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第5話

「おや? 子連れかい? しかも乳飲み子じゃないか!」


「ねえさん! 赤ん坊は他に売り飛ばしますけえ!」



――ビシッ!



 女が扇で空を打ちならした!



「なんてこと言うんだい! あたしはこの前、赤ん坊を失ったばかりなんだ! 滅多なことを言うんじゃないよ!」



 用心棒が睨みをきかした!

 盗賊たちは首をひっこめすごすごと引き下がった。



「へい……すいやせん。口が滑りやした……」


「わかればいいんだ! 赤ん坊と一緒にその女を置いていきな! 女ひとり分の料金しか払わないからね!」


「そんな……それはねえさん、あんまりだ!」


「バカ言ってんじゃないよ! あんたたち、何しでかしたかわかってるのかい? 今、街じゃ大騒ぎさ! 警察隊が強盗団を一掃するって息巻いてるよ!」


「ど、どうしてでさあ!」


「あんたたちが、かどわかした赤毛の女はあのドナーティ家のアレッサンドラ姫だよ! ただじゃすまないってことさ!」


「なんだってー! たいへんだー! すぐに戻って仲間を……!」


「いまごろもう、ぜんいん殺されてるだろうさ! 金を持ってとっととお逃げよ、ほら!」



――チャリーン、チャリーン!



 女が地面に金を投げつけた。

 どうやらわたしの価値はこの数枚の銅貨分しかないらしい。

 


「こ、こんだけ? ねえさん……チッ! 仕方ねえや……野郎ども! いくぞ!」


「「「へい!」」」



 男はそれらを掻き集めると仲間と共に一目散に逃げていった。



――パカッパカッパカッパカッ! パカッパカッパカッパカッ!



 遠ざかる強盗団の背中を見つめながらパオロを抱きしめ、わたしは途方にくれていた。



「そこの女! 赤ん坊を寄こしな!」


「いやです!」


「生意気な女だ! おまえたち!」


「「へい!」」



――ダダダダッ!



「こいつう!」


「大人しくしろ!」


「ぎゃあああーっ!」


「やめて! パオロだけは! 息子だけは! 後生だから……!」



 わたしは激しく抵抗した!

 だが、用心棒に取り押さえられパオロを取り上げられてしまった!



「ハアハア……」


「女! おまえに拒否権はないんだよ!」



――ビシッ!



「ああっ!」


「ぎゃあああーっ!」


 

 女が扇でわたしの頬を打った!

 みるみる頬が腫れ上がっていく。

 パオロが激しく泣き叫んだ。

 これ以上、息子を恐怖におののかせるわけにはいかない。

 抵抗するのをやめた。



「パオロっていうのかい? よしよし、いい子だねえ……母親と同じ金髪碧眼か……よく似た親子だ。引き離すのも忍びないね……。よし! おまえは今日からこの娼館『グラナート』の下女だ。娼婦代が取れない代わりに、たっぷりこき使ってやるからね! おまえたち! 地下の使用人部屋に女を引っ立てろ!」


「「へい!」」


「どうか……! どうか、パオロだけは助けてください!」



 わたしは女にすがった!



――ベシッ!



 女が扇でわたしの頭を再び打った!



「しつこいね! 命が助かっただけ感謝おしよ! それと、わたしのことはガーネットさまとお呼び!」



 女は美しいまなじりを頂点まで上げてわたしを睨みつけた。

 年の頃なら三十前後。

 染めた金髪に真っ赤な瞳を持つ妖艶な美女だった。

 豊満な肉体を真紅のドレスで包み、大きな胸の谷間を見せびらかしながら立ちはだかっていた。

 ガーネットの腕でパオロが目を大きく見開きかたまっている。

 彼を悲しませてはいけない。

 観念して女から離れた。



「ものわかりがいいね。いいかい、わたしが呼んだらすぐに来てパオロの世話をおし! 今日からこの子はわたしの息子だ。流産した子の代わりにわたしが育てる! おまえたちもいいね? このことは絶対に誰にも言うんじゃないよ!」


「「へい!」」


「そんな……パオロ……」



 下を向いたまま涙を流し続けた。

 わたしとパオロはこのさき、どうなってしまうのだろう。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「なんだって! 河の浅瀬で気を失った女の子が発見されたというのか?」


「はい。状況から考えてジョルジオさまのご息女ではないかと……。お顔がそっくりなのでございます!」


「すぐに連れて参れ! わたしとジョルジオさまの間の子供だとモンティー家に偽りの申し出をせよ!」


「わかりました! アレッサンドラさま、一時は強盗団に捕まりどうなることかと思いましたが無事に助けられ事なきを得ました。今度はジョルジオさまのお子も手に入れることとなりました! 長年の努力が報い我らにも運が向いて参りましたな。わたくしの尽力も少しは心に留めていただけましたでしょうか?」


「たしかにおまえはよくやってくれた。だが、これもわたしの持って生まれた運の良さもたらしたもの! わらわの婚礼を邪魔したアミデーイ家に遂に一矢報いるときがきた! これで一気に我が一族が形成を逆転できる! さあ、いそぐのだ!」


「はいっ!」



 ◇ ◇ ◇ ◇



――ビュオオオオーッ!


――バシッ!



「きゃあっ!」


「おい! まだ汚れてるぞ! もっとキチンと磨け!」


「はい!」


 

――キュッキュ! キュッキュッ!



 荒れた手を寒風に凍えさせながらわたしはひたすら馬具を磨いていた。

 このような仕事は現実世界でもやったことがない。

 慣れない仕事に手はアカギレと豆で傷だらけだ。

 

 あれから半年が過ぎていた。

 毎日朝から晩まで馬車馬のように働かされた。

 ヘマをすれば家畜のように棒で打たれた。

 お蔭で身体中が痣と傷だらけだ。


 パオロはガーネットの部屋で大切に育てられている。

 それだけが救いだった。

 仕事の合い間に呼ばれパオロの世話をした。

 息子は日に日に大きくなり、たくましく成長している。

 だが、一緒に寝ることは許されなかった。

 それがたまらなく辛い。

 パオロとずっと一緒にいたい。

 フランのように一日中いっしょにいて成長を見守っていきたい。

 だが、それは叶わぬ夢だった。

 ときどきジョージにもらったペンダントを見ながら星空の下で涙した。

 だが、いくら泣いてもジョージもフランも戻ってはこないし、現実世界にも帰れなかった。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「アレッサンドラさま! 娘が言うことを聞きませぬ! 母親が生きているはずだと利かなくて……」


「そうか……では、かまわぬ。べラドンナを少量ずつ飲ませて記憶を摩り替えろ!」


「ベラドンナを? ですが、それは国から堅く禁止されている毒薬なのでは?」


「よい! それしか方法が無いではないか! モンティー家にはすでに報告済みで、時間がないのだ!」


「わかりました……」



 ◇ ◇ ◇ ◇



――ビュオオオオーッ!


――キュッキュ! キュッキュッ!



「なかなかよく磨けている! 今夜は特に念入りにな! ガーネットさまの1番のお得意さまが来られるからな!」



 あれから更に1年が経過してパオロもだいぶ大きくなった。

 父親に似て背が高くなりそうだ。

 体に似合わず大きな手足を持つパオロを抱き上げるたびに愛しいジョージと、彼によく似たフランを思い出す。

 仕事にもだいぶ慣れ棒で打たれる回数も減ったが、毎日の労働はとてもきついものだった。



「おい、ジュリア! 水汲みをしたら屋敷中を掃除しろ! 夜はパオロの部屋に行って明日の朝まで子守をしろよ! ガーネットさまはパトロンとおたのしみだ! 赤ん坊なんてかまっている暇がないとよ!」


「はい!」


「まったく! ガーネットさまもスキモノだよな!」


「「「げへへへ、へへ!」」」



 男たちの下卑た笑い声が響く。

 わたしは耐え切れず桶を持ち水を汲みに行った。



――ギシッギシッギシッギシッ!



 井戸水を汲むのもだいぶ慣れた。

 今夜は久々にパオロと一緒に過ごせる。

 それだけがたのしみだった。



――ザアアアーッ!


 

 桶に映る自分の顔は異国の女そのものだ。

 汚れた金髪に碧い瞳、白い肌。

 栄養不足と労働で痩せた体は20代とは思えないほどやつれている。

 最後に風呂に入ったのはいつのことだったか。

 生きているだけでも奇跡だ。

 ジョージとフランが河に飲まれたあと、なんど死のうと思ったことか。

 それを踏みとどまらせたのはパオロだ。

 わたしの生きがいは今、パオロしかいない。



 ◇ ◇ ◇ ◇


 

「ラーララ……ラー……」



 夜も更け、パオロの部屋で子守唄を歌っていた。

 娼館からは男や女がドンちゃん騒ぎをする様子が手に取るように聴こえてくる。

 パオロはスヤスヤと腕の中で寝息を立てていた。

 星が降るように美しい晩だった。

 ジョージと崖の上で見た星空を思い出していた。

 恐ろしい暴漢に襲われたが、あのころはとても幸せだった。



――コツコツコツコツッ!



 誰かの足音が近づいてきた!



――バンッ!



「これは失礼! 部屋を間違えました。あなたは? おや? 赤ん坊がいるんだね?」


「あの……」



――コツコツコツコツ。



 男が近づいてきた。

 シルクハットを被った黒髪の若い紳士だ。

 このような娼館に出入りする男にはとても見えなかった。



「坊やを抱かせてもらってもいいかな?」


「……どうぞ」



 悪い人ではなさそうだ。

 パオロはスヤスヤとよく寝ていた。

 男はパオロを持ち上げ、頬ずりすると愛おしそうに見つめた。



「我が家にもこれぐらいの息子がいるのだが……故郷で妻と一緒に留守番をしている。この国は最近、恐ろしい病が蔓延しているとのことで連れて来ることが叶わなかったのだ……」


 

 男は心底悲しそうな顔をした。

 今年に入り流行り病で子供たちが次々と亡くなっている。

 ガーネットがひどく心配してパオロに細心の注意を払ってくれていた。

 その点だけは感謝している。



「この子がガーネットの息子かい? あまり似てないな……どちらかというとあなたに似ている! そっくりだ」


「あの……」


「何か事情があるのでしょう? あなたに会ったことは誰にも言いませんよ。それでは、失礼。坊やを抱かせてくれて、どうもありがとう!」


「はい……」



 男はパオロをわたしの腕に戻すと静かに去っていった。

 この出会いが、のちにわたしの運命を変える切っ掛けとなるのだった。

 


 ◇ ◇ ◇ ◇



「アレッサンドラ姫、フランチェスカさまの洗脳は済みました。すっかりあなたを母親だと信じています」


「それはごくろう。それから……これよりわたしは姫ではない。フランチェスカの母親として生きる。モンティー家には連絡済みか?」


「はい」


「では、参ろうか? ジョルジオさまの忘れ形見を産んだ婚約者として堂々と皆の前に出ていくのだ! 今は亡き皇太子の真の妻としてな!」


「ははあっ!」



 ◇ ◇ ◇ ◇



「ジュリア、知ってるかい? 皇帝一家のジョルジオさまの忘れ形見が見つかったって話!」


「なんですって! ダリア、詳しく教えて!」



 パオロの部屋で男と会った翌日、井戸端で洗濯をしているわたしのそばに娼婦のダリアがやってきて耳打ちした。



「しーっ! まだ秘密の話なんだけどね? ジョルジオさまの婚約者だったアレッサンドラさまが、実は内密で女の子供を産んでいたそうなんだよ。今度の舞踏会でお披露目だとよ。内外の客を招いて大々的にお祝いするそうだ。わたしたちも接待に借り出されるんだ。お城に行けるチャンスだよ!」


「それは本当なの! どうしよう! どうしたら……!」


「あっ! ジュリア!」



――タッタッタッタッタッ!



 わたしはひどく取り乱し、洗濯を放ったまま娼館に向かって走り出した!



――ドンッドンドンドンドンッ!



「ガーネットさま! ガーネットさまー!」


「うるさい! ガーネットさまはお昼寝中だ!」



――ドカッ!



「うっ!」



――ドサッ!



 用心棒に胸を蹴られ、地面に倒れた。



「おい! ご婦人になんてことをするんだ!」



――ドンッ!



 昨夜パオロを抱いてくれた男が出てきて、用心棒を突き飛ばした!



「こ、これは、ロッシさま! ですが……女が強引に入ろうとするものですから!」


「何か理由があるのだろう! おまえはあっちに行け!」


「は、はい……」



 ロッシと呼ばれた男が手を差し伸べてわたしを抱き起こしてくれた。



「も、もうしわけございません……」


「何かお困りですか?」


「は、はい、あの……。うわさを聞きつけまして……皇帝陛下の亡くなったご子息に娘が……」


「おお、そのことですか? いまや貴族の間で噂の的になっておりますよ! わたしは外国から来たばかりでよく事情を知りませんが、亡き皇太子にそっくりだとか。それが何か?」


「あ、あの……その……」


「あなたは高貴な出のようだ。なぜこのようなところに?」


「それは……」


「まあ! 何事かと思ったらジュリアじゃない! 何を騒いでいるの? あら? ロッシさま! ジュリアは娼婦ではありません。汚らわしい下女など相手になさらずとも他に……」


「いや! わたしは彼女と話をしたい! 彼女の時間を少しください! 失礼!」


「あっ!」


「ロッシさま……!」



 ロッシはわたしの手を取ると強引に中庭へ連れていった。



「あの……ロッシ……さま?」


「ああ、ごめんよ」



 ロッシは途中でわたしの手を離すと、木の陰に止まった。



「ジュリアというのか? あなたはなぜこんなところに?」


「……実は誘拐されて売られてきました。パオロが人質に……」


「なんだって! 誘拐? それはたいへんだ! だとすると、やはりあの子は君の息子か? ガーネットにはまったく似てないからな。ところで、皇太子とは何か繋がりが?」


「それは……」



 わたしはちゅうちょしていた。

 ロッシが誠実な男だとしても、わたしたちの素性を暴露するのは危険すぎる。



「ああ、そうだった……見ず知らずの男に身の上話はできないな! わたしはフェデリーコ・ロッシという外国の外交官だ。接待でこの娼館に連れてこられた。だが、女とは何もしてないよ。ガーネットのパトロンのお供で来ただけだから!」


「そうでしたか……以前……ここに攫われる前にジョルジオさまの元で働いていたことがあったものですから……。娘さんがいらっしゃったとなれば、どうされいてるのか気になりまして……」


 

 わたしは咄嗟に作り話をした。

 パオロがジョルジオの忘れ形見だと知られるのはあまりにも危険なことだ。



「おお、そうなのか? 素晴らしい忠誠心だな! ジュリア、あなたはここを出たいのか? パオロと一緒に暮らしたい?」


「はい! それはもう!」



 わたしはロッシの好意に藁をもすがる思いだった。

 チャンスを逃したくない!

 娼館で暮らせばいずれわたしも客を取らされるだろう。

 パオロもガーネットの息子にされてしまう!



「だったら……しばらくこのまま大人しくしていなさい。必ず助けてあげるからね」


「はい! ありがとうございます!」


「では、行きなさい。周りに気づかれないように」


「わかりました!」



 わたしは何度もお礼を言いながらロッシの元を離れた。

 フランが生きていた!

 娘に会いたい!

 パオロと3人で一緒に暮らしたい!

 明るい希望が少しだけ見えはじめた。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「アレッサンドラさま! いよいよ明日から舞踏会が催されます! フランチェスカさまはあなたの娘として衝撃のデビューを飾りますよ!」


「オーホホホホホッ! 我が世がやってくるぞ! フランチェスカの様子はどうだ?」


「すっかりアレッサンドラさまを母親だと思い込んでおります! 明日は真っ赤なリボンに真紅のドレス、赤い靴を履いたフランチェスカさまが、モンティー家の長老と体面いたします! もちろん、アレッサンドラさまと一緒に!」


「いままでアミデーイ家に結婚を潰された憐れな女と世間から嘲られていたわらわが、一気に皇帝の跡取りの母となるのだ! 素晴らしいではないか!」


「さすがアレッサンドラさま! いざ、参りましょう! 舞踏会へ!」


「フフフフ……明日が楽しみじゃ……」



 ◇ ◇ ◇ ◇



 翌日、めずらしく朝からガーネットに呼ばれた。



「パトロンがお城の舞踏会に呼んでくれたのさ! あの人はパオロが自分の子だと思ってる。特別に連れてきていいと言ってもらえた! パトロンには正室がいるから、おまえはロッシさまの滞在先の屋敷にパオロを連れてこい! くれぐれも逃げ出そうなんて思うんじゃないよ!」


「はい……」



 期待で足が震えた!

 フランに会える!



 ◇ ◇ ◇ ◇


 

――ガラガラガラガラッ、ガラガラガラガラッ。



 その日の午後パオロの子守りとして帝都に向かった。

 目の前のこんこんと水を湛えた大きい河を越えれば帝都だ。

 長い橋を馬車で渡りながら感慨に耽った。

 腕の中にはスヤスヤと眠るわが子がいる。

 あの日この濁流に飲み込まれた愛しい娘。

 フランがこの帝都にいるかと思うと、それだけで涙が止まらなかった。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「ここが帝都……」



 色とりどりの衣装に身を包み大勢の老若男女が闊歩している。 

 小鳥が舞い子犬やこどもたちが走り回る。

 ところどころに立つ市からは売り子の呼び声が高らかに響き渡る。

 何もかもが活気があり誰も彼もが浮き足立っていた。



「皇太子の忘れ形見が見つかったからね? 都中がお祭り騒ぎさ!」


「ダリア、フランチェスカ姫はどこに?」


「アレッサンドラさまが常に付き添って誰にも見せないそうだよ。顔が皇太子さまにそっくりだから、誰が見ても彼の子供だって一目瞭然だってさ! ちなみにアレッサンドラさまにはぜんぜん似てないそうよ」



 フランチェスカはわたしの娘だ。 

 アカの他人のアレッサンドラに似てなくて当然だ。



――ガラガラガラガラッ、ガラガラガラガラッ……。



 やがて馬車は1軒のお屋敷の前で停車した。



「ここがロッシさまの滞在先ね? あら? ここってアミデーイ家のあったところじゃない?」


「アミデーイ家? その家の方たちは、今はどうしているの?」


「サラ令嬢が行方不明になったのよ。ジョルジオ皇太子が襲われた同じ日に。2人は逃げていまでも一緒に暮らしていると噂されてるわ。もちろん、そんなわけないけどね。おとぎばなしを皆が信じたいだけ。アミデーイ家にとっては悲劇ばかりが続いたから……」


「悲劇ってなに?」



 異世界転生したわたしにはアミデーイ家の記憶は無い。

 だが、わたしがこの世界に来たばかりに皆が不幸になってしまったのだろうか?



「7年前サラ姫が消息不明になった日、アミデーイ家はモンティー家とドナーティ家の婚礼を襲い皇太子ジョルジオさまを河に落としたの。怒ったモンティー家とドナーティ家はアミデーイ家を徹底的に潰しにかかったわ。アミデーイ家は教皇派よ。いままでは皇帝と宗教のトップである教皇は上手くバランスを取って政治を行ってきたのに、あの橋の事件をきっかけに真っ二つに割れてしまったの。今アミデーイ家は教皇と共に隣国に幽閉状態よ。今の帝国を掌握しているのは完全にモンティー家なの。けれどフランチェスカさまの登場で、これからはドナーティ家にも政権が分け与えられそうなの」


 

 ダリアの言葉に衝撃を受けていた。

 2人の若者の初恋が、国を分断するほどの悲劇に発展していた!

 わたしとジョージは、なんと罪深い恋をしてしまったのだろう。

 


――キイーッ!


――ガラガラガラガラッ……。



 門が開き、旧アミデーイ家の屋敷に馬車が入っていった。

 まったく見覚えの無い庭や建物が、なぜか懐かしく感じられるから不思議だ。

 わたしたちはパオロを抱いたまま馬車を降り立った。



「ジュリア! パオロ! いらっしゃい!」


「ロッシさま……」



 ロッシが自ら出迎えてくれた。



「わたしはこのままこの馬車で舞踏会へ向かう。やあ! ダリア、こんにちは! 一緒に乗せてくれたまえ! ジュリア、あなたは屋敷でゆっくりしていてくれ!」


「なにからなにまで、本当にどうもありがとうございました……」


「んぅ……ママ……」


「おや? パオロが起きてしまったな? やあっ! 小さな紳士! いってくるよ!」


「ロッシさま、いってらっしゃいませ」



 ねぼけたパオロの小さな手を振らせながら、ロッシを見送った。



「おや? あなたがジュリアね? あら? あなたって……」



 突然あらわれたメイドがわたしを見て声を上げた。



「なにか……?」


「いえ……サラお嬢さまによく似ているものだから……」


「あ、あの……あなたはこのお屋敷は長いの?」


「若い頃からアミデーイ家のメイドだったわ。今はみなさん隣国に出向いてしまったの。わたしは子供がまだ小さかったから残ったのよ。サラお嬢さまはそれは美しく気高い方で、生きていられるならちょうどあなたと同い年ぐらいよ。あなたのほうが痩せ過ぎね? 苦労してきた顔ね……あら、ごめんなさい。自己紹介がまだだったわ。わたしはメイド長のカテリーナよ。主人は庭師のリッカルド。あそこの小屋に住んでるわ」



 そう言うとカテリーナは庭のはずれにある小さな小屋を指し示した。

 おとぎばなしの家のようにかわいい造りだった。



「よろしくカテリーナ。わたしはジュリア。この子はパオロよ。パオロ、よろしくは?」


「よろちく……」


「まあ、かわいいわね……うちの子も男の子よ! すぐに仲良くなれるわ!」


「どうもありがとうございます」



 カテリーナは黒髪と黒い瞳のかっぷくのいい人好きするタイプの女だった。

 アミデーイ家に関係のある人間に会うことができてホッとした。

 これもすべてロッシのお蔭だ。

 早くフランに会いたい。

 あの子はすでに6歳。

 どんな女の子になっているのだろう。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 翌日、ロッシに部屋に呼ばれた。



「ジュリア殿、ジョルジオ皇太子のお嬢さんに会いましたよ」


「まあっ! 彼女はどんな風です? どのような娘に成長しておりましたか!」



 はやる心を抑えロッシに質問した。



「そうですね……6歳なのにとてもかしこくてしっかりとしたお嬢さんでしたよ。真っ赤なドレスを着て毅然と立っていらっしゃいました。皇太子の肖像画を見せていただきましたが、とてもよく似ていらっしゃいますね。ただ……」


「ただ?」


「ひどくわがままで気が強そうでした。母親に気性がそっくりなんでしょう。アレッサンドラという女性はたいへん傲慢で有名なんだとか。亡き皇太子を婚約者からムリヤリ強奪したそうじゃないですか? 赤毛の美女ですが、皇太子の忘れ形見を産んだと息巻いて、ひどいえばりようでしたよ」


「そんな……フランチェスカ姫はそんなに傲慢な態度を?」


「完全に周りを見下した態度を取っています。あの年であれでは、先が思いやられますね。モンティー家の人たちもあきれていましたよ。苦虫を噛み潰したような顔をしていたな……」

 


 あのフランが?

 にわかには信じがたかった。

 まだお腹にいたパオロのためにパンやミルクを分け与えようとしたあのやさしい子が?

 家畜や村人たちとの別れに涙していたあの清らかなわたしの娘が?

 この目で直接見るまでは、フランの変わりようが信じられない。



「ロッシさま! ひと目でいいのでフランチェスカ姫を見せてはいただけないでしょうか! 一度だけでもかまいませんから!」


 

 自分の立場も忘れてロッシに懇願した。

 どうしてもフランに会いたい!



「ジュリア……ではガーネットのパトロンに頼み、明日の舞踏会に乳母として城内に部屋を取りましょう。そこを抜け出して中庭から大広間を覗いてみなさい。フランチェスカ姫は玉座の近くにいるはずです」


「ロッシさま……無理を言って申し訳ありません! このご恩は絶対に忘れません! ありがとうございました」


 

 ◇ ◇ ◇ ◇


 

 翌日の午後、舞踏会が行われる城までロッシに連れていかれた。



――ガラガラガラガラッガラガラガラガラッ。



 例の橋のそばを馬車で走った。

 ジョージが言っていたとおり欄干にペンダントと同じ模様が刻まれていた。

 復活の証。

 わたしも家族と復活できますように。

 馬車に乗るわたしとパオロの前から橋は段々と遠ざかっていった。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 帝都の真ん中にある城に到着した。

 


「すごい……ここが……」


「素晴らしいだろう? 大陸でも1番と言われるほど歴史のある立派な建物だよ」



――リーンゴーン、リーンゴーン!



 遠くから聖堂の鐘の音が聴こえてくる。

 現実世界にいるときも聴いた美しく悲しい調べだ。

 この異世界でわたしはどういう役割を担っているのだろう。

 不思議な気持ちにとらわれたまま城の中へと入っていった。



――ガラガラガラガラッ、ガラガラガラガラッ。




「ロッシさまのご到着です! ようこそいらっしゃいました! 使用人はこちらへ!」



 馬車を降りたわたしは使用人用の通路を通り用意された部屋へと案内された。



「わあっ……」


「ママ……ちれい……」


「うん、すごいね……」



 このような豪華な部屋を間近で見るのは初めてだった。

 カーテンも絨毯も重厚で陶器1つ取っても素晴らしく高価な品ばかりだ。

 ジョージはこれほどまでに豪勢な生活を捨ててわたしと一緒に田舎暮らしをしていたのか。

 彼に対する申し訳なさでいっぱいになった。

 パオロだって、本来ならこんなに立派な生活ができるのだ。

 素性を隠していることが果たして彼にとって得策なのか。

 わたしは段段と自分のしていることに自信が持てなくなってきた。



「こちらでごゆっくりしていてください。夕飯はお持ちいたします」


「わかりました」



 従者が出ていった。



「はあー……パオロ、疲れたね? 大丈夫?」


「うん……ママ……おねむ……」


「そうね? 少し寝なさい。子守唄を歌ってあげるわ……ルールルー……」


「スースー……」



 パオロはすぐに寝てしまった。

 わたしは子守唄を歌い続けた。



――パタパタパタパタッ! カチャッ!



 誰かがいきなり飛び込んできた!



「あなたは……!」



 フランだった。

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