フランソア・ロンダブル
トーマス・オルダが、フランソア・ロンダブルと初めて会ったのは二年前、王家が開いたパーティーの時だった。
三日間行われるそのパーティーは、王家の主催ではあるが、伝説の英雄と同じスキルを持つフランソアがロンダブル公爵家に養子として迎え入れたことを祝すパーティーであり、彼女のお披露目の場として用意されたものであった。
公爵家の養女になったことで、王子である自分の婚約者候補になった事もあり、トーマスも彼女に注目していた。
トーマスが初めて見た彼女の第一印象は『憐れ』だった。
少し珍しい水色の髪に、それに合わせて作られた白いドレスを着て歩く姿は確かに美しかった。
しかし、まだ貴族になって日が浅いせいか、歩き慣れていないヒールに何度もつまづき、礼儀作法や言葉遣いなどにぎこちなさが残っていた。
更には緊張からか、顔は終始強張った様子で、とても惹かれるような相手ではなかった。
彼女が平民の出なのは王家と一部の貴族には知らされており、まだ貴族となって間もないことをトーマスは知っていたが、他の貴族達にはどこかの男爵家の娘と知らされていたゆえに、今日の彼女は笑い者として映っていた。
――なぜ公爵はこんなに早く、お披露目を……
パーティーなど年間通して何度も行われる、こんな貴族なりたての少女をすぐに参加させる必要はない。
これでは彼女が可哀想だ、そう思って注目してトーマスだったが、それでもフランソアは下を向くことなく、精一杯貴族令嬢として振る舞おうとしていた。その姿には少し好感が持てた。
そしてパーティーの二日目、その日トーマスがフランソアに感じたのは『畏怖』だった。
二日目は余興の一つとして、剣術大会が行われた。
王や上級貴族を前に、剣の腕に覚えのある貴族達が多数参加する中、フランソアは一人子供で参加し、その強さを皆に見せつけた。
剣を片手に、舞うように戦うその姿は、強く、気高く、そして美しく、まさに剣姫と呼べるもので、昨日見せていた彼女の醜態をかき消すほどであった。
もしかしたら、これこそが公爵がフランソアを参加させた目的だったのかもしれない。
彼女に求めるのは礼儀作法ではなく、その剣の実力なんだと、皆に知らしめるために……
決勝戦でこそ敗れはしたものの、まだ十歳の少女が現王国最強の騎士であるミーファス・テッサロッサに一歩も引かない姿は、ここにいる皆に未来の英雄像を植え付けた。
……だが、同じ年の少女のその圧倒的な強さはト―マスにとっては、美しく、そして恐ろしくに映っていた。
そして、最終日であるパーティー三日目。この日、トーマスは初めて本当のフランソアに会ったのだ。
パーティーが一段落し、トーマスが外で夜風に当たりに歩いていると、どこからともなく歌が聞こえてきた。
その歌に導かれるように足を進めると、そこには昨日鬼神のような強さを見せていた少女が噴水に座っていた。
彼女は油断しているのか、トーマスの存在に気づかず、足をバタつかせながら楽し気に歌を歌っている。
聞いたことない歌で、内容は何故かパンに関する事ばかりだった。
その独特の歌詞と耳に残るリズムに思わず吹き出すと、こちらに気づいた彼女は慌てふためくきそのまま噴水に落ちてしまう、その姿を見てトーマスは声を出して笑っていた。
そして噴水の中で恥ずかしそうに頭を抱えるフランソアを見て、トーマスは初めて彼女が自分と同じ年の少女だと認識した。
トーマスはフランソアと初めて言葉を交わした。
どうやら彼女はパン屋の娘だったらしく、剣よりもパンが好きで、先ほどの歌も以前作った自作の曲だったらしい。
トーマスは彼女の好きな物や以前彼女が暮らしていた街の話など、彼女の事をたくさん聞いた。
夢中で話す彼女の顔は、パーティーの席や、戦っている時とは違い、とても輝いていて思わず見惚れてしまうものだった。
だが、時折寂しそうな表情も見せていた。
当然と言えば当然かもしれない、伝説の英雄と同じスキルを持っていたことから公爵家に引き取られた平民の少女、傍から見ればなんと強運なことなんだろうが、彼女からすれば友人や両親から引き離された形となったのだ。
気が付けば彼女は敬語を忘れ一人称も僕になっていたが、トーマスは気にしなかった。むしろそちらの方が彼女を身近に感じられたからだ。
そして話によれば彼女の名前は養女になると同時に付けられた新しい名前らしい。
いつか昔の名を教えてもらえるだろうか?
三度目に会った彼女に感じたのは『恋』だった。
彼女は自分の婚約者候補、あわよくば婚約できるかと思ったがそう上手くはいかないらしい。
どうやら彼女の婚約者候補は三人いるらしく、一人は自分で、もう一人はと彼女の義兄であるラヴァル。
そして、三人目はレミナス教会のレブルと言う若き神官らしい。
誰を選ぶかは本人に委ねるという事だったので、婚約するには彼女に認められるしかない。
幸い公爵家に来たばかりという事もあって、すぐ決めるという事もないらしい。
それならばと、トーマスはすぐさま動き出した。
年齢が同じなのは大きなアドバンテージである。
トーマスは少しでも彼女と過ごせるようにと、同じ騎士団学校の入学を目指した。
王族の力を使えば、難なく入れるだろうが彼女の隣に立つにはそれではいけないと、トーマスは必死に努力し、実力で魔法科主席を勝ち取った。
そして今、トーマスはフランソアと肩を並べるところまで来ている、それを知らしめるのが今回のタッグ戦である。
特に一度目のこのタッグ戦は重要で、この行事は催し物として学校外の貴族達にも中継される。
有望な生徒がいれば、早くから目をつけ囲い込む、生徒からしても金銭面に余裕のない平民や爵位の低い貴族が結果を残せば将来や支援を約束される。
どれも王子であるトーマスには必要のないものだが、このタッグ戦でフランソアと組めば、二人の仲を貴族たちに見せつけられるので、婚約者候補として優位になる。
もし先に試験があったのなら、順位が変わっていた可能性もあったが、どこかの貴族が手を回したのか、幸い今年は試験とタッグ戦が逆になった。他の貴族の策にあやかるのは癪だが、この機会を逃すつもりはない。
トーマスはスケジュールが変更された後、すぐにフランソアにパートナーの申し入れを行いにいった。
そして放課後になると、彼女が魔法科の教室にやってきた。
全員が一斉に注目する中、彼女は教室の中を覗いた後、こちらへと歩いてくる。
「フランソア嬢、待ってたよ。どうだろう?僕のパートナーになってくれるかい?」
まるで、プロポーズのような言葉を用いて手を差し出す。
一応尋ねはしているが、実際は申し入れを受け入れると確信している。
立場も実力も自分以外に釣り合うものはいない、そもそも、自分以外に組もうとする相手もいないはずだ。
……しかし、フランソアはトーマスの手を取ることはなかった。
「トーマス殿下からのお誘い、騎士を目指す者として大変光栄でございます。もし、入学前であったのならば、きっとあなたの手を取っていたでしょう。でも……私には既に決めた相手がいます。」
――え?
深く頭を下げたフランソアは、凛々しい表情でトーマスを通り過ぎ、奥の隅の方で友人たちと雑談する最下位のシュウゼル・クラウスの元へと歩いていった。
「え?ロンダブルさん⁉」
「戦士科主席がなんで俺らのとこに?」
近付いてきたフランソアに生徒たちが戸惑う中、シュウゼル・クラウスだけが落ち着いた様子でフランソアを見ていた。
「シュウゼル・クラウス、私はフランソア・ロンダブルと言うものだが、明日のタッグ戦、私のパートナーになってはくれないか?」
フランソアが自己紹介と共にシュウゼルクラウスにパートナーを申し込んでいる。
その光景に、魔法科の生徒たちは全員唖然としていた。
「ちなみに拒否権は?」
「勿論ないよ。」
「そっか……じゃあ、仕方ねえよな!」
そう言うと二人は揃ってニコリと笑い、ガッチリと握手を交わした。




