5 Xの正体
交番には、ミシェルとコーネリア、それから交番に勤務している2人の警官、そして、誘拐されたという女の子の両親がいた。
「状況を整理したい。起きたことを順番に話してくれ」
女の子の父親は、頷いて、語り始めた。
「私たちは、家族で散歩に出かけたんだ。娘、エミリーというんだがね、どうしてもダニエルを連れて行きたいと言って聞かなかったんだ」
コーネリアが、聞き慣れない名前を聞いて「ダニエル?」と訊ねると、それはついさっきローブのフードを噛みちぎった巨大な毛玉、もといチベタンマスティフのことであると教えられた。
「ダニエルはまだしっかりとした躾がなっていないのですが、その日はおとなしく、機嫌も良さそうだったのでそれを許したのです。ところが目の前で事故が起きて、それに驚いたダニエルが逃げてしまったのです。娘もそれを追いかけて行ってしまい、私たちは娘を見失ってしまったのです」
父親は一瞬ダニエルを見て、すぐに視線を戻した。父親はそれ以上話すことは無いようで、続いて小太りの警官が話し始めた。
「俺がここで昼飯を食っていたら、エミリーちゃんが駆け込んで来たんだ。そんで、なんて言ってたかな……そうそう、声の大きい男の人が女の人を泥棒だと言って来たら、それは間違いだから捕まえないで欲しいって言ってたんだ」
コーネリアは、ついミシェルの方を見てしまった。
ここまでは、ミシェルの推理通りだったからだ。Xはおそらく、エミリーである。エミリーは、ミシェルとコーネリアが事務所を出た後、すぐに交番に向かったのだ。
ミシェルを声の大きい男の人と勘違いしたのは、ミシェルがコーネリアを連れて行く際、エミリーが出て行き易いようにこれからの行動を伝える為、事務所内にいるエミリーに聞こえる声で話したのを聞いていたからだろう。
「エミリーちゃんの話はともかく、この子は迷子じゃないかと思ったんだ。しばらくしたら両親が迎えに来ると思って、それまで交番にいてもらうようにしたんだ。エミリーちゃんも納得してくれたよ」
警官は用意した紅茶を一口口に含むと、話を続けた。
「何かお菓子をやろうかと思ったんだが、あいにくここには俺たち男が食うような物しかないからよ、買ってこようとしたんだ。それで、帰って来る途中、俺の横を車が通ったんだが、その車にエミリーちゃんが乗せられていたんだ!そんな訳で、急いで帰って来たって訳さ」
小太りの警官は少し熱くなって語った。しかし両親の顔を見るなり、俯いてしまった。それをフォローするように、若い警官が言う。
「さっき本部に応援を要請しました。直に来ると思いますが、連日の大雪で、到着が少し遅れるかもしれないとのことです」
「警察は使えないのね」
ほとんど深い考えもなく、さほど意味もなく言ったコーネリアの言葉は、警官2人の肩に重くのしかかり、警官2人は更に肩を落としてしまったようである。
そんな様子に気づかないはずがなく、コーネリアは自分の言葉の責任の重大さに苛まれた。しかしどう言葉をかけたらいいものか思案していると、ミシェルが言った。
「まあいい。犯人は恐らく土地勘の無い人間だ。ここら近所に空き家とか、何か隠れられそうな場所は無いか」
その質問に答えられる者はいなかったが、全員がきょとんとしてミシェルを見ている。その全員の意志を代表して、コーネリアが質問を返す。
「どうして土地勘の無い人間だとわかるの?」
「誘拐というのは、突発的に行える犯罪じゃない。つまり計画的犯行だったことになる。だとすれば、家族が散歩にでた日に、エミリーが1人になったタイミングを狙えばいい。それなら犬が逃げ出してから交番に着くまでの間にチャンスはあったはずだ」
ダニエルが逃げ出してから事務所に行くまでの時間、事務所から交番に着くまでの時間、その2つの時間があることをミシェルが省いたのに、なんだか訳があるような気がして、コーネリアは黙って聞いていた。
「しかしそうしなかった。それはつまり、何らかの理由で犯行が行われなかった事を意味する。ところが、犯人が交番の前を通りかかったら、エミリーがいた。そして誘拐した。仮にも人を誘拐しようとしている奴が、交番の前を通らないだろう?土地勘もなく、この辺りをさまよっているうちに交番の前に来てしまったのだろうな」
コーネリアを含める全員がそれを聞いて納得しているようだったが、両親の顔は下を向いたままだ。時折ダニエルの方を見て、悲しいような、悔しいような複雑な表情を見せた。エミリーの誘拐の引き金となったのはダニエルに他ならないが、それを許したの自分たちなのだから。
「と、とにかく、隠れられそうな建物を探せばいいのね?!」
そう言って立ち上がったのはエミリーの母親だった。ひどく当惑した様子で、両手の拳を強く握りしめている。
「落ち着け、焦ったって何も変わらないぞ」
「だって、エミリーが、エミリーが……こんなことになるなんて……私……」
顔を抑えて座り込んだ母親の背中を、父親がさすっている。そんな中ミシェルも立ち上がり、コートを身にまとい、出かける準備を始めている。
「すまないが、少し焦った方がいいかもしれないな。もし金銭目的の誘拐なら、1日くらいは平気かもしれないが、殺人、強姦が目的なら、ターゲットの生存確率は著しく下がる。それに今回は、金銭的な取引は持ちかけられていないのだろう?」
両親はハッとしたように顔を見合わせる。
その言葉を聞いた警官たちも、立ち上がり外出の準備を始める。
「警官、1人は残って応援にきた警官に事情を説明しろ。それからもう1人はその夫婦について行け。まあ、捜すつもりがあるのなら、だがな」
ミシェルは冷たく言い放った。裏切り者を蔑むような、それでいて哀れむような目つきで夫婦を見た。夫婦はぎょっとして、コートを羽織ったりして捜索の準備を始めた。
そのうち、小太りの警官がミシェルに寄ってきて、一丁の拳銃を手渡した。
「何かあれば、使ってください」
ミシェルは静かに頷くと、慣れたような手つきで装填されている弾を確認した。
拳銃はリボルバー式のもので、込められた弾は全部で6発。
ミシェルはそれを丁寧にしまうと、交番の外にでた。
コーネリアも思い出したようにミシェルについていく。それを追うように出てきた夫婦に向かってミシェルは、
「あんたらはここから右手を捜せ。俺たちは左手を捜す」
と言って走り出した。
コーネリアは、ミシェルが「俺たち」と言ってくれたのがなんだか嬉しくて、かじられたローブのフードを深くかぶったまま、ミシェルについて走り出した。
それを見届けるや否や、夫婦と警官も反対側に向かって走り出す。
冬は日が落ちるのが早い。太陽はもう沈みかけていて、さっきまで雪を降らせていた分厚い雲を遠くからオレンジ色に染めている。
夕焼けに照らされたミシェルは、後ろを走るコーネリアにさえ聞こえないように呟いた。
「ひとりぼっちがどれだけ心細いか、お前らは知らないだろうな……」




