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4 チベタンマスティフ

 コーネリアはミシェルを連れて外に出た。


「Xは子供なのよね?」


 ミシェルは当惑しつつも頷いた。


「子供がひとりで犬の散歩なんて、しないはずよ。その子はきっと迷子なのよ。きっと両親が目を離した時に事故が起きて、犬が逃げ出したんだわ」


 ミシェルは入り口の階段に突っ立ったまま、コーネリアの話を聞いていた。コーネリアは気にもとめなかったようだが、ミシェルは鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしていた。


 一瞬吹いた強い風が、コーネリアのローブのフードを吹き飛ばしそうになる。それを抑えるようにしながら、コーネリアはミシェルに背を向けた。


「ちょっと寒いわ。早く見つけないと」


 コーネリアは独り言ちると、走り出した。しかし体より後ろにあった腕をミシェルに掴まれ、教会の鐘のようにコーネリアは空を仰いで斜めになった。そして、転んだ。


「なにするのよ!」


「どこに捜しに行く気だ?検討もつけずに人捜しなんか、無謀すぎる」


 コーネリアは、今さっき打った腰をさすりながらゆっくりと立ち上がった。


「それもそうかも……いてて……」


「分かった。協力はする。お前ひとりじゃ何をするか分かったもんじゃないからな。捜しに行くなら、そうだな……まず交番に行くのが早いだろうな」


 コーネリアは「交番?」と首を傾げた。


「もしXが心の優しい奴だったなら、お前の冤罪を晴らすために近い交番に行くだろうからな。警官に話を聞けば、何かしらの手がかりは見つかるだろう」


 コーネリアは、ミシェルが探偵であるということを思い出した。しばらく感心した後、黒いローブを翻して歩き出す。しかし少しも進まないうちにふとミシェルを振り返って言った。


「交番って、どこ?」


◇◇◇


 セルーシュ王国、首都セルニア。ここには全部で4つの交番があるが、ミシェルとコーネリアが向かっている交番は、余り評判の良い交番ではなかった。

 それは、俗に空き交番と呼ばれるもので、時々警官がいなくなるのだ。通常2人以上で、24時間勤務を行うはずだなのだが、この交番に配属された警官は2人。当然24時間交代で勤務するのは無理な話だ。

 しかしそれはこの交番のある通りが、比較的治安の良い通りであるが故だとも言えるのかもしれないが、それとこれとは別の話である。


 交番に着いたミシェルとコーネリアは、ガラスの引き戸に手をかけると、ガラガラと音をたてて扉は開いた。


「こんにちはー」


 コーネリアが声をかけてみるが、返事はない。

 中に人の気配は無いようだったが、大きな毛玉のような白い犬がそれに気づいて走って来た。しかし赤いリードで奥のデスクに繋がれているようで、交番に入ってきたばかりのコーネリアに届く前に、ガッという音がしてその場で立ち止まった。


「ほう、チベタンマスティフか」


「この犬どっかで……」


 コーネリアは思い出そうとするが、それを思い出すことができない。しかしそれもほどほどにして、チベタンマスティフと呼ばれる巨大な犬と目線を合わせた。


「おまえ、主人はどこへ行ったの?」


 犬はしばらくコーネリアを見つめた後、ローブのフードに噛みついた。


「わわっ!ちょっと、離して!ミっ、ミシェル!?助けて!」


「すまんな。俺は犬が嫌いなんだ」


「嘘っ!?冗談でしょ!?」


 コーネリアは頭を下げるような形で犬と格闘している。さながら、夜な夜な現れる亡霊から主人を守る番犬のようだった。その主人は今どこにも見当たらないのだが。


「しかし警官がいないならまだしも、この犬の主人までいないのは妙だな」


 犬と格闘するコーネリアをよそに、ミシェルは交番の中を見回した。すると、後ろから声がした。


「あの……」


 声をかけてきたのは警官の格好をした男性だった。中肉中背の若い警官で、ミシェルとコーネリアを交互に見て、不審そうにしている。


「お前、ここの警官か?」


「ええ。そうです。さっきまで事故の処理をしていて、今戻ったところなんですが、どうかしたんですか?」


「そうだな…もう一人はどこだ?」


「中にいないですかね?」


 そう言って警官は交番に入ると、もう一人の警官の名前を呼んでみるが返事はない。


「どこ行ったんですかね?」


 警官はミシェルを見て首を傾げた。

 そんなところで、コーネリアはようやく犬との格闘を終えたようだった。フードの上の部分が犬の歯型にちぎられていて、その周りは犬の涎でべとべとになっていた。


「ちょっと、タオル、貸してくれないかしら」


「その不気味なローブ、脱げばいいんじゃないですか?」


「嫌よ」


 交番でもタオルのひとつふたつあるだろうが、犬の涎でタオルが汚れるのを嫌った警官は、タオルを出すのを渋っている。その様子を見たミシェルは、警官になにやら耳打ちをした。


「そ、そういう訳でしたか!すぐに取ってきます!」


 警官はなぜかひどく赤面した様子で、交番の奥に消えた。

 その警官と入れ替わるようにして、別の警官が交番に入ってきた。小太りの男性で、肩で息をしている。ミシェルは訊ねた。


「お前ここの警官だな?」


「そっ、そうだが。落とし物か?すまんが後にしてくれ!」


「何かあったのか?」


 警官は動揺している様子で、すぐに答えた。


「女の子が誘拐されちまった!」

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