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第7話

「ジョージ……うそでしょう……おお、神さま……!」


「あ、あの……!」



 わたしは思わずジョージに抱きついた!

 ああ、生きていた!

 フランだけじゃなく、彼も生きていたんだ!



「ジョージ! ジョージ! どんなに絶望したことか! 今までどこにいたの? フランやパオロも……」



 わたしは夢中になってジョージにすがり付いて問い詰めた。

 涙があとからあとから湧いて出てくる!



「ああ……ジョージ……!」


「お、お嬢さん、わたしはただ、あなたが道を塞いでいたから声を掛けただけで……」


「失礼、わたしの夫に何か?」


「えっ……?」



 突然でてきた白いドレスの女が、わたしとジョージに間に立ち塞がった!

 美しい金髪を結い上げ碧い瞳をしたスラリとした若い女性だった。

 毅然とした態度から察するにどこかの国の王妃であろう。

 


「そうです。この方は我が国の王、ジョルジオ・サヴォイアさまです。あなたの知り合いではございません」


「でも……この方は……」



 改めてジョージを見上げた。

 茶色い髪に茶色い瞳。

 スラッと背の高い美丈夫。

 わたしがこの7年間、異世界で共に過ごしたジョージに間違いなかった。



「お嬢さん……涙まで流して……わたくしがあなたの大切な人とそっくりなのですね? その方は今どちらに?」


「ジョージ、わたしよ! ジュリアよ! 本当にわからないの?」


「ジュリア? わからないな。あなたとは本当に会ったことがないのです」



 ジョージは屈むと、わたしの涙をやさしく拭ってくれた。

 そしてわたしの両肩に手を置くと顔を覗き込み、しんそこ気の毒そうな表情をした。



「そんな……ジョージ……」


「あなた、早く行きましょう!」


「ああ、すまないユリア。お嬢さん、失礼しますよ」


「ジョージ……」



 ジョージはわたしの通り過ぎ、ユリアと呼ばれた女性と舞踏会嬢へ入っていった。

 わたしは唖然としたままカーテンの陰に佇んでいた。

 ジョージはわたしのことを憶えていない!

 再び涙が溢れはじめた。

 ジョージたちの様子を目で追う。



――皇太子だ! 亡くなった皇太子の幽霊が!


――いや、ちがう! 本物だ! 皇太子が帰られた! 生きていたんだ!


――ジョルジオさまの帰還だ! 皆の者、喜べー!


――ワアアアアーッ!



 たちまち舞踏会嬢は騒乱に包まれた。

 ジョージとユリアはあっという間に人々に玉座へ押し上げられた。



「まあ! ジョルジオさま! 生きてらしたのですね……アレッサンドラはどんなにかうれしいことか……」



 アレッサンドラが大粒の涙を流しながらジョージの元へ駆け寄る!



「どなたですか? あなたもまた人違いをしておられるようだ。わたしは北の小国の王ジョルジオ・サヴォイアです。こちらは妻のユリア。娘もおります」


「妻? 娘ですって! 何をおしゃっているの? あなたの本当の妻はわたくしで、娘はこちらにいるフランチェスカですよ! さあ、フランチェスカ! 父上にご挨拶をなさい!」


「父上! お会いしとうございました! フランチェスカでございます!」


 

 フランチェスカがジョージの前に進み出て真っ赤なスカートを広げて挨拶した。

 会場は水を打ったように静まり返り、物音を立てる者はひとりもいない。

 皆がコトの成り行きを黙って見守っている。



「娘だって……? では、わたしは本当に……」


「あなた! 帰りましょう! わたしたちは舞踏会に招かれてやってきただけです。他人の空似ではないのですか?」


「女! 本当にジョルジオさまの后なのか? 証拠は?」


「婚姻を結んでからまだ数年しか経っておりませんが、2歳の王女がおります! 婚姻に関しては教皇や皇帝の許可も得ております!」


「侍従! これへ!」


「はっ!」


「この2人の素性を早急に調べあげろ! それまで国に返すでないぞ!」


「はっ! 衛兵! お2人を別々の部屋へお連れしろ! くれぐれも失礼のないように!」


「「「はっ!」」」


「なんですって! イヤよ! 娘もいるのよ! 離しなさい!」


「女! 無駄じゃ、大人しくせい! 娘は子守に見させる! 衛兵! サッサと引きたてい!」


「「「ははっ!」」」


「きゃあっ!」


「ユリア……!」



 ユリアはあっという間に衛兵により大広間の外へと連れ出された。

 残ったジョージは信じられないという表情で玉座の前に佇んでいる。

 アレッサンドラとフランが詰め寄る!



「ジョルジオさま……どうして他の女と? 河で流されて記憶を失ってしまったのですか?」


「父上!」


「なぜ、それを……? 実はわたくしは3年より前の記憶がまったくありません。そのころ河で溺れ、気がついたときには船の上におりました。北国にはわたくしの肖像画や身重の王妃と側室がおり、半年後には娘も生まれました。なんの疑いもせずに暮らしていたのですが……」


「なんですって! 側室ですと! まだ他に女がいるというのですか?」


「プッタネスカという娼婦あがりの側室がおります。ユリアと婚姻する以前から懇意にしていた者で、その女もわたくしをその国の王だと主張しております」


「そんな……! 侍従! そのプッタネスカという女を幽閉しろ! フランチェスカ! こちらにいらっしゃい! 父上と込み入った……」


「パパ!」


 

 フランが突然ジョージに抱きついた!



「フラン!」


 

 瞬間ジョージもフランの名を呼び抱き返した!

 2人の記憶が戻ったのだろうか?



「パパ……パパ……」


「フラン……」



 2人は大粒の涙を流しながら抱き合った。

 会場の皆も涙に誘われる。

 ザワザワと大広間が騒がしくなってきた。



――パンッパンッ!



 突然アレッサンドラが手を打ち鳴らした!



「さあ! フランチェスカは退場よ! 皆の者! 舞踏会を続けなさい! 侍従! ジョルジオさまをこちらへ! わたくしの部屋へいったん引き上げましょう!」


「はっ!」


「あっ! フラン!」


「パパ!」


「ジョルジオさまはこちらへ!」


「フラン……」



 ジョージとフランは衛兵に囲まれ、アレッサンドラたちと一緒に舞踏会嬢から退場していった。

 


――ズンチャッチャー、ズンチャッチャー!



 音楽がはじまり、人々は何事もなかったかのように踊りはじめる。



「ジョージ……ジョージ……」



 わたしは成すすべも無く佇んでいたが、そのうちあきらめパオロの待つ自分の部屋へ帰ることにした。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「皇太子が生きていたというのですか?」


「はい! あの方はジョルジオさまに間違いありませんでした!」



 部屋に戻ったわたしは、ロッシに舞踏会場で見た一部始終を語った。

 パオロはスヤスヤと眠っている。



「では、わたしが行って詳しい事情を聴いて参りましょう! すぐに戻りますので、待っていてください!」


「はい、ありがとうございます」


 

 ロッシはすぐに部屋を出ていった。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 しばらくすると彼は戻ってきた。

 メイド服と眼鏡を携え衛兵を従えていた。



「ジュリア! いま城内でジョルジオさまの娘の子守を探しています! わたしがあなたを推薦しておきました。すぐにメイド服に着替えてパオロを連れていってらっしゃい! 念のためこの伊達眼鏡で変装なさい」


「まあ! 本当ですか! どうもありがとうございます!」


 

 すぐに着替え寝ているパオロを抱き上げると、ロッシと衛兵と共に宮殿の奥の間に連れていかれた。


 

「そうだわ! ガーネットさま! どうしよう! 逃げたと思われるわ!」


「あの娼婦なら大丈夫だよ。さきほどパトロンの奥方が現れ、皆の前でこっぴどく侮辱されていた。この街で商売はもう出来ないだろう。密告したのはもちろんぼくさ!」


「ロッシさま……なんとお礼を言えばいいのか……」


「ジュリアはいままで辛い仕打ちを受けていたからな。あの女にとっては当然の報いだ! 本当はもっと追い詰めたいぐらいだが、それはやめておこう。何事もやりすぎはよくないからね。さあ、着いたようだ。ぼくはこれで。引き続き王宮には出入りしているよ。何かあったらあの屋敷に来るといい。いつでも大歓迎だ。もちろんパオロもだよ?」


「本当にどうもありがとうございました!」



 何度もロッシに頭を下げると、衛兵に促されジョージの娘がいる部屋に入っていった。

 


「やっときた! この子ったらぐずっちゃって仕方がないんだよ! おや? そっちの坊やはスクスクとよく寝ているね? さあ、お役交代だよ!」



 わたしと入れ替わりに年取ったメイドが出ていった。

 茶色い瞳に茶色い髪の女の子が寝ていた。

 どことなくジョージに似ている。

 パオロを傍らのソファに寝かせると、泣いている女の子を抱き上げた。

 フランの幼い頃を思い出す。

 こんな風にぐずることはなく手の掛からない子だった。

 フランは今夜、皆が見守る玉座の前で父親と体面した。

 一瞬お互いがお互いを思い出したように見えたが実際はどうだったのか。

 いまごろ2人はどうしているのだろう。


 この子がジョージと他の女との間に生まれた子供。

 わたしはこの子をいずれ憎むかもしれない。

 ジョージによく似たこのあどけない幼な児を。



 ◇ ◇ ◇ ◇


 

 一睡も出来ぬまま朝を迎えた。

 子供たちに食事を与えていると、とつぜん女が乱入してきた。



「ジョルジオはどこよ! 王后もいないの? あんた誰よ!」



 染めた金髪に茶色い瞳、朝から胸元を広げて派手な緑のドレスを着ていた。

 豊満なカラダや化粧から元娼婦だと察せられる。

 派手な顔立ちでこちらを睨みつけている。



「子守のジュリアです。こちらは息子のパオロ」


「ああ、あんたが新しい子守ね? うちの子はそれはもう聞き訳がないのよ! 乳母がなんど替わったことか!」


「あの……王后さまの御子では……?」


「表向きはね? 産んだのはわたしよ! 本来なら王后の座を明け渡すべきなのに、側室で我慢しろだって! ずうずうしい女だわ! ジョルジオのことだって、いつまでも同じ男にこだわるなんて!」


「同じ男……?」


「な、なんでもないわ! とにかくこのことは内密に! それじゃあ、頼んだわよ! わたしはしばらくこの帝都をたのしむことにするわ」



 派手な女は行ってしまった。

 あとから聞くと元娼婦の側室でプッタネスカというらしい。

 王后との婚姻以前からジョルジオと付き合いがあり、妊娠したので側室に上がったそうだ。

 その子エリザベッタは王后ユリアの子供として育てられている。


 ジョージはまだ自分の境遇を信じることが出来ないが、皇帝夫妻と謁見したり城内を見てまわったことで徐々に懐かしいという感覚を取り戻しているそうだ。

 アレッサンドラが北国へ使いを出し探ったところ、たしかにジョルジオという王が数年前から在位している。

 他国からの流れ者でユリア王女に婿入りして王となった。

 その数年前から娼婦プッタネスカの情夫だった。

 2年半前に河で溺れ記憶を失った。


 これはいったいどうしたことか。

 もしや異世界の時間軸がおかしくなりジョージが2人存在してしまったのか?

 

 しばらくはジョージともフランとも会うことは叶わず、エリザベッタの子守を続けた。

 ジョージが本物かどうかの議論と検証はなんども重ねられた。

 だが、はっきりとした確証は得られなかった。

 北国から河で溺れる前のジョルジオの肖像画が届けられたが、ジョージによく似ているそうだ。

 やはり、ジョージが2人存在してしまったのか。

 わたしがこの異世界に入り込んだことで、なんらかのひずみが出来てしまったのかもしれない。

 

 もしかしたらと思い、あの橋の袂へ行ってみることにした。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「ここね……」



 パオロを背負い例の橋の袂までやってきた。

 ペンダントを紋章に翳してみると、2つはったく同じものだった!

 そのとき突然、あたりが霧に包まれた!



――タッタッタッタッ!


 

 橋の向こうから誰かが走ってきた!



「どうしよう……誰かしら?」


「沙羅!」


「譲二……! あなたなの? 譲二! わたしよ! 沙羅はここにいるわ!」

 

「沙羅ー!」



 譲二が走ってきた!

 現実世界のようにシャツとジーンズを身につけている。



「譲二! 譲二! ああっ……!」



 わたしは泣きながら譲二に抱きついた!

 懐かしい彼の匂い、厚い胸板、譲二だ!

 このあたたかい腕をなんど夢に見たことか。



「沙羅……実は妻に子供が出来たんだ! もう会えない……!」


「なんですって! イヤよ! そんなのイヤ! なんで……!」


「ごめん……」



 悲しげな顔で譲二が遠ざかっていく!

 


「譲二! 譲二……!」



 必死で腕を伸ばし追いかけようとしたそのとき――ハッと気が付くと橋の袂にパオロを背負って佇んでいた。

 キョロキョロと辺りを見渡してみる。

 さっきとなんら変わらぬ風景が広がっている。

 霧も晴れ橋の上には誰もいない。



「どうしたのかしら? 今のはなに? もしかしたら……」



 こちらの世界と現実世界は繋がっていて、異世界の状況が変わると実際のわたしたちも変化するのかもしれない。

 さきほどの様子からわたしは譲二と不倫をしているようだった。

 譲二の妻に子供が出来たのは、今のわたしの状況と一緒だ。



「だとしたら……どうにかして異世界のジョージを取り巻く環境を変えなくては! でないと、現実のわたしたしがどんどん不幸になっていくんだわ!」


 

 いそいで城に戻った。



 ◇ ◇ ◇ ◇


 

「何をしてたの! 今日は大事なお披露目があるのよ!」



 戻るといきなりプッタネスカから叱責を受けてしまった。



「お披露目……?」


「ジョルジオさまがアレッサンドラって女と婚姻を結ぶんだとさ! ユリアは降格! わたしと同じ側妃になるんだとさ! それはどうでもいいけど、エリザベッタが第2子として皇位継承権につくってのが気に入らないよ! フランチェスカって女の子が先に生まれていたんだって?」


「なんてこと! ジョルジオさまがアレッサンドラと結婚する? でも、アミデーイ家が反対しているから教皇の許可は得られないはずよ!」


「だからだよ! 教皇から認められないから今日の舞踏会で先にお披露目だけするんだよ。神に祝ってもらえない結婚なんて意味無いよ!」


「では、ジョルジオさまは正式に皇太子だと認められたのですか?」


「いいや。まだ確証はないそうだ。でも、アレッサンドラが言う事を利かなくてね! ジョルジオに相当な未練があるんだね? 娘もいるしね」


「フランチェスカさまは今どうされているのですか?」


「よその子供のことなんて知らないよ! 見たけどジョルジオにそっくりだね? うちの子はあまり似てないんだよ。どちらかというとわたしよりでね。その点もとても不利なんだ。絶対にジョルジオさまの子に間違いないのにあいつら疑ってかかって……」


「そうですか……」


 

 そうだった。

 この女はジョージの子供を産んだ。

 あらためて悲しくなってきた。

 不可抗力とはいえ、ジョージは2人の女と関係していた。

 その事実がとてつもない重みとなってわたしの心に圧し掛かってきた。

 現実のわたしも譲二に子供が出来たことで悩み苦しんでいるに違いない。

 なんとか現状を打破しなければ。



「わたしたちはこれから後宮へ移動するよ! あんたは子守りの合い間に下働きもおし! アレッサンドラがわたしたちの召使を大幅に減らしちまったんだよ! まったくあのクソ女!」


「わかりました……」


  

 わたしはパオロを抱きながら不安にさいなまれた。

 また辛い労働が待っている。

 このさき無事にやり過ごすことができるのだろうか。



 ◇ ◇ ◇ ◇



――ギシッギシッギシッギシッ。



「ママー! おみじゅー!」


「フフ……待っててパオロ、いま汲みたてのお水をあげるわね?」



 井戸汲みをそばのベンチで座って見ていたパオロが水を欲しがった。

 春が近づきうららかな陽気が続いていた。

 パオロもよちよち歩きで蝶々を追いかけたりしている。

 

 あの夜、舞踏会でアレッサンドラとジョージの婚姻が発表された。

 ジョージは王后と側妃2人を迎え仮の皇太子の座に就いた。

 まだ北国から正式な調査結果は届いていない。

 わたしはジョージにもフランにも会えないまま不安な日々を過ごしていた。



「さあ、パオロ、お水をどうぞ」


「ママ、あんがとー!」



――コクコクコクコク。



 木の器に汲んだ水をパオロが危なっかしい手つきで飲みはじめた。

 世が世なら皇太子の跡継ぎなのに。

 短い金髪に手を乗せ梳いてやる。

 


「おいちいね!」



 こちらを見上げて笑うパオロ。

 この子がいたからわたしはここまでこれた。

 この子を幸せにしてあげたい!

 でも、いったいどうしたらいいのだろうか。



――カサッ!



「これはこれは……かわいい坊やだな……!」


「…………!」



 突然あらわれたジョージにわたしは言葉を失った!



「抱かしてもらってもいいかな?」


「は、はい……! ぜひ!」



 すぐにパオロを抱き上げジョージの腕に渡した。

 どうかパオロを思い出してちょうだい、との想いを込めて。



「パパー!」


「フフ……わたしはパパではないが……。パパか……心地いい響きだな……。遠い昔だれかにそう呼ばれていたような気がしてくる」



 ジョージがパオロに頬ずりをした。

 その姿を見ているだけで、わたしの両目からはとめどない涙が流れはじめた。



「これはすまない! お加減が……?」


「ああ、あの……いえ! なんでもございません! つい、その……父親のことを思い出してしまって!」


「この子のお父上は?」


「はい、二年半ほど前に河でいなくなりました……」


「それはそれは……わたしもそれぐらい前に河で溺れたことがある。これも何かの縁かな? 君はエリザベッタの子守だね? たしか……」


「ジュリアです!」


「ジュリア、それではこの子のためにわたしがときどきお父さんの代わりになってあげよう。それでもいかな? 坊やは……」


「パオロです!」


「パオロ? いい名だ……パオロ、わたしがパパでもよろしいかな?」


「パパー! いいでちゅー!」


「ハハハハ! まずはその赤ちゃん言葉を直さないとな!」


「ジョルジオさま! 恐れ多い幸せでございます……感謝いたします」



 わたしは膝を折り正式な礼をした。



「そんな堅苦しい挨拶は抜きにしてください! どうもアレッサンドラといいユリアといい、皆があまりにも畏まってくるので、王城内がとても窮屈なんだ。かといって、プッタネスカのことはまったく記憶にないから相手をするのは憚られるよ!」


「記憶は本当に……」


「まったくない。君とだって、過去でどこかで会っていたとしてもまったく覚えてないよ! おや……? 君とはどこかで会ったかな……」



 わたしはいま眼鏡で変装している。

 もしかしたら舞踏会の夜を思い出したのかもしれない。

 いそいで誤魔化さないと!



「ジョルジオさま! あまり急激に思い出すとお体に障ります! お水を一杯いかがですか?」


「ちょうど喉が乾いていたんだ。一杯もらおう! 女だてらに井戸汲みかい? この世界の住人は人使いが荒いな」


「この世界?」


「えっ? そんなこと言ったかい? そうだ! ジュリア、今度フランチェスカに家事を教えてやってくれないか? アレッサンドラが甘やかしてどうしようもないんだよ」


「フ、フランチェスカさまですか? 本当に?」


「ああ、今度アレッサンドラの目を盗んで連れてくるよ! わたしにもあまりなついてないんだが、君だったらきっと上手くやれるよ」


「そうでしょうか……うれしいです……!」



 涙があふれてきた。

 やっと、やっとフランに会える!



「さあ、そろそろ行かないと誰か探しにくるな! では、ジュリア、パオロまた会おう!」


「パパ! バイバイ!」


「どうぞ、お気をつけて!」



 ジョージは手を振りながら宮殿内へ消えていった。

 わたしはパオロと彼のうしろ姿を見送りながら号泣していた。

 


「ママ……ないてる? イタイイタイ?」


「ううん、パオロ。これは悲しくて泣いてるんじゃないわ。うれしくて泣いてるのよ。心配しなくていいのよ……」



 ◇ ◇ ◇ ◇



 その数日後、パオロと庭の掃除をしているとジョージがやってきた!



「ジョー……皇太子さま!」


「ジュリア! 約束どおりフランチェスカを連れてきたよ! ほら! フランチェスカ!」



――カサッ!



「おおっ……」



 フランチェスカだった。

 この前みたときよりも幾分か大きくなった。

 真っ赤なドレスを着ていぶかしげな表情をしている。

 愛しいフラン。

 かわいいわたしの娘。

 どんなにこの手で抱きしめたいことか。

 ぐっと我慢し頭を下げてあふれる涙をエプロンの端でそっと拭った。



「父上! こんなところに連れてきてどうなさるおつもりです?」


「そんな他人行儀な言葉遣いはやめろ! かわいいパオロとお遊びよ?」


「パオロ?」


「パパー!」



――コロンッ!



 パオロがジョージに向かって走り出したと思ったら、すぐに転んでしまった。



「パオロ! 大丈夫か?」



 すぐにジョージが走り寄って抱えあげた。



「ああーんっ!」


「よしよし、パオロは泣き虫だな?」


「まあっ! パパですって? 父上! その子も父上の子供なの?」


「フランチェスカ、滅多なことを言うもんじゃないよ。この子はジュリアの息子だ。ジュリア、娘のフランチェスカだ。自分で言うのもなんだが、美人だろ? この子だけは、自分の本当の子供だと確信できるんだ。証拠はないけどね」


「本当ですか? うれしい……」



 よかった。

 ジョージもフランチェスカも記憶を無くしているけれど、心のどこかで血の繋がりを感じているのかもしれない。



「ああーんっ!」


「おやおや、パオロどうした?」


「父上、その子をこちらへかしてちょうだい! 甘やかすからそんなに泣くんだわ! パオロ、こっちへいらっしゃい!」


「おねえたん……?」



 パオロは素直にフランの腕に抱かれた。

 そしてすぐに泣き止み彼女の顔を見てキャッキャッと笑いはじめた。

 


「パオロ! 美人に弱いな! げんきんな奴め!」



 ジョージたちを見ながら、ここが城内であることも彼らとわたしたちが表向きは他人でひどく身分差があることも忘れ、幸せに浸っていた。

 こんな単純で当たり前の日常が三年前にはたしかにあったのに。

 自分たちの運命を呪った。



「ジュリア……どうしたんだい? そんなに泣いて……」


「えっ……?」



 わたしはいつの間にか大粒の涙を流していた。

 


「も、もうしわけありません……子供たちが幸せそうだったので……」


「そうかい? 君は辛い境遇を過ごしてきたのかな? よければぼくが力になろう」


「ジョルジオさま……」


「どうやってここに? 子供の父親は河に流されたのだったな……代わりの父親はいるのかい?」


「代わりなど滅相もございません! こちらへはロッシさまの紹介で参りました」


「ロッシの? 彼はとても感じのいい紳士だね。下働きと子守りを両方やっているのかい? なぜだ? 人出不足なら人員を追加しよう」


「それだとアレッサンドラさまが……」


「后が……? そうか……では、ユリア妃付きの侍女として雇おう! それなら、力仕事をしなくて済むぞ」


「ジョルジオさま……どうもありがとうございます」


「ロッシとユリアにはわたしから話しておく。アレッサンドラの許可はいるまい。では、さっそく午後から宮殿に部屋を取らせよう。たのしみにして待っておいてくれ!」


「わかりました!」


「フランチェスカも、いま聴いたことは母上には内緒だぞ! いいな。王からの命令だ!」


「父上……命令とあらば背くことはできません」



 フランチェスカがもうすぐ7歳とは思えないほど大人びた口調で答えた。

 記憶を失くしているせいか命令という言葉には逆らえないようだ。

 洗脳でもされているのだろうか。

 その後ふたりは宮殿内に帰っていった。

 


 ◇ ◇ ◇ ◇



 午後になるとユリア付きのメイドが迎えにきた。

 パオロを抱き部屋を出てユリアの後宮を訪れた。

 第2側室のプッタネスカの後宮より遥かに立派な造りだった。



「ここが第1側妃の後宮……」


 

 複雑な心境だ。

 本来ならわたしは後宮ではなく正室に招かれるべき身。

 しかも愛する人の第1側妃の侍女になるなど、屈辱以外のなにものでもない。

 悲しみを作り笑顔で隠し側室ユリアと対峙した。



「あなたがジュリアね。よろしくね。エリザベッタの子守をしてくれていたそうね……。では、事情は知っておられるわね? わたくしはジョルジオさまとの子宝に恵まれなかったの。それでエリザベッタを実子にしているのよ。母親のプッタネスカは娼婦あがりの下品な悪女。わたくし結婚してすぐはプッタネスカの存在を知らなかったの。それがいまでは、同じ側妃の身となるなんて……情けないわ」


「あの……ユリアさま……」



 わたしは思い切ってジョージについて聞いてみることにした。



「ジョルジオさまは本当に皇太子さまであらせられるのですか?」


「わからないわ。確固とした証拠はないの。でも我が故郷は北の小国。帝国に逆らうほどの勢力はないわ。皇帝がそうだと言えば従いざるをえないのよ」


「そうですか……」



 ユリアはプッタネスカとちがいやさしく上品だ。

 だが、人を見下すようなところがある。

 プッタネスカのことを心の底から憎んでいる。

 内に秘めるぶん手強い相手かもしれない。



「ここだけの話、エリザベッタが本当に我が王の子がどうか最初は疑ったわ」


「それは彼女の仕事ゆえですか?」


「ええ。でも調査した結果、それは疑いようがなかったわ。ジョルジオ王は流浪の身でありながら家臣と共にたくさんの財を持っていらした。娼婦のプッタネスカを何年にも渡り囲うだけの財産があったわ」


「その財源はどこから?」


「わからない。でも、不正で得た金ではなさそうよ。然る止ん事なき御方の落としダネではないかと言われているの。確認したことはないけれど……皇太子だとしたら話が合うわ」


「そうですか……」


 

 やはりおかしい。

 財産を持ってジョージが家臣と北の大地を流らっていたなどとは。

 やはり時間軸がおかしいのだ。

 でなければ説明がつかない。



「王がいらっしゃいました」


「まあ……ジョルジオさま!」


「ユリア……」



 ジョージがやってきた。

 彼はユリアの頬にキスをしてからわたしの元へやってきた。

 わかってはいても心が痛む。

 この苦しみはいつまで続くのだろう。

 ジョージの側に近づくのではなかった。

 それだけ辛い現実を目の当たりにしなければならない。

 そのことに今はじめて気が付いた。



「ジュリア殿、後宮はいかがかな? なかなか快適な空間が広がっているでしょう? 父の寵妃が居た部屋です。特別に豪奢な装飾がなされています」


「ほんとうに素晴らしいところです。窓から見える景色も最高でございます」


「おや? パオロは? 坊やはどこに?」


「エリザベッタさまの子守と一緒です」


「それはよかった! パオロの顔が見たいな! すぐに会いに参ろう!」


「ジョルジオさまがこんなに子煩悩だったとは……。やはり男の子がよろしいのですか?」


「ユリア、パオロは特別だよ! ひとめ見たら忘れられないかわいさだ!」


「そうですか……」


 

 一瞬ヒヤリと冷たい眼差しを首筋に受けた。

 ユリアさまから発せられたような気がした。

 振り返ってみたがそのような気配は妃からは感じられない。

 白いドレスでいつものごとく超然と微笑んでいた。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「パパー!」


 

 皆で子守の部屋に赴いた。

 パオロがジョージを見てよちよちと走り寄ってきた。



「父上?」



 驚いたことにフランがいた。

 エリザベッタはベッドで寝ていた。



「フランチェスカ! アレッサンドラがよくここへ来ることを許可したな?」


「母上は侍従たち側近と北の大地に赴きました。直接、父上のことを確かめるそうです」


「なんだと、北国へ? 恐ろしい女だな……」


「ジョルジオさま、ですがわが国に来られても何もやましいところはございません。王后さまは無駄足になるでございましょう」


「それはそうだが……」



 アレッサンドラが北国へ。

 3年前にジョージとフランを誘拐したぐらいだ。

 実行力のある女性なのだろう。

 どの女も手強い。

 心してかからなければと改めて気を引きしめた。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「このような北の大地まで来てみたが……」


「アレッサンドラ王后、ジョルジオさまはどのようにしてあの濁流から助けだされたのでしょうか」


「我が国の河のどこかを漂流しているときに北国の船に救われたのだろう。そのまま河を下り北国まで連れてこられたのだな。だが、皇太子によく似たジョルジオという男が七年ほど前からこの国に滞在していたのは事実だ。贅沢な暮らしをしていて家臣もいたそうだ。娼婦プッタネスカを囲い、数年前にユリア妃に見初められ婿に入った。二年半ほど前に家臣と乗った船が大河で転覆し行方不明になった。それから間もなくジョルジオさまだけが近くの岸辺に流れ着いて助かったという話だ」


「それとジョルジオさまが強盗団に追われフランチェスカさまと河に落ちた時期が重なるのですね」


「北国のジョルジオ王とは何者なのだ? 船の転覆も暗殺ではないかとの噂があるそうだ」


「はるばる北の大地まで来てみたものの、謎が深まるばかりですな」


「おまえは転覆事故の真相を探れ! わらわは先に帝国へ帰る。わらわのいない間に他の妃に好き勝手されては堪らぬからな!」


「ははっ!」



 ◇ ◇ ◇ ◇



 アレッサンドラが北国から戻りまた采配を振るいはじめた。

 ジョルジオはどの妃の元へもお渡りはせず、よくわたしの元を訪れパオロと遊んでくれた。

 フランも毎日パオロのところへ遊びに来るようになった。

 ジョージとフランの記憶はまったく戻らなかったが、このままでも充分に幸せだった。

 家族が一緒にいられるならどんな形態でも構わない。

 そんな風に流されながら暮らしていた。

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