローも持ってきてやったから、首をちゃぶ台の上に置いて好きなだけ飲め」


 ということで、ナハルッドは自身の首を抱える作業から解放され、ちゃぶ台の上でちゅうちゅうと音を鳴らしている。

 ちらりと横を見ると、シルベールが何やら茶色い塊をサクサク言わせている。

 するとナハルッドの視線に気づいたのだろうか、シルベールが端の方を「ぱきり」と音を立てながら割ると、それをナハルッドの口元に持ってきた。

 

「食べる?」

「……。ありがとう」


 中に黒い物体を挟みこんだ茶色い板を差し出されたナハルッドは、一瞬躊躇したが、恐る恐る口を開けた。


 ……。

 

 重い……。

 甘過ぎ……。

 口の中に何かが張りついた……。

 

 顔をしかめているナハルッドの表情に気付いた貴意はやれやれとばかりに最中と一緒に持ってきた、御山おやまを模したカスタードケーキを割ってやる。


「よくよくおこちゃま舌だなあんたは。ほれ、これで口直しをしとけ」

 問答無用で口に何か柔らかいものを押し込められたナハルッドだが、再び頬を緩めてしまう。


 甘くてふわふわだわ! 口の中でとろけるわ! ああーん!


 ナハルッドが見せる子供のような美味しさの表情に満足した貴意は、残りのケーキをナハルッドの右手に持たせてやる。


 女の子二人の楽しげな咀嚼を楽しみながら、貴意はこちらの世界についてナハルッドにざっと説明してやる。


 ナハルッドがくぐってきた光は、神社の鳥居につながっていること。

 最初に扉を通過したナハルッドは、向こう側の管理人キーマンとなり、自由に出入りができるようになること。

 管理人は他者を帯同できること。

 但し帯同した他者は管理人が掌握する地帯ゾーンから出てしまった場合、常に管理人のそばにいないと強制的にそれぞれの扉の入口に戻されてしまうことなど。

 ちなみにこの場所は貴意のゾーンである。


 シルベールもかつてこちらにやってきたのだが、すっかりこちらの世界が気にいってしまい、貴意にせがんでこちらに居着き、彼の手伝いをさせてもらっているそうだ。

 ちなみにシルベールが着ているのは『巫女の衣装』で、彼女は貴意の代わりに竹ほうきで境内の掃き掃除をしていた最中に、ナハルッドの来訪に出くわしたのだ。


「まあ、帰りたきゃいつでも帰れ」


 ナハルッドは考える。

 帰っても待つ者はいない。帯同する者もいない。

 そう、何もない……。

 だから彼女はシルベールの話に背中を押され、勇気を振り絞った。


「勝手な話で申し訳ないのだが、私もこちらの世界に置いてもらえないだろうか」

「いいよ」


 即答である。

 同時にナハルッドの表情が喜びに包まれる。

 

 そんな彼女に貴意はにやりと笑いかけた。

 

「タダってわけにはいかないけれどな」

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