油断②
約束の日の朝、シュウゼルはアシュレンにいつも通り鍛錬行くと告げて家を出る。
実際鍛錬に行くのは間違ってはいないのだが、今日はいつもとは違い街の外の森まで行くことになっている。
だが本来子供だけで街の外に行くのは禁止されているので、この事は大人達には秘密となっている。
住んでる場所が一番遠いので仕方ないが、空き地に着くと既にみんな集合しており、いつも通りシュウゼルが最後となっていた。
「よし、これで全員揃ったな。」
ラルクがそう言って改めて全員揃っている事を確認する。
村で育ったシュウゼル以外は皆、初めての森に行くことになるからか、少しそわそわしているように感じる。
「そういえば、フローラは来る必要あったのか?」
シュウゼルが当たり前のようにいるフローラに尋ねる。
鍛錬には参加しないがいつも一緒なので前回は気が付かなかったが、フローラが無理をして森についてくる必要はない。
今回の目的はラルクの実技経験を積むことがメインだが、将来冒険者や騎士を目指す他のメンバーにとってもいい経験になるだろう。
だが家のパン屋を継ぐことを決めているフローラがわざわざリスクを冒してまできてもらう必要はないだろう。
「まあ、僕もちょっと森に行ってみたくて……それにみんなが行くのが少し楽しそうだから。」
フローラが少し照れくさそうに答える、要するに仲間外れを嫌ったらしい。
――まあ、フローラほどの実力者がいてくれた方が心強いから別にいいけど。
ただ見つかった時のことを考えると自分なら行きたいとは思わない。
「それよりこれからどうやって街の外に出るんだ?」
「ああ、実は抜け道を見つけてあるんだ。」
そう言って、ラルクが歩き出したので皆で一緒についていく、すると連れてこられたのは城壁につながっている用水路だった、
「用水路?」
確かに用水路は外へとつながっているが、もちろん人の出入りができないようにら鉄格子で塞がれている。いくら体が小さい子供だからと言って誰の目から見ても通れないのは明らかだ。
「実は最近見つけたんだが、ここの一部を押すと……ほら。」
ラルクが外側二本の鉄格子を押すと、鉄格子は簡単に外れ、人一人分通り抜けられる隙間ができた。
「へぇ、よく見つけたな。」
「へへ、前に街の外に出る方法を探してた時にたまたま見つけてな。」
「でもどうして外れたんだろ?」
「もう何年も前からあるし傷んでたんじゃない?」
確かに大雨が降った際はこの用水路の水の勢いも強くなる、それが何年も続けば傷んでいたとしても不思議ではない。
「まあとにかくこれで街の外に出られるんだ、見つかる前に早く行こう。」
ラルクの言葉に頷き用水路から外へ出ると、そこには見渡す限りに平地が広がっていた。
「うわぁ……」
街の外に出たことのない他のメンバーにはそれが新鮮のようで、遠くに見える地平線を見て皆が呆けている。
「喜ぶのはまだ早いぜ、まだ門を出たばかりであちこちに人がいる。まずは街から離れよう。」
ラルクの指示に従い七人は他の大人たちに見つからないように街から離れるた後、目的の森へと向かった。
森へと向かう間にシュウゼルは森での隊列について話しをした。
本来ならこれもラルクがした方がいいのだろうが今日初めて実践するような子供にはわからないだろうとシュウゼルが簡単に配置を分ける。
先頭に立つのはメインであるラルクでコリンズ、セピア、ステイル、ディクソンは背後を取られないようラルクの後ろに立つ、そして魔法が使えるシュウゼルはその後ろからサポートし、フローラは戦闘に参加しない、主に回復要因となる。
役目をしっかり説明することで皆も納得した。
そして子供達の足で一時間ほど歩いたところで目的のその森の入り口が見えてきた。
「はあ、疲れた。」
メンバーで最年少であるコリンズが着くと同時に腰を下ろす。
「おいおい、本番はこれからだぞ?」
「まあ、仕方ないよ。コリンズはまだ子供だしね。」
フローラがふっと笑ってそう言うと、ムキになったのかコリンズはムッとした表情を見せるとすぐに立つ。
「大丈夫。」
「お、流石。」
「へへっ。」
褒めてもらうとコリンズは嬉しそうに鼻を掻く。
――チョロい奴だな。まあそれより……
「ここが言っていた森か。」
シュウゼルが森の入り口の奥を覗くように見つめる。
「ああ、出てくるのはキックラビットやウルフなどの弱いモンスターばかりだからな、腕試しにはちょうどいいだろう。」
「冒険者に出くわしたらどうする?」
「そん時は俺とディクソンが十五歳と言って誤魔化すさ、と言ってもあまり出くわしたくないし、長居しないつもりだ。とりあえずは適当に十匹程度を目標にするかな。」
ラルクはそういうと腰につけた剣を取り出す、しかしそれはいつも身につけていた木剣ではなく陽の光に反射しキラリと輝く鉄の剣だった。
「それって本物?」
「ああ、入団試験で必要と言われてるから買ってもらったんだ。」
「もしかしてそれを使いたかっただけじゃねえの?」
「そ、そんなわけないだろ?」
ディクソンからの指摘にラルクは否定するもの、今の声色から察するに図星のようだ。
――まあその気持ちはわかる。
新しいものを手に入れたらつい試してみたくなる、それはシュウゼルも同じでできるなら暗黒魔法を試したいと思っているが流石に剣と同様には語れないので断念する。
「よし、じゃあ入るぞ。」
話し合っていた通りの配置につくと七人で森の中へと入っていく。
森の中は少し薄暗く、あちこちから何かの気配を感じる。
その気配を察してか、皆自然と周囲を警戒する。奥に進んでいくと出てくるのは聞いていた通りの初級モンスターばかりだった。
初めこそラルクは苦戦していたが、何回かこなすうちに本来の実力を発揮し始める。
「しかし、シュウゼルは手慣れてるな?やっぱり村では当たり前だったのか?」
「ん?ああ。」
本当は前世で戦っていた百戦錬磨だが、ここは話を合わせておく。
一体の時は、ラルクが一人で、複数いる場合は全員で、そうやってモンスターを倒していき、気が付けばかなり奥に進んでいた。
「よし、ここまでにしよう。」
二十回目の戦闘が終了したところでラルクが足を止めて皆に告げる。
「随分奥まで来てしまったね。」
皆も来た道を振り返ると、入口が完全に見えないところまで来ていた。
「ああ、だがお陰で有意義な時間を過ごせた。」
確かに来たころに比べてラルクは立ち回りが随分よくなった。これなら実技試験でも力を発揮できるだろう。
「しかし、勿体無いな。これだけの毛皮持って帰ればそれなりの金になるんじゃないか?」
「倒した魔物の数は二十匹以上売れば子供からすればそこそこの金が手に入るだろう。」
「まあ仕方がないさ。また次の機会にも――」
「待って、突如静かに!」
何事もなく終わろうとしていたところに警戒を崩さなかったセピアが突如口元で指を立ててそう言うと全員が一斉に静かになる。
全員が口を閉じるとどこからか話し声が聞こえてくる。
声の聞こえる方に恐る恐る目を向ける。
すると先には街の住人と思われる男と怪しげな男達が十人ほどいた。
「……あれってまさかバリさん?」
「知ってるのか?」
「うん、僕のパン屋によく来る人だよ」
「他の人たちは……」
「もちろん知らない。」
「あれは盗賊か?」
シュウゼルたちは男たちの会話に耳を傾ける。
「それで?いつ決行する?」
「街への侵入経路は確保済みだ、いつでも行ける。」
会話の内容を察するに街へ侵入する計画のようで聞いたラルク達が青ざめる。
だが、自分達ではどうにもできない。
「……一旦引こう、俺たちじゃ流石に対処が難しい。」
皆が頷くと、ゆっくりと入口の方に振り返る、しかし――
「うわぁ!」
木の根に引っかかったコリンズが転倒して思わず声を出すと、その瞬間男達が一斉にこちらを見る。
「何だお前達は⁉︎」
「しまった⁉」
全員が慌てて走り出すも、男たちにすぐさま回り囲まれる
「バリさん……」
「おや?フローラちゃんじゃないか、駄目だろう?子供達で森で入っちゃ。」
バリは優し気な笑みを浮かべてそういうが、この状況下では恐怖の対象にしかならない。
「へえ、なかなか上玉もいるじゃねえか、こりゃ高く売れるぞ?」
一際ガタイの大きい男がこちらを見てにやりと笑う、逃げられないと悟ったシュウゼルはすぐさま木剣を構えて皆の前に立つ。
「みんな、剣を構えろ!」
「え?」
これだけの人数を相手に暗黒魔法を使わずに戦うのは流石に分が悪い、しかし他のメンバーは構える様子がない。
「おい、何をしている。早く構えろ。」
「だ、だって人間じゃないか……」
「それがどうした?やらなきゃやられるぞ!」
「……動かない。」
「は?」
「か、体が動かない……」
そう言ったラルク達の体は震えていた。




