ランク
「アレが、ギルドか……」
ネロは多くの冒険者たちが群がる建物が見えると小さく呟いた。
タールの町の中心にあるギルドの建物は、数あるギルド支部の中ではごくごく一般の大きさであるが、この街では一番大きな建物である。
中にパーティーを集める時によく使われている酒場も付いているので、依頼を受けない冒険者達も集まり、ギルドは外にまでたくさんの冒険者たちで溢れている
――入りたくねぇ……。
ネロは目の前の人混みを見て顔を引きつらせている。
「凄い人の数、さすが人間ね」
「ホント、多いねぇ、テッドの市場も多かったけど、こっちも負けてないね。さ、早く中に入ろ?」
人混みが苦手なネロとは正反対に大人数を物珍しそうに見てエレナとエーテルがはしゃぎながらギルドへと向かう。しかし、ネロは一度足を止める。
――俺はここに残っているからお前らで行ってきてくれ。
……と言いたいところだが、ギルドに行くと言い出したのが、自分だと言うことと、オルグスでの出来事もあり、こう言う物騒な輩が集まる場所には、エレナを一人にはあまりさせたくないので言えなかった。
ネロは力なく息を吐くとエレナとエーテルの後を、渋々追って行った。
――
ギルド支部内に入ると、中には様々な冒険者の姿が見える。
大剣を背負う屈強な男や、とんがり帽子とローブを纏い、スタッフを手に持つ魔術士らしき若い女性など。
ただやはり駆け出しの町だけあって、見栄えだけはいいのばかりで、実力的に強そうな相手は見当たらない。
幸い、ほとんどの者が酒場でたむろっているので、依頼を受けるところに関しては、さほど混雑はしていなかった。
ネロ達はそのまま依頼書の貼ってある掲示板へと向かう。
この町の周りには他にギルドがなく、近辺の町、村からも依頼が来ているので、掲示板には依頼の書いた依頼書がびっしりと貼られていた。
依頼書に書いてあるのは、依頼内容と、報酬。そしてギルドが定めた、そのクエストに適した冒険者の推定ランクだ。
冒険者のランクはEからSまであり、こなした実績に応じてランクが上がっていく。
基本はその推定ランクと同じクエストを受けるが、特に規定はなく、EランクがSランクの仕事を受けても問題はない。
ただ、この仕事は実力に応じた仕事を受けないと命に関わるので、基本は皆、自分達のランクと同じ推定ランクの依頼を受ける。
ランクに関しての主な特権としては、ランク限定の仕事や、知名度が上がることで直接仕事を依頼されることがある事だ。
掲示板の前までくると、ネロとエレナは数ある依頼書を端から見ていく。
タール近くの森の生体調査 ランクE 五千ギル
集団ゴブリンの討伐 ランクD 報酬一万ギル
隣町までへの護衛 ランク……
片っ端から目を通すが、駆け出し冒険者向きの街だと言うこともあり、どれもランクが低く、高額の報酬がもらえそうなものはない。
――やっぱりそう上手くは行かないか。
「ネロ、これ見て!」
諦めかけていた所にエレナが端っこに貼ってあった、依頼書に指を差す。
グリフォン討伐 ランクC 五十万ギル。
「五十万⁉︎」
一つ桁の違う報酬の依頼書に思わず手に取る。
タールの近くの岩山にいるグリフォン一体の討伐要請。
「こんなので五十万ももらえるのか?」
グリフォンは四足歩行の体に、三つの眼を持つ鷲の顔と翼を付けたようなモンスターで、平均レベルは三十前後と、そこそこの強さではあるが、決してこんな破格の報酬が付くような相手ではない。
「あ、それやめといたほうがいいよ。」
依頼書を見ていると、ふと話しかけられ、二人が声の方に顔を向ける。そこには一人の女性が立っていた。
年は二十歳前後だろうか?赤色の髪が短く揃えられており、お腹と太ももが見えているほど身軽な服装で、腰にはダガーが二つ付いているきれいな女性だ。
彼女も冒険者なのだろうが、気さくそうに見えるも、他の冒険者達とは少し雰囲気が違う。
「なんだ。やっぱり訳ありなのか?」
「実はその依頼、ちょっっと、怪しいんだよねぇ。その報酬につられてクエストを、受けたCランクの冒険者たちが討伐に行ったんだけど、ほとんど帰っては来ていないんだよ。」
「つまり、実際はもっとランクの高いモンスターですか?」
「もしくは普通のグリフォンではないとか?」
二人の問いに答える前に、彼女は一度、周りに人がいないのを確認する、そして声を潜めて話し始める。
「ここだけの話なんだけど、本来ならこれだけ、問題になっていたら依頼のランクを上げるんだけど、あげないとこを見ると、どうやら上から圧力がかかっているのかも。とりあえず他の人達が報酬につられて依頼しないように隅っこの方に分けてあるんだよ。」
「圧力?何のために?」
金額を見ると報酬をケチっている訳でもない。なのに討伐ランクをごまかす理由が見当たらない。
「それは、わからないわ、ただこの依頼主はゲルマ公爵と同等の野心家で悪評高いブルーノ公爵だからね。何考えてるか分からないわ。」
「今度はブルーノか……」
その名前を聞くと小さく舌打ちをする。
この一か月間で旅していてわかった事、それは帝国の貴族の力関係だった。
立場的には帝国に従順している形ととなっているが、ゲルマ、ブルーノの二大貴族は、帝国でも扱いきれないほどの力を持っており、裏でやりたい放題しているという事だった。
「まあ、そう言うことだからさ、この依頼は私が……」
女性が話をしている途中、ネロはその依頼書を手に取り受付へ向かう。
「え?ちょっと!私の話聞いてた?」
「聞いていた、まあどうであれ、金が入るなら問題ない。危険なのはどの依頼も一緒だろ?」
足を止めることなくそう言うと、そのままネロは受付の方へと歩いて行った。
「……へえ、なかなか怖いもの知らずだね、それとも腕に相当な自信があるのかな?」
ネロの言葉に、女性は小さく笑いながら感心の声を上げた。
「あの、ところであなたは?」
「ん?私?私はリグレット、これからギルドで働くのなら度々見かけると思うから宜しくね。」
「はい、私はエレナです、宜しくお願いします。」
互いが挨拶を交わし微笑む。しかし直後、受付で騒ぐネロの声が聞こえた。




