追放
盗賊たちが闇に取り込まれると、その光景を見ていた村人達は言葉を失う。
村はバチバチと家が焼ける音だけが聞こえ、シュウゼルとアシュレンの二人以外は時が止まったように固まっていた。
「シュウゼル、お前いつの間にあんな魔法を……」
「ん?なんか気が付いたら自然に使えるようになっていたけど。」
アシュレンの問いにシュウゼルは平然を装った口調で言うが顔は得意げな表情を見せている、しかしそんなシュウゼルとは裏腹にアシュレンの反応は薄い。
「……やはり血筋か。とにかく助かった、ありがとう。お前がいなければ今頃――」
「あ、あいつのせいだ!」
アシュレンが気を取り直して改めてねぎらいの言葉をかけようとしたその時、村人の一人の荒げた声が村に響き渡った。
「お、おい、お前何を言って――」
「さっき見ただろ?今の魔法、あんな魔法見たことも聞いたこともねえ!あれはきっと悪魔の魔法だ!やっぱりあいつは悪魔の子だったんだ!あいつこそが災いをもたらしたんだ!」
村人はシュウゼルを指さし声を震わせながら言う、それはいかにも勇気を出して言ったといわんばかりでその言葉に他の村人たちも耳を傾けていく。
「そ、そうだ、確かに今まで村は平和だったのに急に盗賊なんかが襲ってきて、きっとこれもあいつのせいに違いない。」
「そうだそうだ!」
周りから周りへ伝染していく罵声、それは村を守ったアシュレンとシュウゼルに向けられた。
「ちょっと待ってくれ、さすがにそれはちょっと――」
これにはアシュレンも親として異論を唱えざる負えない、しかし反論しようとした直後、傍からおぞましいほどの殺気を感じとる。
「――……殺してやる。」
シュウゼルの酷く冷たい声が一瞬で罵声を凍らせる。
「シュウゼル?」
「お前ら全員、殺してやる!」
シュウゼルのオーマの眼が真っ黒に染まると、体から怒りを体現するような黒い炎が燃え上がる。
その姿はまさに地獄から這い上がってきた悪魔のようで、それを見た村人たちは一目散に逃げ始めた。
「シュウゼル、落ち着くんだ!」
「離せ!助けてやったのに俺のせいだ?ふざけやがって、こんな奴ら殺したほうがマシだ!」
「お前の気持ちは痛いほどわかる、だが今は抑えてくれ!いつか、いつかきっと今日の選択が間違っていなかったと思える日が来るはずだ!」
燃えるシュウゼルをアシュレンは体で抑えるも、その体も炎によって焼かれていく。
「くっ、このままでは不味い、すまんシュウゼル。少し眠ってくれ。」
アシュレンはそう呟くとシュウゼルの首筋を剣の柄頭で小突き、シュウゼルを気絶させる。
地面に倒れそうになる息子をすぐに片手で支えると、そのまま肩に担いで家の帰路へとゆっくり歩いていく。
「アシュレン殿。」
自分の名前を呼ばれ振り向くとそこにはローレックが申し訳なさそうな表情でこちらを見ていた。
「村長さん……」
「アシュレン殿、この度は村を救ってくれて本当にありがとう……しかし、今の騒動で住民たちは盗賊と同様に君たち二人にも恐怖を抱いてしまったようだ。この先、村人たちが君たち親子に心を開くことはもうないかもしれない、だから……」
「……わかりました。」
そこまで言われるとアシュレンはローレックの意図を察し頷く、そして翌日にはアシュレンは村を出る準備を始めた。
――そして数日後
「よし、もう荷物はないな。」
必要最低限の物を馬車に詰め込むと最後にアシュレンがシュウゼルに確認する。
しかし未だ不貞腐れているシュウゼルは、荷車の中で寝転がったまま答えないのでアシュレンは最後に自分で簡単に確認して、馬車へと乗り込む。
「村長さんが近くの町に家を用意してくれた、友人とも別れ新しい環境に不安もあるだろうが今よりはいい場所になるはずだ。」
「……ああ、こんな村出れて済々するよ。」
その言葉にアシュレンは苦笑を見せると、馬車を出す。
しかし、目の前に小さな人影を見つけるとすぐに馬車を止めた。
「シュウゼル、どうやらお前にお客さんみたいだぞ。」
父の言葉にシュウゼルがゆっくりと起き上がると、そこには一人ポツンと立つセイラがいた。
「シュウちゃん……」
アシュレンが行けと言わんばかりに目配せをすると、シュウゼルは渋々馬車を降り、セイラの元へ行く。
「シュウちゃん……行っちゃうんだね?」
「ああ。」
「また、きっと会えるよね?」
「いや、会えねえよ。」
「え?」
シュウゼルは突き放すような冷めた声で言う。
「ど、どうして?」
「俺はあと六年で死ぬからな。」
「え、どういうこと?」
「俺の人生は十五歳で終わりなんだ。」
「えっと、それは病気のせい?それとも呪いとか……」
「まあ、似たようなもんだ、だからもう会えることは多分ない。」
そう告げたシュウゼルの顔はセイラと仲良くなる前の何もかもを諦めたような表情をしていた。
伝えることを伝えたシュウゼルは馬車のへと戻っていく。
「……せない……シュウちゃんは私が絶対死なせない!」
今まで聞いたことがないほどのセイラの大きな声にシュウゼルが思わず振り返る。
「私、いっぱい回復魔法の勉強して、呪いも病気も治せる凄いヒーラーになる!そして絶対シュウちゃんを助けるから!」
いつも囁くような小さな声で話していたセイラの大きく力強い言葉に、シュウゼルの心は大きく揺さぶられる。
だがそれでも不幸から逃れられないことを嫌というほど知っているシュウゼルは首を横に振った。
「そんなの無理だ。」
「無理じゃないもん!」
「っ……そ、そんなことより自分の心配しろよ、俺がいなくなったらまた苛められるんじゃねえか?」
「もう苛めねーよ。」
二人の会話に突如別の子供の声が割って入ってくる。
そちらに目を移すとそこにはカイを筆頭に村中の子供達が集まっていた。
そして、代表と言わんばかりにカイが一歩前に出ると、シュウゼルに向かって大きく頭を下げた。
「お前ら……」
「シュウゼル、村を、母ちゃんたちを救ってくれてありがとう。大人たちは二人のことを悪く言ってるけど、俺達はこの村を救ってくれたのは二人だってわかっている、だから、お礼を伝えたくて。」
その言葉に合わせて他の子供たちも次々と感謝の言葉を述べながら頭を下げていく。
「お前の言った通り、これからは自分達のことは自分で考えるようになるつもりだ。自分たちで村も守れるように鍛錬もする。次二人が帰ってくるときは皆で出迎えられるようになるために……だからもう一度言う……村を救ってくれて、ありがとう。」
「……」
子供を代表していったカイたちの言葉にシュウゼルは言葉を返すことなく、馬車に戻っていった。
だが、そんなシュウゼルを見たアシュレンは嬉しそうな笑みを浮かべる。
「じゃあ、そろそろ行こうか。」
「……ああ。」
その日、シュウゼルは生まれ育った村を出る。
悪魔の子と称されたシュウゼルのオーマの眼は、今日この日、初めて透き通った空のような青い色に変化した。




