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おてんとうさまの元でウィンウィンを叫ぶ

 領主は街のルールを犯してはいない。

 確かに領主はハンデルに『冷えたビール』の出所を問うことはしなかった。

 仕入れの秘密を守るのは、この街の市場では当然の権利であるから。


 しかし領主は実質それに近い要求を領民であるハンデルに対し行ったのである。

「領主の求めに応じ、常に『冷えたビール』を速やかに領主のもとに届けよ」と。

 しかも

「常に晩餐会の乾杯に使える量を備えよ」

 との追加注文付きである。


 晩餐会の規模は最大で200名程。

 要するに最低でも200本のビールが必要となる。

 これらを求められる都度、領主の屋敷に届けなければならない。

 しかも最速で。

 

 現在ハンデルが貴意から借りている冷却スペースは30本分であるから、施設だけでも単純に現在の6倍強が必要となる。

 ただしそれでは店に出す分が足りなくなるから実際にはもっとスペースが必要になる。


 さらにもう一つの問題。

 それはビールが『揺れ』に対し極端に弱いということ。

 揺られたビールは過剰に泡を吹き出してしまう。

 なので馬車を飛ばしての運搬は不可能。

 人をかけて運ぶとしても、今度は時間が足りない。


 少量ならばとっておきの『飛翔魔法フライアウェイ』の魔導具を魔力を持つ者に使用させれば何とかなるかもしれないが、200本ものビールを一度に運ぶのは不可能。

 そもそもハンデル自身は魔力を全く持たないので、彼自身が魔導具を使用するのは魔晶珠がない限り無理。


 噂に聞く超高位魔法『何処何処扉どこどこドア』の魔法ならば可能かもしれないが、そんな魔法の使い手は領主の元にもいない。


 要するに、領主はハンデルに対し『入荷元のルートを百万ブロスで譲り渡せ』と言ってきたに等しい。


 ハンデルの話を聞いた貴意は眉をひそめた。

 こちら側の冷却設備を増やすのは可能だが、それだけでは向こう側の物流が対応できない。


 ならば領主のもとに常温のビールを届け、現地で冷やせばいい。

 そう考えた貴意は、シルベールに『寒冷魔法クーリング』の拡大が可能なのか確認したが、本来クーリングは瞬間魔法であり、せいぜいが対象物の温度を一気に冷却するまでしかできないとのこと。

 大体領主の城にもイエル一本を冷やすのに魔力を使い切っちゃう程度の魔術師しかいないのだから、貴意の確認は笑い話にもならないレベルらしい。


 ではどうするか。

 その回答を、ギリードが持っていたのである。


 貴意はにやりと笑いながらパソコンの画面をクリックした。


 さて数日後のこと。

 いつものようにビールを取り出しに来たハンデルを貴意が呼び止めた。

「おっさん、店の裏に空地はあるか? できれば人の目に触れないところがいいんだが」

「それは大丈夫だが、どうした?」

「ちょっと実験をしたくてな。本番で失敗したんじゃあ目も当てられないからな」

「何をするんだ?」


 貴意の提案にハンデルは目を剥いた。

 そんなことが可能なのかと。


「だからこその実験さ」


 貴意はハンデルにウインクをすると、大きな荷物の横で興味深げな表情のシルベール達三馬鹿も伴い、ハンデルのゾーンへと向かったのである。


 数日後、領主のもとにハンデルから報告が入った。

 どうやら冷えたビールを常に200本用意する目処めどがついたらしい。


「ハンデルめ、やっと販路を儂に譲り渡す気になったか」

 領主はそのちょび髭を撫でなでながらにやりと笑う。

 どんな手段なのかはわからぬが、販路の先では恐らく『封印された都市』の遺物あたりを使っているのであろうと予測できる。

 ならば百万ブロスなど惜しくはない。

 場合によっては一千万ブロスを出しても構わないとさえ考えている。

 それでもハンデルが首を縦に振らない場合は、最後の手段として、彼を犯罪者に仕立て上げ亡き者にしてしまおうとも。

 それだけ『冷たいビール』を常時提供できるのは『最高の贅沢』として貴重なのだ。

 販路元が誰であろうとも。


 しばらくの後に、ハンデルは馬車に乗せられた大きな荷物を、フードを被った従者らしき者たちとともに運んできた。


 領主の前で儀礼を述べたハンデルは、続いて城の厨房に近い場所を提供してほしいと領主に願い出、それを認められた。


「何をするつもりだ、あいつは?」


 ハンデルは従者とともに大きな荷物を解体し、何やら組み立てている。

 両手を広げた人2人分ほどの幅もある大きな黒い板に、こちらは人一人分の幅の大きな白い箱が一つ。

 それから2つの小さめの箱と縄のようなもの。


 それらが従者の手でてきぱきと組み立てられていく。


「よし、それじゃあ中身を入れていくとするか」


 従者の一人がそうつぶやくと、残りの三名が白い箱の上蓋うわぶたを開け、銀色の筒を次々と箱の中に片づけていったのである。


 邪魔をするのも大人げないし、おかしな質問をして恥ずかしい思いをするのも癪なので、それまでは黙って作業を見ていた領主だが、いよいよ我慢できなくなってしまう。


「ハンデルよ、あの銀色の筒は何だ?」

「これですよ」

 ハンデルが差し出した筒を受け取った領主は、ハンデルに教えられるがままに筒についた銀色の輪を持ち上げた。


 ぷしゅ!


「これは?」

「そうです。常温のビールです」

 口を近づけすすってみると、確かに以前ハンデルの店で飲んだ、ぬるいビールの味がする。

 領主はまずさにしかめた顔をそのままに、ハンデルに向けてぼそりとつぶやいた。

「まさかこれを『冷たい』というのではあるまいな」

「そんなことはありません。それよりもこれからあの者が呪文を唱えますゆえ、お静かに」


 ハンデルが領主を制すると同時に、フードを被った従者の一人がおもむろにそれを脱ぐ。

 その表情は、彼らが『二本腕アームレス』と呼ぶ種族のそれに近いが、その魚が腐ったような目線に、領主は一瞬だけ身震いをした。


 フードを脱いだ若者は、何やらわけのわからない言葉を発すると、続けて黒い箱に手をかけた。


 ……。


「さあ領主様、参りましょう」


 ハンデルに促されるまま白い箱へと向かった領主は、かすかに『ブーン』という低い羽音が箱からしびいてくるのを耳にした。

 続けてハンデルは箱の蓋を開けると、領主に銀色の筒を一本渡す。


「ぬるいぞ」

「しばらくお待ちを」


 ハンデルは銀の筒を箱にしまいなおすと、しばらく待つように領主をなだめたのである。

 いつの間にか従者らしき者たちは姿を消しており、その場にはハンデルが一人だけ。

 二時間ほどが経過したところで、再びハンデルは領主とともに白い箱の前に立った。


「こちらをお開けください」

 ハンデルに言われるがままに無造作に箱を開いた領主は、まずは顔を襲った冷気に驚く。

 さらに箱の中にしまわれた銀の筒をハンデルから手渡されると、その冷たさに再度驚いた。


「領主様、古代魔導具『光魔素冷却魔導具ソラレフリジゲイタ』を百万ブロスでお譲り致します。よろしければ乾杯を」

 領主は目を見開きながら再び銀の輪を持ち上げると、乾杯も忘れ、冷えたビールを思いっきり喉に流し込んだのである。


「こちらは黒い板で光の魔素を吸収し、黒い箱を通じて白い箱に冷気をもたらす古代魔導具です」 

「これを譲ってくれるのか!」

 喜びに目を輝かせる領主にハンデルはなだめるように続ける。

「持続的に魔力を発する魔導具ゆえ、起動後は最悪で300日後には能力を失うかもしれません。が、場合によっては1500日以上持つ場合もあるそうです」

「その場合はどうしたらいい?」

「魔力の再充填で再利用が可能な場合がありますゆえ、このハンデルめにお声をかけてくださいませ」

「うむ、うむ。ハンデルよ、大手柄であるぞ!」

 領主はハンデルの空いた5本の手を、己の5本の手でそれぞれ握りしめると、いつまでも握手を交わしたのである。


 さてこちらは鳥居の前。

 いつまでもハンデルの茶番に付き合っていられないと、四人はハンデルから距離を取り、強制的に鳥居の前に帰ってきてしまった。

 シルベールとプドルフは、こちらの道具が向こうでも動いたのに満足そうな表情なのだが、ナハルッドだけは今でもきょとんとしている。


「で、きーちゃん。あれは本当に魔導具だったのか?」

「ありゃあ太陽光パネルと充放電コントローラにバッテリー、それから直流で稼働する冷蔵庫だ」

 そう言われてもナハルッドには何のことやらわからないが、すでにマニュアルを読み切っているシルベールとプドルフがその仕組みを丁寧に教えてやっている。


 貴意が最初にハンデルの店に持ち込んだ道具とは『電卓』である。

 今の電卓は太陽光パネルが標準装備なのは言うまでもない。

 電卓がハンデルのゾーンでも正常に稼働したのを確認した貴意は、次はネットで『太陽光で動作する冷蔵庫』を探した。

 それらを買い求めると、一式をハンデルの店に持ち込み、冷蔵庫がハンデルの世界でも正しく動作するのか裏庭で実験を行ったのだ。

 で、本番はそれらを領主の城に移設というわけである。


 ちなみにハンデルが領主にくぎを刺した「最低300日」というのは、冷蔵庫の保証期間が1年だったから。

 太陽光パネルの保証期間は3年だし、バッテリーもそのうちにへたるだろう。

 それを見越しての領主への事前の申し入れである。


 こうして領主は世にも珍しい魔導具を手に入れ、ハンデルは常温のビールを貴意から500ブロスで仕入れ、800ブロスで領主におさめるというおいしい仕事をゲットし、貴意はさらにブロスを貯め込むことになったのである。

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