やり残し
城を後にしたネロはその後、どこかに寄り道をすることもなく島に戻ると、レミナス山へと向かう為の旅の支度を始める。
以前とは違い、旅を経験したこともあって必要なもの、不要なものがわかるのでスムーズに進んだ準備は僅か半日足らずで終わってしまった。
そして一通りの準備を終えると、ネロは自室の床に世界地図を広げる。
地図は国によって描かれ方が違ったりするが、多くの国と友好関係を結んでいるミディールは、情報共有が出来ている分、他国と比べて正確に描かれている。
ネロは地図の上の部分に描かれた最も大きな大陸、イスンダル大陸に目を向ける。
大陸の大半をアドラー帝国とルイン王国が占めており、その二つの国の境目には巨大な山の絵が描かれていた
――レミナス山……
前世でも耳にしたことがある別名『神の住む山』と呼ばれている場所である。
その山は雲を突き抜けており頂上は見えなく、その頂上を目指そうと多くの冒険者たちが万全の準備をして登頂したがその山道に現れる規格外のレベルをもつモンスターに阻まれ登り切った人間はいない。
唯一頂上にたどり着いたとされるのは神鳥レアードに認められ背に乗せられてたどり着いたと言われている英雄たちのみ、しかしその英雄たちもレミナス山やレアードについて多くを語ろうとしなかった。
『神鳥レアード』
その存在は神話の領域とされているが英雄の一人であるエレナの祖先、セナスが残した記録にはレアードは存在し、『不老不死』のスキルを持つと書かれている。
――不老不死……か。
正直に言えばネロはこのスキルを手に入れるのに躊躇いを持っていた。
アムタリアで二度目の転生してから十四年、運命の日に備えから転生前に授かったスキルを使い、レベルを上げ、スキルを習得し、そしてそれ以外でも獣拳と言う体術までも会得した。
その実力は世界最強と言っても過言ではないと思っている。
そしてネロはそれを自覚している。
不老不死など必要とせずとも十分生き残れるのではないだろうかと考えているが、そう思うたびに前世の死の記憶と友の言葉が頭をよぎった。
『僕たちが人間である限り死なない事なんてあり得ない』
それは別れ際にピエトロが残した言葉だ。
これはどれだけ強くあろうと人間である限り必ず死は訪れるという言葉、だがそれは逆に言えば不老不死を手に入れればもう人間ではなくなるのじゃないかともいえる、しかしそれでもネロは欲した。
確実に生き残るために……そして、この後の世界を皆と生きていくために。
「よし……準備完了、もうこれでやり残したことはないな!」
ネロがこれまでやってきたことを、指おりながら数え確認していく。
「カラクに騎士団の事も提案した、家の事はカトレアに言っておいたし後は――」
やり残したことがないか一つ一つ確認していく中、そこでネロはふとエーテルの事を思い出した。
――そう言えば結局あれから会っていなかったな。
共に旅をしてきた仲間だったが、最後は仲違いする形で別れてしまったのが少し心残りでだった。
――いや、違うな、寧ろあれでよかったんだ。
運命の日を迎えていない状態で和解して、もし死んでしまったら元も子もない、それなら万が一自分が死んだとしても悲しむことはないだろう。
そしてそう考えるとネロの頭の中には色々な事が浮かび上がってきた。
「……やらないと。」
一つの決断をして部屋を出ると、ネロはマーレの元へと向かった。
廊下ですれ違ったメイドたちにマーレの居場所を聞き、客室に居ると教えられ向かうと、客室の中にはマーレの他にカトレア、それと二人が応対しているエレナの姿があった。
「あ、ネロ。お邪魔してるね」
「……エレナか。」
久々となる顔合わせにも関わらず、エレナは以前と変わらない愛くるしい、笑顔を見せてくる。
「すみません、ネロ様。これからお呼びに行こうと思っていたところだったのですが――」
「いや、別にいい」
そんなエレナにネロは特に声をかけることなく、エレナの側にいるマーレ方へと歩いていく。
「えっと、あの、どうかなされました?」
目の前まで近づきジッと見つめるネロに、マーレが少し困惑を見せる。
そんなマーレを見ながらネロはそっと口を開いた。
「……お前の兄、ヘルン・ミーアを殺したのは俺だ。」
「え?」
「ヘルン・ミーアだけじゃない、バオスも俺が殺した。」
ネロの言葉に、マーレは茫然とした様子で硬直している。
「ね、ネロ、どうしたの急に?」
不穏な空気を察知したエレナが二人の間に割り込もうとするがネロはエレナに目を向けることなく、マーレを見続ける。
「……どうしていうんですか?」
マーレがポツリと言う。
「時々見せるネロ様の反応に何かあることは薄々気づいてました、でも気づかないふりをしていたんです。なのに、どうして言っちゃうんですか⁉」
マーレがネロに対し大声で叫ぶとその場で泣き崩れる。
エレナが座り込み泣きじゃくるマーレにすぐに寄り添った。
「あ、ネロ!」
ネロはそんな二人に声かける事もなく、そのまま部屋へと戻っていった。
……それから暫くした後、エレナとカトレアがネロの部屋を訪ねてきた。
「……何か用か?」
「あ、うん。カトレアさんから聞いたんだけど、また旅に出るんだってね。」
「……それがどうした?」
先程の件については触れることなくエレナは旅の事について尋ねてくる
「えと、その、今回も私も一緒に行ったら駄目かなあと思って。ほら、私あれから魔法の勉強もしたし一年前よりもきっと役に立てると思って。」
「断る。」
ネロがキッパリと拒絶を口にすると、エレナは一瞬悲しげな表情を見せるが、すぐにまたおどけて笑顔を作る。
「あ、もちろん前の時みたいにトラブルに首ツッコんだりしないよ?あとそれに――」
「……なんだよ。」
「え?」
「正直もう、うんざりなんだよ!」
ネロがエレナに向かって怒鳴ると、エレナは思わず固まってしまう。
自分に怯える表情を見せるエレナに、ネロは一瞬躊躇いを見せるが、そのまま更に続ける。
「小さい頃からそうだ!ずっと人の後ろついてまわりやがって、正直いい迷惑だったんだよ!」
「……それ、本当?」
「……ああ。」
「っ!」
その一言にエレナは一雫の涙を垂らすとその場から走り去る。
その姿にネロは思わず声をかけようとするが拳を堅く握りそれを思いとどまらせた。
そしてその場には一人静かに待機しているカトレアがいた。
「ネロ様……」
「なんだよ!言っとくけど訂正するつもりはないからな!俺は本当に――」
「はい、ですがただ一つ、帰ってきたらちゃんと謝ってくださいね。」
「……ああ、わかってるよ」
何もかもを見透かしたようなカトレアの一言にネロは力なく返事する。
そして次の日、ネロは色んな思いを胸中に抱えながら再びガガ島を旅立っていった。




