謹慎の入学式
「呆れた。まさか入学式も始まっていないのにいきなり喧嘩だなんて……」
寮部屋での騒動が瞬く間に寮内に知れ渡ると、シュウゼルの部屋のメンバーはその日の夜に魔法科の担任である女性教師、ミスリー・ブラットに教員室へ呼び出されていた。
「まさか入学式の前に謹慎を言い渡すことになるなんて、こんなのは前代未聞ですよ?」
ブラットは今年で教師歴三十年になるベテラン教師だ、そんな彼女が額を抑えるのを見ても今回の騒動の問題の大きさがわかる。
「特に貴方達三人!」
「「「はい!」」」
問題を起こした、三人であるバタック、アクト、レノンが揃って返事をする。
「確かにこの学校は実力主義で順位は非常に重要になってきます。しかしそれはあくまで学校内でのシステムの話であり、順位の高い生徒が学校で優遇を受けられる事により、上位を目指し切磋琢磨してもらうためのものであって、他人を見下す為のものではありません。」
「「「……すみません。」」」
ベテラン教師ならではの凄みのある叱咤に、顔を腫らしたバダックを挟んで並ぶ三人が一斉に頭を下げる。
そしてブラットは今度はシュウゼルを見る。
「そして、シュウゼル・クラウス君。」
「はい。」
「いくら相手に非があったとしても暴力はいけません、特に貴方は本来魔法科ではない事もあって、他の魔法科の生徒よりステータスが高いのですから……あなたの状況に関しては、我々も申し訳ないと思っています。だからと言って今日の一件を肯定するつもりはありません。」
「はい。」
「なのでテル・モース君以外の四人には入学式からの三日間、寮で謹慎してきっちり反省してもらいます。」
ブラットの言葉に四人は素直に返事をする。
そしてブラットから退出の許可を得ると、五人は揃って部屋を出た。
静けさの漂う廊下に出た五人の間にはぎこちない空気が流れていた。
「はぁ……」
それを壊すかのようにシュウゼルが溜息を吐く。
「……あの、ところでクラウス君、一つ聞いていい?」
「ん?」
部屋のメンバーの中で唯一謹慎を逃れたテラが恐る恐るシュウゼルに声をかける。
「さっきの話ってどう言うことなの?」
「さっきの話?」
「ほら、先生がクラウス君は本来魔法科じゃないっていってたやつ……」
「ああ、あれか、俺は元々戦士科で合格してたって話。」
シュウゼルは寮へ歩きながらテルに受験の事を話す。
「戦士科?じゃあどうして魔法科に?」
「さあ?魔法も使えるからじゃね?まあさっきの反応を見るに向こうに手違いがあったっぽいけどな。」
ブラットの反応を見る限り、向こうの何らかの不手際があったのは確かだろうが、どうせ尋ねたところで教えてくれないのは分かっているので、シュウゼルもその事を追及するつもりはない。
「もしかして、クラウス君が魔法科で最下位なのって戦士科で受験したからか魔法での成績がないからとか?」
「多分そうじゃないか?実際魔法なら中級までなら大方使えるしな。」
「はぁ?それなら主席も狙えるレベルじゃねえか、なんでもっと文句言わないんだよ。」
二人の会話を聞いていたバダックが、声を荒げて反応するとすぐにハッとした様子でそっぽ向く。
気が付けば他二人もシュウゼルたちにの会話に耳を傾けていた。
「別に、順位なんてどうでもいいんだよ。」
「どうでもいいって、成績の順位で学校生活は変わってくるんだぞ?」
「ああ、宿題の量に授業の出席免除、訓練所の使用への優先順位にあと……俺達ほどではないけど見下すやつは出てくると思うぞ。」
アクトが順位の特権を挙げていくが、シュウゼルにはどれも魅力的には思えない。
そもそもシュウゼルがここにきた目的はフローラと会う為だけである、それだけにあまり順位に興味はない。ただ、もし順位が低くて何か問題が発生したのなら、その時また上位を目指せばいいと考えている。
「まあ、どうせ授業を受けていれば放っておいても順位なんて上がるだろ。」
「すげえ自信家だな……」
「……でも、戦士科ってことは、クラウスって剣も使えるの?」
「まあな、魔法科に入れられたのも試験で魔法剣を使ったのがきっかけだと思うし」
「魔法剣!かっけぇ……」
五人はそのまま話をしながら部屋へと戻り、気がつけば五人の間にあった蟠りは少しずつ溶けていった。
そして翌日、テルを除いた四人は皆が入学式に出ている中、寮に残りトイレ掃除や寮長の手伝いをしながらしながらその日一日の謹慎生活を過ごしていた。
テルが帰宅した後は、テルから入学式や学校での主な出来事を皆して聞いていた。
「――それで、学長の話が終わった後は新入生代表の挨拶で、代表は総合成績一位の戦士科主席のロンダブルさんが務めたよ。」
――ロンダブルってのは恐らくフローラの家だよな?
引き取られた家の名前は覚えていないが、戦士科一位なら恐らく彼女だろう。
「それで、どうだった?」
「うん、凄く凛々しくて堂々とした挨拶だったよ、流石は勇者の生まれ変わりって呼ばれるだけはあったよ。」
「そっか……」
シュウゼルはフローラの事を褒められると自分の事の様に喜び、少し恥ずかし気に鼻を掻く。
「それで、その後は学年の総合順位一位から五位までの発表だったかな。」
「総合順位か、それは気になるな。」
順位の話題が出てくるとバタックが食いついてくる。
「それで、一位はロンダブルとして、他はどんな奴だったんだ?」
「うん、まず二位だけど、僕ら魔法科主席のトーマス王子だったよ。」
「へえ、王子で学年次席とはスペック高いんだな。」
王子だから幼いころから英才教育は受けているだろうから、成績が優秀なのは頷ける。
「そして三位は治癒術師科主席の女子、ハロルドさん。」
「女子か?どんな奴だった」
女子と聞いて今度はレノンが興味津々に尋ねる。
「えーと、なんていうか……凄かった。」
「何が?」
「それは胸が……じゃなくて、そう!態度が!、凄く高圧的で、平民にも関わらず言い寄ってくる、貴族の男子をスタッフ振り回して一蹴してたよ。」
「へえ、なんか、すげえ治癒術師だな。」
「俺は胸の方を聞きたいんだけど」
治癒術師と言えば大人しいイメージがあったので暴れる姿に少し興味が出てくる。
「で、四位が弓科主席のクルーズ君、身長が高いけど温厚な人でハロルドさんとは知り合いみたいで、暴れるハロルドさんをずっと窘めてた。」
「弓使いに宥められる治癒術師って……」
「そして、最後五位が、戦士科次席のゼシアン・シベル君」
「何だって?」
その名前を聞いたシュウゼルが思わず声を上げる。
「どうした?」
「それはおかしいぞ?」
「別におかしいとこなんてないと思うが……」
「だって、そいつは確か受験で落ちてたはずだぜ?」
「え?でも確かに彼だったよ、侯爵家としても有名だから間違えるはずもないし……」
――あれだけ自分の家の名を出して騒いでいたんだ、忘れるはずもない。しかも次席だなんてなおさら怪しい。てことは、あいつが何かしやがったか。
自分の魔法科行きに関係があると踏んだシュウゼルは、ゼシアン・シベルについて興味を持ち始める。
「とりあえず、入学式での話はそんなところかな。」
「クラスはどうだった?苛められたりはしなかった?」
「いや、むしろ逆かな?問題部屋の住人として避けられてた感じ。」
そう言われると四人は一斉に黙り込み、今日の話は終了した。
そして残りの二日間、シュウゼルたちは引き続きトイレ掃除とブラットから出された課題をやりながら過ごし、謹慎が明けるころには騒動が嘘に思えるほど、五人は打ち解けていた。
翌朝、シュウゼルは初めて学生服に袖を通す。
魔法科らしく魔術師のローブに見立てた帽子の付いた青い学生服だ。
「おい、シュウゼル、早くいこうぜ。」
「ああ。」
改めて、シュウゼルの学校生活が始まった。




