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2 コレット嬢

 男性は無理やり彼女を連れて外に出ると、ほんの少し歩いて、隣の建物に入った。

 隣の建物は《野うさぎの家》というこぢんまりとした喫茶店で、男性はこの店の常連だった。店内に入ると、くりくりとした目の、背の低い少女のような見た目をした女性店員が「いらっしゃいませ!」と言ってこちらに駆けてくる。


「あれ、ミシェルさんー?お忘れ物ですかー?」


「いや、違う。訳は後で話す。コーヒーと、とりあえずこいつに何か軽食を」


 ミシェルと呼ばれた男性は、彼女を指差して言った。しかし彼女といえば、暖かい店内に入ったというのにローブのフードを深く被ったままである。


「お連れ様ですねー!わかりましたー!」


 女性店員はキッチンの方に駆けていった。

 ややあって、男性と彼女は近くの空いていた席に着いた。彼女はフードを被ったままである。


「俺はミシェル。お前は?」


「わ、私?!私は……こ、こ、こーねりあ……?」


「は?」


「コーネリア…そう!コーネリアよ!家名は特にないわ。あと苗字も特にないわ!」


 一般の人に家名が無いのを彼女は知らない。それから、普通一般の人に苗字があることも彼女は知らない。


「まあ、いいか……」


 呆れるミシェル。コーネリアが嘘をついているのは、彼の職業柄関係無く明々白々だった。しかしコーネリアの方はうまく騙せたと思ったようで、自分のペースで話を進める。


「あなたミシェルっていうのね。まるで女の子みたいな名前ね」


「ミシェルが男の名前で悪かったな」


「別にバカにしたわけじゃないのよ」


 コーネリアは特に悪びれる様子もなく言った。あえてそう言ったのではなく、本当に悪く思っていないからである。


「お待たせしましたー!」


 ミシェルの苛立ちが頂点に上る直前に、コーヒーとサンドイッチが届けられた。ミシェルがコーヒーを一口飲み、視線を上げた時には、サンドイッチは皿から消えていた。コーネリアは、相当に腹が減っていたようである。

 コーネリアは、自分のコーヒーを若干熱がりながら口に含むと、次の話題に切り替えた。


「……警察に行くんじゃなかったの?」

 

「なんだ、行きたいのか?」


「そういう訳じゃないけど……」


 たまたま入った店で泥棒扱いされ、警察に行くぞと言われて連れ出され、今いるのは隣の喫茶店。訳が分からなかった。ともかく、それ以降の言葉に詰まってしまったコーネリアは、道側に面した窓に目線を反らせた。

 外行きのお洒落なコートを着た小さな女の子が、大型犬に引っ張られるようにして走っていく。コーネリアはそれを目で送ると、小さく溜め息をついた。


 どうしてこんな事になってしまったのか、自分が我が儘だったと言われれば、そうかもしれないが、そもそもあんな相手を選んだ父親もいけない。しかしあのパーティーで逃げてしまったが故に、この寒い中食事もしないで動き続け、果てには変な男に絡まれてしまった。


 コーネリアの溜め息にはそんな思いが込められていて、ミシェルはそれをきちんと汲み取ったようだった。


「そろそろいいだろう。行くぞ」


「行くってまさか、警察?!」


「そんなに行きたいなら勝手にしろ。とりあえず、寄りたいところがある。お前も来い」


 行く宛のないコーネリアは、しぶしぶそれに従うことにした。

 ミシェルは会計を済ませると、どこから取り出したのか、ベージュ色のチェスターコートを羽織り、喫茶店を出た。


◇◇◇


 まず訪れたのは、喫茶店からさほど遠くない場所にある婦人服専門の仕立て屋だった。


「お前はここで待ってろ」


 店の入り口でミシェルは言った。

 怪訝な顔をするコーネリア。この寒い中外で待たされるということよりも、成人男性が婦人服専門の仕立て屋に入っていくにあたって何か後ろめたいことがあるのではないかと考えた。


 仕方ないのでコーネリアはさらにフードを深く被り、外で待っていることにした。


 ほどなくして、ミシェルは出てきた。

 ミシェルは特に変わったところはなかったが、仕立て屋の店員が不思議な表情をしていたのは言うまでもない。


 それからミシェルは、銀行にも立ち寄ったようだった。コーネリアはまたしても外で待っていたのだが、さすがに寒さにはもう馴れた。


 ミシェルとコーネリアは、そのまま帰路についた。その頃には雪もすっかり止んでいて、それを待っていたように人がちらほらと増えてきた。


「おや、ミシェルの兄貴!」


 その途中、そばかすのある金髪の青年がミシェルに声をかけた。


「あぁ、ヤンか。今度は何をしてるんだ?」


 そばかすの青年の名前はヤン。定職につかず、色んな仕事を転々としている、自称夢を追う旅人である。


「今ね、新聞を配ってたんすよ。これなんすけど……」


 ヤンが寄越してきたのは新聞の号外だった。

 ここセルーシュ王国を治める国王には、三人の娘がいる。ところが昨日の夜、三姉妹のうちの三女が、お見合いパーティーの最中に会場から逃げ出してしまったらしい。

 三女であるところのコレット嬢は、以前から少し野性的なところがあった。

 姉二人が木陰で本を読めば、コレット嬢はその木に登り、姉二人がままごとをすれば、コレット嬢はつまらないと言ってそれを積んで遊んだ。


 しかしそんなコレット嬢でも、今年17歳になり、結婚の時期が迫ってきた。恋愛結婚がやっと広まってきたこのご時世に、酒の席で決まってしまった許婚というのは、コレット嬢にとってはありえないものだったらしい。コレット嬢は逃げ出し、行方知れず。国が総力を上げて捜索し、国民全員がとても心配している。という記事だった。


「すまないが急いでるんだ。ちゃんと仕事しろよ」


 ミシェルはそう言って、号外をヤンに返した。

 その後「行くぞ」とコーネリアだけに聞こえるような声と共に目線を送り、そのまま少し歩調を上げて歩き出した。

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