貴族のプライド
――港 船着場
「おら、早くしろ!」
「は、はい!」
エレナは港に停めてある船に積み荷を一人で運んでいた。
ガタイがいい労働者ばかりの中、貴族の服を着た少女が混じる姿はあまりに不可解に見える。
「そんなにタラタラしてちゃ明日になっても終わんねぇぞ!」
「はい!」
エレナは亭主の言葉に文句ひとつ言わず、ひたすら運んでいる。
運んでいるのは一つおよそ三十キロある木箱、中にはこの先の町で取れる鉱物が詰め込まれてある。
亭主にエレナ達を泊める条件として出されたのは、船の荷積みの手伝いで鉱物の入った木箱を百個分を運ぶ作業だ。
普段は荒くれな男達が複数の人数でこなす仕事をエレナ一人で運ばされている。
エレナの父、リングも武闘派貴族と呼ばれてはいるが、エレナ自身は鍛錬など積んだことはなくステータスなどは一般の女子の平均程度だ。
華やかな服装の少女が荷積みする光景が目立ったのか、周りにはたくさんの労働者たちがゾロゾロと集まってきて、エレナの作業を見学していた。
少し運んではすぐに降ろすを繰り返しながら運ぶ作業を男達は笑って見ていた。
「どうだ?少しは平民の苦労が分かったか?俺達は毎日こんな苦労をして、生きるための最低賃金を稼いでんだよ。」
まだ成人すらしていない少女が木箱の重さに苦しむ姿を大人たちは容赦なく笑う。それがこの国の平民が貴族をどれほど嫌っているのかを物語っている。
日差しが強く、まだ一つ目の箱ながら、額に大量の汗を流すエレナ。
そしてそんなエレナの姿をネロは少し離れたところで見ていた。
――貴族のやることじゃねぇな。
貴族が平民の道化にされるなど、ネロからしたら非常に不愉快な事。本来ならすぐにやめさせるべきだが、エレナは「大丈夫!ネロはそこで待ってて」と笑顔で答え、手を止めようとしなかった。
実力行使で解決することも考えるが、騒動は起こせないのでむやみに暴れることはできない。なにより、そんな事をしたらエレナ自身が怒るだろう。
手っ取り早いのがネロ自身が手伝うのが一番だが、それは彼のプライドが頑なに拒んでいる。
――あいつが勝手にやっていること、俺には関係ない。
そう言い聞かせ見て見ぬ振りをするが、エレナに対する周りの声がイヤでも耳に入ってくる。
なんだかんだで十年近く一緒にいる間柄だ、そんな奴が目の前で笑い者にされるのを黙って見てられる様な性格ではない。
貴族のプライドと、エレナを放っておけないという思いに挟まれネロはこのどうしようもない状況に苛立ちを感じていた。
「おい、兄ちゃんは運ばねえのか?可愛い彼女があんなに頑張ってるのによ」
イライラしているとこに、酒を飲みながら男達がネロ絡んでくる。
ぶん殴ってやろうかと拳に力を入れ入れるが、その思いをすぐに抑え無視を決め込む。
「女の子にあんな重たいもの運ばせて自分は何もしないのかよ、流石は貴族様は違うねー。」
――運ばせているのはお前らだろ。
いろんな反論の言葉が頭に浮かぶが、ネロはそれを堪えひたすら聞かないふりをする。
……しかしそれもそろそろ限界に来ていた。
周りの声もそうだがそれ以上に一生懸命頑張るエレナの姿がネロの心を動かし始めていた。
「女の子があんなに頑張っているのに、自分は頑張ろうと思わねぇのか?。」
「いや、もしかしたらあのお嬢ちゃんの方が力持ちなのかもしれねぇな。」
酔っ払い達が挑発する様にネロを大声で笑った。
――ああ、もうイライラする‼︎
ネロは頭を掻きながら勢いよく立ち上がると、エレナの元へと行く。
「あ、ネロ。」
「それ、貸せ」
ネロがエレナから地面に下ろしていた荷積みを奪う、エレナは驚き一瞬呆然とするが、すぐに嬉しそうに笑みを浮かべた。
その笑顔を見たネロは少し小っ恥ずかしくなり、そっぽ向く。
「言っとくが、お前を手伝うためじゃないからな!あんな奴らにバカにされるのが癪なだけで――」
「うんうんわかってる、でもありがとう。」
素直にお礼を言われ更に顔が紅潮すると、エレナから離れるために早々と残りの荷積みの方へと向かって行く。
「お?彼氏の登場か?」
「彼女の前でいいとこ見せろよー」
周りの冷やかしを無視して積み荷の置かれた所までくると、それを一段ずつ積み上げて行く。
「おいおい、見栄張んなよ、貴族様。 それ一個何キロあると思ってるんだ?そんなに持てるわけ……」
そこまでま言うとヘラヘラ笑ってた者達が見ている光景に思わず目を擦る。
自分達より明らかに小さい少年が、大の大人が一個運ぶのでも大変な木箱を、片手で十段重ねで軽々と持ち上げたのだ。
初めは魔法アイテムでも使っているのかと思っていたが、それもすぐに使ってないことに気づく。
そして、ネロは積み荷を少し雑に扱いながらも淡々と船に運んで行くと、百個の荷積みを僅か数分で運び終えてしまった。
先程まで笑っていたものは皆んな口を開けて固まっていた。
その姿を見るとネロは少しスカッとした気持ちになり亭主の元へと歩いて行った。
「ま、これが貴族と愚民の差だな。約束通り部屋を用意してもらうぞ。」
ネロの見せるドヤ顔に亭主は悔しそうに歯ぎしりをするが、その後、まるで吹っ切れたかのように急に豪快に笑った。
「ハハハ、やるじゃねぇか坊主!まさか本当に全部運んでしまうとは、しかもここまで力を見せつけられちゃあ、なんも言えねえわ!お嬢ちゃんも大した根性じゃねえか!口だけの貴族かと思ってたが、少し見直したぜ。」
亭主が褒めると、周りからも称賛と謝罪の声が聞こえ始める。ネロはその声に、思わず言葉を失ってしまった。
それは予想もしていなかった反応で、平民から称賛されたのは、初めての事だった。
そして、平民ごときに褒められたことに、少し嬉しく感じてしまった自分に少し嫌悪感を抱いていた。




