嫌な感覚
ネロがレミナス山を登り始めて数時間、ネロはその数時間の中でこの山の異常さを嫌となる程知ることとなった。
まるで螺旋階段のように山の周囲を周りながら上へと続いていくこの山道には事前から聞いていたように異常な強さの魔物達が出没していた。
見た目は犬や兎といったごく普通の獣だが全身が黒く覆われていて、技や魔法もスキルも使うことなく淡々のネロ目掛けて突進を仕掛けてくる。
その動きは目で追えるものではなく、受ければ規格外ステータスを持つネロでも少しの痛みを感じるほどだった。
普通の人間ならあっという間に全滅させられるような魔物たちだが、異常なのはその強さではなかった。
この魔物達はこの山から発せられる黒い瘴気が具現化したものだった。
そして山を登るのを邪魔をするかのように足を進める度に現れ、倒されては消え、再び現れネロに襲いかかってきていた。
この瘴気は魔物に変わるだけでなく強い毒性も持っており触れれば、ネロにもまとわりつきその場で動けなくした。
オールクリアのスキルの効果によりすぐ消えるが持っていなかったらネロでも危なかっただろう。
そしてレミナス山にはそんな瘴気があちこちから発せられていた。
もはや山には外から見た時のような神々しさはなく、その瘴気や魔物の存在でまるで別世界に来ているようで異様な感覚だった。
ネロはそんなレミナス山に言葉に表せない気持ち悪さを感じながら足を進めていた。
――
戦い、休み、進むを延々と繰り返しひたすら山を登って行く。
元々長期戦は覚悟しており、食料の備蓄はしっかり持っていた。だが、山は高く、また螺旋状に山道が続いているため上り具合も遅い。
山道としては登りやすく進行速度自体は速い部類なのだしかしそれでも、一週間発っても頂は見えてこなかった。
まだ余裕はあるがネロは目に見えない疲労にじわじわと削られていった。
――
それから更に一週間が過ぎた、上っている位置はちょうどは雲の中だった。
ネロは気分転換を兼ねて時折山から外の景色を眺めながら進む……と言っても今は雲の中で周りに見えるものなどなにもない。それでも雲の中に入るということ自体貴重な経験なので何もなくても見ごたえはあった。と、そう考えていたが……
「ん?あれは。」
ふと雲の中にポツンと一つ浮いた大陸を見つけた。
遠目からなどで正確な大きさはわからないがかなり小さめで大陸で、その大陸の周囲をなにやら七色のオーラが身に纏っていた、そしてネロはその色に見覚えがあった
――まさか、あれは妖精界か?
以前、行った妖精界は空が七色に覆われていてその色に酷似している。
ここでネロは少し推測する、あの別世界にあるといわれていた妖精界は実は空の上に合ったのではないかと
そしてそれを浮かせていたのが妖精の女王たちでその力の源こそがフェアリーリングではないかと。
ネロは妖精界でのことを思い出す。
友人で会ったバオスを殺し、エーテルともケンカ別れをしてしまった。
そしてそれから一年が過ぎている。
――……考えるのは全てが終わってからだ
ネロは疲労で足が鈍り始めながらもひたすら前へと進んだ。
――
それから更に一週間、流石のネロにも疲れが見えてきた。
山に現れていた魔物は途中で出てこなくなったが同時に食料もそこを突きていた
決して準備を怠っていたわけではない、水も食料も十二分に用意した。
しかしその山の高さはその想定すらも上回っていた。
食料が尽きて早三日が発ち、空腹もピークを迎え始める、それでもネロが前に進むのはゴールが目の前に見えてきているからだ。
もはやどのくらいの高さかもわからないが見上げればずっと続いていた山の上に青空が見えていた
――あと少しだ。
ネロは少しの休憩をはさむんでペースを上げた
そして、ネロはおよそ一か月かけてレミナス山の頂へとたどり着く。
――ここが、頂上……
山の頂は狭く岩場となっており、歩ける場所は少ない、落ちればネロでもただでは済まない高さだが、そんな頂から見渡せる景色には全面きれいな青が広がっており、その下には雲の海ができていた。
そんな普通に生きていては決してみられない光景にネロも目的を忘れて、ついその光景に見惚れてしまっていた。
『まさか、ここまで登ってくる人間がいるとは……』
「⁉」
脳内に直接語り掛けてきた声にネロは思わず周囲を警戒する、すると一つ岩場の上に黄金の羽をもった巨大な三つ首の鳥が止まっていた。
――あれは……
「神鳥……レアード……」
『いかにも、あなた方にはそう呼ばれています存在です。そういうあなたはネロ・ティングス・エルドラゴですね。』
「知っているのか……」
『ええ、私は観測者ですから、あなたほどの強さの人間を知らないはずがありません。』
脳内に透き通るような女性の声が響く。
『どういう理由があって登ってきたかは知りませんがここにはあなたが望むようなものはありませんよ?ここはかつての私の罪によって生まれた場所ですから。』
「罪によって生まれた場所?」
『ええ、私が犯した大きな大きな罪です』
そう言ったレアードの声からはどこか寂しさが感じられた?
『それで、あなたは何しに来たのですか?』
「俺の目的なら目の前にいる。」
『……つまり、私ということですか?』
ネロは無言でうなずく。
『私は特例の時以外、この世界に干渉することはありません、そんな私に何を望むというのですか?』
「あんたの持つ不死のスキルだ、あんたを倒して俺のスキルで奪えば俺は不死になれる」
『まさかそんなもののためにここまで登ってくるとは愚かな。それだけの力を持ちながらなぜ不死を求めるかは知りませんが……その欲に眩んだ行動はとても見過ごすことはできませんね』
そういうとレアードは大きく羽を広げ飛び上がる。
このはるか上空であるこの場所の更に上にできた巨大な影にネロ少し怯む身ながらも戦闘態勢に入る。
「俺が人間である限り、必ず死は訪れる、それに抗って何が悪い」
『死、あるからこそ生き物なのです、不死となればそれは最早生物とは呼べません。』
疲れた体に鞭を打ち、ネロは足に力を込めてレアード目がけて飛び上がると、レアードに襲い掛かる。
しかしレアードを前にした瞬間、突如体の動きが鈍り始める。
「な、なんだこれは……」
『私は観測者です、その私に害をなそうとすることを自然とあなた自身が拒むのです』
「ち、畜生……ここまで来て――」
上手く動かない体にネロも精一杯抵抗し、一歩一歩足を動かす。
『これは状態異常でもスキルでもなく、あなた自身が自ら動くことを拒んでいるのでどんな力を持とうが抗えません』
レアードの冷たい口調で言い放った宣告に、ネロは耳を貸さず全身に力を込め抵抗を続ける。
『……しかし、驚きましたね、そこまで抗えるとは、いったい何がそこまであなたを動かすのです?』
――何がだと?そんな事は決まっている。
「……俺はもう死なない……死にたくないんだ、俺は不幸を乗り越えて、未来を、掴むんだ!」
『……不幸?』
抵抗の甲斐もあってか少しずつではあるが動きが戻り始める、あと少し、ネロはその可能性を見出し始めた、しかし――
『まさか……シリウス?」
――ドクン
レアードがその名前を呼んだ瞬間、ネロの心臓が大きく跳ねあがる。
自分の名前はネロ・ティングス・エルドラゴだ、しかし何故かその名に自分の体が勝手に反応した気がした。
だがそれと同時に、この世で最もいやな感覚がネロを襲った。
――え?
動きを取り戻し始めていた体が突如動かなくなる、いや、体だけではない、呼吸も思考も、心臓さえも、まるで時を止められたような感覚に陥っていた。
――は、嘘だろ?
ネロは山を登っていたも時もしっかり日にちは数えていた、そしてその日はまだ一か月は先にあったはずだ
だが、その感覚は魂が覚えていた、今まで何度も繰り返し魂が覚えた最悪の記憶……
不幸が起こる前兆だった。
そして時が動き出したかと思うと、突如山が大きく揺れだす。
レアードですら狼狽えている揺れる山にネロはなにもできぬままその場で立ち尽くしていた。
……そしてそれから数日後、レミナス山が崩壊したというニュースが全世界に伝えられた。




