四十八回目の転生
「うう……」
朦朧とした意識の中、健太がゆっくり目を開けると、辺りはどこまでも白く、眩しい光に包まれていた。
「ここは……?」
全く見覚えのない光景に、思わず息を呑む。
健太はさっきまでの記憶をたどってみる。
――そうだ。今日は俺の十五歳の誕生日で、いつものようにゲームを買いに街へ出かけたら……たしか、トラックが突っ込んできて――。
「まさか……」
健太の脳裏に最悪の事態が思い浮かぶ。
「そのまさかです、あなたは死んだのですよ」
言葉と共に上空から現れた女性の姿に健太は思わず言葉を失う。
現れたのは背中に真っ白な翼を生やし、 真っ白なブラウスに身を包んだ美少女。
背丈まで伸びた金色の髪をなびかせて舞い降りてきた姿は余りに可憐で非現実、天使と呼ばれるものそのものだったからだ。
そしてその女性は、健太の前に下り立ち、顔を向き合うと否や、いきなり深くため息をついた。
「はぁ……やっぱり今回も駄目でしたか……」
「そんなことより俺が死……え⁉今回も?」
天使と思しき少女の、理解不能な言葉に健太は思わず固まった。
――今回もってなんだよ、まるで何度も死んでるみたいじゃないか。
もちろん今までに死んだことなんて一度もない。
健太が彼女の言葉が理解できないのは当然の事だろう。
「ああ、あなたは知りませんよね。一応あなたがここに来るのは四十七回目なのです」
「よ、四十七⁉」
あまりに多い回数と、妙に中途半端な数字に、健太の混乱はさらに深まった。
「と言ってもあなたであってあなたじゃないですけどね」
天使の言葉に、健太の頭はますます混線していく。
「正確に言えば前世の貴方ってことです。ここは不幸な死に方をした人の転生場所なんです、生存時に不幸で死んだ人、つまりイレギュラーな出来事で本来生きるはずだった寿命よりも早く死んでしまった人、そう言った死ぬ予定がなかった人が訪れて新しい命に生まれ変わる場所がここなんです。」
その説明を聞いて、ようやく健太は少しだけ理解した気がした。
――つまり俺は、前世で何度も死んで、ここに来ているってことか。
……でも、それにしては一つだけ引っかかる。
「ってことはなに?俺は今まで四十七回も転生して四十七回も不幸な事故で死んでるの?」
「はい、更に不思議なことに何故か死ぬのは決まって十五歳の誕生日で、必ずと言ってもいいほどに死にます、しかも病気や殺人じゃありません、事故や災害といったものでです。」
その言葉にまた口が開きっぱなしになる。
「え、そんな、じゃあ俺は今まで十五歳以上の人生を送ったことがないの?十五っていえばこれから青春真っ盛りって状態じゃないか!」
十五歳……思春期に入り、男女達が恋に焦がれ甘酸っぱい青春を送り、そして更に三年たつと十八禁のが解禁され、更に二年でタバコや飲酒が解禁される。
――俺はそんな青春を一度も味わったことがないというのか?
「そうですね、まあ、あなたみたいな人に青春ができたかどうかは別として――」
焦る俺とは裏腹に天使は淡々と、しかしどこか棘のある声で続ける。
「こちらではこれが少し問題になっているんですよ。なんせ、こんな前例は今までにありませんからねぇ。」
そう言うと彼女は、何もない空間から一冊の手帳を取り出しだ。
「まあ、話は戻りますけど、今回あなたがまた不幸死を遂げた事によって不幸ポイントの方が新たに加算されます。」
「不幸ポイント?」
そのなんとも言えないポイント名に健太は眉をしかめる。
「簡単に説明しますと、この世界には不幸な死に方をした人に与えられるポイント、通称『不幸ポイント』ってのがありましてね、これは本来生きるはずだった分の寿命をポイント化して来世に振り当てることができるんですけど、今、あなたの不幸ポイントはめっちゃ貯まってるんです。」
――なんだそれ、自慢できるのか?
理解が追いつかない健太をよそに、天使は淡々と話を続けた。
「それでですね、この不幸ポイントを振り当てれば、次の転生先で有利に生きることができるんです。」
「へ?」
「まあ、簡単に言えば金持ち、イケメン、スポーツ万能、と言った生きてく中で苦にならないような、人生が送れるようになるんですよ。」
「なに?ってことは俺はそれが多いって事?」
「はい、めっちゃ貯まってますよ、どうでしょう?このポイント、今回使いますか?」
「使う!ぜひ使わせていただきます」
健太は即答する。
さっきまで自分の死に打ちひしがれていたのが嘘のように、顔がぱっと明るくなる。
――天才、金持ち、イケメン全て非凡な生活を送るのに必要なスキルじゃないか
平凡な人生に不満を持っていた健太にはまさに願ってもない事だった。健太は思わず小さくガッツポーズをする。
「わかりました、なら使いますね。」
そう言うと、天使は再び空中から一枚の羊皮紙のような登録書を取り出し、淡々と記入を始めた。
「ふふ、これで俺も平凡な人生からおさらば出来る」
憧れていたリア充ライフ。健太は想像を膨らませ頬を緩ませた。
「……平凡ねぇ」
独り言を聞いていた天使がふと手を止めると、にやけている健太に哀れ目をしながら天使が意味深に呟く。
「な、なんだよ?」
「ちなみに言いますと、あなたは今の生に転生する前にも不幸ポイントを使ってるんですよ?」
「は?」
「あなたは前世の転生前に不幸ポイントを使ったおかげで、サッカーというスポーツの才がずば抜けてたみたいですよ?顔もかなりイケてる方だったし、家庭もあなたの家はかなり裕福な方だったんですが」
天使の話に、健太はただ呆然と立ち尽くした。
死んでから知らされる衝撃の事実。だが、そんなこと認められるわけがない。
「そ、そんなはずは……だって、そんなこと今までなかったぞ。女にもモテたことなんてないし、家だって裕福とは――」
「そりゃ、どんなに才能があっても“使わなきゃ”意味ないですし。顔が良くたって引きこもってたら女の子は寄ってきませんよ?
それに家の話ですけど――あなたの両親はデザイナーと貿易会社の社長で、年収は億を超えてましたね」
「はぁ⁉」
「まあ、あなたがそれを知らないのは……ろくに子どもとコミュニケーションを取らなかったご両親にも原因がありますけど」
――そんなわけがないだって俺は……
健太は改めて自分の人生を思い返す。
確かに今までサッカーは一度もやったことがない。誘われたことはあったが、運動するのが嫌いで全て断ってきた、女子とは関わろうとしなかったし、家もどんなにゲームの課金や財布から金をくすねても父や母はなんにも咎めようとしなかった。
――才能、顔、金、自分がずっと欲しがっていたものをずっと持っていたなんてどうして今更わかるんだ。
今更どうしようもない状況に健太はやり場のない苛立ちを天使にぶつけた。
「そ、そんなの言ってくれないとわからないじゃないか!なんで今さら言うんだよ!ふざけんなよクソ天使!」
「うわ、清々しいほどの逆ギレですねー、流石前回担当の子を泣かせただけのことはあるわー、……でも私、そういう人、ドストライクですよ」
自分の逆ギレをクスクスと嘲笑い、楽しむ天使に余計苛立ちが募る、だが怒れば向こうの思うつぼだと言い聞かせ、健太は無理やり怒りを鎮めて話を戻す。
「……で、不幸ポイントっていったいどんなことができるんだ」
「さっきも言ったように才能や家柄容姿などが優遇されます、ただここで一つ提案があるのですが、あなた、異世界へ行ってみようと思いませんか?」
「へ?異世界?」
「そう、今の世界とは別の世界です!王国があって、モンスターがいて貴族がいる、いわばゲームのような世界!今の世界でどれだけ不幸ポイントも使っても死んでしまうみたいなので、それならいっそ、危険も伴うが、環境の全く違う、別世界で転生してみるのもありじゃないかなと思いまして。しかも、今ある不幸ポイントを使えば記憶もそのままにできますよ。」
――異世界……
王国があって、モンスターがいて、貴族がいる世界、それはまさに生前健太が現実逃避でやっていたオンラインゲームの世界そのものだった。
「な、なあ、その世界ならもしかして不幸ポイントを使えば最強の剣士になったり究極の魔法も使えたりもするのか?」
「はい、できますよ、不幸ポイントはかなり高めになりますが、あなたなら問題ないでしょう。」
――もしそんな世界でそんな力を発揮できたら俺はやりたい放題できるじゃないか!!
ここにきて健太は己の内に秘めていたゆがんだ欲望を破裂させた。
「是非異世界に転生させてくれ!最高の爵位を持った貴族で最強の剣士のイケメンの男として!もちろん記憶はそのままで!」
「……わかりました、ではそこに手続きしますね。」
天使は健太の勢いに少し顔を引きつらせながらも、空間から次々と書類を取り出し、淡々と何かを書き込んでいく。
その動作は妙に手慣れていて、まるでこれまで何十回も同じことをしてきたかのようだった。
健太は高鳴る鼓動を押さえながら、その様子をただ見守っていた。
やがて天使は最後の用紙にサインをし、指を軽く鳴らすとその場にあった用紙が一瞬にして消え去った。
「お待たせしました、ではこれからあなた転生してもらう世界は異世界アムタリア、様々な王国とモンスターが生息する世界です。あなたはその世界のどこかの国の公爵家の長男として生まれ、最強の剣士としての才能を持って転生します。そして今度こそ、十五から先の人生を送れるように頑張ってください。」
健太の身体をまばゆい光が包み込む。
「それでは……ご武運を」
天使の声が遠ざかり、光の中へと意識が沈んでいった。




