ヘルン・ミーア
――ネロ達が妖精の森を出て行った直後の話。
妖精の森のオルグス方面から反対側へ抜けた先には昔、滅んだ町の廃墟があった。
とある理由によって滅ぼされた町はここ十数年、そこには誰も住んでいない。
全てを焼かれ、まともな形の家など残ってないこの場所で、町にあった一番高い建物の屋根の上に、一つの人影が立っている。
細長い体型に、ハットと貴族服にマントを身にまとい、腰にはレイピアを差して崩れて足場の少ない屋根に器用に両足を乗せ、上から辺りを見渡している。
しかし、顔は人間の顔ではなく、猫と呼ばれる動物の顔である。
ヘルン・ミーア
かつてはガゼル王国が誇る戦闘部隊、『ガゼル獣侍軍』の四番部隊の隊長を務めていた獣人族の男。
しかしそれも王国が滅んだ今では名ばかりの隊長となっていた。そしてそんなミーアの前に自分と同じ格好をしたネズミの獣人族がミーアの名前を呼びながら走ってきた。
「ミーア隊長!緊急事態です⁉︎」
「……レミー、何度言えばわかるのですか?もう私たちは隊長でもなければ部隊でもないのです。隊長とは呼ばないでください。」
「ハッ失礼しました。ミーア様!」
そう叱られたレミーと呼ばれた獣人族は頭を下げた後、直ぐに敬礼をする。
「それで?妖精は見つかったのですか?」
「は!しかしそれが予想外の事態が起こりまして……」
「妖精を奪われたのですね、第三者の者達に」
ミーアにあてられるとレミーは無言で頷く。ミーアが知ってることにレミーは何の驚きも持たない。
レミーはミーアが心眼を使えることを知っており、ここから使っていたのであれば、先程の出来事の一部始終のやり取りを気から感じ取ることが可能だからだ。
「は、はい、それも相手は恐ろしく強く――」
「私よりもですか?」
レミーはその問いに一度言葉を詰まらせる。
そして躊躇いつつも、ゆっくりと頷いた。
「それは、少々厄介ですね、何事も私を贔屓目で見るあなたが私よりも強いというのなら、それは私では勝つことはできない相手となりますからね」
その言葉にもレミーは何も言わない。その言葉が的を得ているからだ。
彼もかつては四番隊で副長をやっていた男、猫とネズミという組み合わせだが、動物のような天敵の関係性はない。
レミーはミーアを深く尊敬している、レミーの格好がミーアと同じなのも、部隊で統一している訳でなく、ただ純粋にレミーがミーアを真似ているだけだった。
「……実はその相手が、見つけた妖精を殺害しようとしていたのです。」
「それは困りますね……妖精の幻術は想像以上にきつく、このままでは入り口を見つけるのにあと数年はかかるでしょう、なので聞き出すのが得策なのですがね……」
ミーアが言葉では困っていると言いながらも、変わらない冷静な態度で考え込む。
「しかし、先ほどの感じた気からして、どうやら妖精達は三人で森を出て言ったようでした。もしかしたら殺害を取りやめたのかもしれません。その者達の特徴は?」
「ハッ!相手は少し肌の色が濃い人間の少年と、その連れとみられる、少女の二人です。」
「人間の少年と少女……ですか。」
その言葉に少し表情を曇らせる。
相手が強いとはいえ、子供相手に戦うのは騎士としてはやはり気が引けた。
「どうしましょう?」
「とりあえずあなたは彼らの足取りを追ってください、私はその間に確たるメンバーに連絡だけしておきます。相手が普通に戦っても勝てない相手ならギンの力は必要不可欠ですからね。」
「王子への報告は?」
「今は必要ありません、出来れば王子にはこのことは内密に処理したいところです。」
ミーアがそう告げるとレミーはもう一度敬礼をし、早速、先ほどの相手の足取りを追う為、再び森へと向かって行った。
レミーが出て行ったのを確認すると、ミーアは小さくため息を吐き、空に愚痴をこぼすかのように、上を見上げながら、ポツリとつぶやいた。
「やはり、事はそう上手くは運びませんか……ですが我々も十分苦しんだのです……神というのがいるのであれば、そろそろ上手く行かせてはくれませんかね……」




