変わった世界
ラルク達と出会ってから三ヶ月、シュウゼルはクラシアの町の学校に通うことになった。
この国、オルダ王国では国の人間として生まれた子供なら六歳から十二歳までの間、無償で学校に通うことができるようになっており、文字の読み書きや国の歴史などの学問の他、初級の基礎剣術や魔術の教育が受けられるようになっている。
大半の平民の子供たちは学校の卒業後に家の家業を手伝うことになるが、学校で剣や魔術などの才能を見出した子共達の中には冒険者を目指すものや王都にある騎士団学校で、更に実力を伸ばす者などもいる。
シュウゼルは学校へ転入すると、フローラやセピアと同じ学年のクラスで学ぶことになった。
流石は国が運営している学校なだけあって以前いた村の私塾よりも学べることは多く、中でもシュウゼルが特に興味を持ったのは世界の国のことを学ぶ世界学だった。
この世界は前世、ネロ・ティングス・エルドラゴとして生きた時から十年の時が経っており、その間に世界の情勢は随分と変わっていた。
前世で最も力を持っていたとされていたのはアドラー帝国だったが、アドラーは最大戦力であったスカイレスが十年前に行方不明となったことを機に大きく力を落としていた。
スカイレスが消えたことで皇帝は体調を崩し、近隣の小国への侵略も止まり、更に帝国のSランクパーティーのダイヤモンドダスト、ナイツオブアーク、オーマ卿が尽く国から消え去り、更には帝国の大貴族のゲルマとブルーノの二大公爵の当主が消えたことにより領地内で大きな変化が起きていた。
元々大国なだけあって未だ力はあるが、徐々に衰退が見え隠れし他の大国との差が出始めている。
一方、そのアドラー帝国の隣国であるルイン王国は、二十年ほど前から始まった内乱により衰退していくとみられていたが、反乱軍が一つの都市で旗揚げをし、独立したのを機に停戦を行い、現在は冷戦状態となっている。
水面下で小さな小競り合いなどは起こりつつも以前のような激しい戦いはここ数年起きておらず。現状維持が続いていた。
では、現在アムタリアで最も力のある国はその二つと肩を並べていたオルダ王国になるのではないかと
シュウゼルは考えていたが、そうではないらしい。
今、アムタリアでもっとも力のある国と聞かれれば、それは世界の中心にあるミディールと言われている。
自由国家と呼ばれるミディールは、国王カラクによって様々な国と友好関係を結んだことで、他の国の長所を取り入れ大きく国を発展させた。
様々な文化を取り入れたことでいろんな国の人間が住みやすい国になっており、更に十年以上前から始まった武王決定戦が武芸者の間で大きな反響を受け、各国の猛者が自然とミディールに集まる様にもなり
唯々自由な国を目指していたミディールが、今や世界を牛耳っていると言われてもおかしくない状態になっていた。
――……まさか、こんなことになっているとはな。
この三ヶ月で習った世界の情勢をおさらいしたシュウゼルは深く溜息を吐く。
前世の記憶はところどころ途切れており、あまり覚えてはいない。
覚えているのは自分の名前やスキルなどのステータス、そして戦闘の経験や身に付けた知識のみ、誰と仲が良かった、何をしてきたなどというのは覚えていない。
しかし自分は覚えていなくても前世のネロ・ティングス・エルドラゴの名前は世界に知れ渡っており、記憶はなくても自分がどういう風に生きてきたかなどかは調べれば嫌でもわかる。
十三歳という若さでミディールの将軍となり、武王決定戦では今暮らしている国の騎士、オルダのヴァルキリアことミーファス・テッサロッサを破り初代王者にも輝いている。
そしてアドラー帝国に突如現れた神話の怪物、バルオルグスを倒した事なども語り継がれている。
だが生憎どういう人物だったとかどのような交友関係があったなどかはまでは分からなかった。
――個人的にはそこが知りたかったんだけどな。
時折うっすらと甦る誰かとの記憶、ネロの交友関係が分かればそれが誰だったのかも思い出せるのかもしれないが、少なくとも他国であるオルダではそこまでは分からない。
――まあ、わからないことを考えても仕方がない。やるべき事は他にもある。
シュウゼルが学校で学んだもう一つの事、それはこの国の種族関係の事だ。
オルダ王国にはレミナス教の信者が多く、そしてレミナス教では人間以外の種族をひどく嫌っていた。
その影響もあってオルダは他種族への差別が一段と激しい国になっている。
中でも暗黒魔法を使うオーマ族は特に嫌われており、暗黒魔法は使うことができるだけで罪に問われる。つまり、この国ではオーマ族は生きているだけで罪に問われることになる。
強い子供を発掘するなら寧ろ歓迎するべきじゃないかと思うが、やはりそこは宗教思想がまだ上回っているという事だろう。
アシュレンが目を隠すことを念に推したのもそれが理由で、そしてオーマ族とバレないためにも暗黒魔法を使うことはできない。
暗黒魔法が使えないとシュウゼルの実力は大きく落ちる。だからこそ、獣拳や剣術の必要性が大きくなる。
あれから一通りの剣術と獣拳を使ってみたが、やはり剣術はどんな剣技でも使えば体調に異変が起きた、だがその一方で獣拳はなにを使っても異変はなかった。
この現象は前世の技を使うのは魂が拒否反応を起こしていたと考えていただけに、この違いには大きく驚かされた。
どちらも前世で習得した技であるが、きっと何かしらの違いがあるのだろう。
そう考えたシュウゼルはこの数か月間、授業や放課後の鍛錬などで獣拳と剣技の違いにについて調べていた。
そしてその結果、二つの違いついてある仮説が浮かび上がった。
それはスキルである。
使うと体に異変が起こる剣技は、全て前々世であるカイル・モールズの時に身に付けていたスキル『ソードマスターアビリティ』で覚えた技になる。
本来技というのは気やマナなどを操りその動きや感覚を体に覚えこませて習得するものなのだが、『ソードマスターアビリティ』は原理などを一切無視し、見たものはすべて使うことができるというチートスキルである。
それゆえに、体への異変はスキル無しで技の使い方を知らずに使った法則無視のペナルティによるものだと考えた。
それに対して獣拳は前世でスキルは関係なく自力で習得した技だ。
才能がないと言われつつもひたすら努力をして身に付けた拳技、それが獣拳である。
だからスキルを持っていない今は剣技を使えばペナルティとして体に異変が襲い、獣拳は普通に使えるのであろう。
そしてその推測はあたっていたようで、学校で改めて初級の剣技を習ったところ、問題なく使うことができるようになっていた。
――つまり、他の剣技も改めて覚えれば、使えるようになるという事だ。
幸い、技を使用する際の感覚自体は覚えているので習得はしやすくなっている。
基本剣術の初級なら簡単に覚えることができるだろう。
「剣術に獣拳に普通の魔法、これを使えば暗黒魔法に頼らなくても十分やっていける。そうすればフローラにも勝てるかもしれない。」
今まで決して負けたことのなかったシュウゼルは、現在学校の授業で三十連敗中のフローラの打倒に燃えていた。




