勇者
盗賊たちが全滅し、森に静けさが戻ると緊張が途切れたシュウゼルに疲労が一気に襲い掛かり、崩れるようにその場に座り込む。
やはり子供では大人相手には実力があっても苦戦する、前世がどれほど自分の能力に恵まれていたかがわかる。もし負けていたとしたらと思うとその後の事を考えるとゾッとする。
「あの……シュウゼル?」
空を見上げながら呼吸を整えていると、不意にかけられた声にシュウゼルはビクッと背筋を伸ばして声の方を振り向く。
そこには何と声を掛けたらいいのかわからなそうにな表情でこちらを見ているフローラがいた。
――しまった、忘れてた。
フローラはジッとシュウゼルの方を見ており、その色の変わった眼もバッチリ見られている。
「その、シュウゼル、……今の魔法、それにその眼って……」
「あー……うん、まあそういう事だ。」
眼帯が外れ、疲弊しきったシュウゼルの右眼が不安定な茶色に変わる。もう言い訳などできないと悟るとシュウゼルは白状する。
「俺はオーマ族のハーフなんだ。」
「っ⁉それって……」
「ま、そういう事だ。できれば黙っててほしいけど。」
フローラの眼が大きく見開く。
それはそうだろう、この国では暗黒魔法を使えることは罪、なので唯一暗黒魔法を使えるオーマの血を持つシュウゼルは問答無用で罪となる。
フローラの性格をすれば黙っててくれるかもしれないが、恐らく次期に来る大人たちによってこの現場検証を行われれば、この戦いの異常性に気づくはず。そうなれば原因調査として今日来た子供たちに眼が向き、その過程でバレるだろう。
――この街結構気に入ってたんだけどな。
転生してからの初めての街で前世ではいなかった友達もできた。
この先、死ぬまでの期間はここで過ごすと決めていただけに、シュウゼルは大きくため息を吐く。
――仕方ない、親父に事情を話して……
「……って。」
「え?」
「この場は僕に任せて、シュウゼルは先に行って!僕なら実力があるしこの状況を誤魔化せる。」
「でもそれじゃあ……」
確かにフローラの実力なら、大人たちも納得するだろう。しかしそうなれば逆にフローラのその実力が大人たち目が行く事になる。
今でこそ実力を知る教師たちが剣の道を勧める程度で終わっているが、もっと広く知れ渡ればこれほどのフローラの剣の才能を大人たちが放っておくはずがない。
そうなればフローラは自然と騎士か冒険者を目指さざる負えなくなり、夢である家のパン屋を引き継ぐ事が難しくなる。
「僕なら大丈夫だから……きっと何とかなるよ。」
「……ごめん。」
どうせもうすぐ死ぬのだから問題ないと考えていた思考とは裏腹にシュウゼルは謝ると、フローラを一人残してその場を後にした。
ちゃんと話せば大人たちもきっとわかってくれるだろう……そう軽く考えていた。
その日の夜、シュウゼルは初めてアシュレンに頬を叩かれた。頬を叩く程度の痛みなど大したことないはずなのだが、叩いたアシュレンの表情を見たの悲し気な表情を見た後では何故か心を抉られた感覚に陥っていた。
そして翌日、シュウゼル達は街の兵士から事情聴取を受けることになった。
フローラがうまく話してくれたのか、幸い戦闘の事は聞かれることはなく簡単な質問と一週間の自宅謹慎の処分のみで済んだ。
――次会ったらフローラにお礼を言わないとな。
これから毎日パンを買ってやろう、なんて事を考えながら謹慎が明けるのを待ったが、謹慎を明けた後もシュウゼルはフローラと会う事はなかった。
フローラはシュウゼルたちの謹慎が明けた後も何故か学校には戻ってこず、家のパン屋もずっと閉まったままだった。
フローラの事で連絡が来たのは、皆の謹慎から遅れて二週間たった後の事だった。
「え―皆さんに重大なお知らせがあります。この学び舎で皆と共に学んでいたフローラさんですが、なんとこの度ステータスを鑑定した結果、伝説の英雄が持っていたとされるスペシャルスキル『女神の騎士』を持っていることが判明しました。そしてこれによりフローラさんは、オルダ王国の勇者として名門騎士であるロンダブル公爵家への養子になる事が決定しました。」
――……は?
教師陣が嬉しそうに報告していたが、フローラの夢を知る、いつもの六人はただ硬直していた。
――勇者?養子?なんだそれ。
実力がバレて騒がれることは覚悟していたが、公爵家に養子になるなんて考えもしていなかった。
「そ、それで、フローラはいつ学校に?」
前のめりになりながら問いかけるシュウゼルに教師は苦笑しながら答える。
「彼女は既に王都の公爵家の元へ出発しました。お見送りができなかったのは残念ですが、彼女にとってはおめでたい事、皆さんも彼女の門出を祝って是非女神に祈りを捧げましょう。」
そう言うと子供たちは教師に習って神に祈りをささげる。
その間シュウゼルはただ放心状態で下を見ていた。
――俺のせいだ、俺が弱かったから
もっと剣が使えていれば、暗黒魔法に頼らずに賊を倒せれば……
いや、例え勝てなくても、もっと違う判断をしていれば変わったんじゃ無いか?
そんな考えがシュウゼルの脳裏にまとわりついていた。
そしてこの一件により五人の生活は大きく変わった。
ラルクは騎士団学校への受験を取りやめることになり、冒険者を目指すと活きこんでいた他の四人も毎日身に付けていた木造の装備を置いた。
そして、騎士も冒険者も目指すことのなくなったメンバーたちは鍛錬する理由がなくなり、あの日以降皆が鍛錬で集まることはなくなった。
誰も来なくなった鍛錬場でシュウゼルは狂ったように一人で鍛錬を続けた、不幸や寿命の事なんて全て忘れ、雨が降ろうが、手が血豆で滲もうが構わず剣を振り、日が暮れれば街を抜け出し一人森で魔法の鍛錬を続けた。
ただ強くなるためだけに、だがその努力とは逆にシュウゼルの体はボロボロになっていく。
そんなシュウゼルの暴走を止めたのはある日、家に届いた貴族からの一通の手紙だった、家紋の入った封筒だったが平民のシュウゼルたちにはわからなかった。そして中を開けてみると入っていたのは日付が二年後になっている名門騎士学園への試験申込書だった。
――……
「親父……。」
「なんだ?」
「魔法剣って使えるか?」
その問いにアシュレンは一瞬驚いた様子を見せるが、動揺を隠すように「ああ。」呟くように答える。
「俺に魔法剣を教えてくれ。」
その回答にアシュレンは躊躇いを見せるも、シュウゼルの表情を見ると小さく頷いた。
そして、それから二年の月日が流れた。




