これまでの経緯
シュウゼルとフローラは二年ぶりの再会を果たすと、人気のない校舎裏で壁に凭れ掛かりながら、お互いのこれまでについて話していた。
「……そっか。だからラルクは入学して来なかったんだね。」
「ラルクだけじゃない、セピアもステイルもディクソンも冒険者になることは諦めてた。」
「……皆、変わってしまったんだね、まあしょうがないか。私ですら変わったんだもん。」
シュウゼルがクラシアの町の友人たちの現状を語ると、フローラは儚げに空を見上げた。
彼女の襟には紋章が着いており、それがフローラはパン屋の娘ではなくロンダブル公爵家の人間であることを示している。
……フローラがこれまでの事について語り始める。
森で盗賊と戦ったあの日、シュウゼルの力の事を隠すため、身代わりになったフローラは大人達から長時間にわたる事情聴取を受けた後、一人で盗賊を倒したその実力を確認するため、一度ギルドでステータスを確認されることになった。
そこまでは想定内で、恐らく自分の剣の才能が周囲に伝わり、ただのパン屋ではいられなくなることは覚悟していた。
だが想定外だったのはフローラの持っていたスキル『女神の騎士』が三英雄物語の一つ、『聖剣物語』の主人公であるメリエールが女神から授かったスキルだったという事だ。
これが普通ではない特殊スキルという事は分かっていたが、まさか伝説の物語に出てくる勇者と同じスキルだとは思っても見なかったらしい。
「初めは勇者と同じスキルを持つという事で、レミナス教会が私を聖女候補にするため保護を名乗り出たんだけど、王様や他の貴族が猛反対したんだって。」
フローラはあまりわかっていなかったようだが、今の世界の状況について詳しく調べていたシュウゼルにはその理由に大体察しが付いていた。
十年ほど前にレミナス山が崩壊した事によって、当時山の麓にあった総本山とそこで暮らしていた教皇も巻き込まれ亡くなったとされ、レミナス教会は一度大きな混乱に陥っていた。それを収拾するためレミナス教会は急いで次の教皇と総本山を決めることになり、その結果、最も信仰が強いオルダ王国から選ばれる事になった。
その影響もあって、今やこの国でのレミナス教会の力は上級貴族と引けを取らないほど大きい。
もしこの状況で聖女なんて迎えれば、王族よりも強くなってしまうのだろう。
そうなれば次に起こるのは、教会と国との対立だ、それを阻止するためにも聖女などを擁立されてはいけなかったのだろう。
「それで、色々話し合いが行われた結果、最終的には三つの候補から私自身が選ぶことになったんだ。」
「三つの候補?」
「そう、一つはレミナス教会で保護を受け、聖女としての教育を受ける事、レミナス教会はこの国だけじゃなく世界各国に信者を持つ大きな団体だから、聖女になればこの国だけじゃなく世界各国でも上級貴族並みの権力が持てるって提案をされたよ、まあ私はあまり興味なかったけど。そして二つ目はオルダのヴァルキュリアこと、ミーファス様がいるテッサロッサ公爵家、そして三つ目が今いる名門騎士家系であるロンダブル家だったんだ。」
フローラが三つの候補について説明したが、この国の貴族についてはそこまで詳しくはないので、残りの二つの貴族については、シュウゼルはいまいちピンと来ていない。
それを察したフローラも少し苦笑いを見せる。
「まあ私としてみれば正直どこでも良かったんだ。どうあがいても両親と離れて暮らすことは決定してたから。だから初めはミーファス様のいるテッサロッサ家にでも行こうかなあと考えたんだけど、その際にロンダブル公爵から提案があったんだ。もしロンダブル家に来てくれるなら、実力さえ示してくれればある程度の自由をくれるって。」
「自由?」
「そう、なんでもロンダブル家は、ここ何代も名のある騎士を輩出できなかったのが一族の間で問題になっていたらしくて、どうしても私を家に取り込みたかったらしいんだ。そしてそれを決め手にロンダブル家に入ることになったんだ。だから社交場じゃなかったら昔の話し方でも大丈夫だし、婚約者もいない、君に入学試験の用紙を送れたのもそのお陰だしね、堅苦しくもないから凄く過ごしやすいよ。養父である公爵様も他の家族の人たちも皆優しいし、今では恩を返すためにもロンダブルの人間として剣の腕を磨いているんだ。」
フローラが腰に付けた剣を抜き、目線の高さまで持ってくる、見るからに名刀とわかるほどの輝きを見せるその件に太陽に光に反射して刃がキラリと光った。
「私はこの剣でロンダブルの名を世界に轟かせ、そして自由も手に入れる、その為にもまずはこの学園で頂点に立つ。」
そこに迷いや、不安と言うものは見られない、それがフローラが自らの意思で剣を握っているという事が分かった。
「そっか……なんだか少しホッとした。俺はずっとあの日のことを後悔してたから。」
「ふふっ、楽しく暮らせているから安心して。じゃあ、私の話はこれくらいにして、今度はクラシアの町の事を聞かせてよ。」
そう言われると、シュウゼルはクラシアの話をし始め、そして二人の思い出話に花を咲かせたのだった。




