表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

1 割れたティーカップ


 19世紀初頭ヨーロッパ《大いなる戦いグレート・ウォー》を乗り越えた小国、セルーシュ王国。小国であるが故か、その守りが堅牢だったのか、セルーシュ王国はほとんど戦地にはならず、王国内での被害は、フランスやスペイン、イタリアなどの近隣の国と比べても非常に小さいものだった。


 そんなある冬の、雪の日のことだった。

 雪で遊ぶ子供や、凍った道で滑り、事故を起こしてしまった車両の処理をする警察官。何か探し物をしている恰幅のいい夫婦。前日降った大雪がまだ溶けきっていないというのに、新しい雪が、その全てを白く染めていく。


 そんな中、分厚いローブのフードで顔を隠すようにした女性が、息を切らせて走っていく。高級品のローブに雪が積もるのもお構いなしという風だ。


 しかしその彼女も、繁華街のある建物の前で足を止めた。


 自分は今こんな事をしている場合ではないと自分に言い聞かせ、一度は通り過ぎようとしたものの、無理だった。


 彼女が足を止めたのは、煉瓦作りの建物で、道側に大きなガラスがはめ込まれていた。ガラス越しに見る内部は、綺麗なティーカップや白いドレスを着たビスクドールが置かれていた。その奥も見ようとするが、建物自体が雪に備えて少し高くなっているため、その向こうを覗くことはできない。


 彼女はこういったものに興味を持ったことは一度もなかった。彼女の家には、こういったものは山ほど置かれているが、それはただの飾りくらいにしか思っていなかった。


 なぜか今日に限っては、何か惹かれるものがあった。


 何の店だろうと看板を探すが、それらしいものを見つけることはできなかった。


 ふと視線を落とすと、入り口に続く階段に、雪によって作られた小さな足跡を見つけた。ところがそれはまっすぐに店に向かっているのではなく、階段のところで回ったり、滑って転んだような足跡で、もしかしたらこの店の店主はドジなのかもしれない、と、ひとりで笑った。


 なんだかその足跡が貴重なもののような気がしたので、踏まないようにして店に入った。


 少し重たそうなドアだったが、思いのほか簡単に開いた。

 箱だけが綺麗で、開けてみたらそうでもない、ということは彼女にとってはよくあることだったが、今回はそうではなかった。

 右側の壁には木製の大きな棚があって、ティーカップやビスクドールの他に、懐中時計や、ランタン、銀の燭台、果てには一見するだけでは何なのかわからない金属の箱が置いてある。統一性のないただの飾り物に見えるが、まるで最初からここに置くために作られたかのように洗練された雰囲気を放っていた。


 左側には小さいテーブルと、それを挟むように二つのソファが設置されていて、お茶ができるようなスペースになっていた。


「おじゃましまーす……」


 返事はない。


 奥に階段があるので、もしかしたら二階にいるのかもしれないと思い、もう一度さっきよりも大きい声でおじゃましますと言ってみるが、返事はない。


 勝手に入ってはいけないような気がしたが、好奇心には勝てなかった。

 

 右側の棚をよく見ようと思い、一歩踏み出した時、足下でカチャリと何か陶器のようなものがぶつかってこすれる音がした。


 よく見るとそれは、外から見えたものと同じデザインのティーカップだった。棚にはそのデザインのティーカップがひとつ。


 そして、もう一つのティーカップは自分の足の下に。


「……あれ、私、壊した?」


 彼女は、おそらく雪のせいではない寒さを感じて身震いした。しかしこういう場合求められるのは、迅速に撤退する事であると、彼女は知っていた。


 体の向きを180度変え、店を出ようとするが、ドアにはめ込まれたガラスを挟んで男性と目があった。男性は、こちらに向かって何か言っているようだった。口の動きから、なんとか男性の意図を汲み取る。


「え、なになに?……邪魔?……あぁっ、ごめんなさい!」


 彼女が左側に避けるのを待たずにドアを開けるものだから、若干ドアに押されるような形で彼女は左に避けることになってしまった。


 男性はそれについて特に悪びれる様子もなく、店内に入ってくると、しゃがみこんで、足下に転がる割れたティーカップをまじまじと見つめている。

 しばらく見た後、男性は、彼女を睨むようにして言った。


「……お前か?」


「ひぃ、ちっ、違うの!えっと、確かに踏んじゃったけど……」


 少し長い前髪の間から覗く鋭い眼光は、その辺の飼い犬くらいなら気を失ってしまいそうだった。


 男性は、すっと立ち上がり、室内を見回した。

 彼女もつい見てしまった。しかし見ていたのはやってきた男性の顔である。


 切れ長の顎に、整った目や鼻。少し目つきが悪いことを覗けば、相当な美男子であると確信していた。しかし彼女は男性に興味はない。むしろちょっと嫌な思い出があるくらいだ。


 用が済んだのか、男性は、彼女を見て、わざとらしく店中に聞こえるような声で言った。


「捕まえたぞ泥棒!」


「え、私?」


 男性は小声で「そうだ」と言った。


「これから警察に行って、突き出してやる!」


「待って、私何もしてないよ!」


 嫌がる彼女を無理やり連れて、店の外に出て行こうとする男性。


「そうだなあ!結構時間がかかるかもしれないなあ!」


「待って、ホントに何もしてないんだってば!信じてよぉ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ