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第2話

――ガラッ! ガラガラガラガラッ! 


――ゴロンッ! バッシャアアアアーンッ!



「サラアアアアーッ!」


「……ジョージ……ここよ……」


「サラ!」



 わたしは崖下にある低木に乗っかっていた。

 ジョージのくれたペンダントが引っ掛かり助かったのだ。



「じっとしていろ! すぐに助けてやる!」


「ジョージ……!」


「よいしょっ!」



――ギシッ!



 ジョージが腕を伸ばし、わたしを引き上げてくれた。



「よかった……君はてっきっり死んだかと……おお……神さま……」


「ジョージ……ペンダントのお蔭よ……」



 わたしは崖の上でジョージと抱き合い無事を喜びあった。

 しばらくして落ち着いたので馬車へ戻ることにした。



「サラ……ケガが無くて本当によかった。あの男は本気で君を殺そうとしていた……」


「だけどジョージにはちがったわ。あなたは殺そうとしていなかった。どこの手の者かしら?」


「おそらく許婚のアレッサンドラ・ドナーティ家の者だろう……。我がモンティー家が放った刺客なら、サラを殺そうなどと絶対にしないはずだ!」


「ジョージ……家に帰ったほうがいいわ! ご両親を安心させてあげて!」


「だめだ! 帰ったらぼくは絶対にまたアレッサンドラと結婚させられる! そんなのイヤだよ、サラ!」


「わたしだって、そうよ! あなたを絶対に離したくないわ! でも……命まで狙われるとなると話は別よ。あなただって、いつ巻き込まれて殺されるかわからないわ!」


「たとえそうだとしても、君と死ねるなら本望だよ! 誓ったろ? 死ぬまで一緒だって……」


「ジョージ……」



 ジョージの瞳がキラキラと瞬いてみえる。

 本当はジョージの家族のため、彼自身の未来のためにもわたしが身を引くべきだ。

 だけど彼の美しい瞳を見つめていると、離れがたい誘惑に心が捕らわれてしまうのだ。

 2度も愛する人を失ったら、わたしはこの先生きる希望を失うだろう。

 どうやって生きていけばいいのか。


 崖を下りて街道に戻ると、馬車の前で御者が切り殺されていた。



「どうやら木を倒して馬車を立ち往生させ、ぼくらを待ち伏せしていたようだ」


「では、わたしたちが隣国へ行くことはバレていたのね……」


「隣国の王子に頼るのはやめよう。今度は彼が危険に晒される」


「ジョージ、これからどうしたら……」


「サラ、河があるということは、近くに農場があるはずだ。とりあえず農家を探し今晩はそこに泊めてもらおう」


「そうね……ここにいては危険だわ。第2第3の追っ手が来るかもしれない。すぐにここを離れたほうがいいわ」



 わたしたちは横道を見つけ入っていった。

 幸運なことにその先に大きな農場があった。

 事情を話し1晩泊めさせてもらった。

 翌朝、親切な農場主がわたしたちを馬車に乗せ隣の村まで連れていってくれた。



「ここなら、仕事があるだろう。若い2人ならすぐに見つかるさ! 奥さん、体に気をつけてな!」


「はい!」


「どうもご親切にありがとうございました!」



 ジョージとわたしは夫婦だと思わせておいた。

 生まれて初めて呼ばれた奥さんという言葉に、わたしは幸せを噛みしめていた。

 たとえウソでもうれしかった。



――ポクポクポクポクッ。ガラガラガラガラッ。



 農場主の馬車が完全にいなくなるまで見届けるとすぐにその場を離れた。

 この村で仕事を見つけるわけにはいかない。

 次の追っ手が来る前に、遠くへ移動しなければならない。

 


「乗り合い馬車は待ち伏せされるから、やめたほうがいいな。馬を買ってそれに乗ろう」


「馬? わたしに乗れるかしら?」


「君は乗馬の名手だったじゃないか! こっちだ!」


「あっ! ジョージ!」



 ジョージに手を引っ張られ、村はずれの牧場へ連れていかれた。



「こら! ぼくはもう、ジョージじゃないだろ?」


「ごめんなさい、そうだったわ。あなたはカルロ、わたしはジュリアだったわね」



 わたしたちはゆうべから偽名を使っている。

 本名を名乗れないのは苦しいが仕方がない。

 牧場主とジョージが掛け合い2頭の馬を買った。

 試しに乗ってみた。



「本当だわ……乗りこなせてる……」


「だろう? ジュリアは馬の名手さ。どんな険しい山でも一緒に登っていったじゃないか! とんだお転婆さ!」



 お転婆?

 高校生のジョージによく言われた言葉だ。

 あの頃からやり直したいと現実世界でなんど願ったことか。

 その願いがいま叶ったということだろうか。



 ◇ ◇ ◇ ◇


「アレッサンドラ姫! 刺客が帰ってきません!」


「なんだと! 失敗したのか!」


「それが……隣国との境の河で虐殺事件があったそうです。乗り合い馬車の御者と乗客がぜんいん殺されました。犯人は不明。近くの崖の上に滑り落ちたような靴跡が2つ残っていました。すぐ下の低木に農婦のスカートの端が引っ掛かっていたそうです」


「では、ジョルジオさまとサラは死んだのか?」


「わかりません。刺客も行方不明ですので……」


「この役立たずが! 引き続き近辺を調査しろ! 生きていれば必ず誰かに助けを求めるはずだ!」


「ははっ!」



 ◇ ◇ ◇ ◇



――パカパカパカパカッ!


――パカパカパカパカッ!



 わたしとジョージは馬を駆り、できるだけ遠くを目指した。

 幸い天気がよかったので距離をたくさん稼げた。

 途中、川のほとりで一休みして葡萄酒とパンを食べた。



――チチチチチチッ! チッチッ!



「のどかでいいわ……恐ろしい出来事を忘れさせてくれそう」


「サラ……君を辛い目に遭わせるのは忍びない。どうか許して欲しい」


「ジョージったら! 危険は覚悟の上じゃない! あなたさえいてくれれば、わたしは幸せよ……」


「サラ……」


 

 情熱的なジョージのくちづけを受ける。

 また彼と堂々とキスが出来る日がくるだなんて。

 夢でもいい。

 もう1度、彼との未来に希望を持ちたい!



――ガサガサガサッ!



 草むらから物音がした!



「だれだ!」


「ヒョッヒョッヒョッヒョッ! これはこれは……新婚カップルさんかい? 申し訳ない、邪魔したね」



 黒いマントを羽織り杖をついた老婆だった。

 腰が曲がりかなりの老齢のようだ。



「いいえ、こちらこそ。びっくりしてしまって、すみませんでした」


「あんたたち、どこへ行くんだね?」


「特には決めていません。静かに暮らせるところはないかと探しているところです」


「そうかい、そうかい! だったら、いいところを知っているよ! こっちだ!」



 老婆はわたしたちに手招きをしながら、意気揚々と脇にあった山道を登りはじめた。



「おばあさん! 待って!」


「ジュリア、あの老婆、信用できるのかな?」


「悪い人ではなさそうよ?」


「そうか? じゃあ……君の勘を信じて付いていってみようじゃないか?」



 ◇ ◇ ◇ ◇



 ジョージとわたしは老婆の後をついて山の上までやってきた。



「ここじゃよ!」


「まあ!」


「ここは……?」



 目の前に寂れた小さな山小屋があった。

 もう何年も人が住んでいないようだ。

 ところどころに穴が空き、壁も窓も草に覆われ苔むしている。



「古い家だが丈夫に出来ておる。少し修理が必要じゃがな。村の者を手伝いに来させよう。ここはわたしが前に住んでいた家だ。今は下にある村に住んでおるが、ときどきこうして見回りにくるんじゃ。できたら朽ち果てぬように誰かに住んでもらいたい」


「では、わたしたちにここを?」


「勝手に住み着いてもよろしいのですか?」


「できたらそうして欲しい。新婚さんじゃろ? 金はいらんから管理だけ頼むよ。裏に泉が湧いとるし、南側に畑もある。手前の木には果物も生るぞ! 子育てするにはいい環境じゃよ!」


「すてきな場所だね! ジュリア……ここに住まないか?」


「そうね……草原もあるから、牛や山羊も飼えそうよ」


「では、そうしよう! おばあさん、ぼくはカルロ、彼女は妻のジュリアです。共に17歳です。よろしくお願い致します」


「どうぞよろしくお願い致します!」


「ヒョッヒョッ! わしは里の村に息子夫婦と住むマジョリカだ。何かあったら頼るがいい。さっそく村に戻って応援を頼んでやろう! いそがしくなるよ!」


「はい! さあ、ジュリア! まずは掃除からだ! ぼくは薪を用意するよ!」


「わかったわ! 水を汲んできましょう! お湯を焚いてそれから……」


「ヒョッヒョッヒョッ! これからだ! がんばるんだよ!」


「「はい!」」



 ◇ ◇ ◇ ◇



「アレッサンドラ姫! 刺客の消息が途絶えたあたりで、若い夫婦を泊めたという農場主を突き止めました!」


「それで!」


「近隣の村へ連れていったそうです。ですがその後の消息はつかめていません。そのような二人連れを乗せたという乗り合い馬車も見つかりませんでした」


「またか! 役に立たない報告はいらぬわ! とっとと出ていけ!」


「ははっ!」


「う~ぬ、ジョルジオさま……いったいどこにいらしたのか。にっくきアミデーイ家のサラめ! 絶対に許すものか!」



 ◇ ◇ ◇ ◇



 その後わたしとジョージは一生懸命を家を磨きあげた。

 マジョリカは約束どおり村の人を手伝いに寄こしてくれた。

 男たちはジョージと一緒に家を修繕し畑を耕し新居祝いに山羊と牛をくれた。

 女たちは食料を持ち寄り一緒にごちそうを作ってくれた。

 針や糸も持ってきてカーテンやクッションをこしらえてくれた。

 あっという間に廃墟だった山小屋が1軒の素晴らしい新居へと様変わりした。

 わたしはうれしくて、ジョージに抱きつき思わずキスをした。

 皆がわたしたちを歓迎し祝福してくれた。

 それがとてもうれしくて、わたしは1日中笑い続けた。

 こんな風に心から笑えたのはいつ依頼だろう。

 改めてジョージといられる幸せを噛みしめていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 夜が更け、村人たちは暗い山道を帰っていった。



「カルロ、わたしとっても幸せよ! 幸せすぎて恐いぐらい……」


「それはよくないな、ジュリア! 幸運を恐がってはいけないよ? もっと幸せになれるよう願おう! 誰よりも……」


「カルロ……」


 

 今のこの状態が本当に信じられない。

 ジョージを想い橋の袂に佇んでいたのは、たった十日ほど前のことなのに。 

 今は異世界で彼と所帯を持っている。

 こんなに幸せでバチが当たったりはしないだろうか。

 漠然とした不安はやがて1つの形となって現れた。

 だが、このときはまだそんな未来を知らなくて、ただただ幸せに酔いしれていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「カルロ! お昼にしましょうよ!」


「ああ! ジュリア! そんなに走らないで! 転んだりしたらお腹の子が……!」



 あれから1年。

 わたしのお腹にはジョージの子供が宿っていた。

 もうすぐ臨月だ。

 初めての子供の誕生にジョージもわたしも喜びに沸いていた。


 

「あなた! 動いたわ! ほら!」


 

 おなかに彼の手を添える。

 


「ほんとだ! 元気そうだね? ぼくらの子だ……ジュリア……」


「カルロ……」



 明るい太陽の下でよく日に焼けたジョージの笑顔が輝いている。

 すっかり農夫のように黒くたくましくなったジョージ。

 追手の魔の手も忘れ2人は仲睦まじくここまで歩んできた。

 わたしは現世のことはすっかり忘れ、この夢の世界の住人になりきっていた。

 待望のジョージの子供が産める!

 どんなに欲しいと願ってきたことか!


 

「サラ……すっかり手が荒れて……なれない畑仕事や家事でたいへんな思いを……」



 ジョージがわたしの手を取り悲しそうに見つめた。



「何を言うの! こんなこと! 元の世界じゃ当たり前のことよ! あっ……なんでもないわ。それより、やっと白いパンが食べられるようになったわね」


「そうだな……畑も順調だし、子供が生まれたら牛をもう1頭飼おう。りんごの木を植えて、君の大好きなひなげしの花畑を作ろう!」


「ジョージ……ありがとう。きっとこの子もあなたを誇りに思うわ。幸せになりましょうね」


「そうだね……生まれてくる子供のためにも」



 ◇ ◇ ◇ ◇


 

 その夜、陣痛がきた。

 ジョージがお湯を沸かしマジョリカを呼びにいってくれた。



――キイッ! バタバタバタバタッ!



「ジュリア! マジョリカが来てくれたぞ! しっかり!」


「ハアハア……カルロ……」


「さあ! 桶に湯を張っておくれ! ジュリア! 大丈夫、わたしがついてるよ!」


「マジョリカ……どうもありがとう……」



 やがて出産のときを迎えた。



「おんぎゃあーっ!」



 元気な女の子だった。

 幸い安産で、すぐに抱かせてもらった。



「べっぴんさんだよ! 将来はお姫さまみたいな美人になるだろうよ!」


「ジュリア、よくやったな……ぼくらの子だ……どうもありがとう」



 娘はジョージにそっくりだった。

 わが子を腕に抱きしめながらわたしは、いつまでも歓喜の涙を流していた。


 この子のためにこの異世界を生き抜きたい!

 この子の幸せのためならなんでもする!

 心に誓いながらこの幸せに感謝した。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「なんですって! では、ジョルジオさまのいなくなった村の牧場で、そのころ馬を買ったカップルがいたのね?」


「はい。しかも、女の方は乗馬の名手だったとか」


「ますます怪しいわ! サラ・アミデーイは乗馬の名手だったはずよ。間違いないわ! その2人の足取りは、どうなってるの?」


「それが……わかりません」


「おまえと言うやつは!」



 アレッサンドラが扇で従者を打とうとした!



「お! おやめください! もう1年も前の話ですが、しらみつぶしに聞きこみをしております! 時間をいただければどうにかなるかと……」


「まったく! でもまあ……ここまで待ったのだから、それもいいでしょう」


「アレッサンドラさま。そんなことより隣国の王子がいらしておりますが……」


「まあ! ほんとう? すぐにお通ししてちょうだい!」


「はい」



 ◇ ◇ ◇ ◇



 それから更に3年の月日が経った。

 わたしは2人目を身籠っていた。



「ママー!」


「まあ……フランどうしたの?」



 娘のフランチェスカ、フランが、ジョージによく似た顔を傾げながら1輪のひなげしを差し出した。



「パパがこれをママにって! お誕生日だから!」


「まあ! うれしいわ! ありがとう!」


「ジュリア、二十歳の誕生日おめでとう!」


「カルロ! 覚えていてくれたのね? とてもうれしいわ」


「本当は指輪やドレスをプレゼントするべきなのに……アミデーイ家の方たちに申し訳ない」


「そんな! だったらモンティー家にはもっと申し訳ないわ。あなたは次期皇帝になるお方……」


「シーッ! 滅多なことを言うもんじゃない! 昨日、村に4年前にこの辺りを馬に乗った2人組みの男女が来なかったかと聞きこみに来た者がいるらしいんだ」


「なんですって! そんな……どうしよう……」


「村の人たちは黙っていてくれたそうだ……。だけど、この先どんな迷惑を掛けることになるかわからない……。ジュリア、ぼくたちはここから離れたほうがいいのかもしれないな。君は子供が生まれるまでマジョリカの親戚の家に身を寄せるといい。ぼくは、どこか遠くへ出稼ぎに……」


「いやよ、カルロ! わたしも一緒にいくわ! あなたと離れるのは絶対にイヤ!」



 わたしはジョージの胸に泣き崩れた。



「ママ……どちたの? お腹、痛い? 赤ちゃん?」


「フラン、なんでもないよ。フランは、ここを離れて遠くに行っても良い子でいてくれるかな?」


「こっから? そしたら牛さんは? ヤギさんも……マジョリカおばあちゃんも?」


「フラン……いつかはみんなとお別れしなくちゃいけないときがくる。それが早まったんだ。赤ちゃんのために我慢してくれるか?」


「我慢……うん! わたしおねえちゃんになるから、我慢する! 牛さんとヤギさんにバイバイする! マジョリカおばあちゃんにも……」


「フラン……ごめんね。わたしたちのせいで……」


「ジュリア、もっと前向きに考えよう! ほとぼりが冷めたらまたここに戻るんだ。それまでどこか遠くへ行こう」


「そうね、カルロ……わかったわ。しばらくここを離れましょう。ただし3人一緒に!」


「そうだな、家族が離れ離れになるのはよくない。一生一緒だよ! なっ? フラン?」


「うん! 一緒! 赤ちゃんも一緒!」


「フラン……そうね、みんないつまでも一緒よ!」



 3人でかたく抱きしめあった。

 胸に輝く星型のペンダントに目をやった。

 この復活の証がある限り大丈夫。

 わたしたちは離れ離れには決してならない、なりようがない。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「アレッサンドラ姫! ジョルジオさまらしき男を発見しました! 村の者たちが隠し立てしておりますが、間違いないでしょう!」


「おお! やっとまともな情報をもたらしたか! サッサとその男を引き立てろ!」


「それが……妻と女の子がいるようで……」


「なにい! 子供だと! 許せん! いいから、子供も一緒に引き立てろ! 女はどうせ、アミデーイ家のサラであろう! 女は殺してよいから、ジョルジオさまとその子供を連れて参れ!」


「はい、わかりました!」


「それにしても……ジョルジオさまにお子が……なんとくやしいことよ!」



 ◇ ◇ ◇ ◇



「ジュリア、疲れたかい? すまない、身重の身で……」


「ハアハア……大丈夫よ。でも、少し休みましょうよ」


「さんせい! お腹すいた!」


「まあ、フフフフ……フランったら! くいしんぼうさんね!」


「では、そこの噴水に腰掛けてパンとチーズを食べようか、フラン、パパの膝においで!」


「ワーイ!」



 わたしたちは山の家を出て都会へ降りた。

 人の波に紛れたほうが見つからないだろうという考えからだ。

 マジョリカたち村人はわたしたち一家を引き止めてくれた。

 だけどこれ以上あの場所に滞在したら必ず迷惑が掛かる。

 最悪の場合を想定し逃げ出すことにした。


 馬があったので短時間で距離が稼げた。

 だが、馬は足がつきやすいと気づき途中で売って歩きに切り替えた。

 フランは牛や山羊、マジョリカや村人たちとの別れに続き、生まれたときから一緒にいた2頭の馬との別離に泣いた。

 こんな小さな女の子をこのような辛い目に遭わせてしまうとは。

 わたしはなんのためにこの異世界に来たのだろう。

 ジョージとの愛がこんなにも周囲を不幸にしてしまうとは。

 現実世界でも異世界でもわたしたちは結ばれてはいけない運命なのだろうか。

 少し自分に自信を失いかけていた。



「赤ちゃんにもー!」


 

 フランがわたしのおなかにパンを食べさせようとする。



「フラン、まだ赤ちゃんはパンは食べられないんだぞ。まずはミルクからだ!」


「わたちのミルクあげるー!」



 フランが、自分が飲んでいたミルクを差し出した。



「ハハハハ! フランはえらいな! 少ししかない自分の食べ物を差し出すんだから! いいおねえちゃんになれるぞ!」


「えへへへー」


 

 そうだった。

 わたしはこの子たちの母親だ。

 そして正式ではないがジョージの妻だ。

 彼らのために強くたくましく生きなければならない運命なのだ!



 ◇ ◇ ◇ ◇



 食事を終えたあと、しばらく人ごみに混じって話をしていたジョージが帰ってきた。

 


「ジュリア! 近くの農場で日雇いの農夫を探しているらしい。敷地内の小屋に家族で住んでもいいそうだ」


「あなたが雇われの農夫……ご家族の方がなんと思うか……」


「いままでもそういう生活を送ってきたじゃないか? 仕事と住む場所があるだけましさ! さあ、行ってみよう!」



 ジョージの前向きな態度にはいつも感心させられる。

 そういえば、彼は現実世界でもこんな風にいつも前向きだった。

 政略結婚の話も何度も断ると言ってくれた。

 最後の最後で別れを選んだのは自分だ。

 相手の家族や譲二の未来を思い量って。


 今になって考えてみると、果たしてそれでよかったのだろうか。

 結局いちばん辛い思いをしたのは譲二だった。

 愛する人のためを想うなら、彼が1番しあわせだと感じられる人生を歩ませてあげるべきだった。

 わたしは現実世界で大きな選択ミスを犯してしまったのではないか。

 それを気づかせるために、異世界の扉がわたしの前に開いたのだろうか。


  

 ◇ ◇ ◇ ◇



「アレッサンドラ姫! 村からジョルジオさまとサラが逃げ出しました! 娘も一緒です!」


「なんだと! なぜいつも後手後手にまわるのだ! 居場所の目星はついておるのか?」


「それが……逃走に使われた馬を売った場所まではわかったのですが、その後の足取りが……」


「なんじゃと! また振り出しに戻ってしまったではないか!」


「もうしわけございません……」


「よい! わらわが指揮に立つ! 絶対にジョルジオさまをあきらめるものか! サラめ! 目にもの見せてくれるわ!」



 ◇ ◇ ◇ ◇



「おんぎゃー! おんぎゃーっ!」


「まあ……なんて元気な男の子! カルロさん! おめでとうございます! 無事にお子さんが生まれましたよ! 母子共に健康ですよ!」


「お産婆さん! どうもありがとうございます! ジュリア! 大丈夫か!」


「ママー!」


「カルロ……わたしたちの息子、フランの弟のパオロよ……」


「ジュリア、ありがとう……ぼくたちの愛の結晶だ……愛しい息子よ……」


「パオロ! いっぱいあそぼうね!」


「カルロ……フラン……」



 農場に住み込みで働きはじめた翌年。

 わたしは無事に出産を迎えた。

 カルロとフランと共に家族が増えた喜びを噛みしめていた。

 今回も安産で、わたしによく似た金髪碧眼のかわいい男の子だ。 

 本来ならモンティー家の跡取りとなる息子だった。


 農場の仕事は順調だった。

 農場主の家族もとても良い人でとても懇意にしてくれた。

 近隣住民とも仲良しでカーニバルなどにも家族で揃って出掛けた。

 自然と人に恵まれた環境は子育てに最高だった。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 そんなある日のこと。

 6ヶ月になったパオロが熱を出してしまった。

 農場主の馬車に乗り息子と町医者の元へ向かうことになった。



「ジュリア! パオロを頼む!」


「ママー! パオロー!」


「カルロ! フラン! あとをよろしくね!」


「だあっ……」


「よしよし、パオロ大丈夫よ。すぐだからね」



 遠ざかっていく農場と夕暮れに佇む仲睦まじい父と娘の姿。

 だんだんとそれは黒いシルエットになり消えていった。

 それらを目に焼き付けるようにして馬車に揺られながら、熱に苦しむパオロを抱きしめ町へと向かった。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「アレッサンドラ姫! やっとジョルジオさまを見つけました! 金を渡して聞いてまわったかいがありました! 今、仲間が向かっております!」


「そうであろう? 金の力は偉大だ! 最初からそうしておけばよかったのだ、愚か者めが! すぐに参るぞ! サラは見つけ次第殺せ!」


「ははっ!」



 ◇ ◇ ◇ ◇



 医者に薬をもらいパオロの熱はすぐに下がった。

 いま彼はスヤスヤと眠っている。



「よかった……パオロ、すぐにパパとフランの元に帰ろうね?」



――ガラガラガラガラッ、ガラガラガラガラッ……。



 馬車に乗り家路をいそいだ。

 ムシの知らせだろうか。

 こんなときに携帯でもあればジョージと連絡が取れるのに。

 そんなことばかり考えていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「奥さん、気をつけて!」


「どうもありがとうございました! たいへん助かりました!」



 夜遅くに農場に到着した。

 馬車の御者にお礼を言って家に向かった。



「だあっ……だあっ……うわああーんっ!」


「どうしたの、パオロ? おうちに着いたわよ。泣かないで……どうしたのかしら?」



 いつもは大人しいパオロがぐずりはじめた。

 馬車の中では大人しくずっと寝ていたのに。

 わたしは早くジョージとフランの笑顔が見たくて、速足で家に向かっていた。



「カルロー! フラン! パオロが元気になったわよー!」



――バタンッ!



「えっ……これは……!」



 ドアに鍵は掛けられていなかった。

 それどころか、家の中はすごい惨状となっていた!

 部屋中の物は全部ひっくり返され、カーテンやクッションは引き裂かれている!

 子供のおもちゃや鍋釜が床に散乱し、割れた食器や花瓶があちこちに破片となって飛び散っていた!



「いったいこれは……カルロ! フラン! どこなのー!」


「うわあああーっん!」



 誰の返事もない。

 


――バタン、バタンッ



 風に吹かれた扉が、虚しく開閉しているだけだった。

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