エレメンタルランド
ネロがガガ島を発ってまず初めに目指したのはレミナス山があるイスンダル大陸ではなく、イスンダル大陸とは逆の方向の南西にある大陸、『エレメンタルランド』だった。
大陸と呼ばれているが人によっては島とも呼べる大きさのエレメンタルランドは、マナの濃度が濃いうえに不安定で、そのマナは大陸の気候や地形だけでなく、住む生物の生態にまで影響を及ぼしていた。
それは動物やモンスターは勿論のこと、大陸にすむ人間にも同じことで、その大陸に千年以上前から生きていると言われる人種『属性民族』は、人の体にマナが融合するという特異な体質をしていた。
マナと融合した事により属性のついたその体は人と言うより精霊に近く、魔法や、スキルを使わずに火や水と言ったものを操る事ができ、寿命も五〇〇と普通の人間と比べ長寿である。
身に付いた属性は人によって様々だが、主に火水風地の四つの分野に別れそれぞれが小さな国を作り、お互いがこの不安定な大陸の中で支え合いながら暮らしていた。
そして今ネロが目指しているのはその国の一つである火属性の属性民族が暮らす火の国であった。
目的は一年前に出会った火の国の王だった男、レオパルドに会うためだ。
レオパルドはかつてレアードと出会ったことのある数少ない人物である。
一年前の戦いの後、別れ際に言われた言葉を元にネロはレミナス山に登る前に訪ねることにした。
――
ガガ島を出発してから二週間、ネロを乗せた船の前に大陸が見えて来た。
――あれがエレメンタルランドか。
ネロもこの船にいる船員もエレメンタルランドに行ったことがある者はいないのであくまで推測だが、地図を見るに恐らくここで間違いないだろうと判断する。
「よし、ここら辺で船を止めてくれ、ここからは俺一人で行く。」
「え?でも陸地まではもう少しかかりますよ?」
ネロの指示に船乗り達が首を傾げるが、ネロは再三指示を出す。
と言うのも、エレメンタルランドは一見遠くから見たらごく普通のなんて事ない大陸だが、実際近づくと、大陸の周りの海にはマナの影響により進化した巨大な海の魔物が徘徊しているからだ。
それはかつて逃避行で旅をしていた際に好奇心で大陸に足を踏み入れようとしたカラクから聞いた話で、当時カラクはそれに気づかずものの見事に魔物に襲われ、間一髪のところを漁に来ていた水の国の民に助けられて事なきを得たようだった。
そして、そのまま流れで上陸し四つの国の王と意気投合しそのまま同盟を結んだらしい。
――コミニケーションお化けめ……
話にを聞いたときのネロの率直な感想である。
そんな話を覚えていたネロは船員の安全を考慮してまだ距離はあるが小舟で一人大陸に向かう事にした。
ネロは慣れない船の操縦に苦戦しながらも大陸に向かって船を漕ぐ。
大陸に近づくにつれて高波や海の魔物に襲われるもの、そこは規格外の力で強引に解決していくと、時間はかかりつつもなんとか上陸する事に成功した。
「よし、なんとか上陸できたな……さて、このあとどうしたものか。」
上陸したのはいいが、この先どう進めばいいのがわからない。
一応同盟は結んでいる物の国同士はそこまで交流関係はなく、たまに属性民族の人間が遊びに来る程度でこの大陸に関する地図はミディールでは見つからなかった。
「とりあえず進むか。」
歩き続ければそのうち何か見つかるだろうと楽観的に考えるとネロは大陸に足を踏み入れていく。
――
「……」
大陸を歩き始めて凡そ数時間、ネロは今周囲に起こっている状況に呆気を取られていた。
何かが見つかるまでとひたすら前へと歩いていたネロは遠くに大きな竜巻が複数巻き起こっているのが見えると一度立ち止まった。
荒れ狂う竜巻を見てこっち方向には人はいないだろうと判断すると、ネロは進路を変えようと右方向に顔を向けた、するとなんとそっち方面はあたり一面砂漠となっていて竜巻にも負けないほどの砂嵐が巻き起こっていた。
ネロは更に逆方向を見る、今度は前方が吹雪いているのが見えた。
これは仕方ないと、ネロは一度来た道を引き返そうと振り返る。
先ほど通って来た道は燃え盛る炎に包まれていた。
「なんなんだここは?」
あまりに不可解な現象ばかりにネロはその場で立ち尽くす、しかしそれは少しずつ自分の立つ場所にも迫り、そうしている間にもネロの立つ地面にも火の手が上がり始めていた。
――クソ、どこに向かえばいいんだ……
スキルや規格外のステータスによりネロが火や竜巻に苦しむことはないが、進む方向を見出せないでいる。
すると今度は吹雪く雪原方面の地面が盛り上がると雪の中から巨大な蜥蜴の様なモンスターが現れる。
「こいつは……ホーセントドラゴンか?」
一年前に出会った相手と比べると色や大きさが違うが、その特徴的なトカゲの様な見た目は同じである。
――この身体は宝石……いや、氷か。
ホーセントドラゴンの食べた石を鱗に変える特徴があり、このホーセントドラゴンは透き通るような透明な氷の鱗で覆われていた。
――まあ、これくらいなら問題ないか
ネロはホーセントドラゴンへゆっくりと近づく。
……が次の瞬間、ホーセントドラゴンは地面から燃え上がった爆炎により跡形もなく溶けていった。
そしてその爆炎が飛び出た地面が盛り上がると、その土の中から赤い肌をした白い髪の少年とネロの褐色肌より少し濃いめの茶色の肌をした金髪の少女が現れる。
二人は地上へと飛び出ると辺りをキョロキョロと見回す。
「どうだ?一応、手応えはあったんだけど。」
「うーん。でもまだ私の察知スキルは反応は消えてないわね。」
「でももうモンスターなんてどこにもいないぜ?いるのは俺達だけ……。」
と、そこで二人はネロの存在に気づく。
「うわぁ!な、なんだお前、いつからそこに?」
「お前らが地面から飛び出してくる前から。」
「そ、そっか、そいつは済まな――」
「あ、待って、エンダー、多分この人よ、私のスキルの反応源は。」
「はあ?でもどこからどう見たって普通の人だろ?色からするに前と同じ土の民――」
と言いながら少年がネロと少女を見比べる、そして少し色が違う事に気づいたのか眉をしかめる。
「‥…あれ?なんか、微妙に違うな?お前、土の民か?」
「いや、外の国から来た者だが――」
「外の国……って事は――」
「「まさか、異国人⁉」」
二人がネロを見て同時に驚きの声を上げる。
「お、お前、外の国から何の用だ!まさか宣戦布告か!」
「いや、そうじゃなくてだな――」
「だが知ってるぞ、お前ら異国人は火や水を操ったりは出来ないと、そんな奴らに我ら属性民族がやられるとでも」
――人の話を聞かない奴だな。
赤い肌の少年が一人ボルテージを上げて背中に担いだ剣を手に取り戦闘態勢をとる、少女も少し困惑を見せながらも魔法の杖を構える。
すると少年の体から火が発し、そのまま剣に伝わり炎の剣と化す。
少女は周りの地面からのゴーレムを数体作り出すと、
そのゴーレム達に強化魔法をかける。
――へえ、面白い戦い方だな。
魔法を使わずに火や地を操り、更に魔法をつかう、まさに属性民族ならではの戦い方である。
二人の戦い方に少し興味を覚えたネロは誤解を解くことを一時的にやめると同じ様に戦闘態勢を取る。
「行くぞぉぉ!」
少年が身体を燃やしながら剣を持って突っ込んでくる。それに対してネロも迎え撃とうとする。
しかし……
「やめとけ、とてもお前さんらに敵う相手じゃねえ。」
「え?」
突如聞こえた低い男の声に二人が動きを止めると、そのまま声の方に目を向け、ネロもそちらを見る。
「あんたは……」
「「レ、レオパルド様!」」
そこには少年と同じような肌の色をした大男、レオパルドが笑いながらこちらを見ていた。
二人はすぐに武器を置きレオパルドに対し跪く。
「よう、坊主、やっと来たか。」
「ああ、あんたが来いって言ってたからな。」
「と言う事は挑むのか、あの山に。」
「ああ。」
「そうか、ま、ここじゃなんだ。とりあえず案内するぜ。俺たちの四つの国の一つ、火の国サラマンドリアにな。」
何が何だかわからないという顔を見せる少年少女を放っておいて二人は火の国へと歩き出した。




