まさに社畜
「もう。せっかく気持ちよく寝ていたのに、なにをするんだよう!」
ナハルッドに首根っこを掴まれて宙ぶらりんになっているにも関わらず、小人のようなそいつはナハルッドに向かって文句を言っている。
褐色の肌に明るい金髪の髪を刈り揃え、服装は長袖のチェック柄シャツに茶色のオーバーオールという姿。
「なんだそいつは?」
貴意が口にした疑問に、プドルフとほぼ同サイズの小人が反応する。
「僕は『褐色小妖精』の『ブララス』だよ。とってもおいしいお菓子のお礼に、部屋の掃除を済ませておいたからね!」
どうやらチョコレートブラウニーを食べてしまった犯人はこいつらしい。
確かに言われてみれば台所は床から流し台、天井までがきれいに清掃されており、洗い物も全て済ませてある。
そんな様子に、シルベールが何かを思い出したようにポンと手を叩いた。
「確かブラウニーコーボルトは、他種族の大きなお屋敷に住み着いて、隠した食べ物を食べてしまう代わりに色々なお手伝いをする小妖精よね?」
「そこは簡潔に『共生』って言ってよね。可愛いおねーちゃん」
突然の誉め言葉にシルベールは頬を思わず赤らめる。
「きれいなおねーちゃんも僕のことを放してくれるとうれしいなあ」
これまた直球ど真ん中で褒められたナハルッドも悪い気はせず、掴んだ首根っこを持ち直して、抱っこの体制をとる。
「うひゃあ。おねーちゃんのおっぱいは大きくて柔らかいね!」
などとナハルッドの胸に顔をうずめているブララスの首根っこを、今後は貴意がひっつかみ、自分の目の前にぶら下げる。
「ひっ!」
さすがのお調子者も、貴意の腐った魚のような目線にはさすがに恐怖を感じるらしい。
目をそらし、逃げ出そうと手足をバタバタとさせている小妖精に向かって貴意はいつものように棒読みで囁いた。
「よっしゃ、自己紹介は終わりだ。金目のモノを出せ」
◇
先ほどのお調子はどこへやらの神妙な表情で、お茶の間で正座をさせられているブララスに貴意が尋問を開始する。
「なぜ俺のチョコレートブラウニーを狙った?」
「へえ、あのお菓子もブラウニーっていうんだね。僕たちへのリスペクトかな?」
「なぜ食卓に置いてあったウナギのパイは食べなかった」
「隠してないもの」
「なら冷凍庫のアイスクリームは?」
「しまってあるのと隠してあるのは意味が違うよ」
なんだか色々と面倒くさそうだ。
「要するに、お前らは隠した食べ物は自分たちへのプレゼントだと認識しているんだな?」
「そうだよ。そんなの常識だよ」
常識ときたか。口の減らないやつだなこいつは。
「で、金目のモノは持っていないのか?」
「お金なんか持っていても意味ないもん。ねえ、それより何かお仕事はない?」
仕事?
「僕ら『お仕事をしないと死んじゃう病』なんだ。何かないかなあ」
「何でもやるのか?」
「何でもできるよ」
へえ、と興味を持った貴意は、台所からピーナッツと箸を持ってきた。
「この箸を使って、こっちの皿のピーナッツを、そっちの皿に移してみろ」
「これの使い方がわからないや。見本を見せてよ」
ブララスは体と比較するとまるで菜箸に見える箸を両手に一本ずつ持っている。
「こうだ」
貴意は箸を持つと、器用にピーナッツを隣の皿に移していく。
「わかったよ」
ブラウスは器用に箸を持ち直すと、貴意よりも速い速度で豆を移していった。
どうやらその得意げな表情に火が付いたのか、プドルフも最近貴意に買ってもらった子供用の箸で参戦する。
「ほう、いい勝負だな」
ちなみにシルベールはとってもゆっくり、ナハルッドに至っては箸でピーナッツを挟めないありさまである。
「よしわかった。ところでお前は一人なのか?」
「ううん。仲良し五人組だよ。って、あれ?」
どうやらブララスは、ここでやっと自分一人が異世界に来てしまったことを認識したのである。
貴意に一通り地帯と管理人の説明を受けたブララスは、一行を連れて自身の世界へと鳥居をくぐった。
「なんだここは?」
どうやらこちら側の扉は、納屋のようなところに開いた様子。
するとブララスが突然叫んだ。
「みんな!」
ブララスが駆け寄った先には、彼と同じような小人が四人、身を寄せ合いながら丸まっている。
「どこに行ってたのブララス……」
「もうお手伝いすることがないよ……」
「天井裏まで磨いちゃった……」
「お仕事……、ちょうだい……」
「すぐ助けるからね!」
どうやらお仕事をしないと死んじゃう病というのは本当らしい。
貴意たち四人は、ブララスの悲鳴を合図に、ぐったりとした四人の小人を抱きかかえると、慌てて元の世界へと戻ったのである。
「助かったあ」
「お仕事があってよかったね」
「楽しかったね」
「もっとやりたいなあ」
ピーナッツの移動作業はお仕事として認められたらしく、四人は箸を器用に使いながらみるみると回復していった。
「そのピーナッツは食ってもいいぞ」
貴意が五人の小人にそう言ってやるも、五人は興味を示さない。
「おいしいのになあ。あ、もしかしたら」
シルベールはピーナッツをポリポリさせながら何かを思いついたようだ。
彼女はピーナッツの入ったお皿を台所に持っていくと、貴意のウイスキーボトルの後ろに隠した。
そのまま素知らぬ顔で戻ってきたシルベールと入れ替わりに、五人の小人は台所へと抜き足差し足で向かったのである。
面倒くせえ奴らだな。
『お仕事をしないと死んじゃう病』というのも厄介である。
かといって貴意のゾーンに残っている無人の建物を掃除させても何の得にもならないし、貴意なしでゾーン外に出ると強制的に鳥居に戻ってきてしまうので『お掃除代行』を経営するにしても、いちいち貴意が同行しなければならない。
何かねえかなあ。
幸せそうにピーナッツをつまんでいるシルベールとナハルッド、それにどうやらピーナッツは大丈夫らしいプドルフを横目で眺めながら貴意は頬杖をついている。
と、貴意は古い友人のことを不意に思い出した。
「仕事はいくらでもあるけどさ」
貴意のスマホから返事が戻ってくる。
「ちょっと伝手があってな。悪いがここまで持ってきてくれるとありがたい」
スマホの向こうでは何か躊躇している。
「旧道を往復するくらいならいいか。それじゃあ俺が届けるよ」
「わかった」
スマホの向こうで電話の相手が躊躇した理由を知っている貴意は、電話を切った後、無意識に「見てろよ」と呟いたのである。
クラクションを合図に、貴意はかつての友人を出迎え、向かいの倉庫に彼が運転してきたワンボックスを誘導した。
「とりあえず20箱、1万枚用意したから、作業が終わったら連絡をくれ。期限は明後日までだが大丈夫か?」
「問題ないさ」
「それじゃあ行くぞ」
あまりここらに長居をしたくないらしく、荷物を下ろすとすぐ発進してしまった車の影が見えなくなると同時に、貴意は倉庫の中で声をかけた。
「それじゃあお前ら。見本を見せるぞ」
二時間後、貴意からの電話を受けた友人は「マジかよ」とつい口走った。
なぜなら貴意からの電話は『もうできたから引き取りに来い。どうせならもっとまとめて持ってこい』というものだったから。
貴意のでかい態度にむかついた彼は、今度は10トンウイング車に段ボール箱をプラスチックパレットごと積み込んだ。
1パレット60箱、それを12パレットで合計36万枚。
「これを見てせいぜい驚け」
そうつぶやくと、彼は貴意の驚く顔を楽しく想像しながら現地へと向かったのである。
しかし彼の野望はもろくも崩れ去った。
貴意は10トントラックに山と積まれた段ボールを一瞥すると「なんだ、そんなもんか」と鼻で笑ったから。
彼の横には完成品の段ボールが20箱積み上げられている。
「そんなもんかって、720箱だぞ?」
「だからそんなもんだろ。で、いつまでに仕上げればいいんだ?」
これは占めて36万円の仕事。
日払いで一気に36万円を支払うのはさすがにちょっと厳しい。
「1日1パレットずつ回収に来るよ。1日3万円……」
友人はそう悔し気に呟くと、貴意に作業料の1万円を渡し、領収証にサインを求める。
「個人名でいいから、印鑑を押してくれよ」
「わかった」
「ところでお前、違法労働者でも雇っているのか」
友人からの問いに貴意は馬鹿にするように答えた。
「そんなことは互いに聞かないのが俺らの世界だろ」
「まあそれはそうだけれど」
友人にしても、今はメンツをつぶされた状態だが、よく考えればまとまって内職の仕事を貴意が請け負ってくれるのだ。
こんなに楽なことはない。
「よかったらまた違う仕事も持ってくるぜ」
「おう。よろしくな」
二人は意地の悪い笑顔を交わし合う。
倉庫に残されたフォークリフトを器用に操作してパレットを下ろした貴意は、10トントラックを見送った後、再び倉庫へと戻った。
「ねえ、お仕事は」
「たっぷり来たさ」
ブララス達の催促に、貴意はパレットを指してやる。
するとブララスたちは楽しそうに段ボールを抱えてくると、倉庫の中に即席でこしらえた作業場へと運び、それぞれが中身を出し、作業を開始する。
ポケットティッシュの裏に広告を差し込むお仕事。
1枚1円なり。
これがブララスたちの当面のお仕事となり、貴意には1日に1回、そっと倉庫の陰に食べ物を隠すお仕事が加わったのである。