進路
―― 一ヶ月前
シュウゼルの試験が終わってから一週間、全ての受験が終了した騎士団学校では今期受験の合格者の報告及び、試験結果による成績の順位を決める会議が開かれていた。
成績は試験官を担当していた教員からの報告を聞き、教員全員で学科、そして総合順位を決めていく事になる。
弓科から順に試験の評価を試験官が一人一人詳細に報告していく、そして全ての合格者の報告が終わり、各学科の一位が決まったところで、一人の教師が声を上げた。
「こんなことありえない!」
「何があり得ないのですか?」
「何がだと?どう考えたってこんなのありえんだろ!この王国一の名門騎士学校『オルバース学園』の主席が二学科も平民だなんて!」
異議を申し立てたのは総合統括、いわゆる教頭の位置にいる教師エルダー・トラビスだが、しかし他の教員はその理由を聞いて首をかしげる。
「確かに幼いころから教育を受ける貴族と比べて、毎年平民の方が成績が悪くはなりますが、平民の中にも冒険者や両親などから指導を受けている子供達もいるので珍しくないでしょう?」
「そもそもそう言った才能ある子供を見つけるために一般試験はありますから。それに、総合一位はロンダブルのご令嬢で決まりなんですからいいじゃないですか。」
「だからといって、これは異常ではないか⁉平民如きが二人も主席になるなんて、特に治癒術師科の主席の方は既に上級治癒術師の領域に足を踏み入れてるだと?こんなことは歴代でもあり得ないことだぞ?」
血筋を理由に声を荒げるトラビスに他の教員たちは呆れているが、この声を無碍にもできない。
このトラビスは二〇年程前にオルダ王国に婿養子として嫁いできた元ルイン王国の出身の貴族で、親戚に当たるアルバーン公爵の口添えで教師となっている。
平民への露骨な差別が度々問題視されているが、アルバーン公爵家の嫡男であるレクード・アルバーンがレミナス教会の現教皇を務めている事でこの学校でもそれなりの権力を持っている。
しかしそんなトラビスの声に戦士学科の試験官を務めていたブライスが声を上げた。
「実力に血筋は関係ないですよ、それにあり得ないのはあなたの方です、トラビス教官。」
「何?」
「何故私が落としたゼシアン・シベルの再試験を無断で行い、合格にしているのですか?」
ブライスの言葉に、教師全員からトラビスに視線が集まる。
それは会議前に急遽トラビスが言い出した事で、あまりに唐突だったものでブライスは思わず呆気を取られていた。
学長に確認を取ったが、了承されたので報告時は特に何も言わなかったが代わりに落とされた受験生の名前に声を挙げずにはいられなかった。
「そ、それはシベル侯爵家から試験が不当だったと抗議が来たので、公平になるよう私の方で再試験をして、合格にしただけだ。」
「ではなぜそれを我々に伝えなかったのですか?」
「フン、君たちに連絡すれば君たちが担当するだろう?そうすればまた文句を言われるからな、侯爵家から信用のある私が自ら試験をしたまでだ。」
悪びれもなく理由を告げるトラビスに、ブライスは続けて声を荒げる。
「それだけではありません、その代わりに落としたのが何故戦士科次席の成績であったシュウゼル・クラウスなのです?次席を落とすなんてあり得ないでしょ!」
「あり得ないのはそっちだろ、平民の子供なんかがオリジナルの魔法剣を編み出したなど、ロンダブルのご令嬢がいなければ総合一位になりうる問題だ、嘘の報告に決まっている!」
まるで平民に実力があるのが問題のように言う、トラビスにブライスは苛立ちを抑えつつ、教員らしく精一杯言葉で説き伏せることを試みる。
「彼との試験は他の受験生も見ていました、彼らが証人となってくれるはずです。」
「フン、平民のガキの証言など、そんなものいくらでも買収できるだろ。」
「そこまで言うなら、皆の前で再試験をして全員の判断を聞きましょうか?」
「そ、それは……いや、残念だがそんな時間はもうないしクラスの定員は全て埋まっている。再試験したところで入れる空きはもう――」
「ぶわっはっはっはっは!」
ヒートアップする二人の会話を突如豪快な笑い声が遮る、その声に皆が注目すると今まで腕を組み黙って傍観していた大柄な男が口を開く。
「良き、実に良き!これほど優秀な子供たちが集まるとは、実に良きかな!」
「テッサロッサ学長……」
オルダ王国、テッサロッサ公爵家、イーファス・テッサロッサ。
王国の元将軍であり、王国最強の騎士、『オルダのヴァルキリア』の異名を持つミーファス・テッサロッサの父である。
今は前線を退き、公爵家もミーファスに任せ、この学園で学長として若き戦士たちの教育に力を入れている。
「ルイン王国の小さき暴君、帝国のスカイレス、そしてミディールの武王、今まで他の国に後れを取ってきたがようやく我々の番が回って来たようだな。」
「しかし我々にもミーファス様が……」
「残念ながらあの子は、初代大会で武王に敗れている、それも傷一つ与えられずにな。父親としては悔しいがあの子は彼らの横に並ぶことはできなかった。だからこそ、セラーナ嬢や、末の娘に期待するつもりだ……だがそれよりも……」
イーファスがブライスを見る。
「ブライス教官、その受験生が魔法剣を使えるというのは誠か?」
「はい、事実です!」
ブライスがはっきりと答えると、イーファスはニヤリと笑い自慢の獅子の様な顎髭に触れる。
「そうか、ではブラッド教官、魔法科に一つ空きができたといっていたな?」
「はい、ギリギリ合格した子が一人辞退しました、どうやら魔法にはかなり自信があったようなのですが、及第点という評価に自信を喪失したようです。」。
「そうか。では、その子を空いた魔法科に入れるとしよう。」
「え?」
イーファスのその言葉にいち早く反応したのはトラビスだった。
「そんな、なりませんぞ学長!」
「何故だ?魔法剣が使えると言うことは、魔法も勿論使えるのだろう?
「は、はい恐らく。」
魔法剣の習得には魔法を使えるのは大前提である、なので当然シュウゼルも魔法が使えると言う事になる。
「では、問題あるまい。魔法に関してはどれほどの実力かは未知数なので成績は最下位でいいだろう。我が騎士学校は寮こそ平民と貴族の区分けはされているが、それ以外は完全実力主義、もし実力が本物なら自然と頭角を現すはずだ。」
「しかし、そのような事例は――」
「くどい!」
「ひぃ!」
食い下がるトラビスをイーファスが一蹴すると、トラビスは驚き椅子から滑り落ちる。
「トラビス教官、そなたの行動は問題行為であり本来なら罰せられるべきなのだが、それを不問とした理由がわかるか?それはそなたが教皇の親戚だからではなく、試験を行い合格としたそなたの評価を信じてシベルを入学させる事にしたからだ。もし不服というのなら規則通りシベルの合格を取消にしてそなたにも罰則を与えるが如何かな?」
そう言われると、トラビスは黙り込みそれ以上口を開くことはなかった。
それを了承と受け取ると会議は進み、その後は淡々と決まっていった。
――
「なんで魔法科?」
自分の家に送られてきた通知を受け取ったシュウゼルは翌日、合格したことを皆に知らせると、久々に訓練していた空地へと集まることになった。
「シュウゼルが受ける試験間違えたんじゃ……」
「それはねえよ。」
あの時の試験は間違いなく戦士科だった、だがいくら魔法が使えるからと言っても勝手に魔法科の枠に入れるなどしないはずだろう。
「まあどっちにしても合格は合格なんだろ?おめでとう。」
ラルクが合格通知を見ながら少し羨ましそうにしながらシュウゼルが祝福の言葉をかける。
「ってことはもう直ぐお前ともお別れか……」
ステイルが寂しそうに呟く、シュウゼルがこの街に来てから三年、あっという間であった。
先に卒業したラルクは現在、町の衛兵見習いとして訓練を受けている。
ディクソンは自慢の怪力を生かし、近くの町の炭鉱に出稼ぎに行っており、ステイルは町の商会の店で商人になるため修行中で、セピアはギルドの受付嬢になるための勉強をしているようだ。
年下のコリンズ以外は皆卒業し、それぞれの進路へと進んでいる。
「まあ、長期休みになれば戻ってくるさ。」
「ああ、だが俺たちが皆、全員揃うかはわからない。」
それぞれの道へ進めば、休みも違ってくる、今日ですら偶々全員が集まれたといってもいいだろう。
「シュウゼル、フローラにあったらよろしくね。」
「ああ、でも本当に俺が会いに行っていいのかなあ……」
「なんで?」
「ほら、あいつとの付き合いは俺が一番短いだろ?俺よりラルクやセピアの方が会いたいんじゃないかと思って。」
フローラと一緒にいた期間はおよそ一年、この中で一番付き合いの短い自分と会って嬉しいのかと、今更になって不安を感じ始める。
「何言ってんの、そもそも受験票を送られたのはあなたじゃない。」
「それは、俺が一番受かる可能性があったからで――」
「でも一番仲良かったはシュウゼルだっただろ?」
「……そうだったか?」
「そうだよ、毎日一緒に登下校してたし、集まる時もいつも二人できてたよね。」
「それは通り道にあいつの家があったからだし。」
「学校でもいつも一緒にいた。」
「それは同じ学年だし、セピアも一緒にいただろ?」
「あと、アシュレンさんがいない日とかフローラの家でご飯とか呼ばれてたんだろ、兄ちゃんすごい羨ましがってたしな。」
「な!そ、そんな事なかったぞ。」
気が付けば皆とフローラがいたころの思い出話で盛り上がる。どれも懐かしくも楽しい思い出ばかりで、シュウゼルは改めて自分がフローラと仲が良かったことを実感した。
「まあ、何にせよ学校に通うにはお前だ、俺たちの分までフローラに宜しくな。」
「……ああ。」
いつの間にか不安も消えたシュウゼルはその後の時間を入学準備に使い、そして三ヶ月後、シュウゼルは街の学校を卒業するとともに街を出て名門騎士団学校『オルバース学園』の門を叩いた。




