ゲルマの兵士
「ねえ、オルグスってあとどれくらいで着くの?」
「もうすぐだよ、あと少し歩いたら見えてくると思うわ。」
「そうなんだ、オルグスの人は昔からよく森に来てたからね、懐かしい顔ぶれとかもいたりするのかしら?」
オルグスへ帰る道の途中、エレナとエーテルはずっとおしゃべりをしている。
エレナ自身、今まで同性の年頃の連れがいなかった分、とても楽しそうにしている。
年齢的にエーテルは、自分達よりも倍以上に生きているだろうが、妖精基準としては自分達と変わらない年頃だろう。
女性同士の会話にはあまり入ることができないネロは、仲良さげに話す同性の二人に、若干羨ましさを感じつつも、淡々と前を歩いて行った。
――
オルグスに着いた頃には、夕日が沈み始め、当たりは暗くなり始めていた。
話に夢中になっていたエレナは、来た時よりも早く着いたと言っているが、時間的には大して変わってないだろう。
町は夕刻になり、仕事が終わり始めたからか、あたりは昼間に比べて静かだった。
……いや、すこし静かすぎた。
それは初めてこの町に来た時と同じような不気味な静けさがあって、まるで人っ子一人いない、そう思わせる街並みだ。
「なんか静かね、なんかあったのかしら?」
他の二人もこの異様な雰囲気を感じたのか、エーテルは不思議そうにあたりを飛び回り、エレナは少し不安そうな表情を見せる。
ネロも尋ねようと人を探すが近くには誰もいなかった。
立っていても仕方ないので、とりあえずレイジの家へ向かおうとしたところ、町の奥から一人の男がこちらに向かって走ってくる。
名前は知らないが鉱山で見かけたことのある顔だ、恐らく労働者の一人だろう。
「君達、こんなところにいたのか」
どうやら男はこちらを探していたようだ。
「はい、妖精の森に行って来たんです。」
エレナがそう説明すると、エーテルがエレナのそばに来て男に対し、自分の存在をアピールする。
しかし、男はそれどころではないらしく、あまり関心を持たなかった。
「そうか、ただ今は帰ってくるタイミングが悪い。」
「なんか、あったのか?」
「今ここにゲルマの兵士が来てるんだ。」
その言葉に二人は互いの顔を見合わせる。
――まさかアルカナの存在を気づかれたのか?
いや、時間的にも早すぎることから、さすがにそれは偶然だろうと考える。
「税の徴収ですか?」
「わからない、税は数日前に払ったところだ。だが、奴らはいついかなる時に税を要求してくるかわからない。一応貯めてあるお金でなんとかやり過ごすつもりだが、ここにいると巻き込まれるから早く三人は家の中に入った方が良い。」
そう告げると男は、再び奥への走っていった、多分そこに兵士たちがいるだろう。
「で?ネロ、どうするの?」
エーテルの質問にネロは少し考える。
確かに今ゲルマの奴らと絡むのはいろいろ面倒だ、もし一悶着あったら、国境を越えた貴族同士、下手すれば国同士の争いまで発展しかねない。さすがにそうなれば自分たちの家にも影響が来る。
向こうの目的も金だと考えると金さえ払えば悪いようにされないだろう。
「……そうだな、面倒ごとに巻き込まれる前にさっさと家に入るか。」
ネロはレイジの家の方向に歩き出すが、エレナは少し難しそうな顔をしながら立ち尽くす。
「ん?どうしたエレナ?」
「……なんだか嫌な予感がする。」
エレナがポツリとつぶやくと、そのまま走り出す。
「ちょっと、どこいくの?」
「ごめん私、ちょっとゲルマの兵士の人達のところへ行ってくる。」
エーテルの問いに足を止めずに答えると、エレナはそのまま奥へと走って行った。
「……たく、あいつは……仕方ねぇ、先にレイジの家に行くか。」
「あれ?一緒に行かないの?」
「俺が行ったところでどうにもならねえよ。さすがに貴族の問題まで解決するほどお人よしじゃねぇ、大丈夫、エレナも貴族だ。相手もよっぽどな馬鹿じゃなければエレナに手はださねぇよ。」
そう言うとネロはあくびをしながらゆっくりと家の方へ歩き出した。
――
町の奥にある建物の前で、この町の男達を後ろに率いて労働者のリーダーの男が、ゲルマの兵士十人と向かい合わせで対立していた。
ゲルマの兵士の、トップとみられる男が、横に跳ねた髭を触りながら、高慢な態度で労働者たちを見下し、声を発した。
「私はアドラー帝国の偉大なる貴族オープス・ゲルマ卿の兵士を束ねる、兵士長のバルボスである。そのゲルマ卿の遣いである我々にそのような態度をとるとは何事か!」
「ゲルマの使いが何の用だ?税ならこの前払っただろ?」
「今ゲルマ様は領主の治安をより一層強化するために富国強兵を行なっている。その為に、領土の町村から臨時の徴収を行なっているのだ」
「何が、治安を守るだ、お前らが俺達を守るために何かしてくれたことあったか!」
レンジの言葉にそうだそうだ!と言った賛同の声が後ろから上がる。
「相変わらず五月蝿い家畜が多いな。つべこべ言わずさっさと納めてもらおう、金額は町の者一人につき五万ギルだ。」
「一人五万だと⁉︎」
想定していた金額よりも遥かに高い金額に思わず声を上げる、明らかに蓄えていた金額では足りない。
「用件はわかった、だが今この町に追加の税を納める金がないんだ。鉱山に現れたモンスターのせいで仕事が少し止まってたんだ。今日から再開してるから、今ある金で我慢してもらいたい。」
そう言って袋に入った金貨をバルボスに渡す、バルボスは、中身を確認するやいなや懐に収めると、吐き捨てるように告げた。
「ふん、そんなこと知ったことか!家畜が口答えするんじゃない!ないなら作ればいいだけの話だ。そうだな……町の女を子供を五人ほど売ればそれなりの金になるだろう。」
「なんだと⁉」
そう言うととバルボスはこの町の住民の情報の書いた資料を読み始める。
「この町には十代の娘が七人、そして成人していない子供は……一人か……」
そう呟くとバルボスは部下に女子供を探しに家の中を散策する様に指示を出す。
成人していない子供……もちろんコルルの事だ。
「はぁ!ふざけんな!そんなことさせるかよ!」
「おい待て、レンジ!」
周りの声も聞かず、レンジが怒り任せに飛び出しバルボスにを殴りかかる、しかし、周りの兵士たちに抑えつけられると、バルボスに包帯が巻いてある肩の部分を斬りつけられる。
「ぐぁ!」
「レンジ!」
肩から血を流すレンジに皆が駆け寄る。
「さあ、町中から女、子供を連れこい。」
そう言われた残りの兵士達も動き出す。
「ま……まて……」
「待ってください!」
兵士たちが動き出した直後、町の外側から走ってきた少女が兵士たちを呼びとめる。
「なんだお前は?その格好、見たところ貴族のようだが?」
「エレナちゃん……」
バルボスの前まで来たエレナが、この緊迫な状況に少し怖じ気づくが、一度大きく息を吐くと丁寧なお辞儀をしながら自己紹介を始める。
「私はミディール国でガガ島領土を治めているカーミナル家が長女、エレナ・カーミナルと申します。」
「フン、弱小国家の田舎貴族の娘がなんのようだ?」
家柄を教えても態度を変えず、それどころか母国をバカにした言い草に、少しムッとするが、エレナは感情を抑えるとそのまま話をする。
「はい、実はこの度、このオルクスの町で連れの者と訪れた際、この町の方達には盛大なおもてなしを受けておりました、そして、そのことがこの町の者達の仕事の妨げることになりました。ですので今回オルクスの町が税を払えなかったのは私の責任、どうか私に免じて、見逃してもらえないでしょうか?」
エレナが自分の身分を精一杯使い交渉する、同盟国の貴族の言葉を無下にはできないだろうと……しかしバルボスは……
「……フン、バカバカしい。」
「な⁉」
「貴様らはいつから、我らと同等と錯覚した?同盟国といえど立場はこちらの方が上、貴様らミディールの貴族など我らの平民程度の価値しかないわ!」
バルボスはそう吐き捨てると、再び兵士たちに家の捜索を再開させる。
「それは同盟国であるミディールへの侮辱です!」
「だからどうした?どうせ亀裂が走ろうが困るのはお前らの国だけだ。今の関係が対等だと思うなよ?こちらには武力的制圧なんていくらでもできるのだからな。」
エレナがバルボスを鋭く睨み付ける。
するとバルボスは、エレナの強気な態度に、顎を触りながら興味を示し、近寄ってくると
そのままエレナを見定めるかのように顔つきを観察する。
「な、なんですか?」
「ふむ、中々上物だな、その強気な視線もいい……、将来はさぞかし美しくなりそうだ……ゲルマ様の貢ぎ物にちょうどいい。」
そう言うと男は不気味に微笑む。
「な⁉︎わ、私は、同盟国の貴族ですよ!」
「何度も言わせるな、貴様らなど平民程度の価値しかない、それにお前はこの町に来る途中、モンスターに襲われて消息を絶った。そうなるだけだ」
エレナはここで自分の考えが間違えだったことに気づく、流石のゲルマも他国の貴族に手は出してこないだろうという考えが浅はかだったという事に。
強気な姿勢を保っていたエレナだったが、ここにきて崩れ、体を震わしながら、目に涙をため始める
「連れて行け。」
「イ、イヤ!」
「エレナちゃん!」
「クソ!おい、お前ら、お嬢ちゃんを助けるぞ!」
兵士に腕を掴まれたエレナに労働者全員が助けに向かう。
「邪魔をする奴らは最悪殺して構わん」
兵士たちと労働者たちが揉み合いになった、その直後だった。
「ギャァァァァァァァァ!」
突如町の外の方から成人の男の断末魔が響き渡った。
その声に周りは止まると声の方に注目する。
そしてその方向を見た瞬間、エレナは何が起こったのかを理解した。
そちらにはちょうどレイジの家があるのだ。
そしてしばらく静寂が続いた後、沈む夕日を背に少し小さい影がこちらにゆっくりと歩いてきた。
「な、なんだ?」
「ネロ……」
影が近づくにつれて姿が見えてくる、この国では珍しい褐色肌の少年が自分よりも体の大きな兵士二人の頭を鷲掴みにしながらゆっくりと引きずって歩いてくる。
「だぁれが、田舎貴族だってぇ?だぁれが、平民程度の価値だってぇ?」
その姿ははまるでオーガが殺した獲物を運んでいるときのように見え、その光景に兵士たちは怯え始める。
そしてオーガよりも遥かに強く、恐ろしい少年は自分に浴びせられた侮辱の言葉を噛み締めながら鬼の形相でこちらに歩いてきた。




