醜悪の女神
――時間は少し遡る
「さっきから一体なにしてるの、エレナ?」
何かを思い立ってから小一時間、エレナは先祖から受け継いだモンスター図鑑を取り出しひたすらページをめくっては所々に小さく印をつけていた。
「気になったモンスターの項目に印をつけてるの。」
エレナは視線は図鑑に残したまま、エーテルの質問に答える。
「メリルさんは自分が美しくなるために血の湯浴みをしているって言ってたでしょ?でも血の湯浴みは昔、貴族達が行なっていたと言うだけで、実際効果があったかどうかなんて結局わからないじゃない?なら、それよりももっと効果的で実証されたものを教えてあげればいいのよ。」
あれだけ美に対する追求心を持つメリルなら必ず食いつく。
そう考えているエレナは一度手を止めて、エーテルに印をつけたモンスターのページを見せつけてくる。
「そして、それが書いてあるのがこれ!先祖セナス様が世界中を旅して作り上げた、モンスター図鑑。これにはモンスターの生態や特徴、更にはモンスターから取れる素材についても事細かく書かれているの。だからこれに書かれてあるメリルさんが興味がありそうな効能を持ったモンスターにこうして印をつけてるの!」
少し興奮気味に説明しながらエレナはどんどんページをめくっては印をつける、読みつぶした本でも新しい目的をもって読み直せばそれは新鮮に感じられ、エレナ自身少し楽しんでいた。
「なるほどね、それはありだと思うけど、でもああ言う輩はどれだけ他の方法を教えても今のやり方をやめないと思うわよ?どちらかと言えば血の湯浴みをすることによって起るデメリットを教えた方が良いわよ?」
「うーん、それもそうか。でもそんなのあるのかなぁ?」
「昔はあったの風習なのに今は無くなっているってことは何かしらの問題があったんじゃないかしら?ただそれを知るには当時のことを知らないといけないけど」
「当時の事かあ……」
そう呟きながら、何か書かれていないか、図鑑をめくっていく。
勿論、この本はあくまで生物について書かれたものなので、当時の世界の歴史や風習ついては一切書かれていない。
だが、モンスターが過去に起こした出来事や事件など、モンスターがかかわる歴史に関して書かれており、エレナはそこからヒントを探していく。
「あ、そう言えば確か……」
エーテルが待っている間にふと何かを思い出すと、光を遮らないように部屋の隅に置かれてある巨大な本棚の方へ飛んでいく。
「ちょっと、勝手に部屋を弄っちゃだめよ、メリルさんに怒られちゃう。」
「大丈夫よ、ちょっと借りるだけだから。えっと確かここら辺に……あっ、あったあった。」
エーテルが本棚から一冊の本を持ち出しエレナの元へ運んでくる。
「はいこれ、血の湯浴みの詳細について書かれた本よ。この前適当に漁ってた時に眼に入って気になってたのよ」
「もう、勝手なことして……」
エレナは呆れつつもエーテルが持ってきた本を読み始める。
「なになに?血の湯浴みは今から三〇〇年ほど前、女性貴族たちの間で流行っていた行為で、美女の血で体を清めることによって、その美女たちの美貌をそのまま自分たちへと受け継ぐことができると言われていた。初めは美しい奴隷を使い行われていたが、流行の波が加速すると、次第に美女と呼べる奴隷の入手が困難になっていき、素材の標的は奴隷から自分達の治める領地の村人や町娘などまでが対象となり、大々的な美女狩りが行われることとなった。」
「うわぁ、物理的な美女狩りをしてたのねぇ。」
話を聞いたエーテルが当時の事とは言えその行いに軽く引いている。エレナはその続きを読んでいく。
「……しかし、その血の湯浴みも時代が移るにつれて次第に廃っていき最終的に十年ほど続いたその行為はいつしか自然と消滅してしまい、今では誰も行う者はいなくなった……か。」
そこまで読むとエレナはその本をパタンと音を立てて本を閉じた。
その続きに書かれていたのは主にやり方である。
「うーん、いまいちヒントになりそうなものはなかったわね。」
「でも廃っていったのは効果が出なかったからじゃないのかな?」
「どうだろ?でもメリルはそれを読んだうえで行なっているって事は少なくても彼女自身はそう思ってないって事なんじゃないの」
「んー、そっか……ならやっぱりもっとメリルが興味を持ちそうなことを探すしかないかな。」
エーテルの言葉に納得するとエレナは再びモンスター図鑑に目を通していく。
「あれ?このモンスター。」
するとエレナは先ほどまでは気にもならなかった、一体のモンスターの詳細の書かれた文章に目が止まった。
――そして現在
真剣な表情したエレナに出迎えられたメリルは、エレナと共に中央に置かれたソファーに座り煌びやかなテーブルを挟んで対面する。
キリッとした表情を一切崩さないエレナに対しメリルはそんなエレナの顔を見て上機嫌に微笑んでいる。
そして、先にメリルが話を切り出した。
「で?話ってなにかしら?」
「はい、単刀直入に言います、まず血で湯浴みをする行為をやめてください。」
「嫌よ。」
メリルが即答で答える。
「理由は前に答えたわよね、それともただ、言ってみただけかしら?」
「いえ、本気です。」
キッパリと言い切ったエレナにメリルの声色が少し低くなる。
「前にも言ったけど私は別に犯罪をしているわけでも、強制的なこともしているわけでもないのよ?私のやることをあなたに口を出される筋合いはないわ。」
「はい、ですがこれはメリルさんのためなんです。」
「私のため?」
「はい。」
その言葉にメリルがピクリと反応する。
「まさか私に真っ当な人になってほしいとかそんなくだらない理由じゃないでしょうね?」
「はい、違います、メリルさん自身の事を考えてです。」
メリルが鋭い眼をしてジッとエレナを睨みつける。
エレナは臆することなく見つめ返す。
「……いいわ、聞きましょう。」
そう言うとメリルは腕を組みエレナに説明を求めた。
「はい、実は私、出会った当初はメリルさんがすごく怖かったんです。今まで出会った誰よりも恐ろしいとさえ感じていました。でも、この数日間の間でメリルさんの美への強い思いを知ってからは少し考えも変わり、次第に恐怖心を薄れていきました。」
エレナの話にメリルは本題に入れと言わんばかりに無言で睨む、しかしエレナはこの話も必要と言わんばかりにそのまま一つずつ話していく。
「そして、こうも考えたのです。もし他に美しくなるような方法があればメリルさんは考えを変えくれるかもしれないと、それで調べたんです。これを使って。」
エレナがテーブルに置いてある図鑑を手に持ちメリルに見せる。
「その薄汚い本はなにかしら?」
「これは私の先祖、英雄セナス様が世界を旅した時に記録したモンスター図鑑です。これにはモンスターの情報が事細かく書かれてあるのです、モンスターの生態や、素材、その効能とかも。」
「なるほど、で、私が興味を注がれるようなモンスターはいたの?」
「はい、ただそれ以上にとんでもない事に気づいたんです」
「とんでもない事?」
「はい、それで、こちらを見て欲しいのです。」
エレナが図鑑を開くと一体のモンスターが書かれたページを見開く。
「メドゥーサ?」
「はい。」
エレナがメリルを見せたのは髪が蛇の人の姿をした醜い容姿をしたモンスターのページだった。
「へぇ、随分醜いモンスターね、私とは無縁だわ。で、このモンスターが何か?」
「はい、このメドゥーサというのは頭が蛇で出来た人間の女性の姿をしたモンスターで、自分の眼を見た者を石化させるという大変恐ろしい力を持っており、セナス様が旅をしていた当時はたくさん出現し問題となってたみたいです。……ですが、このモンスターはある年を境にめっきりと姿を消してしまったんです。」
「ある年?」
「はい、それに関してはこれを見てください。」
エレナは次に血の湯浴みの書かれた本をメリルに見せた。
「失礼ながら本棚から拝借させてもらいました、それでメリルさん、この血の湯浴みなんですが、今からいつ頃に行われていたと書かれていますか?」
「そんなの本を見ればわかるじゃない、三〇〇年くらい前よ」
「では次に、このメドゥーサが出現していたのはいつ頃ですか?」
「だからそれもあなたの持ってきた本に書かれているじゃない……三〇〇年くらい前よ」
「では、血の湯浴みの流行が廃れたのはいつごろと書かれていますか?」
「いい加減にしなさいよ、どれもこれもこの本にしっかり書かれているじゃない!流行したのは約十年間ほどでその後は……」
そこまで言うとメリルは何かに気づき言葉を止める。
「……まさか」
メリルはモンスター図鑑のメドゥーサと項目欄に目を向ける。
「はい。メドゥーサも出現してからおよそ十年後に姿を消していたんです。そしてそれは丁度、血の湯浴みが廃り始めた時期と同じです。」
「それは、つまり……」
エレナが小さく頷く。
「メドゥーサは恐らく、血の湯浴みをしてきた貴族の女性のなれの果てなんだと思います。」
その言葉に流石のメリルも驚きを隠せないでいた。
メリルは一度唾を飲み込むと、そのままエレナに問いかけた。
「つ、つまり、私もこのまま続けていたらこの醜いメドゥーサとやらになってしまう可能性があるって事?」
「いえ……」
エレナはその問いに首を横に振った。
「もう変わり始めているんだと思います。」




