暗黒魔法
村に上がっている火の手を頼りにシュウゼルは暗闇の中を進んでいく。
賊に襲われ村は混乱に陥ってるかと思いきや、意外にも悲鳴などは聞こえてこず、家の焼ける音だけがあたりに響き村に人の気配は見当たらない。
――どこかに避難しているのか?
元々賊を警戒していたこともあって、いち早く襲撃を察知しどこかに避難しているのかもしれない。
そう考えるとシュウゼルは真っ先に避難先として思い浮かんだ私塾の方へ向かうことにした。
私塾に着くとシュウゼルはすぐに異変に気付く。
入口は強引に開けられたような形跡があり、中から人の気配を感じる。
シュウゼルは中に入ると、そのまま教室へと一直線に向かう。
「シ、シュウちゃん⁉」
「シュウゼル⁉」
教室の扉を開けると、中でセイラを含めた村の子供たちがカイに守られるように固まっておりその周囲を三人の武器を持った盗賊たちが囲っていた。
「ん、なんだまだ子供がいたのか?」
「まあいい、お前も痛い目にあいたくなかったらこっちに来い。」
――数は三人か、これなら……
「お前ら、伏せてろ!」
シュウゼルの言葉にカイがすぐに反応し子供達を伏せさせる。
それを確認するとシュウゼルは魔法を唱え始める、ここ最近の訓練もあってか初級魔法なら無詠唱とまではいかないが数秒足らずで魔法が使える様になっていた。
「ウォーターレーザー!」
「くっこいつ魔法を――」
ウォーターレーザーを浴びた盗賊たちが怯むと、シュウゼルは続けて魔法を唱える。
「エレキショック」
「ぎゃぁ!」
濡れた状態でゼロ距離から雷の初級魔法、エレキショックを受けた三人は気を失ってその場でバタリと倒れこんだ。
「し、死んだの……?」
「いや、気絶しているだけだ。」
――流石に子供の前で残虐性のある暗黒魔法は使いにくいからな。
賊たちの意識がないのを確認すると、本人たちが持っていた縄で縛り上げる。しっかり縛り上げたところで、緊張が解けたのか子供たちが一斉に泣き始める。
シュウゼルはその場をセイラに任せ、詳しい事情を聞くためにカイと二人で外に出る。
どうやら事の発端はカイらしい。
「その、今日の夕方、お前の家に行ったんだ。」
カイは言いにくそうにしているが、来た大体理由は予想がつく。
「それで、他の奴らとどうしようか話しをしてた時、興味本位で最近身に付けたスキルを使って森の中を覗いたんだ。」
「スキル?」
「『ビジョンアイ』っていう目の前の物をすり抜けて遠くまで見えるスキルなんだ。」
――ああ、それが教室で最近自慢げに話していたやつか、障害物を透視化して遠くのものが見えるスキル、便利だな。
新しいものを手に入れれば無闇やたらと使いたくなる、子供の習性ともいえるだろう。
「それで、森の中を覗いて見たら怪しい男たちが集まっているのが見えて、急いで村長のとこに行ったんだ。そしたら話を聞いた村長がお前の親父さんに連絡した後、俺達を集めて教室の中に隠れているようにって――」
――成程、たまたまとはいえこいつのおかげである程度準備ができていたのか。
となれば親父は大人たちと一緒か。
「シュウゼルごめん、俺ずっとお前に色々してきたのに助けてもらって……」
「とりあえずその話はあとだ。大人たちがどこにいるかわかるか?。」
「た、多分村長の家でみんな集まっていると思う。」
「わかった。」
「あ、おい!どこに行くんだ!」
「そっちの様子を見てくる、お前たちはここで隠れていろ。」
そう言葉を残すとシュウゼルは私塾を後にして村長の家に向かった。
――
今から数時間前、カイから話を聞いた村長のローレックは、村中の大人たちを家に集め事情を説明した。
村人たちは盗賊を迎撃するためにクワや鍋の蓋を武器に準備を整えていたが、いざ戦いになればしかしそんなものは剣や弓を持つ盗賊たちの前には役に立たず、すぐにローレックの家へと避難した。
盗賊たちは総勢三十名、ローレックの家に立てこもった村人が全滅するのも時間の問題かと思いきや村人たちは怪我人こそ出ているものの未だ死者はいなかった。
それはローレックの家の前にいる一人の男アシュレン・クラウスが盗賊の攻撃を阻んでいるからだ。
元々片手片足を失った元冒険者という肩書でこの村に住み着いていたがその実力は誰が見ても圧倒的でアシュレンはその場からは一歩も動かず襲い来る盗賊たちを全て返り討ちにしていた。
「クソ、なんでこんなちんけな村にこんな化け物みたいなやつがいるんだよ!」
「怯むんじゃねえ、野郎ども!奴は足が一本しかねえから距離は詰められねえはずだ!遠くから弓や魔法で攻撃しろ。」
リーダーと思われる眼帯をした男の号令に盗賊たちは一斉に火矢を放つ。
アシュレンはそれを剣で全て打ち落としていく。
「アシュレン殿、我々はいいから子供たちを――」
「そう言う訳にもいきません。」
「しかしこのままでは――」
――クソ、どうする……
こんな変哲もない村への目的など女子供以外にはありえない、だからこそ子供たちを隠し命を取られる危険がある大人の護衛を優先しているがこのままでは子供たちが見つかるのも時間の問題である。
しかしだからと言って村人たちから離れればその瞬間襲われるのは分かり切っている
アシュレンが苦渋の選択を迫られていると遠くから見覚えのある子供が一人走ってやってくる。
「親父!」
「シュウゼル!無事だったのか?」
家に一人置いていた息子の姿にシュレンホッと胸を撫でおろす。
「ああ、来る途中に私塾にいた子供たちも全員助けたぞ。」
シュウゼルが得意げに言うが、父親としてはあまり無茶はしてほしくないところ。
だが、今はそんなこと言える状況ではない。
「すまん、助かった。」
アシュレンは素直に感謝する。
「なんだ、このガキは?あいつの息子か。ならそいつを捕まえて人質にしろ。」
盗賊たちが標的をシュウゼルに変えると一斉にシュウゼルを取り囲む。
「シュウゼル!」
「おい、このガキの命が惜しければ剣を捨てろ。」
「くっ!」
リーダーの男が剣を首元に近づけ選択を迫る。
だが回答する前に、シュウゼルが何かを唱え始めると
周りから黒い靄が現れシュウゼルの眼が黒に近い赤色へと変わる。
「お前、それは――」
アシュレンはそれが暗黒魔法発動の予兆だとすぐに気づく。
「デッド・ゾーン」
シュウゼルが漆黒に染まった手を地面につけるとそのままあたりの地面に闇が広がり、その地面からは無数の黒い手が伸びてきて盗賊たちの体に触れていく。
「な、なんだこれ⁉手が」
「クソ、こんなもの……おい、待て⁉助け――」
盗賊たちは黒い手を解こうと剣を奮ったがすり抜け、黒い手はそのまま盗賊たちを闇へと引きずり込んでいく。
そして賊たちの姿が闇の中に消えていくと、元の地面に戻りシュウゼルはそのまま地面に膝をついた。
「シュウゼル……お前……」
暗黒魔法を使えることにも驚いたがそれ以前に容赦なく人を殺したことにアシュレンは何とも言えない気持ちでいた。
――いや、この状況なら仕方ない……
アシュレンはそう言い聞かせた。




