6 ブローチをした幽霊
「ここにもいないか……」
ミシェルは雪を蹴り、また別の場所に走っていく。これを繰り返してもう3回目になる。
しかしそれについていくコーネリアは、ローブ越しにもわかるほど不思議そうにしていた。
「ねぇミシェル?今まで黙ってついてきたけど、どうして開けた場所ばかり調べているの?」
ミシェルは一旦立ち止まって、コーネリアの方に振り返った。
「俺が今捜しているのは隠れられる場所でもエミリーでもない。土地勘のある子供だ」
「土地勘のあるってことはこの辺に住んでる子供ってこと?」
「そうだ。子供ならこの辺にある空き家や廃屋で遊んでそうなものだからな」
ミシェルは知ったような口ぶりで言った。ミシェルも廃屋で遊んでいたような時期があったのだろうかと頭を捻るが、それは想像するに易いことではなかったようである。
子供時代を想像するコーネリアをよそに、当の本人であるミシェルは別の場所に走り出していた。コーネリアは「ああ、もうっ」と言って追いかけたのだが、ようやく追いついたというところで、ミシェルが急に止まった。
「おい娘」
「はい?」
ミシェルがそう言うから、なんとなく返事をしたのだが、どうやら自分に言ったのではないという事を察して静かに後ずさった。
「お前、名前は」
ミシェルは目の前にいる小さな少女に話しかけているらしかった。髪を三つ編みにして、暖かそうなコートとマフラーを身につけている。
ミシェルが精一杯の笑顔で名を訊ねるが、無理な作り笑顔のせいで表情が歪み、怪物のような形相になっていた。少女はマフラーに顔をうずめるようにして尚畏縮してしまっているようである。
その様子を見ていたコーネリアが、「ちょっと変わりなさいよ」とミシェルを無理やり押しのけて、少女の前にでた。
「ひぃっ今度は幽霊!ごめんなさい!いい子にするから食べないで……」
「待って、私は幽霊じゃないし、あなたを食べたりしないわよ」
幽霊の中身が優しそうな女性の声で、少女は少し安心したようである。
「あなた、お名前は?」
「あたしマリオンっていうの」
「そう、いい名前ね」
マリオンは自分の名前を誉められて、嬉しいような恥ずかしいような表情になった。体をもじもじとさせて、三つ編みがふりふりと揺れている。
その様子をしばらく眺めて、口火を切った。
「あのね?私たち人を探しているの。近くで隠れられそうな場所ないかな?」
「かくれんぼしてるの?」
「そういう訳じゃないんだけど……」
さすがに一筋縄ではいかないとは思っていたが、予想外の回答にたじろぐコーネリア。しかしマリオンは名前を誉められた喜びの抜けぬまま、目の前にいる頭をちぎられた幽霊の正体を暴かんとしている。
「……だって内緒だもん」
小さな体の小さな呟きをミシェルは逃さなかった。コーネリアに声の届く位置に立つと「こいつ知ってるぞ」と言った。
コーネリアもそれに気づいていたようで、ミシェルを見上げて頷いた。
「どうしても、教えてくれないかな?」
「内緒だもん」
意地でも教えないようである。それどころか、ローブのフードに手をかけてめくろうとさえする。それをあしらって阻止しながら、コーネリアは最後の手段に出た。
フードを押さえていない方の手をフードの中に入れると、カチャカチャと音をたてて何か取り外すと、それを取り出してマリオンに見せた。
「これでも、だめ?」
見せたのは胡桃程の大きさのブローチで、金のレースのような装飾、中心に夏の海のような色をした宝石がはめ込まれていて、僅かな光を集めてキラキラと輝いている。宝石は勿論本物である。
「わぁぁ……きれい……」
「これ、あげるよ」
「えっ!いいの!」
マリオンは目の前の宝石に負けないくらい目を輝かせている。
コーネリアは、マリオンのマフラーを軽く巻き直して、その交差する部分に海色のブローチをつけた。ブローチの方が本体で、マリオンが付属品のようになってしまった。
「変わりに、場所、教えてくれる?」
マリオンはブローチが取れてしまいそうなくらい元気よく返事をした。
◇◇◇
「良かったのか?」
「別にあれくらいどうってことないわ」
「あれくらいってお前な……」
雪のかかった藪をかき分けながら、一心不乱に目的地を目指す2人。
日はもうとっぷりと暮れ、2人の視界を助けるものはなにもない。それでも2人は歩みを止めない。尖った木の枝がミシェルの頬をかすめ、血が流れた。しかしミシェルはそれを片手で拭うと、変わらず歩みを進める。
その鋭い目はただ藪の向こう側を見つめていて、ほかのものに振れることはない。
しばらくすると、藪が無くなって広い場所にでた。奥に、蔦や苔のびっしりと生えた洋館が、ひっそりと建っていた。その姿はまるで誰かを待っていたかのようで、2人は最初からここに来るつもりで今まで走ってきたのではないかという錯覚に陥る。
洋館の周りを見渡すと、車のものであろうタイヤの跡と、幾つかの足跡があった。
足跡は複数人のものであることはコーネリアにもわかった。タイヤ跡があるのは、犯人がもう一台の車を用意していたことに他ならない。なんて周到な犯人だろうかとコーネリアは小さく身震いしたが、それとは別の、何か違和感を感じた。
雪をザクザクと踏みながら、洋館の裏にまわっていたミシェルが帰ってきた。
「ここからは、俺の言う通りにしろ」
コーネリアは、今までも言う通りにしてきたじゃないと言いかけて止めた。
ミシェルが拳銃を握っていたからである。




