小さき暴君
先日の戦いの後、学校は事実上、カイルの物となった。
戦いに敗れたロイドは、卒業まで四ヵ月の月日を残して、ロゼと共に学校を去った。
そしてそれに伴い、ロイド側についていた者たちも、学校から姿を消していった。
今残っている平民は、家庭の事情でやめることのできない者と、兵士になる事を諦めていない者たち
だった。
これで本当にカイルに逆らうものはもういない、カイルは学校を自分の国のように思うがままに変えていった。
カイルは考えていた通り、下貴族制度を取り付け、カイルが無能と判断した貴族たちを次々と制定し、下貴族と認定していった。
反発する者は貴族でも容赦なく罰していき、この影響により、貴族も大半の生徒がやめることとなる。
ルイン王国で起きたこの一件は、国中に伝わり、更に国から国へと渡り、カイルの名は大陸中に広がっていった。
国立の騎士団学校の生徒相手に一人で立ち振る舞い、傷一つ負うことなく勝った僅か十三歳の貴族の少年。
まるで学校で王のように振る舞う姿と、独裁的な政治を行ったことから、カイルは人々からこう呼ばれるようになっていた。
『小さき暴君』と
そして時は流れ、運命の日へと進んでいく……
――誕生日前日
十五歳間近となったカイルは、学校の理事長室にいた。理由は実家へ帰宅することを理事長に伝えるためだ。
一応まだ学校の生徒という立場は残っているので、外出許可など最低限の事はしなければならないが、実際の力関係はカイルの方が教師たちよりも上だった。
騎士団学校の理事長は、その事に関しても、何も言わず、何も聞かずで承認した。理事長の立場なれど、カイルの前ではないようなものだった。
入学から三年……来年から高等部へと進むカイルは、入学当時から比べると成人の顔つきになり、実力も、あの戦いの頃よりも、比べ物にならないくらい強くなっていた。ただ、身長の方はまだ伸び悩み中のようだ。
一応の報告をすると、カイルが理事長室から出る。すると廊下には、もうお馴染みである双子の騎士が待っていた。
かつてカイルと一緒に肩を並べていた背丈は最早なく、高身長の美少年剣士となった、オズワルトと
身長も平均女性よりもやや高めまで伸び、胸囲も程よいくらいまで膨らみ、美少女へと成長を遂げたベルベット。
二人はあれからも変わらず、カイルに忠義を誓っていた。
カイルが歩き出すと一歩下がりながら後ろをついていく。
カイルの城と化した学校で、三人が堂々と歩くと、平民でも下貴族でない者たちですら自然と頭を下げる。
強制でやらされるのではなく、カイル達に敬意を表してだ。
今やこの学校に入学してくる生徒たちは三つに絞られていた。
まず一つ目は、主にカイルの思想に賛同し憧れる者、そしてカイルに認められる自信がある実力派の貴族たち。おかげで入学してきた貴族は、かなり粒ぞろいばかりになっている。
次に二つ目はこの学校を中から変えようとする平民たち。
例え今はカイルに屈服していても、カイルがいるのは六年間、カイルが卒業後に、動くために力を蓄えている者たちだ、もちろんカイルもその思惑に気づいており、後輩たちの中で自分の後継者探しも忘れてはいない。
そして三つ目、これは両身分でも同じ、訳があって入らなざるをえない者たち。
平民では、主に剣の腕を磨くため、そして騎士団に入団するために苦渋をなめてでも入団してくる者。
平民の中には将来、反乱軍に入ろうと考えているものも少なくはなく、そのためにここで腕を磨こうとしている者もいる。
そして重い税が課せられるこの国では農民として暮らすよりも、兵士の方が待遇がいいため、国の兵士を目指すものも多い。
貴族達は、主に親が有力なパイプを作るために半ば強制的に入学させられた者たちだ。
カイルのおかげで実力の集まった貴族が増えた分、その貴族たちと仲を深めていきたいと考えており、中には体を使ってでもつながりを作らそうとしている家もあった。
どの理由で入った者達でもカイルに逆らおうとするものはいない。
そして学校を征服した、事は国王の耳にも入っていた。
元々平民差別が多く、定期的に反乱が起こっている反乱国家のこの国ではカイルの行いは国王に高く評価されており、カイルが成人した後、王女との縁談の話も入っている。
カイルが校門の外まで来ると、後ろの二人が門の内側で立ち止まる。
「俺はこれから一度家に戻る、予定では一週間ほどだ。」
一応注意を払うのは誕生日の日だけだが、その後がどうなるかは一度も過ごしたことがないのでわからない。
不幸が起きるのは誕生日だけなのか、それともそのまま続くのか。
なのでカイルは誕生日が過ぎた後もしばらく様子見で、自宅で待機する予定だ。
「了解しました。では留守の方は我々にお任せを」
そう言うと二人は息ピッタリに敬礼をする。
「先に言っておくが、俺が家に戻るのは成人を祝うためではないからな。もし、祝うのであればお前たちも招待している。」
「そんなことお気になさらずに、我々二人、どうあろうとあなたにお仕えする所存でありますから」
「お仕えねえ……」
過去に何度も聞かされた言葉、だが今日はその言葉にカイルはどこか不満げな様子だった。
今や何でも手にに入れたカイルが欲しいもの、それは前世でもいなかった友と呼べる存在。
忠義ある配下がいるのは嬉しいものだが、友と呼べる存在がいないのは寂しいものだ。
二人は入学当初からずっと、自分を支えてくれていた。二人が下の立場でいたいというので、そのままでいたが、カイル的には彼らに友という立場にいてもらいたかった。
「……昔にも言ったはずだよな?、俺とお前等は対等なはずだと……」
「いえいえ、私達がカイル様と対等などとはめっそうも……」
「なら、これを気に改めてもらおう、オズワルト、ベルベットお前たちは俺の友だ。次ここに戻ってきたときは、敬語をやめ、対等に話すようになれ」
「は⁉そ、そんなこと……」
「これは命令……いや、俺からのお願いだ。駄目か?」
カイルのお願いという言葉にオズワルトはうろたえ、ベルベットは相変わらずの敬礼で返す真面目っぷりを見せる。
――まあそんなすぐには無理か。
とりあえずそれだけ言うとカイルは馬車を走らせた。
これが直っていることを確認するためにもカイルは生きて帰って来ることを改めて決意した。
――
カイルを乗せた馬車が言った後、ベルベットは敬礼をやめ、一つため息をこぼす、そして……
「どどどどどどうしようオズワルトー⁉」
今まで冷静を装っていた、ベルベットが突如壊れたかのように慌てだした。さすがのベルベットの行動にオズワルトも顔が引きつる。
「ま、まあ待て待て、まだ時間はある、練習していけば大丈夫なはずだ」
「練習って何?何をどうすればいいの?カイル様に対等な言葉だなんて、友?私達が?ありえないわよ」
生まれた時から一緒にいたオズワルトさえも初めて見る、うろたえっぷりに動揺を隠せない。
しかし、オズワルトも気持ちがわかるので笑うことも馬鹿にすることもできない。とりあえず必死に落ち着かせる。
「と、とりあえず、様付けをなくして言ってみるとこから始めてみようか、え、えーと、カ、カイル――」
そう言った瞬間オズワルトの頬に、拳が当たる。
「あ、ご、ごめんなさい、つい手が……」
オズワルトが苦笑いをしながら殴られて頬を撫でた。
「まあ、とりあえず、練習あるのみだ」
「ええ、そうね」
こうしてカイルの知らないところで、オズワルトとベルベットにとっては過酷な練習が始まった。
――
馬車を走らせて数時間、カイルはおよそ一年ぶりに家へと帰ってきた。
家の前で馬車を止めると、少し年老いたようにも感じるクラウスが、カイルを出迎えた。
「お帰りなさいませぼっちゃま、前に帰ってこられた時より一段とご立派になられましたな?」
「フフ、そんなことないさ、まあ、それなりに背は伸びたかな」
なんとも思っていないフリをしてるが、満更でもない様子だ。カイルは馬車から下りると一度辺りを見回した。
「親父達が見えないのだが」
実の息子の帰宅というのに、父と義理の母、そして腹違いの弟の姿が見当たらない。
「レイン様は奥様とベイル様を連れて慰安に行っております。」
「ほう、慰安か、一年ぶりに息子が帰ってくるのに」
「ええ、慰安に行っておられます」
クラウスの返しにカイルは小馬鹿にするように笑う。
カイルが騎士団学校に行った後、正確に言えば、平民との一件後からレインは、カイルを避けるようになっていた。
毎年、年明けに帰って来る時もことあるごとに理由をつけ、会おうとしなかった。
そして今回、今まで誕生日でも帰ってこなかったカイルが突如戻ると言い出した事で、レインは身の危険を感じ、遠くへ逃げたのだった。
そんなことなど考えていなかったカイルにはその行動は、滑稽でしかなかった。
最早領主などと狭いところに収まるものではない。
カイルは王座が届く範囲まで来ているのだから。
ただそれも明日を乗り越えればの話だ。
カイルは今一度顔を引き締めるとクラウスに話しかける。
「爺、明日の予定はどうなっている?」
「はい、明日はぼっちゃまの成人を迎える誕生祭を開催する予定です。それに関して、各貴族の有力者を家に招待――」
そう言おうとした所でカイルが話を遮った。
「いや、祝いの日は、一週間後に変えてくれ。俺は明日……いや、今日の夜、湯浴みをした後、明後日の朝まで部屋に引きこもる。それまでの間、俺の部屋に人を一切近づけるな。」
「は、はぁ……」
よくわからない申しつけに少しクラウスは困惑する。
「食事に関してはどうしましょう?」
「いらん、とにかく俺の部屋に誰も近づかせるな、通過することも許さん」
徹底した拒みに少し不思議に思いつつもクラウスは承諾すると、それを家の使用人達に伝えた。
――
カイルは明日の分もと、いつもより少し多めの夜食を取ると、湯浴みをして部屋に入る。
部屋に入るとカイルはまず部屋の掃除を始めた。元々散らかってはいなかったがどんな些細な物が凶器になるかわからない現状、少しでも殺傷力のあるものは近づけたくなかった。
ベット以外の物を窓から捨て、部屋には何もない状態にする。
一通り部屋が片付くと、今度は技の記したノートを手にした。
どの技を効率的に使うのがいいかを徹底的にシュミレートしていく。
そして、技を見ていたところで、一つの技に目が留まる。
――漣
レギオスがカイルを倒すために編み出した技……そして唯一自分を傷つけた技でもあった。
――結局使うことはなかったな……
強力なのは間違いないが、カイルはこの技を覚えて以降一度も使ったことがなかった。
理由はわからない、ただ何となく、使えなかった。
一通りの技を確認し終わると、時間は午後十一時を過ぎていた。
「そろそろだな」
カイルは部屋のど真ん中に立つと、鞘の剣に手をつけ目を瞑る。
「心眼」
カイルが目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませる。
ここから二十四時間、カイルの運命との戦いが始まる。




