墓参り
ネロ達が向かっている街ベルトナ。
そこからの少し離れた所には小さな岩山の山脈地帯があり、その中の一つの岩山をダイヤモンドダストのメンバーの一人であるリンスが訪れていた。
標高は一〇〇メートル程度だが、そこからベルトナを見渡すには丁度いい高さだ。
見晴らしがいい程度しか特徴がなく、ベルトナに住む住民とっては何の変哲も無い岩山だが、そこには彼女にとって掛け替えのない物が存在していた。
リンスは岩山の山頂に到着すると、見晴らしのいい場所にちょこんと立つ墓標へと近づいていく。
一体どれだけの年月が経っているのかわからないほど墓標は風化しボロボロになっている。
リンスは墓標正面を軽く擦る、すると擦ったところにはその墓標の主である二人の夫婦名前が記されていた。
マルシェド・ジーザスとその妻アンナ ここに眠る
「……」
リンスは予め持ってきた雑巾を水魔法で濡らすと、墓標を軽く掃除する。
強く擦れば簡単に崩れそうなその墓石をリンスは優しく丁寧に拭きあげる。
そしてある程度拭き終わると、リンスはしゃがみこみ、一輪の花を墓の前に添え、かぶっているとんがり帽子を脱いで墓標に祈りを捧げた。
「久しぶり、兄さん、姉さん。ずいぶん待たせちゃったね。」
リンスが墓標に優しく微笑みながら語りかける、普段は口数が少なく、無表情を装うリンスだが、この場所に来ると素の自分に戻り、表情豊かなで多弁な少女となる。
「ゴメンね、本当ならもっと早くきたかったけど今はパーティーを組んでてなかなかこちらに来る機会がなかなかないんだ。」
リンスは墓標に向かって謝罪をすると立ち上がり、その隣からベルトナを見下ろす。
「ベルトナ……か。」
かつて、リンスが生前の二人とこの街で出会ったのはおよそ八〇〇年前、街の名前はアサルペトという名前であった。
「私、ここで二人に救われたんだよね。」
リンスが懐かしそうに思いふける。
「魔法大国テスの王都アサルペト、当時はここが王都だったんだよね、そしてここで時間魔法の実験の唯一の成功者として魔法研究所に隔離されていた私を、当時冒険者だった二人が救ってくれたんだよね、……あれから八〇〇年かぁ。」
八〇〇年という年月は人間族であるリンスにとっては途方も無い時間であった。
普通ならばとっくに寿命で亡くなっているほどの年月だが、リンスの体は時間魔法の実験の影響により十歳の時から止まったままだ。
リンスは上空を見上げ、これまでのことを思い返す。
この八〇〇年の間には様々な出来事があった。
魔王の出現、人間たちの醜い理由で行われた国と国の戦争、そしてその影響で住処をなくした種族同士の生存かけた争い。
どの戦いにもあまり介入はしてこなかったが、その戦いによって世界がどう変わっていったのかをリンスは見届けてきた。
リンスは暫くぼうっと雲を眺めた後、再び墓標の前にしゃがみこみ、語りかける。
「実は今日、私達がベルトナを訪れたのはバルオルグスの復活を阻止するためなんだ。そう、とうとう新たな白龍の至宝が世に出てしまったの。」
リンスが少し言いづらそうに伝えた。
バルオルグスはかつてこの墓標の主、マルシェド・ジーザスがアンナとリンスを含めた仲間たちと死闘の末に封印したモンスターだ。
そして復活のキーアイテムである白龍の至宝が産まれるたびにリンスは人知れずホワイトキャニオンに一人で入り、何度もそれを潰して復活を阻止していた。
「本当はね、白龍の至宝はみんなでホワイトキャニオンに行った時に潰す予定だったんだ。でも、そうすると今のパーティーの人達にも迷惑がかかるし、そして何より……」
リンスが至宝を潰さなかった影には一人の少年の存在がいた。
リンスはホワイトキャニオンにいた少年を思い出す。
彼の存在はそれは八〇〇年と長い年月を生きてきたリンスにとっても初めて出来事であった。
「聞いて、二人とも。実は私、とんでもない少年に出会ったの。その子はまだ成人もしていないのにレベルが四〇〇〇を超えていたの。そう、あのバルオルグスすらを上回るレベル。
だから、もしかしたら、私とその子、そして二人の子孫でマルシェドと同じスキルを持つナターリアが力を合わせれば……」
二人の悲願であったバルオルグスを倒せるかもしれない、そう言おうとしたところでリンスの言葉が止まる。
果たしてそんなこと本当に可能なのだろうか?
リンスはかつてジーザス達と共にバルオルグスと戦ったことがある。
その尋常な強さをリンスは知っていた。
一つの山脈ほどある巨体に、周りにまで影響を及ぼすほどの強い魔力、あれほど強かった皆んなが歯が立たなく唯一通用したのは神鳥レアードから授かった、竜殺しの剣のみ、それでも倒すまでにはいかなかった。
もし、バルオルグスを討伐するために封印を解除し負けてしまったらどうなるのか?
下手をすれば世界が滅ぶこともありえる。
そんなことすればみんなで力を合わせて封印したことが全て水の泡になる。
そんなリスクを背負ってまでバルオルグスを倒す必要性はあるのか?
白龍の至宝さえ潰せば後数百年は封印が解けることはない。
そう考えると、リンスにそんな賭けを実行する勇気は出てこなかった。
リンスは目を瞑って軽く首を振る。
「ううん、なんでもない、今回もいつもの様に至宝を壊して終わるね、そうすればまた、数百年は安泰だし。……大丈夫、私がずっと生きて、この先、何百年、何千年でも封印を守り続けるから。だから、二人は安心して眠ってください。」
リンスが岩山から全体を見下ろす。
すると視界を岩山の麓まで下げるとそこには自分達を待っている二人の女性がいた。
リグレットとロール、ブランは今はいないけど、この三人が今の家族だ。
「じゃあみんなを待たせてるから私も、そろそろ行くね。次は復活を阻止できたらまた来るから」
そう言い残し少し名残惜しそうにしながらも墓石に手を振ると、その場を後にした。
――
「おーい」
リンスが麓まで降りると、待っていた二人が自分の姿を見つけ、手を振りながら駆け寄ってくる。
「お帰り、用件はもう済んだ?」
「……うん、大丈夫。」
リンスがいつもの口数の少ないポーカーフェイスにもどる。
本当はもっと皆と色々話をしてみたいが素の自分を晒せば、つい口を滑らし、自分の正体にボロを出してしまいそうなので、皆の前では無口な天才魔法少女という事で通している。
――いつかは皆とももっとお喋りしてみたいな。
ダイヤモンドダストのメンバーならきっと変わらず接してくれるはずだ。
そう考えた途端早速ポーカーフェイスにボロが出る。
「ん?」
「……なに?」
「いや、今リンスちゃん笑わなかった?」
「……笑ってない」
リグレットがマジマジとリンスの顔を窺うと、不意に顔をそっぽ向ける。
「……あらそう?まあいいや、それじゃあ、そろそろ行こうか。もうすぐピエトロ様達たちも到着する頃だろうし、前回の依頼で迷惑かけた分も合わせて借りを返さないとね。」
「だねぇ。」
そう言ってリグレットとロールが仲良くその場で準備運動を始める。
「……ねぇ、リグ。」
「ん?」
「この依頼……絶対成功させようね。」




