スカイレス
イスンダル大陸の西側にある山脈に囲まれた大地。
まるで他の地から隔離されたように山に覆われたその地には一つの小さな国があった。
国の名はナダル共和国。
人口二万人弱のこの小国は、国としては小さいが歴史は長く、イスンダル大陸にある国の中では珍しい人間と他種族であるドワーフ族によって築き上げられた国だった。
周りにある山から鉱石を発掘し、その鉱石を使いドワーフたちが武器や防具を作り、それを人間が使って狩りを、或いは友好関係のある他国へと売りに行く。
ナダルはそんな二つの種族の共存によって成り立ってきた。
周囲の大地も緑豊かで作物も育ちやすく、資源も豊富。そんな地にあるにも関わらず、ナダルは周りを囲う巨大な山脈地帯の存在が自然の要塞となり、長い歴史の中、他の国から攻められると言うことはほとんどなかった。
……しかし、そんなナダルは今、一つの国から激しい侵攻を受けていた。
相手はアドラー帝国。イスンダル大陸でルイン王国と並ぶ巨大国家で、ここ数年前から行われている小国への侵攻により今やイスンダルの地を三分のニほど牛耳っている国である。
領土も戦力も圧倒的に上回るアドラー帝国相手に小国のナダルは普通なら三日ももたずに墜落してもおかしくない。
しかしナダルはアドラーの侵攻を幾度となく撃退し、食い止めていた。
その理由は三つあった。
一つはやはりナダルのその地形、
山脈に囲まれているゆえにアドラーからナダルへと侵攻するには必ず山と山の間にある渓谷を通らなければならない。そのため大軍を率いて進むには難しくナダルはその渓谷の前に、砦を築き待ち構えている。
二つ目の理由は防具の違いだ。
ナダルにいるドワーフ達により作られた剣や防具は非常に性能が高く、ナダルの兵士のほとんどの武器や防具には補助魔法の効果が付与されていて、そのおかげで兵士達の被害は比較的最小限に抑えられている。
そして最後の三つ目の理由、それは国の守護神である、ゴーレムの存在。
これこそが侵攻を撃退している最大の理由である。
ゴーレムは魔力を注いだ岩にドワーフ伝統の技術で印を刻むことにより作られる人形兵器。
全長は約五メートル、全身鉱石でできたその体の防御力は非常に高く、並の攻撃では傷一つ付けられない。そしてその重い拳を振り下ろせば一撃で十数人の人間が吹き飛ぶ。
横一列に並べは一つの城壁にもなりうる。
ゴーレムを作るには膨大な魔力と鉱石が必要となるため、魔術師が少ないナダルは大量生産することができない。しかしナダルは長年に渡ってゴーレム作り続けていたため、今では五十体ものゴーレムを保持している。
地形、防具、ゴーレム。この三つの武器によりナダルはアドラー相手に互角以上に渡り合っていた。
――
谷から少し離れた場所に築き上げられた巨大な砦、その防壁の上からロジックはジッと敵の侵攻を窺っていた。
年齢はまだ二十五歳と若く、顔には青年さながらの爽やかさもありながらが、鎧の胸には騎士団長の証である、ナダルの勲章が付けられている。
前回アドラー軍が攻めてきたのは二週間ほど前、サイクルで考えるにそろそろアドラーが侵攻してくる頃とロジックは読んでいる。
眉を釣り上なげ真剣な表情で谷の方を監視するロジック。 しかし後ろから漂ってきた強烈な酒の匂いがロジックの集中力を途切れさせた。
「ホッホッホ、今日も元気に見張っとるのか?」
緊迫した状況下の中に聞こえる呑気な声、ロジックが眉間にしわを寄せながら後ろを振り向く。
そこにはロジックの半等身ほどの小さな男が酒瓶を片手に宴会を開いていた。
身長は人間の子供程度ながら、顔は口が隠れて見えないほどの髭で覆われている。
この容姿はドワーフ族の特徴である。
「……ヘイグ殿、いい加減のこの場で酒を飲むのはやめていただきたい」
真剣な表情でロジックが睨みを利かせ注意するが、その若さゆえに威厳がなかったのかヘイグは気に止めることもなく、酒を飲み続ける。
「なんじゃあ、相変わらず堅物じゃのう、この見晴らしのいい景色からやってくる敵を撃退するのを肴に酒を飲む、これ以上のおいしく飲む方法などないじゃろ?」
「ですがここは危険です。いくらゴーレムが強いと言えど流れ矢や魔法であなたにまで被害が及ぶかもしれません」
「ふん、戦争の行われている場所に安全な場所などありはせん、そうじゃろ?」
「それはそうですが……」
ヘイグの屁理屈な理論に、ロジックは言葉を返せず、諦めるとその場で大きなため息を吐いた。
「しかし、アドラーは一体なぜここんな偏屈な国にまで侵攻してきたのじゃ?あれだけの国土を持っていればワシらの領土などあってもないようなものじゃろ?」
「恐らくですが、長年にわたって睨み合いを続けてきた敵国ルインが内乱によって混乱している隙に後ろの小国を攻めて後顧の憂いを断つつもりなのでしょう。」
「なるほどな、つまり、アドラーは本気でイスンダルを取るつもりという事か。しかし、それでもこんな攻めにくい所まで狙うかね?」
「……アドラーがここに執着する理由は他にもう一つ、ゴーレムの存在かと思われます」
「なんじゃと?」
「ゴーレムは戦力としては非常に魅力です、守りも固く、疲れを知らず、そして感情というものがない。これほど兵士として魅力なものはないでしょう」
「なるほど、それを狙ってワザワザこんなところまで……そして奴らはその魅力を身をもって知ったという訳じゃな。」
そう言うとヘイグは豪快に笑いながら上機嫌やな酒を飲む。ただ、そんなヘイグとは裏腹にロジックは険しい表情を崩さない。
「……ですが、流石に向こうもこのままで終わるとは思えません、我らの同盟国であったノワール王国とセト民主国。どちらもそれなりの戦力を誇りながらも僅か数日で落とされています、油断は禁物です」
「ふん、面白い、ならこの状況下をどうやって攻略してくるのか見せてもらおうじゃないか。」
話が終わるとロジックは一度砦の中に入ろうとその場を離れる、しかしその直後、 見張りをしている周りの兵士たちが少しざわつき始める。
「どうかしたのか?」
「団長、それが、渓谷の方から何者かがこちらに向かってます」
「何者か?」
「ええ、その……見た目だけじゃ判断するのが難しくって……」
聞くよりも見た方が早いとロジックは兵士が持つ双眼鏡を取り、谷の方を見る。
すると一人の人間らしきものがこちらに向かっていた。
ただ、それは兵士の話通り、何者かは現状ではわからなかった。
相手は上から下まで、全身を白銀の鎧で身にまとい、その姿からは相手が人間なのかすらも分からなかった。
「旅人……ではなさそうだな」
「どれ、儂にも見せてみい」
そう言ってヘイグが飛び跳ねてロジックから双眼鏡を奪い、谷の方を見る。
「あ、ヘイグ殿!」
「ほう……なかなか見事な装飾の防具じゃ、素材もいいのを使っておる、ありゃ、ただ者ではないな」
職人としてに火がついたのか、ヘイグはロジックを無視して相手の防具を見定めをする。そんなヘイグに、ロジックはまたため息を吐く。
「あの白銀の鎧もそうじゃが、特に兜に付いている翼の装飾なんか実に見事じゃ」
「翼の装飾?」
そう言われてロジックは双眼鏡を奪い返すとその装飾についてみてみる。
その装飾は言われた通り凄く繊細に作られておりそれだけでただ者ではないと感じさせられてしまう。
「……確かに言われてみれば、あの装飾は見事なものだ」
だが、それだけでは相手が何者かがわからない、対応に困り果てていたロジックだったが、突如近くから何かが倒れるような音が聞こえた。
音の方を見てみると近くにいた一人の兵士が腰を抜かして谷の方を指をさしながら体を震わせていた。
「ま、まさか⁉︎あいつは……」
「どうした?何か知ってるのか⁉︎」
「あの鎧……あの装飾……忘れるもんか……間違いない……スカイレスだぁ!」
「スカイレスだと⁉︎」
その名前に今度は近くにいた兵士が反応する。
「な、なんだ?お前たち、知ってるのか?」
「は、はい、私は元々帝国の人間ですから。スカイレスとはアドラー帝国の代々帝国の騎士団長を務めている者に与えられる天空の騎士の意味を持つ称号です。そして騎士団長はアドラー帝国で最強の剣士が任命されるのです。」
「……つまり、奴がアドラーで最強の剣士という事か……」
ロジックはもう一度スカイレスを観察する。
確かに白銀の鎧を省いたとしても限りなく広がる平原のど真ん中を堂々と歩く姿には貫録がありただ者ではないことは感じられる、しかし……
「いくら最強と言えど少し無謀すぎやせんかねぇ」
それはロジックも感じていた、目の前に見えるのは鎧騎士ただ一人、こちらも小国とはいえ五千の兵力とゴーレムがいる、いくら最強の剣士とは言ってもこの戦力相手に一人で立ち向かうのは無謀すぎる。
――何かの策略か?
だがロジックのその考えを兵士の一言が切り裂いた。
「無謀なんかじゃない!……俺の故郷のノワール王国は……あいつ一人に滅ぼされたんだ!」
「な、なんじゃと⁉︎」
兵士の言葉に全員がざわつく、そして怯える兵士の様子からロジックは本当の事だと確信すると
すぐに砦全体に号令をかける。
「総員、すぐに戦闘準備を……」
「だ、団長⁉︎」
「なんだ⁉︎」
「スカイレスが……」
「なに⁉︎」
ロジックが兵士の言葉を聞く前にスカイレスの方をみる、すると先ほどまでいたこちらに近づいていたスカイレスの姿が消えていた。
「消えた……そんなバカな⁉︎」
「我々にもわかりません、目を離したつもりはありませんが気が付いたら既に……」
谷から砦までの距離の間に隠れるところなど一つもない。
ロジックは双眼鏡で隈なく見渡すが辺りには平原が広がっているだけだった。
「一体どこに……」
「団長あそこです!」
ロジックは兵士の指をさした方にすぐさま顔を向ける、そして言葉を失った。
先ほど観察していた時はまだ渓谷の入り口付近にいたはずの白銀の騎士が今、砦の前にいたのだ。
「バカな……一体いつの間に……」
ロジックは一瞬の戸惑いを見せるも、すぐに落ち着きを取り戻し兵士達を率いて砦から出る。
そしてこちらに向かって歩く鎧騎士を数百人の兵士で取り囲んだ。
「お前はアドラー帝国の騎士団長スカイレスだな?」
スカイレスにナダルの兵士達が四方八方から刃を突き付ける、しかしスカイレスは物怖じげことなく答える。
「……お前がここの指揮官か?俺を知っているなら話が早い、今日は帝国の使者としてきた。」
「使者だと?」
「そうだ、我らが皇帝は無益な争いを望んでいない、もしこのまま大人しく帝国に降るなら、己らの身の安全は保障しようとのことだ。」
その言葉に兵士たちがざわつきだす、いくら今善戦してるからと言っても、アドラーとの戦力差は圧倒的だ、このまま戦い続けててもいつかは敗れるかもしれない。それならば降ることもそれもありだろう、しかしその話にヘイグが横やりで入って来る。
「ふん、何が助けてやるだ⁉︎貴様らに下った他の国の噂は聞いておる、貴族は富をはく奪され、女子供は奴隷として売り飛ばされる。そんな国のいう事なんか信用できるか!」
ヘイグの言葉に他の兵士からも賛同の言葉が上がる、そしてそれに釣られて一度は迷いを見せていた兵士達も再びスカイレスに敵意を見せる。
「その件に関しては俺の知るところではない……が、もし抵抗をするのなら……少々の犠牲は厭わないと言われている。」
「⁉︎」
その言葉にナダルの兵士達が武器を構える。
「ふん、面白いなら見せてみろ!こいつ等相手にな!」
砦の中から聞こえたヘイグの言葉に続いて砦のからゴーレムが続々と飛び出してくる。
「ここにはゴーレムがあと数十体おる、さあ帝国の最強騎士様とやらの実力見せてもらおうじゃねえか」
ゴーレムが動き出すと兵士たちは一度後退し、兵士に代わって今度はゴーレム達がスカイレスを取り囲む、しかしスカイレスは微動だに動かない。
全く動かないスカイレスに対し、一体のゴーレムがスカイレス目がけて岩でできた拳を勢いよく振り下ろす。
ゴーレムがスカイレスの身体を砕く……誰もがそう思った瞬間、突如、ゴーレムの体が音を立てて崩れ落ちた。
「な、なんだ⁉︎ゴーレムが崩れた⁉︎」
「あいつ今何を……」
「まさか、切り刻んだのか?」
「馬鹿な、あのゴーレムだぞ!」
他の者達が驚きの声をあげる中、スカイレスは無言で剣に右手で魔力を注ぎ込む
――あれは……魔法剣⁉︎
「皆!後方に下がれ魔法剣が来るぞ!」
ロジックの言葉に従い全員がゴーレムを盾に後ろへと後退する。
「魔王……炎武陣」
スカイレスが冷たい声で技名と共に紅に輝く剣を地面へと突き刺す。
……その瞬間、激しい轟音と共にナダルの大地が、灼熱の炎の海に包まれた。




