親子
しばらくして、レンジからようやく解放されると、ネロは一息ついて、ホーセントドラゴンの死体に近づく。
先程まで暴れていた姿はもうなく、今はただの石の塊になっている。
「フフフ、ざまあみろ、俺の服を破りやがって」
そう呟き嘲笑気味に微笑むネロ、そしてその死体に手を近づける。
このアルカナで覆われたホーセントドラゴンの持つスキル『物理攻撃無効』
これを手に入れればネロは一段と強くなれる。
これさえあれば物理攻撃は一切効かなくなる、そして打撃魔法であるピヨピヨハンマーをも無効にすることができるのだ。
そう、ピヨピヨハンマーを無効に……
――……
――
鉱山の中から咆哮や地響き、衝突音が聞こえて来てからしばらくがたった。
労働者たちは未だ、どうすればいいかわからず戸惑っていた。
「本当に大丈夫なのか?」
「やはり心配だ、あと十分待って出てこなかったら全員で……」
レイジたちがスコップやピッケルを片手に、突撃の準備をしていたその時、ちょうど入り口付近にいる者たちが、ざわつき始める。
レイジが周りの者の指さす方に目を向けると、そこにはネロに肩を借りながら歩いてくるレンジの姿があった。
「お前、ほんっっっと、馬鹿だろ!怪我してるくせにあんなに騒いで傷口開けるとかほんっっとに馬鹿だろ!」
「うっせえな!だから謝ってるじゃねーか!」
肩をよせながら仲良く喧嘩してる二人を見ると全員が一斉に集まって来る。
「レンジ無事だったか!本当に良かった」
「その傷は大丈夫なのか?」
「ていうかお前らいつの間に仲良くなったんだ⁉」
「だ、だれが仲良くなってるかよ!」
皆が集まってくるとネロは他の者にレンジを預ける。
レンジは鉱山からの生還をもてはやされると、皆に謝罪と経緯を説明する、そして話し終わり、じっと見つめるコルルの姿を見つけると、肩を借りるのをやめ、体を引きずりながらコルルに近づいていく。
そして互いの距離が縮まると、皆が見守る中、しばらく黙ったまま互いを見つめていた。
「おとうさん……」
「その……なんだ……随分久しぶりだな」
近づいたのはいいが、何を話せばいいかわからくなって、頭を掻きながら、言葉を探し続けるレンジ。
しかしこういう時の子供の無邪気さは頼りになり、コルルは気にすることなく話しかける。
「おかえり」
レンジはその一言で、言葉を探すのをやめると、ただ思った言葉を口にした。
「ただいま……今まで、ずっと寂しい思いをさせて、ごめんな」
「もう、一緒にいられるの?」
レンジはそのコルルの問いにどう答えるか迷う。
果たして、一緒にいていいのだろうか?
ティナが死んでからはほとんど相手にせず、ずっと兄に預けてきた自分が今更どうやって父親面ができようか。
レンジは助けを求めるように、レイジに目を向ける。
しかしレイジは一切動じることなく二人の行方を見守っている。
――自分で決めろって事か。
レンジはしばらく考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「お前は、レイジじゃなくてこんな俺と一緒にいたいか?」
そう問われると今度はコルルがレイジの方を見た。
レイジは親子そろってこちらを窺う二人にクスリと笑う。
俺に遠慮なんかするな、そんな表情でレイジは頷くとコルルはレンジの方を向き小さく頷いた。
「うん、お父さんと一緒にいたい」
その言葉にレンジは少し気持ちが楽になる。
「……本当にいいのか?今までずっと一緒にいてやれなかったのに」
「昔お母さんがね、いなくなる前に、言ってたんだ。お父さんはいつもコルルのために頑張てくれてるから、何があってもずっとお父さんのこと信じてあげてって、だから僕、ずっと待っていようと決めたの。」
「あいつ……そんなことを……」
レンジは死んだ後でも助けられっぱなしのティナに唯々感謝する、そして改めて気づかされる。
やっぱり、俺にはティナが必要だ、この三人で一緒に暮らしていきたい……
しかしそれはもう叶わない、レンジは今の現実に向き合うことを決めた。
「コルル、今まで散々構ってあげられなかったのにこんなこと言える立場じゃないけどさ、またお父さんと一緒に暮らさないか?」
コルルは改めて言われると無言で頷いた。
「本当に一緒にいられるの?」
「ああ、約束する。」
「僕、邪魔とかになったりしない?」
「邪魔なもんか……俺はコルルがいるから頑張ってこれたんだ。」
「僕……迷惑かけたりしない……?」
「お前は俺の息子だぞ?もっと迷惑をかけろよ」
「おどうざん……おがあざんみたいにいなくならない?」
コルルが今にも泣きそうな状態で、必死で涙を堪えて質問する。そしてその質問にレンジも涙混じりの声で答える。
「ああ……例え、貴族に捕まろうが、ドラゴンに襲われようが、絶対生きて帰ってきてやる。もう、お前に寂しい思いは絶対させない!」
その瞬間コルルはレンジに飛びつき大声を出して泣いた、これから一緒にいられる喜びで泣いたのか、今まで居られなかった寂しさで泣いたのか、はたまた、その両方の思い出泣いたのかはわからないが、コルルは甘えるようにひたすら胸の中で泣き続けた。そしてレンジも、一人の親として受け入れた……。
宝をもう見失ったりはしない、そうティナに誓いながら、コルルを強く抱きしめた。
――
そんな二人の姿をネロは少し離れた場所から見ていた。
今いるのはずっとこの親子のことを見守っていた町の人達だ、町の住人水入らずの中、自分がそこにいるのは少し野暮に思えた。
「お疲れ様。」
そんな気持ちを共有する、エレナがねぎらいの言葉をかけてくる。
「ああ、今回は本当に疲れたぜ」
エレナの顔を見るとやっと肩の荷が下りたのか、ネロは肩を回しながらか疲れた表情を浮かべた。
「でも、まあ、それだけの価値はあったかな」
そう言って、ネロは再び親子の姿を見て笑みを浮かべる。
レンジに抱かれ、泣きじゃくるコルル、あれこそがネロの理想の親子だった。
三度の人生で合計六人の親がいる中、ネロにまともな親との記憶はない。
放置され、嫌われ、物心つかぬ間に、いなくなってしまった両親たち。
今更甘えたいなどと言う感情など微塵もないが、二人を見ていると、少し寂しいと思うところもあった。
「ところで、ホーセントドラゴンはどんなのだったの?」
少ししんみりした空気を換えるように、エレナに問われると、ネロは中での出来事を簡単に説明した。
そして、話を聞いたエレナの反応は予想通りだった。
「ええ⁉ア、アルカ――」
「おい、やめろ、大声出すな」
騒ごうとするエレナの口を慌てて塞いだ。
今、皆が盛り上がっている中、アルカナの話はまずい。
今回の一件も元を辿ればアルカナが原因だ、今その言葉を周りに聞かれるとこの空気に水を差すことになる。
アルカナの話はまた後日、落ち着いた後に話す予定だ。
ネロがエレナの口から手を放すと、何故だかエレナは少し頬を染めている。
「そ、それより、ほ、ほほんとおうにアルカナのドラゴンなの?」
いくら珍しいからって少し興奮しすぎにも思えたが、ネロはエレナの質問に頷く。
「ああ、あいつの物理無効のスキルはさすがに焦ったぜ」
「じゃあ、ネロはそのスキルも手に入れたのね?」
「ん?あ、ああ、それならな……」
少し口を濁しながらネロが答える。
「……手に入れてない」
「どうして?せっかくのスキルなのに。」
エレナの質問はもっともだ、生きることに執着するネロがこの能力を手に入れて、得はあっても損することはない。
「べ、別に今でも、無効のようなものだからな必要ないだろ」
そう言って答えをはぐらかすネロにエレナは、ふーんと言いながらネロの顔をマジマジと見る。
ネロは頑なに眼を合わせようとせず 視線をを逸らす。
「……ま、いいか。」
明らかにおかしい態度にも気づきながらも、そう言ってエレナが詮索をやめると、ネロはホッと胸を撫でおろす。
――ピヨピヨハンマーが効かなくなったら、誰が俺を止めるんだよ。
……なんて事は言えなかった。
「ところでネロ、なにかあった?」
「はぁ⁉なんだよ、いきなり!」
今度も唐突な質問にもネロは過敏な反応を見せる。
「いや、なんか朝よりもまた雰囲気がが変わった気がするから」
「⁉、な、なにもねえよ、気のせいだろ!」
これ以上今、こいつと話すのは危険だ、そう判断するとネロは、すぐにエレナから遠ざかった。
――全く、何故あいつはそんなに気づくんだよ、やはりこれが幼馴染というものか?
いち早く自分の変化に気づいたエレナにネロは唯々驚く。
そう、ネロの心境は変わっていた。
ネロは思い出したのだ、鉱山の中で、レンジと話していた時に、なぜ自分が平民を嫌うのか、当時の心境を全て、そしてそれを思い出したとき、ネロの中で何かが大きく変わっていた。
「おい、お前らもそんなとこにいないでこっち来いよ!」
町の者達の呼びかけに少し小さく笑うと、ネロは憎まれ口をたたきながら、平民の輪の中に入って行った。




