父親
「やはりベルモンド兄妹でしたか……」
オゼットの言葉にブランが小さく頷く。
「ああ、奴らは騎士団学校時代からモールズの共に行動し、奴の圧政を支えていた。そしてモールズの亡き後も二人はモールズの意思を継ぎ、軍に入って平民に対する圧政を率先して行なっている。」
――あいつら……
オズワルトとベルベット。
前世のネロ、カイルの腹心にして右腕であり、絶対的忠誠を誓っていた二人で、学校に入学してからの三年間、常に共に行動してきたカイルにとって数少ない心を許せる存在であった。
転生した後も決して気にしていなかったわけではないが、この十年間生き延びるためだけに生きてきたネロはその名を耳にすることはなかった。
そんな中、ここに来て話に出てきた二人の名前にネロは、胸が締め付けられる思いだった。
「……ロ」
――……
「ネロ!」
「え?」
話を聞いて茫然としていたネロがエーテルの声に我に返る。気がつけば全員がネロに注目していた。
「もう、どうしたの?今日のネロなんか変よ?」
「い、いや別に……」
自分の前世の事など言えるわけもなく、ネロは動揺を隠すために話を進めて誤魔化す。
「それで、追われたあんたは今は名前を変えて、敵国であるアドラーで冒険者をやっているってことか。」
「まあ、そう言うことだ。と言ってもそれも今日までだかな。」
「え、どうしてですか?」
「敵国で将軍をやっていた男を、帝国が放っておくはずがない、正体がバレた以上帝国にいるのは不可能だろう。」
「あ、それもそうね、戦争後に一ヶ月帝都を封鎖しちゃうぐらい慎重だもんねー。」
エーテルが以前帝都に入れなかったことを思い出し皮肉を混じえて返す。
「じゃあ、これからどうするんですか?」
「さあな、俺一人じゃなんとも言えないし。とりあえずリグレット達が来るまで待機かな。」
そう言って話を締めると、一通りの話しを終えたブランが一息つく。
話が終わりその場に沈黙が訪れると、ネロはかつての母国と仲間の話を聞いたことで、前世での行いや出来事を思い返していた。
前世の頃は何とも思わなかったことが今は胸を抉るような事ばかりだ。
そしてそれはグランツとの決闘の時も同じだった。
あの時もグランツは今日の試合の様に剣を弾かれても負けを認めず、恥を掻いてでもあがき続けてきた。
当時はただ負けを認めたくない滑稽な奴だと嘲笑っていたが、今はそれが違うと気づく。
その姿こそがグランツ・ブライアンがどれ程カイルを憎んでいたかを物語っていたのだ。
「……あ、そういえば一つ聞いていい?」
静けさが続く中、エーテルがふとブランに質問する。
「なんだ?」
「なんで、自分の正体を晒してまで本気でカイル・モールズに挑んだの?偽物だとわかってたんならそこまで本気にならなくてもよかったんじゃ?」
その質問はネロにとってなかなかタイムリーな質問であり、その質問にネロは少しばつの悪い顔をする。
「……そう言われればそうなんだろうが、まあいわば八つ当たりってやつだ。オレはヤツの事を名前だけで感情を抑えきれないほど憎かったらしい。」
「確かブランさんはカイル・モールズさんにご子息を……」
「レギオスさんですね。覚えています、普段は楽天的な方でしたが最後は平民のために立ち上がって、モールズ様との決闘で命を……」
「……情けない話だ。決闘は互いが同意の上で行われるから生死に関しては恨むことはない、という剣士としての教えを息子達に教えてきた俺自身が未だに遺恨を断ち切れてないんだからな。」
「そ、そんな、情けないだなんて、父親なら仕方ないですよ。」
エレナがすぐに慰めの言葉をかけるが、その言葉はブランにとって皮肉となったのか、自嘲的な笑みを見せる。
「父親なら、か……父親らしいことなんてロクにしたことのなかった俺にそんな資格なんてあるんだろうか?物心ついたときから剣を持たせ、将軍、そして国で最強である剣士の息子としての立場と振る舞いをさせてきた。妬む貴族たちから脅かされる将軍の地位を保つために、家庭も顧みずに仕事に没頭し、たまに顔を合わせれば半ば強制的に剣の指導をしてきた。あいつらの意思なんて無視してな。そんな俺が今更、どの面下げて父親面してるんだろうな?」
ブランが誰に問うことなくそう言うと天井を見上げる。その姿は懺悔をするように見え、エレナも掛ける言葉を見失ってしまう。
「別に、自分のためでいいだろ?」
「え?」
そんな中、ブランに対しネロが口を開く。
「死んだ奴相手に父親面をしようがしまいが伝わらねえよ、なら自分のために今更でもいい父親にでもなんでもなればいい。自分がもう後悔しないようにな。実際あんたもそうして生きてきたからこそ堅物、厳格だったグランツ・ブライアンから明るく冗談の言えるブランになれたんだろ?今更でもいい父親になろうと思って。」
「お前……」
「少なくとも、昔のあんたよりは今のほうがずっといい父親だと思ぜ……あ⁉ま、まあ昔のあんたを俺は知らないけどな。」
いつの間にか自分がついカイルの時の話をしていたことに気づき、最後に取ってつけたような誤魔化しをする。
しかしブランはそれを追及することなくネロの言葉に小さく笑った。
「うん、そうだね、ネロの言う通りだと思う……昔はどうであれ今はあの子にとっていい父親ではあると思うから……」
「……え、あの子?」
その疑問にリンスが答える間もなく、扉の外から騒がしい声と足音がこちらへと近づいてきていた。
「ちょっと、リグっ!落ち着いて。」
誰かの制止する声が聞こえると、それに続いて扉が勢いよく開く。そして同時に外からリグレットが入ってきて勢いよくブランに飛びついた。
「お父さん!」
「え?リグレット⁉」
「お父さん無事だったのね……よかった。」
「おう、お前にも心配かけちまったみたいだな、ナターリア……。」
いつもの陽気な姿とは違い、泣きながら子供のように飛びつくリグレットと、それをあやすブラン。その二人の姿にネロ一行がポカーンと口を開けて固まる。
「……えーと……お父さん?」
「リグ、ブランが目覚めて嬉しいのはわかるけど、一応パーティー以外の人もいるからね~。」
後から入ってきたロールの声にリグレットがあっと声をあげて我に返った。
「あんた達って……親子なの?」
「血は繋がってないがな。」
未だ少し混乱しているネロ達に、顔は紅潮したままでも落ち着きを取り戻したリグレットが、一度咳を入れたあと、改めて自分達の関係性を打ち明ける。
「ま、そう言う事よ。私は幼い頃におと……じゃなかった、ブランに拾われたのよ。」
「俺がアドラーに来て間もない頃、ヘクタスの下級層に身を隠してた時に傷ついたリグレットをゴミ山の中で見つけてな。事情を聞けば軍に追われてるって事だったから、しばらく一緒に下級層で身を隠しながら生活してたんだ。そんでもって数年後、こいつのスキルが覚醒したのを期に互いに名前を隠して冒険者として表に出たって訳さ。」
「でもなんか親子でパーティー組むのはこっ恥ずかしいからね、普段は親子と言うのは隠していたのでしたー。」
そう言ってリグレットが普段のようにおちゃらけてみせるが、まだ顔から赤みは取れ切れていないでいる。
そして今の話で、先程見せていたリグレットの動揺について理解した。
「なるほど……で、軍に追われてた理由はなんなんだ?」
「え?ええと、それは……」
「『英雄育成計画』……かな?」
リグレット言いにくそうに言葉を濁しているなか、ピエトロの口から即座にその答えが出てくると、リグレットは諦めたようにため息を吐いた。
「はあ……相変わらずどうなってんの、その頭?」
「リグレットの実力と、幼い頃に軍から追われてたなんて聞けば誰だってわかるよ。」
「そんなすぐには出てこないわよ、普通。」
「えーと、その『英雄育成計画』って何ですか?」
置いてけぼりになりがちな他国のメンバーの代表としてエレナが質問する。
「英雄育成計画は数年前からアドラー皇帝であるベリアルが密かに始めていた計画よ、世界のあらゆるとこから有望な血筋や、スキルを持つ子供を攫って来て、幼いころから洗脳教育や戦闘訓練を施し自分に忠実な最強の兵士を作る計画なの。」
「そ、そんな計画が……」
話を聞いた、エレナが驚きを隠せずにいる。
「私は一応英雄の血筋って事で攫われたんだけど、英雄の血筋全員が才能があるって訳でもなくてね、実力を引き出すために行われる命がけの訓練を前に命を落とす他の子たちを前に恐怖を覚え、命かながら逃げて来たって訳。ま、その後、覚醒するなんて思わなかったけどね。」
そう言ってリグレットが皮肉を吐く。
「そのリグレットの血筋ってのは?」
「私の本名はナターリア・ジーザス。名前からわかるように英雄ジーザスの血を受け継ぐ者よ。」
――ジーザスって確か……竜殺しの剣の物語の主人公の名前だよな?
ちょうど先月バルオルグスの話をしただけにあまり驚きもせずにあっさり受け入れる。
「そしてこの計画の代表格と言えるのが皆も知ってるアドラーの最強剣士、スカイレス。あいつは伝説の英雄の中でも賢者シリウスと並んで最強と謳われる剣士エドワード・エルロンの血を引き継いでいるわ。そしてあいつはそのエドワードを超えているともとも言われている。」
「英雄以上……話には聞いていたがスカイレスってのはそんなに強いのか?」
「はっきり言って、人間じゃないわね、あいつにかかれば小国くらいなら滅ぼすことなんて難しい事じゃないからね。」
ネロは少し身震いした、恐怖ではなく武者震いによるものだ。
今までいろんな相手と戦ってきたが苦戦はすることはあれ自分が本気を出すような相手はいなかった。
自分の戦う相手が目に見えぬ敵なだけに、人間など眼中になかったが、やはり人間にぶつかり合える相手がいなかったことにネロは心のどこかで不満に思っていたことがあった。
そして今の話を聞いてその相手ならそれなりに戦えるのではと小さな期待を浮かべた。
「……一度戦ってみたいもんだな。」
ネロが不敵の表情を浮かべ呟く。
「あー、それなら大丈夫、もうすぐ戦えるから」
「え?」
今度はその言葉にキョトンとした表情をする。
「いやー、実はさ。さっきの戦いでわかっちゃんだよねぇ、偽カイル・モールズの正体」
――……
今の話の流れならその正体なる人物は一人しかいない
「えっと、その正体ってまさか……」
エレナがその人物の名前を告げる前にリグレットがそも答えを肯定する。
「うん、あいつ、スカイレスよ。」




