カチューシャと少女
外に出たシュウゼルは、そのまま近くの森へと向かった。
森には熊や猪などの動物はいるがモンスターはおらず、奥にさえいかなければ安全でよく子供の遊び場にもなっている。
入口より少し先を歩いたところには小さな湖があり、シュウゼルは大体いつもその畔で時間を過ごしていた。
湖に着くとシュウゼルはいつもの定位置で寝転がると自分のステータスを確認する。
シュウゼル・クラウス
ハーフ・オーマ族
レベル 15……
――やっぱり弱いな、これじゃあオーガ一匹倒せない。
自分のステータスを前世と比べて溜息を吐く。
前世は死んだ相手のレベルとスキルを丸ごと奪う『レベルイーター』、前々世には見た剣技を一瞬で覚えるスキル『ソードマスターアビリティ』などの強力なスキルを持っていたが、今回はそのようなものはない。
現在は初級魔法とオーマ族の魔法が使えるただの子供である。
ただ、それでも普通の七歳と比べれば十分な強さを持っているが、比較対象が前世の自分になっているのでどうしても弱く映ってしまう。
今回の人生は今までに比べると最悪の環境と言える。
生まれは貴族ではなく村人で、更に村の中でも浮いた存在になっており、そしてなによりも今までよりも遥かに弱い。
これで不幸を乗り切れる未来は到底思い描けない。
――もういっその事こと、自分で死んでみるか?
どうせ死ぬなら未練もない今の状態で死ぬほうがいいとも考えるが、その都度思い出すのが今世の父親アシュレンの存在であった。
二度の人生で碌な記憶がない父親に対し、アシュレンはシュウゼルにとって初めて父親らしい人間と言える。
不自由な体で木こりとして働ぎながら男で一つで自分を育てくれている。
捻くれたシュウゼルの言葉を怒らず受け入れ、間違っていると考えれば諭すように訂正する。
そんな父親は初めてで七年過ごしても未だに慣れていない。
――きっと俺が死ねば今の親父は悲しむんだろうな
そう考えると死ぬという選択は自然と消えていく。
――……帰るか。
空を見上げて頭を整理したところで起き上がると、そのまま家への帰路のほうへ顔を向ける。
するとさっきは気づかなかったが、少し離れたところで何やら跳ねている少女の存在に気づく。
――あいつは、確か同じ私塾の……
名前は覚えていない、正確には覚える気がなかった。
だがその特徴的な髪色には見覚えがあった。
世界で見れば珍しくないが、この村には他にいない緑色の髪と、この田舎に似つかわしくない綺麗な細工の入った赤いカチューシャが特徴的な同じ私塾に通う少女で、その髪色が原因でよく村の子供たちにからかわれているのを見かける。
しかしよく見ると今日はその赤いカチューシャを付けていなかった、視線を少女が跳ねている場所に立っている木に向けてみると、その木の枝にカチューシャが引っかかっていた。
――そういえば親父が、子供がさっき遊びに来ていたって言ってたっけ?
大方同級生にカチューシャを木に投げられたんだろう
シュウゼルは俺には関係ないと声をかけることなく家に戻ろうとする。
……しかし
――っつ⁉
『だって……は優しいから。』
小さな頭痛がシュウゼルを襲うとともに朧気な誰かの声が聞こえてくる、恐らく過去の記憶の断片だろう。
しかしそれが誰の声かは覚えていない、だがこの声が聞こえるとシュウゼルは少女を無視できなくなってしまった。
――……仕方ない。
シュウゼルは方向を帰路から少女のほうへ変更する。
少女は近づくシュウゼルの存在に気づかず、全然木に届いていないジャンプをひたすら繰り返す。
シュウゼルはそんな少女に声をかけることなく後ろから魔法を木に放つ。
「ウォーターレーザー」
「え?」
突如後ろから飛んできた魔法に少女が驚き思わず振り向くが、前から聞こえた枝がポトリと落ちる音にすぐ前を向く。
「あっ!」
カチューシャが目の前に落ちると少女はすぐにそれを拾い、良かったと涙ながらに呟き、強く抱きしめた。
シュウゼルはそれを確認すると改めて家への方に向かって歩き出す。
「あ、待って!」
「……なんだ?」
「あ、その、えーと……」
少女は何か言いたげであったが、なかなか次の言葉が出てこない。
シュウゼルはそのまま帰ろうと考えるが、その姿をかつての誰かと重ねると足が動かなくなる。
「……ありがとう。」
時間がかかりつつもきちんと感謝の言葉を受け取ると、少し恥ずかしくなったシュウゼルはそっぽむく。
「別にいいよ、大したことはしていない。」
「でも、このカチューシャは……お父さんが最後にくれた贈り物だから……」
そう言うと少女はそのまま自分のことを語り始め、シュウゼルはそのまま成り行きで話を聞くことになった。
少女の名前はセイラと言い、シュウゼルが私塾に通う前に外から引っ越してきたという話だ。
以前住んでいた街をモンスターに襲われ家族と逃げてきたようで、その際に父親を亡くし、このカチューシャは彫金師をしていた父に作ってもらった最後の誕生日プレゼントらしい。
現在は母親と恋仲になった村人と3人で暮らしているらしく、セイラは母とその恋人に迷惑をかけないように私塾でのことは話しておらず、今日はいつもちょっかいをかけてくる同級生にとられたカチューシャを取り返しに一人で森まで追いかけて来ていたらしい。
「そ、その、シュウゼル君はいつもここにいるの?」
「まあ、やることがないからな。」
「そうなんだ、あの、もしよかったら……ううん何でもない、今日はありがとう。」
セイラは何か言いかけるも、途中でやめると駆け足で去っていった。
「……俺も帰るとするか。」
シュウゼルは特に気にする様子もなく、そのまま家へと帰宅した
――
そして次の日の私塾。
いない者として扱われるシュウゼルはいつものように机に突っ伏して休み時間を過ごす。
しかし今日は普段は気にならない声が何故か耳に入ってくる。
「カチューシャ、返して……」
顔を上げてみてみればいつもセイラをからかっている男子達がカチューシャを投げまわして遊んでる。
セーラは涙をためながらカチューシャを持つ男子を追いかけるがあと一歩のところで投げられ見事に弄ばれている。
いつもなら特に気にすることもないが、昨日の話を聞いた後ではその男子達の行動に不愉快さを感じる。
シュウゼルは立ち上がるとカチューシャ投げ回して遊んでいる子供たちのほうに行く、すると先ほどまで騒いでいた男子たちが静かになる。
「お、お前は……」
「シ、シュウゼルくん……」
「な、なんだよ、お前には関係ないだろ?」
その問いにシュウゼルは答えず、無言でカチューシャを持つ男子に近づくと一瞬で奪い取る。
そしてそのままセーラの頭にを取り付けた。
「あ……」
「今度、これ取ったらお前らを殴るから。」
「な⁉」
それだけ言うとシュウゼルは机に戻り再び突っ伏して寝始める。
この出来事をきっかけに、何にもなかったシュウゼルの日常に一人の少女が加わることとなった。




