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7 月明かりの廃屋

 正面の入り口は新しい南京錠がついていて、その周りを縛りつけるように幾重にも鎖が巻かれていた。素手では外せそうにない。ミシェルはどうやら拳銃でこれを破壊するつもりらしい。

 コーネリアは少し脅えたように言った。


「交番に戻ってからじゃなくていいの……?」


 コーネリアの目線の先には、鈍く光る一丁の拳銃がある。

 これは、今は鍵を破壊するために取り出された拳銃であるが、場合によっては、誘拐犯に向けられる拳銃でもあるのだ。


「俺の予想では、おそらくエミリーに命の危険は無い。けど、予想外の事態も考慮したほうがいいに決まっているし、誘拐されてる時間なんて短い方がいい」


 ミシェルはコーネリアを引っ張って数歩後ろに下がると、南京錠と鎖に銃口を向けた。ミシェルは銃を強く握り、撃鉄ハンマーを起こした。すると同時に、弾倉が6分の1回転する。ミシェルはそのまま引き金に指をかけて一発。それから間髪入れずにもう一度撃鉄を起こし、引き金をひいた。

 乾いた銃声が辺りに響く。

 ミシェルは拳銃をポケットにしまうと、正面の入り口に近づいた。弾丸は見事に鎖を撃ち抜いていて、簡単に取れそうになっていた。


 ミシェルはそれを左右に引き抜くように取りながら、コーネリアに言った。


「この銃声で相手も気づいただろう。できるだけ素早く行動しろ。犯人はこの南京錠で油断しているだろうから、エミリーはしっかりとは隠されてはいないだろう。すぐ見つけて、すぐ帰る」


 言い終わったタイミングで、全ての鎖が外れた。

 獣の咆哮のような音を上げて重い扉が開く。絡みついていた蔦や枯れ草がぶちぶちと音をたててちぎれ、その破片が降ってくる。

 2人はそれを払いながら中に入っていく。


 中は少し豪華な作りになっていて、中央のシャンデリアを囲うように左右に階段があり、その奥に扉が見えた。一階部分の左右にも両開きの扉があったが、固く閉ざされていた。それから窓には大きなガラスがはめ込まれていたが、夜には何の意味も持たない。


 入り口からは犯人と思われる人物の雪と泥の混じった足跡が続いていて、足跡は右側の階段を上って奥の扉に消えているようである。しかし夜の闇に閉ざされてしまったこの廃屋では、それ以上の情報を得ることはできなかった。


「ねえ、足跡がある……」


「犯人のものだろうな」


「てことはこの先にエミリーちゃんがいるのね」


「ああ」


 2人は足跡を辿りながら、道を探るように階段を上がっていく。

 5段も上がらないうちに、コーネリアの足が早くなった。ミシェルを置いて先に行ってしまう。


「おい待て、1人で動くな……」


「動くな!」


 ミシェルの声に被せるように廃屋に響いた低い声は、一瞬時間を止めたかに思えた。しかし時間が止まるはずもない。この廃屋にいる全ての人間が、その動きを止めただけである。


 動くなと叫んだ声の主は、少し焦ったように言う。


「どこでこの場所を知ったか知らねえが、バレちまった以上お前らを生きて返す訳にはいかない。とりあえず銃を捨てろ」


 ミシェルは大人しくそれに従って、ポケットから銃を取り出して放り投げた。金属の弾けるような音がして床に落ちた。


「それでいい。ゆっくりと階段を下りろ」


 この暗闇ではどこから狙われているかわからない。大人しく従う事が得策であると考えたミシェルは、両手を軽く挙げ、ゆっくりと階段を下りていく。

 しかしコーネリアはそうしなかった。どうやら、犯人は自分には気づいていないらしいと考えたコーネリアは、ミシェルが階段を下りていく足音に合わせて、できるだけ音をたてないように階段を上りきった。


 階段を下りたミシェルに、犯人が近づいていく。


「腕を後ろで組め」


「はいはい」


 ミシェルは一切の抵抗を見せることもなく、犯人に手を縛られてしまった。ミシェルは階段の方を向いて偉そうに座り込んだ。


「エミリーはどこだ」


「ふん。どうせ死ぬんだ。どういう関係か知らんが、最期くらい会わせてやる」


 犯人は「おい!ガキを連れてこい!」と叫んだ。すると階段の奥の扉からもうひとりの犯人が出てきた。その腕にはエミリーを抱えている。

 エミリーは家を出たときと同じ格好だったが、口元を布で縛られていた。エミリーは今は眠っているようであるが、泣き腫らしたのか、目元が赤くなっていた。


 奥の扉から出てきたというのに、犯人はコーネリアに気づく様子は全くない。

 コーネリアは黒いローブを着てきた自分を心から賞賛したかったが、今はそれどころではないと、エミリーを抱えた犯人を見送った。


「少女1人誘拐するのに男が2人か?」


 ミシェルは煽るように言う。


「黙れ」


「ぜひ見習いたいものだな」


「せいぜい粋がるいいさ」


 奥の扉から出てきた犯人が、ミシェルの目の前にエミリーを置いた。しかしそれは子供を扱うような手つきではなく、まるでボロボロの人形をベッドの脇に捨てるようだった。


 エミリーはうっすらと目を開けた。虚ろな瞳でミシェルを一瞥すると、またすぐに目を閉じた。ミシェルは息を飲み込んで、犯人の2人に言った。


「なあ知ってるか?」


「なんだ」


「今日は満月らしい」


「それがどうした……?」


 ミシェルの言葉がまるで魔法の呪文だったかのように、窓から月明かりが差し込む。


 ミシェルたちは月明かりに照らされて、長い影を作り出す。


「その人を放しなさい!」


 月明かりに照らされた亡霊が叫んだ。


「はぁ?」


 怪訝な顔をして言ったのはミシェルである。

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