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Bar

作者: 日暮夕

少し謎解きの要素を入れて、どこにでもある始まった時には終わっている恋愛を書いてみました。愛と時間は切り離せない存在です。ちょうどいいタイミングで、運命の相手と会えなければ恋愛は成功しない。だから、恋愛は、美しく儚いのだと思います。

 ポツリポツリと、雨が透明なビニール傘を叩く。夜の街のネオンが、雨粒に反射してキラキラとミラーボールのように様々な色に光る。街が綺麗であればあるほどに、なんだか惨めな気持ちなった。暗い雨雲だけが僕の気持ちを知っていた。立ち並ぶ高層ビルも、大通りを行き交う都会の人々も、より一層僕を惨めな気持ちにした。はぁ、と短い溜息をつき、下を向いて歩く。水溜りを避けながら、コンクリートの地面を重い足取りで進む。行き先も決めていないのだけれど、どこにも行きたくないのだけれど。


 ビルとビルの隙間に小さなBarがあった。特に行くあてもなかったので、なんとなくそこに入る。僕は一人でBarなんて行く人間ではない。どちらかというと、静かに本を読んだり、ゲームしたり、アニメを見たり、そういう人間だ。ただ、今日だけはなんとなく、そこに入りたいと思った。


 店の中は薄暗く、小さなカウンターがあるだけの店だった。5人も入ったら店は満席になるだろうと思った。窓はなく、外の世界とは完全に遮断されていた。ゆったりとした曲が流れ、カウンターの向こうには30代半ば位の男が立っていた。

「いらっしゃいませ。どうぞ。」

 彼は僕をカウンターの真ん中に招いた。

「ご注文はお決まりですか?」

 そう聞かれて困った。Barに慣れていない僕はメニューがない場合なんて考えてもいなかったから。お酒にも詳しくない、だから注文ができなかった。

「あまり、お酒詳しくなくて。お任せします。」

 僕はそう答えた。

「かしこまりました。」

 彼はそう言って、後ろに綺麗並んだお酒の瓶の中から、少し迷って瓶をいくつか取り出した。


  僕は、ポケットから携帯を取り出して写真を開いた。そこには、3年分の彼女との写真が残っている。

 彼女と最後にあったのは1年前だ。愛知の地元を離れて東京に出ると決めた時、僕らは別れることを決断した。それでも、いつか彼女と結婚して幸せになろうと、僕はこの1年仕事を努力し続けた。あっという間に1年は過ぎた。彼女とはその間なんの連絡も取らなかった。帰りたくなるから、くじけてしまいそうだったから。また、彼女も僕に連絡はしてこなかった。お互い前に進むために、そうしようと別れる時に決めたのだ。


 考え事をしているうちに、お酒は完成した。『グラスホッパー』それが、このお酒の名前らしい。ミント色をした。爽やかなお酒だった。

「あまりお酒慣れしていないということでしたので、呑みやすいものを選ばせて頂きました。」

 その通りだった。すごく呑みやすく、一気にそれを飲み干してしまった。

「これ、とても美味しいですね。」

 そんな当たり前の感想しか言えないのも、不慣れな自分故である。

「ありがとうございます。」

 店員はそれでも丁寧に礼を言った。そうして、同じ物をもう一杯出してくれた。


 彼女であった白西玲奈(しらす れな)の結婚を知ったのは、つい先程のことだ。休日なので、映画を見て自宅に帰ったら、ポストに手紙が入っていた。まだ、別れて1年。それだけで結婚を決めたというのか。まだ僕も彼女も25で決して急ぐ必要はない年齢だというのに。僕と彼女が一緒にいた3年は彼女が他の誰かといた1年よりも価値がなかったということなのか。女々しいと理解しながらも、そう思えてならなかった。「愛は時間ではないなんていうけれど、本当にその通りだとしたら時間をかけて愛した人は報われない。」そんな風に考えたのは初めてであった。なんて残酷なのかと。


 Barの扉が静かに開き、若い女性が一人で入ってきた。ビショビショに濡れていた。傘をささず歩いたことは火を見るより明らかであった。僕の右隣に静かに座って、ちらりと僕のお酒を見た。

「同じのをください。」

 一言だけそう言った。


  3人のうち誰も喋らない沈黙が2分ほど続いた。苦痛ではなかった。店内にはゆったりとしたジャズが流れていたし、お酒を作るシェイカーのカランカランという音が心地よかった。

  雨粒なのか、涙なのか、髪の毛でよく表情は見えないが、両手で隠した顔からポツリポツリと水が垂れた。僕は柄にもなく、ポケットからタオルとテイッシュを出して黙って彼女に渡した。彼女は、目を隠したままで軽く頭を下げた。やはり泣いていたのだろう。


少し時間が経って、彼女がようやく顔を隠すのをやめてお酒を口にした。20代前半。僕より若いくらいだろうか。やたらと美人で、とても一人で街にいたら放って置かれないタイプだと思う。彼女は不意に、僕にこう言った。

「誰かの大切な人を奪うことは罪だと思いますか?」それは、あまりに唐突で、しかしあまりに酷いタイミングであったと思う。だって、考えないようにしていてもそれは頭をよぎったから。それほどまでに、僕にとって玲奈は愛おしい存在だったから。1年が経っても変わることなく、彼女を愛していると胸を張って言えたから。僕は、彼女の質問に口を閉ざした。

「私は、奪ったんですよ。親友から彼氏を。2年前です。友人を失いました。それでも、彼さえあればいいと思いました。女の武器をできる限り使って誘惑して、無理やりに、強引に奪った。ずるい女です。」

 一呼吸おいて、彼女は続けた。

「そして、その報いを受けた。」



 親友の彼氏を好きになったのは、2年前です。同じサークルの先輩でした。二人が付き合っていることは知っていました。それでも、その先輩と話すとドキドキして、この人のものになりたいと思いました。止められませんでした。だから、親友には秘密で遊びに誘ったり、食事に誘ったりしました。その中である日、私の家で食事をした後でそういう雰囲気になって。一線を超えました。それからは、彼も本気になってきて、いよいよ親友と別れると言い出しました。私はそれを嬉しいと思ってしまいました。そして、二人は別れた。私たちは気まずくなり、サークルもやめ大学に行きながら同棲し始めました。1年ほどは何も問題なく過ごしました。



 彼女の話は、なんだか僕にとって他人事ではない気がした。

「その人が大切だったんだね。僕は君を悪いとは思わないよ。仕方のないこともあるし、別に珍しい話でもない。そのせいで友人が自殺してしまった、なんて話ではないのでしょう?」

「はい。もちろん、友人は今でも元気に過ごしています。地元に帰って教員になったとか。」

「それなら、何が問題なの?」

「問題はないんですよ。なのに、問題はある。生まれるんです。ないはずの問題が。」

 全く意味がわからない。彼女の言おうとしていることは、要領を得なかった。少なくとも、僕にはそう感じた。彼女も、それを感じ取り再び説明を始める。



 幸せでした。毎日一緒に起きて、一緒に朝食を取り、一緒に登校して、休み時間やお昼も一緒にいられて、帰りも一緒だし、帰ってから寝るまでもずっと一緒にいることができました。でも、そんな幸せは続かなかった。

「あの男だれ?」

 夕飯の時に突然にそう言われました。話を聞くと、どうやら私と同じ講義を取っている男の子のことを言ってるらしいのです。ノートを取るのが間に合わなくて、授業の後空き教室で写させてもらったことがありそれを見た、という話でした。その男の子のことはよく知りません。名前も学部も何も知らなかったのです。その日、偶然に近くの席に居合わせただけでしたから。私は彼にそう説明しました。

「そうかよ。まぁ、別にいいけど。」

 なんだか納得していないようでした。なんでそんなに疑われたのか、それはわかりませんでした。ただ、険悪なムードがその日はずっと漂っていました。



 確かに、理由がわからなかった。空き教室で何かあったとか、そういう理由ならわかる。しかし、そうでもなさそうだ。

「その彼氏を好きな誰かに、嘘の噂を伝えられたとか?」

 僕は思いつく限り一番あり得そうな可能性を指摘した。

「その可能性は、私も考えた。直接聞いた。でも、そうじゃなかった。ただ、なんでそう思ったのかは頑なに教えてくれなかった。」

 なおさら、わからなかった。つまり、存在しないはずの問題があるとは、こういうことなのか。納得はしたが、やはり理由が腑に落ちなかった。



 それからも似たようなことが何回か繰り返されました。疑われる相手は毎回違います。だから、相手は問題じゃないということがすぐにわかりました。私と彼の問題らしいのです。でも、恋愛はなんの問題もなく、デートもするしキスやセックスも普通にしました。それなのに、ある日突然に疑いは訪れるのです。


 バイト先の先輩と食事をして帰ったために帰りが遅くなったことがあります。私も連絡を入れればよかったのですが、どうやら彼は一緒に夕飯を食べようと待っていたらしいのです。結局、私が帰宅したのは22時過ぎでした。帰ると、彼はすごく怒って怒鳴ってきました。確かに私が悪かったのですが、その怒り方は異常でした。手を上げられそうな気すらしました。それでも、彼は暴力だけは行わず話し合いになったのです。

「連絡しなくてごめん。でも、そんなに怒ること?いつも、そんな怒り方しないじゃん。こわいよ。」

 私は正直にそう言いました。

「連絡したとか、しないとか、そういうことじゃねーだろ。誰といたのかが問題なんだよ。」

 全く意味がわかりませんでした。だって、バイト先の先輩といたのだから、しかもそれは女の人です。

「もう限界だよ。もう無理だ。」

 彼はそう言って家を出て行きました。それからしばらく連絡もつかず、不安な日が続きました。



 その話を聞いて、ようやく理解ができた。その疑いの理由が。

「わかったよ。それは紛れもなく君のせいだ。君が悪い。」

 僕はそう言った。

「そう、私のせい。私が悪い。」

 彼女も繰り返した。

「別れるしかなかった。だから今日、彼と別れてきたの。お互いに愛し合っているのに、一緒にはいられなかった。当たり前よね。だって、彼は私を一生かかっても信じたりできないのだから。」

 そうなのだと思う。きっと、それは時間の無駄だ。愛がどの程度あっても無意味だ。首を締めるだけだ。ゆっくりと弱っていき、死ぬのを待つだけの時間だ。


「今夜は一緒にいてくれない?」

 彼女は、そう言った。心に穴の空いた者同士、ちょうどいいと思った。一人になったら嫌なことを考えそうだったから。


 その晩、僕らは町外れの小さなホテルに泊まって、一夜限りの遊びに身を焦がした。雨はいっそう強くなっていて、窓をビシビシと叩いた。僕らの声は部屋の中でやたらに大きく響いた。静かにしたら泣き出してしまいそうで、雨に流されてしまいそうで。僕らは愛し合いながら、愛なんてないことを確認して涙を流した。それでも今だけは、愛のない相手を抱いていたかった。一人でいたら、壊れてしまいそうだったから。僕らは弱かった。自分が思っているよりも、ずっとずっと弱かった。


 朝、彼女とは2度と会わないだろうと笑いながら言って別れた。お互いにそう思った。僕はBarなんて一人で来るタイプじゃないのだ。


「やぁ、久しぶり。」

 僕は玲奈に電話をした。

「久しぶり。手紙受け取ってくれたのかな?」

 彼女は、すこし気まずそうにそう言った。

「受け取ったよ。驚いた。」

「そう、、だよね。」

 僕は、どうしても聞きたいことがあった。昨日の話と少しだけ関係していることだ。

「玲奈、婚約者のこと好きか?」

 2.3秒の沈黙が続いた。

「好きよ。大好き。」

「そうか。わかった。おめでとう。式には行くよ。その時に会おう。」

 僕はそう言って電話を切った。

「大好きか。」

 彼女が本当に好きな相手に使う言葉は愛してるだった。だからわかってしまう。まだ時間は足りてないんだね。それでも、結婚するならきっとそれは僕のせいだ。僕が君に結婚させたんだろ。やっとわかったよ。傷付いたのは、僕だけじゃない。僕が彼女を傷つけたんだ。昨日の女が彼氏を傷つけたように、僕は玲奈を傷付けた。愛と時間に遊ばれたんだ。そう言う意味では同じだったわけだ。愛と時間は複雑に絡み合い、

 人の心を締め付ける。彼女が、時間の短さに罪を犯し、僕は時間の長さに罪を犯した。そういうことだった、それを悟った時にはもう手遅れで本当に欲しかったものはずっと遠くに流されてしまった。

この女性の恋愛は、私の友人の恋愛をもとに書いています。浮気やセフレから始まる恋愛は、うまくいかないことが多いらしいです。私の周りの話ですが。浮気から始まると、安定した時期になったら同じように浮気される可能性があるとか、自分も浮気相手の一人でしかないのではないかとか、ありもしない妄想に取り憑かれるそうです。恋愛は、手順があります。罪に罰は付き物です。

男性の方の恋愛は、時間の長さが悲しみの原因ですね。ずっと一緒にいられる、そう思っていたのは玲奈も同じでした。そして、主人公は別れを決断して東京に出た。その決断は、玲奈に時間の無意味さと、また離れることからの逃走を意識させるには充分だったのだと思います。

そんな風にいうと、すべての人物にモデルがいることがわかってしまいますね。悲恋モノは初めて書きました。あまりうまくできたとは言えませんが、今後の参考にアドバイスや、感想頂けたらと思います。

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