勘違い
ロイドとカイルが再会してから数日後、学校はとてつもなく静かになった。
学校にいた生徒のおよそ四分の三もの生徒が学校から一斉に姿を消したのだ。
消えたのは一部の貴族生徒と平民の生徒全員。そしてその一部の貴族はルイス家の派閥の者という事もあり、その事で学校にいる貴族たちがざわつき始めた。
ロイドが平民問題の事で、カイルたちと対立したことはほぼ全員に伝わっている。そして今、ロイド達が平民を率いて反乱を起こそうとしているのではないかと焦り始めていた。
前までは権力という盾もあり、盾突いてきた平民たちも、ある程度人数は抑制されていた、しかし今、彼らのバックにはモールズ家に匹敵する力を持つ、ルイス家がついている。
彼らを抑えるものは何一つなくなった。今度は全勢力で立ち向かってくるかもしれない。
そんな不安に駆り立てられた貴族たちはカイルの元へと駆け込んできていた。
「もう全員、気力はなくなったかと思ったらなかなか……さすがは兄様だ。」
カイルは再び立ち上がった平民に少し関心を覚えた。
カイルから見てもやって来た仕打ちは相当なものだった、それでもまだ盾突く勇気がある事は素直に賞賛できる。
――兄さまが付いたからと言って勝てるわけでも無いだろうに、素直に感心するよ、それに比べてこいつらは……
カイルは慌てふためいている貴族たちに視線を向ける。
「とにかく落ち着け!」
「落ち着けったって向こうは五百近くの人数がいるんだぜ⁉どうするつもりなんだ?」
「我々にはカイル様がいる、どうとでもなるでしょう」
「いくら何でもそれは――」
「問題ないよ。」
混乱している貴族たちをなだめていた、オズワルトとベルベットの中にカイルが割って入る。そしてここに集まった貴族たちに目を向ける。
どこもかしこも大騒ぎで情けない表情を浮かべている。
――家畜共にこれじゃあ、先が思いやられるな。
カイルは最近一部の貴族を切り捨てることも考え始めていた。
「皆、安心してくれてかまわない、例え五百集まろうが所詮は烏合の巣、家畜が何人いたところで我々貴族が負けることなどありえ――」
ありえない。そう言おうとしたとき、貴族の一人が手を上げた。あまり見かけない顔だが、見たところ制服のネクタイの色から高等部の貴族の様だ。
「なんですか?先輩?」
「あの、もしかして、平民の奴らと戦うつもりなのか?」
「もちろん、それがどうかしました?」
今さら何を言ってるんだこの男は?と思いながら話を聞いていると、その学生はとんでもないことを提案し始めた。
「いや、それなんだけど、話し合いで解決できないかな?」
「はぁ?」
カイルが思わず漏らしそうになった言葉を、オズワルトが先に言ったことで思いとどまる。
「いや、ほら、今までは相手が平民だからよかったけど、今度は向こう側に貴族もいるじゃないか?だからできれば話し合いで解決できないかなぁと思って」
それっぽいことを言って、適当に言い訳しているが戦うことを拒んでいるのは明らかだ、今までは少人数で襲ってきていたので殆どカイルたちが相手をしていて、大多数の貴族達がそのカイルたちに乗っかって威勢を張っていた。
だが、全勢力が来るとなれば、自分達も戦いに巻き込まれるのは確実だろう、そう考えた貴族の府抜けた言葉に思わず怒りがこみ上げるが制服を強く握り、グッと怒りを堪えて冷静を保つ。
「そんなことできるわけないでしょ!あんたなぁ!」
興奮気味で食い掛るのオズワルトを手で制する。
「落ち着けオズワルト、確かにこの人の言葉も一理ある、話し合いで解決できるのならそれに越したことはないしな」
そのカイルの言葉に提案した生徒は笑顔を見せた。
「じゃ、じゃあ……」
「ええ、その意見、取り入れましょう、もちろん、あなたが交渉してくれるのでしょうね?」
最後の言葉に聞いた貴族は言葉を詰まらせた。
「その意見は出来る自信があるからこそ提案したんですよね?残念ながら僕にはできませんので、ぜひあなたにやってもらいのけたい。」
「え、えと……」
「もちろん、こちらとしては今の制度を見直す気なんてこれっぽっちもありません、だから今の意見を変えず、彼らが納得するように説得してください、あなたが。」
カイルの言葉に発言者は、冷や汗を流し始める。カイル本人は隠しているつもりなんだろうが、明らかにカイルが苛立っているのが周りには空気で伝わってくる。
「ま・さ・か・自分ができないことを他人任せで提案したんじゃないでしょうねぇ?」
カイルの問いに、学生の顔全体が汗でまみれる。
「別に異論を唱えるのは構いませんよ?あなたは貴族、同じ特別な地位を持つ同士、僕と対等なんですから……ですが、自分ができない事を人任せで言わないでもらえます?」
カイルが作り笑顔を向けながら問うと学生はカクンっと首を落とし、うつむいて後ろに下がった。
学生が下がるとカイルの取り巻きのメンバーで再び会議を始める。
「しかし、戦うとしてもどう戦うんだ?向こうは四百八十七名に対し、こちらは百十三人。はっきり言って厳しすぎるんじゃないか?」
「問題ない、俺が一人で半分を相手にするから、残りをみんなで狩ってくれ。」
カイルがそう言うと再び別の貴族が手を上げる。
「なあ、ところでそれって俺達も出なきゃいけないのか?」
「……それはどういうことですか?」
「ほらモールズは強いじゃん?だから俺達が出なくてもモールズが一人でやっつけてくれれば――」
その続きを言おうとした瞬間、問答無用でベルベットがその生徒に刃を向ける。
「あなた、バカですか?」
ベルベットの行為を誰も止めようとしない、何故なら当たり前の行為だから。さっきまでの流れをやった直後にこの発言、まさか、さらに酷い発言が出るなんてさすがにカイルも考えなかった。
はっきり言って、考え方としては妥当だ、カイルも本来はそれで十分だと思っている、ただそうなると一つ腑に落ちないことが発生する。
「それはつまり、俺一人で働けと?」
流石のカイルも怒りを抑えられずにいる。
散々一緒になって平民たちを弄っていたくせに、問題が起こると人任せ、カイルが怒るのは当たり前だ。
「その、俺戦ったりしたことないしさ、戦ってもすぐにやられると思うんだねぇ~」
「先輩、高等部ですよね?実習も経験してると思うんですが?」
騎士団学校では高等部から実習で森の探索の授業とか行われる、だからむしろカイルは高等部の生徒を戦力として見ていた。
「い、いやあ、実習ではいつも護衛を雇って進んでたから」
――……訳がわからない、何故、そんなことが許されるのか?
「それ、誰も咎めなかったんですか?」
「き、貴族の奴らは大体やってるよ、要は、単位さえ取れれば貴族はエリート騎士団に入れるからな」
――……
カイルは口を開けたまま呆然としている。
開いた口が塞がらないとはこの事だ。実習の授業なのに戦わないことに何の意味があるか。そしてそこの貴族が言った言葉を誰も否定しようとしない。ここにいる人はほぼ全員それをやっていることになる。
もし、真っ当に戦っているのがいるなら、きっとロイド側についてるのだろうと考えた。
カイルの怒りは爆発寸前だった。
「……わかりました、もし他にも戦うのが嫌という人がいるなら逃げてもらってもまいません、ただ、あなた方は家畜に怖気づいた臆病者と言う風に記憶させていただきますのでそこらへんはご承知を。」
そう言うと周りは沈黙した、それは、いわばモールズ家から無能の烙印を押されるも同然だ。モールズ家とのパイプは完全に断たれる。
それ以降周りの発言がなくなったのを確認するとカイルは迎撃態勢の準備を指示をする。
「ではこれより、反乱軍の迎撃態勢をとる、主幹にオズワルト、補佐でベルベットを中心に態勢を整えろ!」
「わかりました、では、まず町へ繰り出し魔法罠を……」
オズワルトが動き始めると、カイルは一人外へと出ていった。
――
「クソッ!なんだあの脆弱共は⁉あれが貴族のふるまいか?どいつもこいつも達者なのは口先だけじゃないか!」
カイルは貴族たちの不甲斐なさに苛立ちを爆発させた。
カイルは今まで勘違いをしていた。カイルが今まで貴族を優遇してきたのは優秀な人材が多いと考えてたからだ。
カイルの周りにいた貴族は、オズワルト、ロイドを中心に優秀な者ばかりだった。
貴族は財力で幼い頃から優秀な家庭教師や指導者を雇い、英才教育を受けるのでカイルは貴族は強くて当たり前だと思っていた。
現に学校の成績でも平均で言えば貴族の方が上だ。
だがふたを開けてみれば、成績は権力と財力でごまかし、持っているのは技術のみ。
しかもそれを実践で奮える度胸は全く持っていなかった。
カイルはその苛立ちを何度も何度も校舎の壁にぶつけていた。そして、自分の拳から血が滲み出てることに気づくと、我に返る。
「……まあいいさ、どうせ俺一人いれば勝てるんだ、問題は何もない。まあ精々楽しませてよ、俺の物語の引き立て役としてね」
カイルは怒りを誤魔化すように高らかと笑い始めた。




