復活
ライガーの亡骸が大きな音を立てて崩れるとネロは最期を看取るようにその様子を黙って見ていた。
実力も振る舞いも最後まで立派な誇り高き戦士と呼べる男であった。
だが……
――お前は強かった……とは言えないな。
悪魔に魂を売って力を手に入れた者を強いとは呼べない。
それは自分の力で正々堂々と戦ってみせたミーアに対して失礼にあたる。
ただ、そうまでしてこの場所を手に入れようとする獣人族の執念にネロも心揺れるところもあった。
「ネロ……」
「わかってる、俺達も仲良しこよしでここにいるんじゃないんだ。ちゃんと戦ってみせる。」
――……例えこの先誰が出てこようともな。
そう心の中で呟くと、ネロはそのまま前へと足を進めた。
――
「うおおおおおおおお、行くぞぉ!アンデットどもぉ!」
戦場となった妖精界の最前線では、トルクとミトラが戦っていた。
老いた体に鞭を打ち、トルクが雄たけびと共にアンデットの大群相手に奮戦を見せる。
そしてその後ろではミトラが補助魔法と光魔法で援護と攻撃を繰り返しながら戦っている。
しかし……
「ガァァァァァァァァ!」
「ヴァボォォォォン!」
「ちっ!」
ワイトやグールといったモンスターの群れに紛れて自我を失った二人の獣人族に攻撃してくると、トルクはすぐさま後退して距離を取る。
「おのれ、ガビス・ボルグにノートン・ホルン。ガゼル獣侍軍の隊長ともあろうものが悪魔に魂を売りおってからに……」
トルクがアンデットとかした二人に激しい苛立ちを見せる、二人とはかつて何度か戦場で戦ったことがあった。
部下達を率いて巧みな戦術と奇襲をしかけてくるガビスと、巨体を生かし時には盾、時には矛となり戦うノートンの二人には、当時既に老いていたとはいえトルクも随分と手を焼いていた。
ただ、それと同時にその実力も評価していた、それだけに今の二人の姿にトルクは怒りを隠せずにいる。
――クソ、今のワシでも厳しいか
リリアナの加護により肉体は全盛期に戻り、ミトラの補助魔法でステータスは更に強化されている。
ただそれでもネクロロードの力を手にした二人にはそれを上回り苦戦を強いられていた。
「はあ、はあ、クソ、アンデットどもめ、邪魔しおってからに――」
それに加えて更に無数のアンデットの相手もしなければならない。
無数の敵相手に獅子粉塵の立ち振る舞いを見せていたトルクだったが、その体力に限界がき始めていた。
「いた、トルクとミトラだー」
「よし、避けろよ、トルク!」
「は?」
不意に背後から聞こえた声に戸惑いを見せるトルクだったが、自然と体が反応すると上空へと飛び上がる。
すると、それに合わせたようにトルクが戦っていた場所に後ろから炎が一直線に突っ込んできて、その直線状にいたアンデット達を焼き尽くす。
「ド阿呆!貴様、ワシまで焼き殺す気か⁉」
「だから避けろと言っただろ?それにこんなの昔からやってたんだから今更怒る事でもないだろ。」
「そう言う問題じゃなくてだな――」
「クスッ、でも二人とも、相変わらず息ピッタリだったわよー?」
「アハハ、そうだね。僕たち夫婦よりもピッタリだったねー。」
「それはどうかと思うが……ま、なんにせよ―」
トルクが改めて合流した二人を加え仲間三人に目を向ける。
「これで揃ったな。」
「おう、反撃開始と行こうぜ!」
「でも後ろにいた魔物たちは大丈夫だったのー?」
「ああ、他にも助っ人が来てくれてたみたいでそっちに任せて来たよー」
「セナスの子孫ともう一人、手練れの魔術師が来ていてな、だが二人ともまだ子供だったという事もあって後ろを任せる事にした。」
「ほう、セナスの子孫が来たのか、ならその子供たちにまでこやつらが届かぬようにするためにも、ここで片を付けんといかんな。」
エレナの存在を知ったトルクがより一層気合を入れると、他の三人もその言葉に頷き、そして流れるようにかつてパーティーを組んでいた時の戦闘配置につく。
「さあ、わし等の力、堕ちた戦士たちに見せてやろうぞ!」
「おう!」
「うん!」
「ええ」
――
……バオスは戦場を前に、静かに瞑想していた。
聞こえるのは激しい戦いの音、目を閉じ視界を遮断していることで自然と聴覚に意識が集中し、その音がより鮮明に聞き取れている。
それと同時に気も感じ取る。
もはや仲間に感じ取れる気はないが、敵側には新たに二つの気が加わったようだ。
――もはや、あ奴らに勝ち目はないか……
そう察するとゆっくりと目を開け立ち上がり、傍にある血で描かれた魔法陣の下へと向かう。
「腹を決めたぞ」
バオスが魔法陣にそう伝えると魔法陣からはこの世のものとは思えないような低く掠れた声が返ってくる。
『よろしいのですか?あなたの家臣たちはまだ戦っていますが。』
「自我を失ったあ奴らがあの者達に勝てるとは到底思えぬ。」
『ククク……なのにあなたはその力を求めると?』
「あ奴らにだけ使わせておいて我だけせぬのは道理に合わぬ、なあに、我が自我を保てばいいだけの話だ。」
『ククク、流石は獣王、大した自信ですな、では魔法陣の中へ』
聞こえてくる声に従いバオスが魔法陣の中に足を踏み入れる。
すると黒い瘴気が発生し、バオスの口から体内へと入って行く。
「ぐうっ⁉が、ぎ……」
その瘴気にバオスはもがき苦しみ、時には吐血も見せる、しかし――
「ぬ、ぬおぉぉぉぉ!」
それに耐え続けると、徐々に奪われ始めていた体の主導権を強引に取り戻していく。
『ククク、これは凄い、流石は獣王だ。器として申し分ない。では、いただくとしよう……』
「な、なに……?ぐわぁ!」
ネクロロードの言葉と同時に心臓を握り締められたような強い圧迫感がバオスを襲う。
その痛みに思わず膝をつくと、魔法陣からあふれ出る闇がバオスの身体を覆っていく。
「お、おのれ……ク、クソ……」
侵食していく闇にバオスももがき精一杯抵抗するも、徐々に意識が遠ざかっていく。
そしてバオスの意識が完全に途切れると、バオスを覆った闇がバオスを核としたこの世界のネクロロードの姿を変化させていく。
人より一回り大きい程度だった身体は王城程の大きさまで巨大化し、背中からは先端が槍のように尖った四本の腕が生えてくる。
顔にも変化が現れ、元々純粋な黒色をしていた瞳は、真っ赤に染まり更に額に三つの眼が加わる。
風が吹くたびに煌びやかに揺れていた黄金の立髪は萎びた白髪へと変わる。
そして背中に巨大な漆黒の翼が生えると、ネクロロードの憑依したバオスは自分の存在を知らしめるように上空に向かって闇を放ち、七色の空を黒く染め上げた。




