ルインの近況 貴族編
その宮殿は国にあるどの建物より美しかった。
王が住む場所として遥に昔に建てられた宮殿は、柱一つ一つに金の細工が施され、宮殿内には黄金で出来た巨大な像があちこちに置かれている。
花瓶や扉、机、椅子といった家具にも宝石が埋め込まれており、宮殿の中に作られた庭園には、国の象徴とされている花びらが青い宝石のような 結晶でてきた花、別名宝石草と呼ばれるルナシアが咲き誇り、その美しい光景に女性達は見惚れてつい時間を忘れてしまうほどだ。
そしてその宮殿の美しさを保つために、毎年、金の交換や劣化の修復が行われているので、宮殿は古くからありながらその神々しさを保ち続けていた。
そんな誰もが一度は住みたいと憧れ羨む黄金の宮殿、しかしその美しさは毎年集められる多くの平民たちの血税から保たれていた。
憧れと憎しみが混じったルイン王国の黄金宮殿。
そしてその宮殿の中でも最も輝かしい玉座の間になんとも情けない声が響き渡る。
「父上ぇに母上ぇ~何故じゃ、何故死んでもうたんじゃぁ~」
声をあげでいるのはこの国、ルイン王国の若き王ベイル。
元は国の三大貴族とされるモールズ公爵家の跡取り息子であったが、この国の現王妃である王女との縁談により王へと成り上がった。
ただ、幼いころから甘やかされて育ったため、王の器としては到底ふさわしいとは言えない人物であった。
「どうして……お前と言う者がおりながら父上たちが死なねばならんのじゃぁ!オズワルト!」
ベイルが情けない顔つきで跪く男を精一杯睨む。
男は頭を下げたまま、王からの罵倒を受け止める。
醜く太ったベイルとは違い、鍛え抜かれた身体つきと青い髪に凛々しく整った綺麗な顔だち、そして秀でた指揮能力と知謀で若い身でありながら国の参謀まで上り詰めた男。
オズワルト・ベルモンド……カイルの死から十五年経った今も、かつて墓前で誓った決意を胸に反乱軍と戦い続けていた。
「……申し訳ございません陛下。反乱軍の動きが思ったより早く活発だったため、対処しきれませんでした。私の力不足です……どんな処罰でもお受けします。」
素直に非を認めるオズワルトにベイルはこれ以上責められず言葉を噛み殺す。
いくら、愚王であるベイルでもオズワルトの存在の大きさはわかっている。
ベイルは怒りの矛先を反乱軍へと変える。
「おのれ反乱軍め……忌々しき家畜の分際で高名なる朕の身内に手を出すとは、絶対に許せぬ……必ずや全員息の根を止めて晒し首にしてくれるわぁ!」
再び泣きじゃくるベイルを隣に座る王妃が慰める。
オズワルドはそんな二人に一礼すると、そのまま後ろへと下がっていった。
――
「ふう……」
宮殿の長い廊下でオズワルドは小さく息を吐いた。
「お疲れ様、どうやら上手く言ったみたいね。」
ため息を吐くオズワルトに柱にもたれかかっていた、女性が声をかける。
不意にかけられた声にオズワルトは一瞬警戒を見せるが、姿を見た瞬間、今度は安堵の声を漏らす。
「なんだ、ベルベットか……」
女性は王国の紋章の入った鎧をみにまとい腰には女性の剣士がよく扱う身軽な細剣を装備している、そしてその顔だちはオズワルトと瓜二つだった。
ベルベット・ベルモンド……こちらも双子の弟であるオズワルドと同じくカイルへの忠義のためだけに動いていた。
「反乱軍の仕業に仕立て上げ、あの方を虐げてきたモールズ公爵家を滅ぼす事、無事成功したみたいね。」
「なに、これくらい造作もないさ、俺は我らが王から絶対的信頼を寄せられてるからな。おかげで奴は俺を疑うと言うことを知らない。」
オズワルトはそう言ってニヤリと笑う。
今ベイルが王としていられるのはオズワルトが王女との縁談をうまく取り持ったおかげでもある、そしてその一件でオズワルトはベイルから信頼され始め、事あるごとに相談持ち掛けられ、ベイルは今ではオズワルトに頼りっきりの傀儡となっていた。
「ただ、これだけの事に随分と時間がかかったがな」
そう言うとオズワルトはここまでの経緯を思い返す。
カイルのいないモールズ家を滅ぼすのはそう難しい事ではなかった。
しかし、ベイルを自分達の傀儡となる国王にしようとすると、それは決して簡単ではなくなり、実行するにはそれにはそれなりの地位と信頼できる同志が必要となり、今日に至るまで長い年月がかかってしまった。
「でもこれでグランさんもさぞ喜ばれているでしょうね。」
「ああ、あの人には本当に感謝してもし切れない。」
二人は今は亡き恩師への感謝の意を口にする。
かつて、モールズ家の執事をしていたグランは、元は敵国であるアドラー帝国の諜報員であった。
しかしこの者もカイルの実力に魅了され、間者として潜り込んでいたモールズ家でそのまま本当に仕えるようになっていた。
そしてカイルの死後は寿命が尽きるまでの間、そのままモールズ家で執事をする裏で、カイルの遺志を継ごうとするベルモンド姉弟に情報の提供や戦闘の指南を施していた。
二人が今の立場にいるのはグランの存在が大きかった。
「そういえば例の話はもう聞いた?」
「……亡霊の話か?」
オズワルトが聞き返すと、ベルベットが頷く。
「ええ、話によれば実力は本物に引けを取らないと言う話だったけれど。」
「フン、そんなもの偽物に決まっているだろ」
オズワルトが鼻で笑うとその話を一蹴した。
「大体あの方は実力だけじゃない、思想や理想、全てがまさに貴族の鏡であるような方だ。実力が同じだからと言って亡霊などとは片腹痛いわ。」
「フフ、そうね。ならもう一人の亡霊、ブライアン将軍の方は?」
今度の問いに対しては、オズワルトは少し考え込む。
「グランツ・ブライアンか……その話はおそらく本当だろうな、あの時、深手は負わせたが仕留め損ねたからな。あの傷で生き永らえたのはさすがブライアンと言ったところか。」
「どうする?」
「どうもしない。老いた家畜などに興味はない、まあ、こちらに帰ってくると言うのなら容赦はしないがな。」
オズワルトは本当に興味がなさそうに素っ気なく答える。
「そう、なら私たちは今後、どう動く?反乱軍以外にも帝国がここ近年で随分国力を拡大したみたいだけど。」
「そっちもどうもしないさ、あんな強引な事をしていけばそのうち身を滅ぼす、現に今ミディールと関係がこじれていると言う話を聞く。」
「ミディール……確かに小さくはないけどそれでも帝国に対抗できるほどの力はあるの?」
「お前はあの国の王を甘く見過ぎだ。ふざけた内政ばかりしてるが、どれも理に適った事ばかりだ、更にそれが逆に相手を見下す癖のあるアドラーの皇帝と相性が悪い。」
オズワルトはミディールの王を褒めつつもその表情は不快感に満ちていた。
ミディールの自由すぎる方針は平民を差別化するオズワルト達の思想とはかけ離れたものでミディールの王の実力は認めていても好ましくは思っていなかった。
「なら、もうしばらくは反乱軍との争いになるという事ね」
「ああ、この十数年であの肩書と口だけは達者な貴族を切り捨て、なんとか兵の熟練を上げることができた。だが、まだ奴ら反乱軍との差は縮まらん、なにせ手練れの兵士の大半は平民で、殆どが向こうに付いたからな。だがそれ以外についてはこちらが有利だ、だから時間をかけてジワジワと追い込んでいくしかない、まずは向こう側の武器や道具のルートの特定し、潰す。」
頭の中でイメージをしたのかオズワルトは言葉に合わせて何かを握りつぶすように拳に力を込めた。
「それまではもう少しお前に頑張ってもらうしかない。」
「わかったわ。」
「死ぬなよ、ベルベット、あの方の理想を築くまでは。」
「死なないわ、オズワルト。私たちが生きている限りあの方は死なないのだから。」
度重なる会話の中で二人はカイルの名を口にすることはなかった。
それは カイルの死ぬ前に交わした最後の言葉、カイル自身を呼び捨てにすると言うことことにあった。
本人からの要望とはいえ心酔しているカイルの名を呼び捨てにするのは二人にとっては戦場へ出向くより勇気がいり、特別な時以外は「あの方」と呼び、名前を口にしないようにしていた。
二人は無言のまま空を見つめる。
そして心の中で思いを重ねた。
――あの方の亡霊となるのは我らだ。




