理由
二人の部屋として用意された場所は、想像していた以上に貧相な部屋だった。
部屋の中にはこれといった物は何もなく、隅にある二段重ねのベッドが部屋の四分の一を占めており、まさに、寝泊りするだけの殺風景な部屋だった。
しかし、貧相ながらも、中は隅々まで掃除をされており、ホコリひとつ見つからないことから別に自分達が邪険に扱われている訳じゃないことがわかる。
恐らくこれがこの宿の精一杯の部屋なのだろう。
ネロは誰もいないところでも建前上愚痴をこぼすが、内心はそこまで不満ではなかった。
今まで豪華な広々とした部屋でしか過ごしたことがなかったせいか、この至ってシンプルな部屋は、逆に新鮮に思えた。
そして部屋の窮屈さが、今は忘れたかつての引きこもっていた時の部屋を彷彿させ、まるで自分の部屋のような居心地さを感じさせた。
ネロは腰に付けた道具袋を床に置くと、二段ベッドの下のベッドに寝転がる。
ベットの層が薄いせいか、下が硬く寝心地はあまり良いとはないが、この感触は嫌いではなかった。
ひと騒動あった事もあって、精神的に疲れたのかこのまま寝てしまいそうになるが、部屋の入り口から聞こえた声にすぐさま体を起こす。
「へえ、なかなか古風な部屋だね」
少し遅れてエレナが部屋に入って来ると、ネロはいつものように部屋に対して不満そうな態度を示す。
「た、ただ、ボロっちいだけだろ?部屋というより物置じゃねーか、寝心地も悪そうだ。」
「そう?私はこういうところってなんだか新鮮で、好きだけどなぁ」
自分と同じ意見をハッキリと口にするエレナに、ネロはなぜだか少し悔しく感じすぐさま話題変える 。
「……それよりお前、もう風呂から上がったのかよ」
女性と言えば風呂は長いイメージがある。しかしエレナは汗を流しに行くと出て行ってから、まだ五分程度しかたっていない。
「ここ、シャワーしかなかったから、そんなに時間はかからなかったわ」
――いや、それでも早くないか。
シャワーだけと言っても、もう少ししっかり浴びるだろう。本当に汗を流しただけじゃないかと思えてしまう。
普段は純粋な癖に、モンスターの死骸に平気で触ったりと、変な所で女子力のないところが見受けられる。
「ところで、明日からどこに向かうつもりなの?」
「ん?あぁ、とりあえず目的としては毒耐性のスキルを持っている妖精の女王を探しに行く。」
「どこにいるのか知っているの?流石に私も妖精界の入り口とかは知らないけど……」
「さあな、でもこの大陸の何処かにあるのは確かだろ?ならしらみつぶしに探していくしかない。時間は待っちゃくれないからな……」
そう言うとネロが少し思いつめた表情を見せる。その顔を見たエレナも少し真面目な表情で質問した。
「ねえ?どうしてそんなにスキルを手に入れたいの?」
「……生きるためだ」
ネロは彼女の父に言った時と言葉と同じ言葉で返す。
生きるため……側から見れば規格外のレベルを持つネロが言うと、冗談にしか聞こえないだろう。
現時点でも殺す方が難しい。
それでもまだ足りないと言うのだからネロの生への執着心は他の者達から見れば異常だ。
しかし、そんなネロの言葉をエレナも父親と同様に真剣に受け止めた。
「ねえ、それならいっそのこと、不死のスキルを手に入れちゃえば?」
「不死スキルだと⁉︎」
その言葉に思わず飛びつく、そんなスキルは今まで聞いたこともなかったし、あるなんて思いもしなかった。
「うん、確かレアードが持っているらしいよ」
「レアード……あんなもの本当に存在するのか?」
レアードというのはこの世界の神話に出てくる三つの首を持つ鳥の事だ。
三つの首それぞれが赤、青、緑の炎を纏い、どの首を切っても、すぐさま、新たな炎を纏って復活すると言われている不死鳥だ。
しかし、今までさまざまなスキルについて調べてきたが、そんな情報は今まで聞いたことがないし、レアードが実在するなんて話は聞いたこともない。
妖精の女王よりも遥かに存在が怪しい鳥だ。
しかし、エレナは自信満々にいると言ってのけた。
「レアードは本当にいるよ、だってこれに書いてあるもの」
そう言うとエレナは袋からかなり昔の物と思われる古びた本を取り出し自慢げに見せびらかした。
「なんだそれ?」
「お爺様からもらった、カーミナル家に伝わるの家宝の生体図鑑よ。かつて、英雄のパーティーの一人だった私のご先祖様が、世界を旅した時に書き留めた本。ここにはご先祖様が旅で出会った、モンスターや種族の生態が書かれているのよ。」
「そんなもの持ってたのかよ!」
ネロはエレナから本を借りると簡単に目を通す。
本の中には、様々なモンスターや種族のの能力から生息地まで詳しく書かれている。
――凄いぞこれ!
これでエレナがいろんなモンスターに詳しいか納得がいった。内容も細かく書かれており信憑性も高い、これならレアードも妖精の女王の存在も信用できる。
しかしいざ、不死スキルを手に入れようかと思うと少し躊躇いが出てくる。
死ぬことができないというのも、また苦痛ではないだろうか?
そもそも不死鳥を殺すことなんてできるのだろうか?
――いや、悠長なことを考えてる場合じゃないか。
不死にでもならないと生き残れないほどの状況下だと認識している。ネロは不死スキルを本気で狙いに行くことに決めると、そのままレアードについてのページを詳しく読み始める。
「生息地は……レミナス山か。」
レミナス山……ルインと帝国の間にある聳え立つ山で最もあの世に近いと言われている場所である。
頂上は雲を遥かに突き抜けて肉眼で見ることは叶わず、登るのも一苦労だが、更にそこに生息するモンスター達も高ランクのモンスターばかりで、誰も頂上まで登りきったものはいないと言われている。
確かにそこにならいる可能性は十二分にある。
「レミナス山を登るならそれなりに準備はしないとね、山には色んなモンスターがたくさんいるみたいだし状態異常の効果を持つモンスターもきっといると思うわ。」
「なら、やはり耐性スキルは必須だな、しかし妖精の女王がな……」
妖精界の入り口の場所は本には書かれていない。
他は詳しく書かれているのに、妖精の女王については妖精界にいるという事だけだ。
ネロは他にも毒耐性スキルを持っているモンスターがいないかを調べ始めるが、やはりいそうにない。
話が詰まり始めたところで、ふと部屋の外から扉を軽く叩く音が聞こえた。
本に集中しているのか、平民が来たと考えたのかネロがそれに一切答反応しないのを見るとエレナが代わりに応答する。
「どうぞ」
そう答えると、扉の開け出てきたのは、この宿の女将だった。
「おや、どんな貴族様かと思えば何とも可愛らしい子供達じゃないかい」
手に香ばしい匂いを漂わせる料理をもち先ほどの亭主とは違って、フレンドリーに接してくる。
「さっきは主人たちが意地悪をしたみたいで悪かったねぇ、これ、お詫びのしるしの当店自慢のロブスターの姿焼きだよ良かったら食べておくれ。」
料理から漂う匂いに思わず反応しそうになるが、興味を持たないようにネロはそのまま本を読み続ける。
エレナはそんなネロを無視して、料理を受け取りお礼を述べると、早速食べ始める。
「これ、凄く美味しいです!」
「だろう!ウチは部屋はオンボロだけど料理なら貴族のシェフにも負けないよ!」
エレナがどんどん口に入れるのをネロは何度も横目でチラチラと見るが、手を付けようとは意地でもしなかった。
その姿を見ると、エレナは呆れるようにため息をつく。
「しかし、あの荒くれどもを黙らせるなんて、あんたたちなかなかやるじゃないか」
「はい、ネロはこう見えて実はすごく強いんですよ!なんたって巨大なデビルワームを一撃で倒してしまうんですから!」
女将にエレナが自分の事のように自慢げにネロの事を語り始める。
ネロは気にせず本に集中しようとするが、耳は自然と会話の方に傾いていた。
「へぇ、ならあんた達なら倒せるかもしれないね、鉱山の怪物を」
「鉱山の怪物?」
「ああ、うちに来る連中は普段、北にある鉱山の町で働いてるんだけどね。なんでも最近鉱山の採掘場の奥で、とんでもない化け物に出くわしたとか。」
「とんでもない化け物⁉」
その言葉にエレナのモンスターマニアの血が騒ぎ始め、目がキラキラと輝きだした。
「ああ、なんでも岩でできた蜥蜴の様な怪物でね、労働者たちが次々と襲われているって話さ。」
「へぇ……でもそれだけ問題ならその町を治めてる、貴族は動いたりしてくれないんですか?」
「貴族なんか、何にもしてくれやしないよ、それよか税の取り立てで定期的に町を荒らしにくるみたいだよ。」
話を聞いたエレナが苦虫を噛むような表情を浮かべ、でしょうね、と呟く。
貴族がどうしてるかなんて、ここの者達の自分達への態度を見れば一目瞭然だ。
エレナが話を聞いているであろう、ネロの様子をうかがう。
相変わらずこちらに見向きもしないで相変わらず本に集中するフリをしているのをしている。
それを見ると、少し残念そうな表情を浮かべ、視線を女将の方へ戻す。
「まあ、こんな話をあんた達にするのは少し野暮だったかね。今のは忘れて、ゆっくりしておくれ。」
そう言うと女将は部屋を出ていく、女将が部屋から離れたのを見計らうとエレナがネロに顔を向ける。
「ねえ、ネロ、さっきの話なんだけど……」
「お断りだね、そんなことに時間を割いてる余裕はない。それに愚民ごときのために働くつもりなど毛頭もない!」
ネロは間髪入れずに断りを入れる。
その言葉を聞くと、エレナは「そっかそうだよね」と呟いてそれ以上は何も言ってこなかった。
――……相変わらず調子狂うなぁ
やはり今回もエレナの反応も想像してたのとは違う。
今さら、気を遣うような仲でもない。そのことが気になり続けたネロはとうとう聞いてみることにした。
「なあ、一つ聞いていいか?」
「なに?」
「……なんで怒らねえんだ?」
ネロの主語のない問いにもエレナは何のことかをすぐに理解する。そしてあらかじめ用意していたかのように言葉を述べた。
「ネロの考え方が間違ってると思わないから」
その言葉に思わず目を細める、それはネロが知っているエレナからは考えもしない答えだったからだ。
ネロが驚きを隠せずにいるのを見るとエレナが理由を語り始めた。
「そりゃあ、目の前で怒らせるようなことを言ったなら止めたりはするけどさ、貴族と平民の格差については古くから言われていることだし、そういう考えを持つ貴族もたくさんいるからネロの考えが間違っているってのは言いきれない」
エレナの意見にネロは言葉を失った。
今までロイドやロゼの様に平民に対等に接する貴族たちにはずっと自分の考えを否定され続けてきた。だからエレナもずっとそういう考えを持っていると思っていた、しかし、エレナはそれを否定せず、一定の理解を示した、そのことにネロは驚きを隠せずにいた。
「自分の考えを無理やり変えろと言われて簡単に変えられる訳がないじゃない?だから私決めたの、ネロの平民差別をやめさせるのじゃなくて、ネロに平民の人達を好きになってもらおうって」
真っ直ぐな目をして言って来たエレナに少しネロはたじらう。
「そ、そんなことあり得ねえよ」
「大丈夫だよ、ネロは平民の人達と向き合っていないだけ、もっと近づいていけばきっと好きになれる。だってネロは、優しいから。」
真っ直ぐな目をして言われた真っ直ぐな言葉。
「優しい」……今までだって言われたことは何度もある。しかしエレナの言葉は、今まで言って来た者達とは違う何かを感じさせた。
エレナが先ほど持ってきてもらった料理を差し出す。
「美味しいよ、これ。家のシェフにも負けてないくらいに。」
ネロは料理を取るのに少し躊躇うが、エレナがずっと見続けると、観念したかのように手を伸ばし料理を口に入れる。
「どう?、美味しい?」
エレナの問いに黙秘を決め込む。
なにも言わない……ネロが否定をしないと言うことを美味しいと解釈したエレナは嬉しそうに微笑んだ。
「というわけで、さっきの話乗ってみない?」
「……乗らねえよ」
「そう、わかったわ、じゃあ、この話は私が引き受けるね。」
「お前にできるわけないだろ」
「だったら、守ってくれてもいいのよ?」
悪戯っぽくエレナが笑う。
――これは完全に俺頼りの目だ。
明らかにそれが狙いだと言うことがわかる、しかし断れば本当に一人で戦いに行こうとも考えてるだろう。
エレナが自身を人質にとって自分を動かそうとしてるのを察すると必死で断る理由を探す。
しかし考え込んでも答えは見つからず、さらに先程のエレナの言葉が頭を駆け巡ると、ネロは頭をかき乱し、不機嫌になりながらも、最後は大きくため息をつき観念した。




