終幕
「終わったのか……」
ネロがバオスのいた方を見つめる。
その先にはもう彼の姿はなく、ただ戦いの痕だけが無常に残っていた。
――俺が……やったんだよな。
分かりきったことを頭のなかで確認すると、自然と手が震えていた。
今まで人を殺したことは何度もある、特にカイル・モールズの時代には決闘とはいえ、何の罪もないレギオスを殺害している。
だがその時ですら後悔をすることはなかった、転生と言う存在がある事を知っていたからだ。
死んでもまた生まれ変われるから、その事を知っているからこそ今まで躊躇いもなく人を殺してきた。
だが今は……
「ネロ……」
後ろからエレナが声をかける。
振り返らずともその声でエレナが心配しているのがわかる。
「ああ、わかっている……大丈夫だ。」
ネロはまるで自分にいい聞かせる様に答える。
震えが止まるまでの間、ずっとエレナに背中を見せ続けたあと、ネロは振り返る。
その目にはもう一つの覚悟が表れていた。
「さあ、行こう。」
――まだやるのことは残っている。
――
「なあ、ほんとに倒したのか?ネクロロードのやつを……」
「ああ、あの小僧がな。」
ミトラから回復魔法をかけてもらいながら少し放心気味で尋ねたトルクの問いにレオパルドが頷く。
「そうか、なんとか生き延びれたか、今回ばかりは流石に死を覚悟したぞ。」
トルクがボロボロになった自分の身体を見る、回復魔法により傷は治りつつあるも、落とされた腕はもう戻ることはない。
だがトルクは剣を持つことすらできなった自分の身体に少し残念そうな顔をするも、そこまで悲観した様子はなかった。
本来ならば死んでいてもおかしくない状況なのは十分わかっている、残り少ない命を捨てる覚悟を持って戦場に立っていたがそれでもその覚悟とは裏腹に生き延びた喜びを心が実感していた。
「しかし、何ちゅう小僧じゃ、まさか本当にあのネクロロードを倒してしまうとは。」
「ああ、悔しいが全盛期の俺等でも倒せないであろう、あやつを簡単に倒してしまったのだからな。全くエドワードと言い相変わらず人族には驚かされるわ。」
「うむ。」
「しかし、今後が心配だねえ。今回は偶々彼がいたから助かったけど、もし次また今回の様なネクロロードが現れた時倒せる人がいるのかどうか。」
テオの言葉に全員が無言になる、実際それは難しい問題であった。
三百年生きると言われている竜人族や千年以上生きると言われているエルフ族たちと比べて
百年生きれれば長寿と言われている人族の寿命は短い。
実際今回パーティー内で人族であった、エドワード・エルロンとセナス・カーミナルは寿命により数百年も前に亡くなっていた。
「うむ、難しいところだな。」
「それに関しては心配ないわ。」
皆が頭を悩ませていると、そんな四人の元にギンベルグがやってくる。
「私の能力で王に憑依していたネクロロードの意識を『奪った』ことで今、私の中にはネクロロードの意識が混じっているの、それによりネクロロードの力の大半は王の力として王の死と共に消滅したわ。だからもう本体にはそれほどの力は残っていないはずよ。」
「そうなのか、ならいいんだが……」
「それよりあなた、その身体は大丈夫なのぉ?」
皆が心配そうにギンベルグを見る。
彼女の身体は黒く蝕まれとても正常な状態とは言えない、元の綺麗な銀色の髪も今は息をひそめていた。
「これは私の使う力の代償、私の能力はあらゆるものを奪う事が出来るけどその代償として奪ったものに見合った分の寿命を能力に奪われるの、そして今回の使った力によって限界が来てしまったみたいね。恐らくもう私は持たないわ。」
「そ、そんな……」
「でもいいの、私の命はもとより王の為にあったもの、それを王の為に使ったのだから後悔はないわ。」
ギンベルグは手を前に出し指の先を眺める。
先程まで黒に覆われていた体が今度は白に変わり始めそれが自分の命の終わりを告げていることを感じる。
「妖精族を襲ったのは全て民のため、謝る事はしないわ、ただあの少年には伝えてほしい、ありがとう……と」
そう告げるとギンベルグは大きく息を吸い込む。
そして……
「我が名はぁ!ギンベルグ・フォルシー!誇り高きガゼルの戦士なり!」
まるで彼女の主君を彷彿させるような大声で天に向かって名乗りを上げると、ギンベルグの体は灰の様に真っ白になり、そのまま風に吹かれ散っていった。
「……逝ったか」
「なら、ワシらもそろそろ戻るとするか。」
回復を終えたトルクが立ち上がると、城への帰路へと歩き出す。途中でネロ達と合流すると今後の事を話し合いながら城へと戻っていった。
――
『という事で、獣人族の脅威は無事去りました、私達妖精族の勝利です。』
リリアナがテレパシーを使い妖精たち全員に戦いの勝利を告げると、妖精たちは一斉に武器を置いた。
緊張の糸が切れてその場でへたり込む者、すぐに負傷者の手当てを行う者……そして少なくない犠牲者に祈りの歌を捧げる者などその反応は様々だった。
そして、連絡を終えたリリアナは次にエーテルとフローラを連れて城の玉座の奥に作られた隠し通路を渉っていた。
「あの、お母さま、ここはどこに続いてるんですか?」
「行けばわかるわ、ほら、もう着いた。」
話している間に通路を渡りきると、そこは広々とした部屋に繋がっており、その中心には見た事のない綺麗なピンク色をした巨大な丸い宝石が飾られていた。
「陛下、ここは……」
「ここはこの妖精界を保つ場所、この島の制御室です。」
「え?島?制御室?保つ?」
「どういうことですか?」
驚く娘二人の顔を見てリリアナは微笑むと、詳細を説明していく。
「これは代々王家だけが知る秘密なのですが、私達のいる妖精界と呼ばれているこの場所は、アムタリアとは別世界にあると言われていますが、実際はアムタリアの中にあるのです。」
「え、えええぇ⁉」
エーテルが部屋いっぱいに響き渡るほどの声をあげて驚く。
フローラも声こそあげなかったものの、その驚きは隠せず大きく目を見開いて硬直していた。。
「ここ妖精界は、アムタリアの上空に浮かぶ浮遊島で古来我ら王家が外から見えぬよう、入れぬように幻術と結界をかけていたのです。」
話を聞いた二人は唖然とした様子でその部屋を見渡す。
フローラはその中でも一際目立つ目の前の宝石について尋ねる。
「お母……陛下、これは何ですか?」
「それは核を担う妖精玉と呼ばれている物よ、この宝石に魔法をかけることでこの島全体に魔法をかけることができるのです。」
「へぇ~」
話を聞いたエーテルが興味津々に妖精玉を観察する。
「それで、どうして急にそんな話を?」
「それはね、今度からその役目をあなたたち二人に担ってもらいたいからです。」
「「えぇ⁉」」
その言葉に今度は二人同時に声をあげる。
「ちょっと待ってくださいお母様⁉確かに私は旅をしてきた中で力を付けましたが、それほど力はまだはありませんよ?」
「それには心配及びません、フェアリーリングを身に付ければ自然とあなたの力は増幅されていきます。妖精玉にはまだ私がかけた魔法の効力が残っていますから、あと数十年は持つはずですので、それまでの間に力を付けて二人でこの国を守ってください。」
リリアナが頭に身に付けていたティアラを外しエーテルに渡す。
「え?でもフェアリーリングはネロに……」
「ネロさんには代わりの物を用意してありますので心配ありません。」
「あ、そうなんだ。」
それを聞くとエーテルは躊躇い無くティアラを身に付けた。
「しかし、それならば別に今引き継ぎをする必要は……」
と言いかけたところでフローラが以前に見た泉映ったものを思い出す。
「ま、まさか……」
「さて、ではそろそろ戻りましょうか。彼らももう帰ってきてるはずです。」
リリアナが来た道のほうへ歩き出すと、何も知らないエーテルは足取り軽く母の後をついていく。
そして意図を察したフローラは口に出そうな数々の言葉を封じる為、それ以降言葉を発することはなかった。
それから三人が制御室から戻り、ネロたちを出迎える為に以前集まっていた場所はと向かう。
するとそこには既にネロやトルク達が帰ってきていた。
「あ!ネロ!エレナ!」
二人の姿見つけるや、エーテルが飛び出すと、そのまま二人の顔に飛びつく。
「ネロ、エレナ、ありがとう、貴方達のおかげで妖精界は救われたわ!本当にありがとう!」
「ああ……。」
エーテルが満面の笑みで迎えるも、二人は何故かそんなエーテルから顔を背ける。
「ネロさん、エレナさん。」
そして今度はリリアナが出迎える、するとネロの顔つきが険しい表情へと変わる。
「此度はありがとうございました、貴方達のおかげでこの国は救われました。今度は私が約束を果たす番ですね。」
リリアナが目を閉じで胸に手を当てる。
「ではこの命、貴方に捧げましょう。」




