誇り
あの日の誓いを胸に刻みロールは三人と共に戦い続けた。
強い敵と戦い、時にはピンチに陥ってもロールは逃げずに仲間と共に乗り越えていった。
戦いだけではない、時にはみんなで馬鹿騒ぎをしたり、旅先で娯楽を楽しんだりもした。
大切なものも増えていった、旅先で知り合った人たちや仲良くなった者達、仲間以外の人々も守りたいと、そう思えるようになっていた。
そしてそんな日々が続き、月日が流れると、ロールはとある街である人物との再会を果たした。
「……王子?」
それはミディールと言う国で開かれる大会に参加する仲間の付き添いで来た街での事、ロールは十年ぶりとなる自分の母国であるガゼル王国の王子と出くわした。
「む?我をそう呼ぶと言う事は貴公はガゼルの民か?」
向こうは自分の存在を知らないようだった。
それもそうだろう、いくら有望だったからと言っても、当時のロールは新人の兵士で名を上げる間もなく国が滅んだのだから。
ロールの頭にはこのままただの民としてやり過ごす考えも浮かんだ。
だがその瞬間、頭の中でかつて誓った言葉が蘇った。
――そうだ、私はもう逃げない!
その言葉を胸に逃げ出したい気持ちを抑え、ロールは自分が王国の兵士であった事、そして近衛兵でありながら国王を見捨てて逃げ出したこと、そして今は冒険者として生きている事と、自分の全てを懺悔するように王子に打ち明けた。
「……なるほど、そうだったか。」
「はい、今更ながら国王を見捨てて逃げた事をお詫び申し上げます。」
昔から大きな声が特徴であった王子も流石にその事を告げた時は、物静かであった。
ガゼル王国の国王は王子の父に当たる人物でもある。ロールはいわばこの王子の父親を見捨てた事になる。
「この件に関し、私はいかなる処罰設ける覚悟であります。」
王子の前でロールは膝を突き頭を下げ、静かに言葉を待った。
「ロール・キャルロットよ!」
「は、はい!」
大きな声で名前を呼ばれると、思わず委縮し目を瞑る。
罵倒も叱責も覚悟していたロールであったがそんな彼女に対し王子は……
「……よくぞ生き延びた!」
……と本当に嬉しそうに笑って見せた。
「怒らないの……ですか?」
恐る恐るそう尋ねると、王子は今度は小さく鼻で笑った。
「フン、経験のない新兵卒が戦場から逃げ出して誰が怒るというのだ?そんなことを想定できないバカなど我らの軍にはおらぬかったわ。零番の奴らも父も何とも思ってなかっただろう。」
「し、しかし、それではガゼルの戦士としての誇りが……」
「戦いを知らない兵士が慌てふためき何も出来ずに死に行く事のどこに誇りがある、それよりもその経験を悔いて、その後多くの人々の助けてきたそなたを我はガゼルの王子として誇りたい!」
――あっ……
その瞬間、自分の過去にもう価値がついていたことを知った。
「誇れ!そして名乗れ!今のそなたは立派なガゼルの戦士であると言うことを!」
その言葉に目頭が熱くなったが涙が溢れることはなかった、それ以上に嬉しいと言う気持ちの方が上回りロールの顔には涙ではなく笑みがこぼれていた。
――よかった……ちゃんと向き合ってきて。
その、瞬間全ての罪から解放された気がした。
「そしてロール・キャルロットよ、これからもガゼルの戦士としての誇りを胸に多くのものを救ってやってくれ。……戦いで死んでいった者達の分までな」
「はいっ!」
その一件以降、ロールの中にはもう一つの決意が生まれていた。
――
そして現在、ロールは五百の敵を相手にボロボロになりながらも果敢に立ち向かっていた。
その姿はかつて国王を守るために戦った他の兵士の姿と同じで、ロールは今更ながら当時見下していたガゼルの兵士達に敬意を感じた。
――今は守る人が違うけど思いは一緒、私はガゼルの誇り高き戦士として、皆を守る!
「私は、もう逃げない、だって、私は誇り高き戦士ガゼルの戦士なんだから」
そう言葉にしたつもりだが体力の低下のため上手く声が出せず、発した言葉は途切れ途切れになっている。
ロールは一度スッと息を大きく吸い込む。
そして――
「我が名はぁ!ロール・キャルロット!誇り高きガゼルの戦士なり!」
十年間名乗れなかった自分の名を天まで届ける思いでロールは叫んだ。
そんなロールに、山賊達はすくみあがる。
「な、なにビビったんだてめぇら!向こうは死に損ないじゃねえか!なら死ぬまで何度でも喰らわせてやる!」
内心恐怖を覚えたバラバモンが焦りを見せつつ、再び鉄球を振り回し始める。
今のロールに避ける力は残っていない、だからロールは耐え続けることを選択する。
――死ぬつもりなど毛頭ない、何度倒れても絶対起き上がってこいつらの前に立ちはだかってやる!
「今度こそ死にやがれぇ!」
頭上に再び鉄球が降りかかると、ロールは目を瞑って歯を食いしばりながら、身構えた。
――ガキィン!
……しかし、鉄球はいつまで経っても落ちてこなかった。
ロールが恐る恐る眼を開ける。
するとちょうど自分の目の前には何故か壁のようなものがあった。
ギュッと目を瞑ったことにより視界がぼやけて上手く見えなかったが、徐々に回復していくとその壁だと思っていたものが人だという事に気づく。
「な、なんだ、貴様は……」
山賊達からも動揺の声が聞こえ、その者は自分を庇ってくれたのだと知る。
そして、その人物は背中を向けたままロールに話しかけてくる。
「誇り高きガゼルの戦士の見事な啖呵……しかと聞き届けた。……だが、一つ忘れてるんじゃねえか?」
「……え……まさか……?」
聞き覚えのある声に今度はロールが動揺を見せる。
「今のお前はダイヤモンドダストのメンバーでもあるんだぜ?」
「……ブラン!」
ロールが掠れた声で名前を呼ぶとブランはニヤリと笑ってみせた。




