代償①
――そうか、こいつらはこれが初めての戦闘だったな。
シュウゼルは震えるラルク達を見て思い出す、自分は転生者で何度も戦った記憶があるが、他の子供達は今日初めて実践をするような子達だ。全員がこうなるのは当然かもしれない。
――仕方がない、ここは俺一人でやるしかない。
シュウゼルは皆を庇うように前に立つと、震えるラルクから真剣を取り、賊たちに対して構える。
「シ、シュウゼル?」
「こいつらは俺が相手をするからお前らは早く逃げろ。」
「はぁ⁉お、お前何を言って」
「……ほう、お前は面構えが違うな?小僧、お前は戦闘の経験があるんじゃねえか?それも殺しもやってそうだな。」
「なっ⁉」
賊のリーダーらしき男がシュウゼルを見て言う、その言葉にラルク達が否定してほしそうにこちらを見るがシュウゼルは黙秘する。
そしてそれを肯定と受け取ったのかラルク達がシュウゼルから一歩退く。
「お前……」
「村や、集落、貧民街で育った子供じゃあ別に珍しい話じゃねえさ、だが街で大切に育てられてたお友達には少々刺激が強かった事実かもな。」
「い、いや、別に俺たちは……」
「……早く行け!」
これ以上話をさせまいとシュウゼルが追い出すように怒鳴ると、子供たちは一斉に入口の方へ走り出した。
「おいおい、そう簡単に逃がすと思うか?お前ら!ガキどもを捕まえてこい!」
リーダー格の男の号令に数人の賊が一斉に逃げた子供たりを捕まえに走り出す、シュウゼルがそれを阻もうとするが、シュウゼルの前にはリーダー格の男が立ちふさがる。
「クソ、邪魔をするな!」
「邪魔をしているのはてめえだよクソガキ。」
シュウゼルと男は剣の打ち合いになるが、向こうは大人であり更に大柄で、体格差は二回りほど違い、シュウゼルの剣は全くと言っていいほど届いていない。
一方相手の攻撃は重く一撃でも受ければ簡単に弾かれてしまうので、シュウゼルはすぐにかわすことに専念する。
「へ、威勢はいいが実力に見合ってねえな。」
――クソ、魔法さえ使えたらこんな奴……
どんな魔法を使うにも詠唱時間がいるので、少しばかり時間が必要になるが、周囲には他にも賊がおり距離を取ることは難しい。
こうしている間にも、自分を通り抜けていった賊たちがラルク達に迫っている。
焦りに集中力が乱れ始めていると背後の木に気づかず、いつの間にか追い詰められてしまう。
――しまっ――
後ろに後退できなくなったシュウゼルは賊の剣を躱しきれず剣を弾かれると、そのまま肩を斬りつけられる。
「つっ⁉」
痛みに思わず剣を落とし肩を抑え蹲る、抑えたところからは血が流血し腕を伝ってじわじわと地面へ落ちていく。
「へへ、万事休すってやつか?」
リーダー格の男の剣が顔に突き付けられると男はニヤリと笑う、そして周りの賊たちも集まり囲ってくる。
――……大丈夫、殺されなければチャンスはある。
向こうの狙いが金なら奴隷として売れる子供を簡単には殺さないだろう。
「ほう、こんな状況でも落ち着いてるとは大したガキだ……だが、生けすかねえな。右眼が使えないのなら右耳も一緒に使えないようにしとくか?そっちの方が統一感あっていいだろう。」
「なっ⁉」
男の言葉に冷静を装っていた、シュウゼルの顔が歪むのを見て男はニヤリと笑う。すると突如、遠くから男の悲鳴が上がると周囲がざわつき始める。
「な、なんだ!」
「おい、どうした!」
ざわつきが聞こえた方を見てみれば賊達を次々と倒しながら木剣を持った一人の少女がこちらへ駆けてくる。
「シュウゼル、大丈夫?」
「フローラ⁉」
フローラはシュウゼルを見つけると、飛び跳ねて賊たちの包囲網を交わすと今度はフローラが守るようにシュウゼルの前に立つ。
「女のガキだあ?他の奴らはどうした?」
「追ってきた賊たちは僕が倒しておいたから安心して。ようは殺さなきゃいいだけだよね?それくらいなら僕にもできる。」
そう言って笑って余裕を見せるフローラだが、足の震えは隠せていない。
やはりあれだけの実力を持ちながらもまだ子供、しかも本来なら戦いは好まない性格である、それなのに自分を助けるためだけに恐怖しながらも勇気を振り絞って助けにきてくれたのだろう。
シュウゼルは自分の不甲斐なさに拳を固くする。
フローラは震えを誤魔化すように大きな声を上げて踏み込むと、木剣を片手に暴れまわる、相手が大柄だろうが複数人に囲まれようが純粋な剣の実力だけで賊たちを薙ぎ払っていく。
「くっ怯むな!取り囲んで潰せ!使えるやつは魔法を使え!」
「そんな余裕は与えないよ。」
フローラは休む間もなく木剣を相手の頭に的確に叩きこみ、一撃で倒していく。
その動きはまるで剣舞のようで、その舞が終わる頃には立っている賊はリーダーの男、ただ一人となっていた。
フローラがリーダーの男に木剣を向けると、男は剣を遠くに捨て両手を上げる。
「わ、わかった俺の負けだ、降参する。」
それを見るやフローラは構えを解くと一度息を吐く、そして振り返りこちらに目を向ける。
「大丈夫?」
「あ、ああ。」
フローラも緊張が解けたのかホッとした表情で近づいてくる。しかし、その瞬間、男が動き出す。
「フローラ、危ない⁉」
「え?」
振り向きざまにフローラの腹部に男の蹴りが入ると、フローラは後ろの木に叩きつけられる。
「きゃあ!」
「フローラ⁉」
「ヘへ、実力はあってもまだガキだな、油断しすぎだぜ。」
フローラが、よろめきながらもすぐに立ちあがろうとするが、賊の男はさらに追い打ちをかけた後、頭を踏みつけ抑え込む。
「相手から目を離すときはこうやってちゃんと動けないようにしとかねえとな。おい、テメェら!いつまで寝てんだ!」
その一言で気絶していた賊達が何人か起き上がってくる。
リーダーの男が指示を出すと賊の一人が縄を取り出し、フローラはそのまま押さえつけられながら後ろで手首を縛られると、髪を引っ張られながら賊たちに無理やり起き上がらされる。
「へへ、見た目もそうだが、実力も相当なものだ、こりゃあ帝国に売れば高く買って貰えるぜ。」
「フローラ⁉」
――クソ、どうすれば
幸い向こうはフローラに注目しており今なら魔法が使える、しかし普通の魔法じゃ全員を倒すのは難しく、暗黒魔法を使うには側にはフローラがおり、ここで使えば彼女にも知られてしまう。
「シュウゼル……逃げて……」
――馬鹿が、そんなこと考えてる状況じゃないだろうが
顔を歪ませながら弱弱しく言ったフローラの一言にシュウゼルは決意すると、シュウゼルは聞こえない程度の声で暗黒魔法の呪文を唱え始める。
――シャドウフレイムは闇があってこその魔法だ、木漏れ日差しが強い今使っても効果は薄い、なら……
シュウゼルが新しく覚えた暗黒魔法を詠唱する。
「ボス、こいつはどうしますか?片目が壊れてるみたいですが。」
「まあ安いだろうが、売らないよりはマシだろ、そいつも捕らえて……ん?」
詠唱していくシュウゼルの体を黒いオーラが包み込む。
それは今まで使用していた暗黒魔法では起きなかった現象だが、シュウゼルは構わず詠唱を続ける。
「な、なんだこいつは?」
「シュウゼル?」
――オーラで左眼が霞んで来た。
左目だけでは視界が狭いと感じたシュウゼルは眼帯を外して右眼を晒す、するとその右眼は結膜の部分が黒く染まり、瞳は赤く染め上がっていた。
「な、なんだお前、その眼は……」
「シュウ……ゼル?」
『……我に仇名す者を闇世の住人へと誘え……デモンズゲート』
まるで洞窟にいるように木霊した声で呪文を唱えると地面が闇に染まりそこから黒く禍々しい扉が沸き出るように現れる。そして扉がゆっくりと音を立てて開くと中から無数の手のようなものが現れ盗賊たちに伸びていく。
「な、なんだこれ、おいまっ、ちょ、ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
触れられた賊の一人が断末魔と共に腐敗して死体となる、そして手は次々と賊たちを襲っていく。
「お助け――ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ひ、ひい!こっちに来るな――」
森の中に断末魔が響き渡ると、あちこちに腐敗した死体が出来上がる、その光景は地獄絵図にも見えシュウゼル以外のすべての人間が恐怖に動けなくなっていた。
そして最後の一人となったリーダーの男にも手が近づく。
「待て待て待て。参った、今度は本当に降参だ、だから命だけは――」
腰を抜かしながら命乞いをする男にも手は容赦なく触れる、そして他の賊よりも長めの苦痛を味合わせると、扉はゆっくりと閉じて闇の中へと消えていった。




