武の極み
「エレナ!ピエトロ!」
「あ、ネロ!」
連絡を受けたネロが急いでエレナとピエトロのの元へと駆けつける。
ネロはそのまま二人の周りを見回してみるが、やはり普段そばで飛び回っている妖精の姿はいない。
「ネロ、まさか本当に兄さんのモンスターを?」
「そんなことより、エーテルがさらわれたって?」
「うん、前に森で出会ったネズミの獣人族ともう一人見たことのない獣人族が背後から急に現れてエーテルを攫ってったの。」
「急にって……透明化の魔法か?」
「いや、違う、もし魔法ならエーテルが気づくはずだ、エーテルが気づけなかったって事は恐らく何か特殊なアイテムを使ってずっとつけていたんだ」
――つけられていた?もしかしてここに来てからずっと?
ピエトロの言葉にネロがふと森を歩いていた時の事を思い出す。あの時エーテルは人の気配を感じずっと後ろを気にしていた、しかしネロは誰もいないと判断し、特に気にも留めなかった。
――クソ、相変わらず注意力が足りねえな、俺は
ネロは自分の判断に苛立ちを見せる。
「それで、奴らはどっちの方向に向かったんだ」
「あっち、まだそう遠くには行ってないからすぐに追いつけるかも」
「いや、難しいな、ここは森の中だから視界は阻まれてるし、彼らがまっすぐに言ったという保証はない」
「そんな⁉」
非情とも言えるピエトロの現実な言葉に、エレナが悲痛な表情を見せる。
「……仕方ねぇ、アレをつかうか」
ネロは先ほどエレナが指の差した方に体を向けると静かに眼を瞑る。
――心眼!
ネロが前の方向に間隔を研ぎ澄ませる、するとその先にある様々な気配を感じる取れる。
そして数ある反応の中、物凄いスピードで動く三つの気を見つける。
「よし、見つけた!」
「え?」
ネロが目を開けすぐに前に向かって走り出そうとする、しかし
――う、やべ
その直後、立ち眩みが襲い地面に膝をつく。
「ネ、ネロ⁉︎どうしたの?」
「いや、何でもねぇ」
「……」
――クソ、やっぱこれはあまり使えねぇな
再び立ち上がるとネロは改めてエーテルのいる方へと走り出した。
――
「ちょっと!放しなさいよ!こんなことしてタダで済むと思ってるの⁉︎あんた達なんてネロがすぐ来てやっつけちゃうんだから!だから大人しく――」
「……少々五月蝿いですね、レミー、眠らせなさい。」
「は!」
手の中で騒ぐにエーテルに向かってレミーがもう片方の腕で睡眠の魔法かける。
魔法にかかったエーテルの眼が遠くなると、そのままコクリと項垂れ眠りにつく。
「……そんなことは勿論承知の上です、ですがこちらも引けないのですよ。」
「隊長……」
木の枝から枝へと飛び移り二人は順調に前へと進んでいく。
そして森を抜けようとしたところで、突如後ろから声が聞こえてきた。
「見つけた!」
その言葉に二人が思わず立ち止まり振り向くと、後ろには一人の少年が追って来ていた。
「クソ、もう追いつかれたか……」
「よう、久しぶりじゃねぇか亜人共!俺のいない時にやってくれるじゃねえか」
ネロがゆっくり二人に近づくとレミーは思わず身構える。
「くっ、ミーアさま、ここは――」
「……フ、フフフ……」
「ミ、ミーアさま?」
「フフ、フハハハハハ!」
突如ミーアが高らかに笑いだす、普段冷静沈着なミーアからは想像もできないような笑い声にレミーも困惑を隠せない。
「何ということでしょう!強いとは聞いていましたがまさかこれ程とは!対峙するだけでもわかる底の見えない力、貴方の前では我々を苦しめた竜神族の猛者共も塵に等しい、これ程の子供が存在するなど……ハハハ、やはり世界は広い!」
困惑するレミーとは逆にミーアは嬉しそうな表情を見せる。
「レミー、あなたは手筈通り妖精を連れて先に行きなさい。この者の相手は私がします」
「……わかりました、では……」
――
ミーアに簡単に会釈をするとレミーが前へ走り出す。後を追おうとするネロにミーアが立ちふさがる。
「邪魔だどけ!今なら命だけは取らずにいてやるぜ?」
「フフ、御冗談を、強者にやられるなら本望です。貴方ほどの相手と戦う機会を逃せば私はこの先死んでも死に切れませんよ。」
――死は覚悟の上か、レクサスよりよっぽど厄介だな。
ネロが真剣な表情で拳を構える。目の前にいるのは先ほどの相手よりも何倍も弱い相手、しかしネロはそれ以上に警戒していた。死を覚悟している相手は自分を死に物狂いで襲ってくる。
それはどんなに自分が強くなろうが時に足をすくわれることを、前世で経験していたネロは知っている。
「悪いが加減は出来ねえぜ?」
「フフフ、望むところです、武の極み、体をもって教えてもらいましょう」
ネロの脅しにもミーアは嬉しそうな笑みを崩すことなく応対する。
「……お前らはどうしてそこまで妖精を狙うんだ?」
「簡単な事です、我々全獣人族が生きるためですよ。」
「生きるため?」
「そうです、今の我々には居場所と呼べるものがない、龍神族との戦争に負けた我々は今や他種族の恩恵を受け生きる生活……生存争いに敗れるのはこの世界の摂理なので受け止めます……なので今度はその摂理に従い、妖精相手に争いを仕掛けるだけです」
「今のままじゃダメなのか?人間と暮らしている今の状況じゃあ……」
「……そうですね、確かに他の者達の中には上手く共存している方も多くいます……しかし大半は移住先で奴隷にされたり迫害を受けたりしているのです、貴方のように亜人と呼ばれてね。今の我々に安息は約束されていないのです。」
そう言われるとネロも言い返せなくなり口を閉ざす。挑発目的とは言え安易に使ってきた『亜人』という言葉に小さな罪悪感を覚える。
「今度は貴方に問いましょう。貴方はどうして妖精の味方を?」
「取引だよ、あいつを守る代わり妖精の宝をもらう、そう言う約束だ。」
「なるほど、それは良かった、もし可哀想などと言う偽善で立ちはだかられてはこちらとしては神を憎むことしかできませんから。」
「そこまでお人好しじゃねぇよ……俺だって生きるために必死なんだ。」
「それほどの強さを持ってもですか……貴方も訳ありのようですね……」
親近感でも沸いたのかミーアがクスッ笑う
「ま、そう言うことだ、てな訳でてめえを倒してさっさとエーテルは返して貰うぜ。」
「フフ、私もそう易々と、渡すつもりはありません」
ミーアが両足を揃え、腰に付けたレイピアを目線の先に構えて騎士のポーズを取る。
「ガゼル王国が誇る精鋭部隊、ガゼル獣侍軍が四番隊隊長、ヘルン・ミーア、これより誇りと命を懸けて、全力でお相手させていただきます!」




