生活の改善は大事
シルベールがやってきてからは、本来は自身のお仕事である神社境内の掃き掃除や社の埃落としなどの雑用を彼女に押し付け、髪結いの亭主を決め込んでいた貴意。
しかしナハルッドがやってきて、彼女の城から金銀の板を入手したころから、彼は徐々に忙しくなってきた。
まずはシルベール、ナハルッド、プドルフら三馬鹿への食事の支度が増えた。
買物も当初はギリードに渡してやる植物活力液の調達くらいだったのだが、今では毎日10ケース以上のビール購入が必要になっている。
さらに褐色小妖精どものお仕事も軌道に乗っており、今ではポケットティッシュのチラシ入れ以外にも、プラモデル部品の袋入れや、ガチャガチャのカプセル入れなども引き受けている。
そのためトラックが到着する度に、貴意は向かいの倉庫でフォークリフトを使って荷降ろし、荷積みおよび代金受領と領収証へのサインを行わなければならない。
こんなわけで最近は街のラブホでデリ遊びをする暇もなく、せいぜいネットでエロ動画を見ながら自家発電というわけである。
まあ最近は風呂場に仕掛けた超小型インターネットカメラ経由でシルベールの貴重な微乳全裸や、首のつなぎ目が倒錯的なナハルッドのダイナマイトボディをリアルタイムで堪能しながら自家発電という極上メニューも加わっているのではあるが。
ちなみにナハルッドには入浴の習慣がなかったので、シルベールを使って無理やり彼女に教え込んだ。
ということで、ちょっと疲れ気味の貴意は現状の改善を図ることにする。
まずは食事。
「よう、きーさん。何か食っていくかい?」
ゾーンの暖簾をくぐってきた貴意に気づいたハンデルは愛想笑いを浮かべながら貴意を出迎える。
「今はいいが、ちょっとおっさんに相談があってな」
「恩人の相談なら聞かないわけにはいかないさ」
ビールのおかげで売上倍増だったハンデルの店であるが、最近はさらに客が増えた。
理由は領主の晩餐会でビールに味を占めた他都市の領主や貴族一行、豪商などがやってくるようになったため。
どうやら領主はハンデルとのウィンウィン関係に気づいたらしく、積極的にハンデルを援助しているそうだ。
店の宣伝もその一環らしい。
元々料理の味に定評があるハンデルの店だったので、ビールとともに料理の売り上げも倍増。
その結果店舗も拡張し、従業員も何人か新規に雇用したとのこと。
ちなみに調理室から食材庫への通路は別に新しく作られ、ハンデルのゾーン入口は従業員に知られることなく彼自身が管理できるようにしている。
そんな訳でウハウハのハンデルが貴意とのパイプを大事にしないはずがない。
「食材庫の魔法230ブロスはチャラにするからさ。頼めるかい?」
貴意の頼みにハンデルは自身の胸を叩く。
「もちろんさ。ところで俺もお願いがあるんだが」
ちょっと調子こいてねえか? この六本腕は。
しかし貴意も異世界の旨いものを食わせてくれるハンデルとのパイプは大事にしたい。
「わかった。そいつは日を改めて何とかしてみよう。それじゃあ頼む」
「任せておけ」
さて次だ。
貴意は東の小川で水浴びをしているウォーキングウィード達の元に向かった。
貴意には彼らの見分けがつかないので、村長のギリードにはサバゲー用のヘルメット偽装網を頭にかぶってもらっている。
「おーいギリードさん。ちょっといいかい?」
貴意に呼ばれたギリードは、水浴び集団の間を抜けながら貴意の元に向かう。
「どうだい調子は?」
「絶好調だ。恐らくは水がよいのだろうな」
「ところでさ、ギリードさんの仲間で、こっちに残りっぱなしの奴も何人かいるだろ?」
「もしかしたら迷惑をかけているか? だとしたらすまん」
慌てて頭を下げるギリードを貴意はまあまあと制してやる。
「いや、そうじゃなくてな。もしずっとこっちにいるなら、ちょっと頼みたいことがあってさ」
貴意の頼みを聞いたギリードは、一人の若者らしき草の塊を貴意に紹介したのである。
「それじゃあ実技講習といこうか」
さて、貴意が明日をさぼるために今日を頑張っている間、シルベールは貴意から買い与えてもらった台湾製の薄型ノートパソコンの使い方をナハルッドに教えている。
「こうすればこちらで売っている品物が見られるの」
ちなみにゾーン内ではパソコン画面上の文字や数字も彼女たちは読むことができる。
正確にいうと文字の意味が脳裏に直接届くのだが。
「通信販売と書いてあるが、これはお届けしてくれるのか?」
ナハルッドの質問に、シルベールはつまらなそうに首を左右に振る。
「ここには届けてくれないってきーちゃんが言っていたの。でも、欲しいものがあったらとりあえず見せてみろって言ってくれたし、なーちゃんが大好きなりんごサワーも前に私が選んだものなんだ」
ちなみにりんごサワーはシルベールには甘すぎてお蔵入りになっていたものである。
「そうか。でも一度は実物を見てみたいものだな」
「そうよね、そうよねなーちゃん!」
実はシルベールもゾーンの外にあるこちらの商店に行ってみたかったのだ。
ただ、彼女一人しかいなかったときは、貴意に口答えはもちろん、お願いなんてできるような関係ではなかった。
だが、今はナハルッドとプドルフが避雷針役を買ってくれているので、相対的にけっこう好きなことを貴意に言えるようになってきている。
これはチャンスかも。
プドルフは貴意に言われた通り、時間があるときは貴意からもらった銀板を持って、自分の工房に出向き、銀細工を作り貯めている。
「そのうち皆にお前の作品を紹介してやるからな」という貴意の言葉を信用して。
「ふう。それじゃあ今日は帰ろうかな」
プドルフはアクセサリーを一つ完成させると、工房を後にした。
貴意に「裏の『言うこと聞かない粉』をコンビニ袋2袋分だけ持って帰ってこい」という指示をちゃんと守って。
ということで数日が経過した。
「ごちそうさん。『首狩兎』とやらの肉もさっぱりして旨いもんだな」
「気に入ったか。なら、また入荷したら声をかけるぜ。それじゃあ片づけを指示したら俺もそっちに行くからよろしくな」
「おうよ。準備して待っているぜ」
ハンデルの店で昼食を堪能してきた貴意たち四人は鳥居に戻ると、ハンデルに持たせてもらった料理を倉庫の陰にそっと隠しに行く。
これは褐色小妖精たちの食事。
これまでは貴意が一日に一食分を手作りして隠していたのだが、ハンデルに「貴意たち四人のランチは今後永久無料」の条件を受け入れてもらったときに、同時にブララスたちへの手土産も無料にしてもらったのだ。
倉庫の陰に小人共の気配を感じながら待っていると、約束通りの時間にトラックがやってきた。
「おまたせ。って、なんだそいつは?」
運転手が貴意の隣に立っている、オリーブドラブ色のヘルメットをかぶった草の塊を見て素っ頓狂な声を上げた。
「おう、これからこいつが荷受けと受領をやるからよろしくな」
「って、なんでそんな恰好をしているんだい?」
そんな運転手の肩に腕を回すと、貴意はそいつの耳元でささやいた。
「ありゃあギリースーツっていうサバゲーの定番だ。な、人にはいろいろな趣味があるんだ。察しろよ」
「そういうことかよ。まあ仕事に間違いがなきゃあ俺はどうでもいいけれどな」
どうやら運転手は貴意の目論見通り、ウォーキングウィードの若者『ギリール』のことを「シャイなサバゲーオタク」と勘違いしてくれたようだ。
「そんじゃあギリール、頼むよ」
貴意の指示にギリールは無言で頷くと、少々ゆっくりだが確実な操作で、フォークリフトを使って荷下ろしを開始したのである。
貴意が村長のギリードに紹介を依頼したのは「倉庫番をできる者」である。
ギリールはどうやらこちらの気候が気に入ったらしく、水浴び後も神社の木々に交じってぼうっとしていたのをギリードにスカウトされたのだ。
ギリールには皆に配給するのとは別に、お仕事の報酬として植物活力剤を支給することで契約は成立。
ということで普段は倉庫の横に植木のように立っており、トラックが来た時だけ倉庫番に早変わりという優秀な人材を貴意は確保したのである。
トラックが倉庫を出ていくのと入れ替わりに、鳥居からハンデルが顔を出した。
「お待たせ」
「よし、それじゃあ行くとするか」
本日は五人でお出かけである。