セオリー通り
「ほんっっっと、ネロ様って感じ悪いなぁ。他の人はなんともおもっていないの?」
一日の就労時間が過ぎた後、使用人の部屋で、新人メイドのエーコが就寝前にツインテールを解きながら愚痴をこぼす。
「こら、メイドがご主人様の悪口なんて言わないの。」
「でも、先輩は何とも思わないのですか?」
エーコが怒る理由……それは主人であるネロの使用人に対する接し方にあった。
ネロの家に仕えるメイドは全員で五人いる。
エーコがここで働き出して一か月、ネロがメイドと話をしている姿を見たことがなく、近くにいても話しかけても、まるで誰もいないかのように振る舞われ無視をされていた。
おてんばな性格の矯正を理由にメイドに出されたエーコはその性格故に、何度も大声で叫ぼうと試みたが、その都度エーコの様子を見張っている先輩メイドたちに止められており、エーコのフラストレーションは溜まり続ける一方であった。
ネロがそんな振る舞いをする理由、それはメイド達の身分にある。
前世の公爵家は使用人達も貴族の出の者達であったが、今の身分は一つ格が下がる伯爵家、身分差別をしなかった両親の方針もあり使用人達は皆平民の者達だった。
鍛錬を優先しているため、かつてのような仕打ちこそしてはいないが、
ネロが前世から持ち続けている身分差別の思想は、国や環境が変わっても変わることはなかった。
「もう慣れたかな、この家に何年も働いてるし。それに私達なんかはまだマシよ、メイド長のカトレアなんかは旦那様が亡くなられてからはずっと面倒を見て来ていたのに、未だに話をしたことがないそうよ。」
「え?でもいつもネロ様が要望がある時聞いてくるのメイド長ですよね?どうやって聞いているんですか?」
「用事があるときは近くで独り言を呟くそうよ、私達との会話をするという行為が嫌みたいね」
「うわぁ、それちょっと酷すぎない?普通そこまでします?」
話を聞いていたエーコが思わず引き気味になる。
「貴族が、格下身分を嫌うなんて、どの国でもある事よ、乱暴にされたり、強引に迫られたりするよりはマシでしょ?ルイン王国なんて地獄だし。」
「そりゃそうかもしれないけど……カーミナル様はお優しい方なんだけどなぁ」
「先代の旦那様たちも優しい方だったらしいわ、ネロ様もカーミナル様達の前では普通に接してくれるんだけどなぁ。」
エーコはカーミナル家がいる時のネロの態度を思い出す。
普段の態度が嘘のように普通に接してくるが、本人達が帰ると。すぐにいつものように無視をし始める。
その態度の変貌は誰が見ても明らかだった。
「……チクっちゃいます?」
「この島の兵士が束になっても勝てないモンスターを、一撃で殺しちゃう人を怒らせてもいいならね。」
その言葉を聞くとエーコは顔を引きつらせながら、ハハハと笑っているとは思えない笑い声を発して、自分の布団へと入り込んだ。
――
翌朝、ネロが出発前に袋の中を確認する。
コンパス、薬草類に世界地図、そしてモンスターの情報が載ってる魔物図鑑。
初めて行う冒険に、少し胸が躍ってる事に気づくと頭に軽く小突く。
これは遊びではない、自分の人生をかけた戦いなんだ。
そう言い聞かせると食卓へと向かう。
食卓に行くと、この家のメイド全員が一列に待機しており、ネロが来るとそのまま一斉に揃えて頭を下げる。
そしてその先頭にいる、一際綺麗なメイドが他のものよりも先に頭を上げた。
肩まで綺麗に揃えてある黒い髪にまるで瞑っているように見えるほど細い目つき、そしておっとりとした優しい表情で主人であるネロを見つめている。
年齢はまだ二十代前半ながらこの家のメイド長を務めるカトレアである。
そしてテーブルには、毎朝食べてる、ハニートーストが置かれている。
「おはようございます、ネロ様、朝食の用意ができており――」
カトレアに言われるまでもなく、ネロはテーブルのパンを手に取ると、カトレアに見向きもせずにさっさと部屋から出ると、そのまま家から出ていった。
「ホント、感じ悪い……」
頭を下げたままエーコがムスッとした表情で呟いた。
――港の船着き場
「いいわね、絶対無事に帰ってくるのよ?」
「わかっています。」
「ところで、エレナはどこに行ったんだ?」
周りを見回してもエレナの姿はどこにもない。というより今日、一度も姿を見ていなかった。
「あの娘、部屋から出てこなかったわ。もしかして別れるのが辛いのかもね」
母アリサは娘の気持ちを察したように、にが苦笑いをする。
――あいつはそんなたまじゃないだろ。
ネロは心の中で呟く。
――しかし、この展開、なんかどこかで見たことあるような……。
それは前々世にさかのぼる、佐竹健太として生きていた時代のお約束の展開、もう何十年まで遡ることになっているので、本人はどこで見たかまでは覚えていなかった。
ネロは頭を回転させこの展開の続きを思い出す。
――確かこういう場合は……そうだ!
「一緒についてくるためにこっそり、船の中に隠れてたりしませんかね?」
「なにぃ⁉それはいかんぞエレナよ⁉」
あくまで予想で言ったネロの言葉を真に受けると、リングが血相を変えて、船内の中を探し回る。
ネロも後を追い、隠れる場所としてお決まりのタルや、木箱を一つひとつ念入りに調べてみる。
――もしエレナについてこられたら、いろいろと厄介だしな。
エレナがどういう性格をしているのかはネロはこの十三年間で嫌というほどよく知っている。
正義感が強くて度胸もあり、半ば少し強引なところがある。こんなのに旅についてこられたら、面倒極まりない。
ネロは倉庫やトイレ、厨房まで隅々まで調べるが、全くいそうな気配はない。
――おかしいな、セオリー通りなら船内にいるはずなんだが……ただ来てないだけか?まあそれなら、特に問題ないか。
いないと判断すると、一度港まで戻り、リングたちに改めて別れを告げる。
「では、定期の手紙を忘れるなよ」
「はい、では行ってきます」
そう言うとネロは船に乗り込み十三年生きてきた島と別れを告げ、こうしてネロの一人旅が今始まった。
――
「ふう……」
船が島から離れるとネロは一息つく。
「ネロ様、目的地はどこにしますか?」
「ん?ああ、イスンダル大陸のここから一番近い港に行け、それと、ここから船内では、俺に用もなく気安く話しかけるなよ。平民なんかと話すと汚れるからな、何か用がある時は俺から声をかける、他の奴らにも伝えておけ。」
島を離れた途端、ネロは態度を露骨に変えると、さっさと船内の自室へと向かった。
さっきとは打って変わった態度に船乗りは、怒る間もなく、ただポカーンと口を開けていた。
自室に入ると、中央にあるテーブルの席に座り、今後の予定を立てはじめる。
――とりあえず欲しいのは状態異常の耐性スキルと、あと水中でも呼吸ができるスキルだ。
ネロは魔物図鑑を開けると、目的の耐性を持っていると言われる、モンスターを探す。優先順位としてはまず、即死の耐性スキルだ。
ネロの体力は異常に高い、例え毒を浴びたとしてもすぐに死ぬことはないし、水中の中で呼吸ができなくても死に至るまでは一週間は耐えられる。ただその分苦しむ時間も長くなるが……。
なのでとりあえず、即死耐性のスキルを身に付けることを最優先にした。
――
即死スキルを持つ魔物を図鑑で調べるが、図鑑に載っているのはモンスターの曖昧な情報や、特徴ばかり。スキルやステータスと言った詳細については何も書かれていない。
――クソ、役に立たない図鑑だな。
とりあえずネロは、モンスターの特徴からスキルを持っていそうなモンスターをしらみつぶしに探す。
――めんどくさすぎる。
ネロが頭を悩ませていると、部屋の外から、ノックが聞こえた。
ネロはノックを無視するが、無視したのにもかかわらず、帽子を深く被った小柄な船員が入ってきた。
「昼食の方をお持ちしました。」
「……さっきの船員に聞かなかったのか?用がある時は俺の方から呼ぶと。いちいち貴様らみたいな小汚い連中といると虫唾が走るんだ、消えろ」
顔も見ずにそう言うと、そのまま図鑑に集中する。だが数秒後、頭の中で嫌な展開がよぎった。
――あった、もう一つのお約束。
目の前にいるのは、まるで顔を隠すように帽子をかぶる船員、この展開も見たことがある、そして今度の展開は予想通りとなってしまった。
「聞いたからここに来たのよ、ネロ。」
船員から聞きなれた声が発せられると、相手はその深く被った帽子を取る。そして顔を見せたのは予想した通り、船員の格好をしたエレナだった。
「お前、いつの間に⁉︎」
「昨日のうちに船員さんに頼んで乗せてもらったの。」
完全に盲点だった。
物陰に隠れてることしか考えておらず、船員に紛れているという事を想定していなかった。
ネロはまたもや自分の浅はかな考えを後悔した。
「それより、少し耳にはしてたけどネロ、あなた本当に使用人の人達に対してそんな態度取ってたのね。」
エレナが冷ややかな目でこちらを見つめてくる。
バレた以上、ネロはもう隠そうとせず、開き直った態度に出た。
「それがどうした?平民ごときにこんな態度を取って何が悪い?」
「いや、別にいいんじゃない?」
――……え?
エレナの予想外の反応に思わず口論を覚悟していたネロは拍子抜けする。
いや、むしろそれが逆にネロの考えを深読みさせる。
「……で?なんでお前がここにいるんだよ?」
「なんでって、もちろん旅についていくためよ。私、いろんなモンスターを見るために一度旅をしてみたかったのよねー。」
自分が真面目に冒険をしようと決めたのに対しまるで、観光に行くような言い草でついて来ようとするエレナにネロは声を荒げて拒む。
「ふざけんな!何かあったら俺がお前の親父に怒られるじゃないか!」
「大丈夫、私こう見えても少しなら魔法使えるし、それに怒られるのが嫌ならしっかり守ってよね。」
そう言って、部屋のベッドに座りくつろぎ始める。
――冗談じゃない、俺の人生をかけた旅にこんなやつの子守りなんかしてられっか!
「なんで俺が⁉︎いいから戻れ!今ならまだ間に合――」
そう言おうとしたところで思いとどまる。
カーミナル夫妻はロイドと同じく差別的な事を許さない、だからこそ今まで本人達の前では、普通に接してきた。もしこれで引き返したことによって、エレナが両親にさっきの事を話したら、最悪、旅を中止させられるかもしれない。
そしたらまた旅に出るまで時間がかかってしまう。
ネロはエレナに完全に自分のペースを乱され、悶々とした気持ちに頭を掻きながら大きく叫んだ。
そんなネロをよそに、エレナはネロの読んでいた、魔物図鑑に目を通す。
「あ、魔物図鑑じゃん!ネロもモンスターに興味あるの?」
「……今回の旅の目的は目当てのスキルの持っている、モンスターから奪うのが目的だからな」
ペースが狂っている自分とは裏腹にマイペースでくつろぐエレナに不機嫌にムスッとしながら答える。
「へえ……でもこんな図鑑でわかるの?」
エレナの問いに無言になる、わからないから今困っているところだったのだから。
「なら私、役に立てると思うわよ?モンスター持ってるスキルとか居場所も知ってるし」
「なに?本当か⁉」
まさかの思わぬ展開にネロが声を上げる。
なんでそんなことを知っているのかはわからないが、今はそんなことはどうでもいい。もし本当なら、エレナを完全に追い返すことができなくなってしまった。
「本当よ、英雄カーミナルの血を引く私を舐めないでよね!」
そう言うとエレナは誇らしげに胸を叩く。
本当に知っているのかどうかはさなかではないが、どちみちエレナを追い返すのは得策じゃない。
ネロは不本意ながらもエレナの同行を許可することにした。
「それじゃあ、契約成立ね、そう言う事で、これから宜しく!。」
あざといくらいの満面の笑みでエレナが笑う、しかしその笑顔は、ネロにはこの先の不安の材料にしかならなかった。
こうしてネロの一人旅はわずか数時間で終わり、エレナとの旅が始まった。




