表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

第1話

「譲二……なぜ……?」


「サラ! サラ……」



 譲二はわたしに近づくとすぐに抱きついてきた!

 懐かしい匂い。

 ぬくもり。

 そのすべてが叶わぬものと思っていたのに。



「譲二……どうして……! どうしたの? その格好!」


「格好? ああ、ビショビショなのは河に飛び込んだからだ! どこかで着替えを……」


「そうではなくて! その……」



 沙羅は不思議で仕方がなかった。

 譲二の格好はどう見ても西洋の装束だ。

 白いブラウスはタックをいっぱいつけて膨れ上がり、ビロードの上着は金糸銀糸で装飾されている。

 ふっくらとしたズボンに白いタイツ、尖った靴。

 まるでおとぎばなしの王子さまのようだ。

 譲二はクウォーターなので外人のような顔立ちをしていた。

 今は夜目にもわかるほどハッキリとした西洋人の面差しだ。

 髪も目も茶色い。

 星をかたどったペンダントをしている。

 その模様はどこかで見たことがあるような気がする。

 


「なにが? いつもどおりだよ? 今日は婚礼だったから、いつもより豪勢な飾り付けの服装だけど」


「いつも……どおり?」


 

 何かがおかしい。

 そういえば周りの風景はまるで中世ヨーロッパだ。

 イタリア辺りだろうか?

 素焼きレンガで出来た西洋風の家や教会の高い塔が見える。

 運河も日本の川より遥かに広くて深そうだ。

 今渡ってきた橋も木製ではなく石で出来ていた。

 しかも屋根まで付いている!


 ふと、足元に目がいった。

 長いスカートを穿いていた。

 いや、これはドレスだ!

 しかも、中世のお姫さまが身につけているような裾がふっくらと広がった豪華な衣装だ。

 コルセットで膨らませている。

 自分の髪もよく見ると金髪だ!

 いったい、いつ染めたのだろう?



「サラ! いつ追っ手がくるともわからない! ここは危険だ、逃げよう!」


「逃げる? 追っ手?」


「さあ! こっちだ!」



――タッタッタッタッ! コツコツコツコツッ!



 譲二はわたしの手を掴むと、彼が来た方向へと走りはじめた。

 夜闇に足音だけが響き渡る。

 橋を渡り終わりると石畳を進みはじめた。


 この不可思議な異世界はいったいどこなのか。

 譲二と手を繋ぎ走りながら、過去の自分を思い出していた。



 ◇ ◇ ◇ ◇


 

 門田譲二と知り合ったのは高校生のときだった。

 彼はわたしの中学からの初恋の人だ。

 中学生の頃からかっこよくて有名人だった彼は近隣の学校でも人気の的だった。

 わたしは譲二とは別の中学校に通っていたが、通学路の橋の袂でよくすれ違った。

 ステキな彼を眺めてはひとりタメ息を吐いていた。

 淡い初恋で終わるはずの想いは、偶然が重なり同じ私立の高校で隣同士の席となったことから本物の愛へと変化を遂げた。

 橋の袂で告白され、すぐに付き合いはじめた2人。

 互いの瞳の中に将来の自分たちを思い描いていた。


 譲二は背が高く彫りの深い顔立ち。

 モデルのように目立つイケメン男子でバスケ部のエースだった。

 わたしはスレンダーな身体と美しいと言われる容姿を持っていた。

 だが、譲二とは生活レベルがまったくちがった。

 彼は大きな事業を営む旧家の1人息子。

 なのに世間知らずの2人の若者が思い描く未来は、常に明るく輝かしいものだった。

 

 悲劇は大学を経て社会人になろうとしていた頃に起こった。 

 譲二の家業が傾き、再興には大手取引先の企業との婚姻を結ぶことが条件にだった。

 わたしたちはそれがどうしても納得できず、駆け落ちを考えた。

 たとえ生まれ変わっても絶対に一緒になろうと2人は心に強く誓いあった。


 だが、最終的にわたしが折れた。

 涙を飲んで彼を花婿として見知らぬ女性の元へ送り出した。

 身が裂かれる想いだった。

 あのとき自分は死んだ。

 永遠に。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「ハアハア……譲二、どこへ行くの?」


「サラ! 聖堂の裏にある小屋に着替えが置いてある。当面生活できるだけの金貨も用意してある。農夫に化けて田舎へ逃げよう! 農場で夫婦として雇ってもらうんだ。ついてきてくれるかい?」


「そんな計画が……あなたが望むなら、わたしはどこまでも行くわ。たとえそこに苦難が待っているとしても!」


「おおぅt! サラ! 愛しているよ! 永遠に……」


「譲二……」



 かたく抱き合い譲二とキスをした。

 そのまま2人で走って聖堂の裏へ向かい、小屋に用意されていた服に着替えた。

 譲二が用意してあった金貨は盗まれていた。

 嫌な予感がした。

 不幸のはじまりかもしれない。

 けれどこのさき、譲二のいない生活する苦しみ以上の不幸があるだろうか。

 彼がいてくれさえすれば、地獄の生活にも耐えられる。

 


 ◇ ◇ ◇ ◇



――ポクポクポクポクッ。ガラガラガラガラッ、ガラガラガラッ!



 良いお天気だ。

 乗り合い馬車を見つけ2人で乗り込んだ。

 わたしのドレスのポケットに金貨が数枚入っていたので、運賃と食料を買うことができた。

 

 譲二の話を組み立てるとこうだ。

 ここは異世界で千二百年代のイタリアに似た都市。

 譲二はジョルジオ・モンティーという名家出身の貴族だ。

 わたしはサラ・アミデーイ。

 同じく名家出身の貴族の娘で2人は共に16歳。

 去年の舞踏会で初めて出会い将来を誓い合う仲になりすぐに婚約した。

 だが、ジョルジオ、愛称ジョージはアミデーイ家と対立するドナーティ家の娘との結婚を強要されてしまう。

 ドナーティ家の娘が街なかを歩いていたジョージを見初めたからだ。

 モンティー家はサラを裏切りジョージをドナーティ家の娘と婚約させた。

 ジョージとドナーティ家の花嫁行列は昨日、サラの一族アミデーイ家により橋の上で襲撃された。



「ジョージは我が一族が花嫁行列を襲撃すると知っていて、逃げる準備をして河に飛び込んだのね」


「アミデーイ家は最初からぼくを殺すつもりはなかった。逃がしてくれる算段だった。サラは橋の袂で待っている約束だった」


「そう……でも、これでよかったのかしら? 何も知らないあなたの一族モンティー家の方たちは、さぞや嘆きか悲しんでいることでしょう」


「知ったことか! サラを平気で捨てるようなヤツラだ! 許してやるもんか!」


「ジョージ……」


「サラ……」



 馬車は田舎道をどこまでも進んでいった。

 永遠に終わらない旅に出発したような、そんな錯覚にとらわれていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「姫! モンティー家発行の金貨を使った男が逮捕されました!」


「なんですって! どこで?」


「それが……使用した男が言うには、聖堂の裏の小屋で拾ったそうなんです。農夫の服がありその中に隠してあったと」


「それで! その農夫の服は?」


「わたくしどもが探索したところ、服は無くなっていました。その代わりジョルジオさまの婚礼衣装と女物のドレスが置いてございました。アミデーイ家は否定していますが、行方不明になったサラ令嬢の物かと思われます」


「なんですって! では、ジョルジオさまはサラと一緒に逃げたというの? 追え! その2人を! 地獄の底まで追い詰めて連れ戻すのだ! 絶対に!」


「はっ! 必ずや、アレッサンドラ・ドナーティ姫のために!」



 ◇ ◇ ◇ ◇



――ポクポクポクポクッ。ガラガラガラガラッ、ガラガラガラッ!



 馬車に乗り5日目が過ぎようとしていた。

 こちらの生活にもすっかり慣れた。

 使われている言語は外国の言葉だがなんの不自由もなく使いこなせている。

 金貨というのはすごく高価な物のようで、たった1枚で2人分の馬車代から日々の食事代まで十分に賄えていた。



「ジョージ、どこまで行くの?」


「隣国だ。知り合いの王子がいるんだ。あと3日もあれば到着する。あの山の向こう側なんだ。迂回していく」


「不安だわ……追っ手は大丈夫なの?」


「わからない。この策略に気づいて追ってくるとしたら、結婚相手だったアレッサンドラ・ドナーティ姫の手の者だろう」


「恐いわ……」


「サラ……おいで」


「ジョージ……」



 ジョージが馬車の中でわたしをきつく抱きしめた。

 この腕が再びわたしの元に戻ってくるなんて!

 あんなにも泣いて別れた2人なのに。

 ジョージの胸にもたれいつまでも喜びに浸っていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇



――ガタンッ!



「きゃあっ!」


「うわあっ! なんだー!」



 夜に差し掛かり、空には満月がのぼりはじめていた。

 広い街道の真ん中に木が倒れていて馬車が乗り上げてしまった。

 御者がやってきて乗客に説明をはじめた。



「車輪がはずれちまって、あしたの昼にならないと修らないんでさあ。どこかその辺で休んでいてください。このあたりはコヨーテもいないし、月夜で足元も明るい。そこの脇道を下ると河があります。上ると崖の上に出ます。星がきれいですから見にいってはどうですか? パンと葡萄酒を配っておきます。あしたの午後に出発しますんで、いない人は黙って置いていっちまいますから」



 そう言うと御者は皆にパンと葡萄酒を配りはじめた。

 乗客たちは仕方なく馬車を降りた。



「ジョージ、どうする?」


「サラ、せっくだから崖の上まで星を見に行ってみないか?」


「知らない場所だわ。危険じゃないの?」


「大丈夫。河を越えたからここはもう隣国だ」


「そうなの? では、行ってみましょうか!」



 不安ではあったが、星を見るというロマンチックな誘惑には勝てなかった。

 ジョージと2人で脇道を上った。

 他の乗客はみな下りていった。

 河で喉を潤すつもりらしい。

 


「わあーっ!」


「これは……」


 

 着いた先は満天の星が広がる天然のプラネタリウムだった!

 こんなに美しい星空を見たのは初めてだった。



「そうだ、サラ! これを君に……」


 

 ジョージが胸に輝くペンダントをはずし、サラの首にかけてくれた。

 それは本物の星のようにキラキラと瞬いていた。



「これは我が家に伝わる紋章で、復活の願いが込められているそうだ。橋にもこの紋章が刻まれていたろう?」


「そうね、そういえば……」



――キャアアアアーッ!


――ワアアアアーッ!


――ギャアアーッ!



 崖の下から断末魔の叫びが聞こえてきた!

 いそいでジョージと崖の下を覗いた!

 

 

――眼下には惨状が広がっていた!



 馬車の乗客たちが黒装束の男に次々と切り殺されていく!

 背筋に戦慄が走った。



「たいへんだわ……」


「サラ! 早く戻ろう! 街道へ……!」


 

――ダッダッダッダッ!



 崖に通ずる道を誰かが上がってきた!



「助けてくれー! ギャアアアーッ!」



――バサアアアーッ!


――ドサリッ!



 逃げてきた男が後ろから切りつけられ倒れた!

 黒装束の男が剣を構え、こちらに向かってくる!



――タタタタタタッ!



「サラ! 危なーい!」



――ドンッ!


――ザザザザッ!


 

 ジョージはわたしを突き飛ばすと、黒装束の男に向かっていった!



「ジョージ!」


「ジョージだと? おまえがジョルジオ・モンティーか?」


「なんだと! 追っ手か? サラ! 逃げろ!」



――ドカッ!



 ジョージが男の剣を蹴り上げた!



――ザクッ!



「ジョージ!」



 剣はわたしの目の前に飛んできて地面に突き刺さった!

 すかさず地面から剣を抜くと男に突きつけた!



「命だけは助けてやる! とっとと失せなさい!」


「さすがアミデーイ家の令嬢だけのことはある。剣のお手前も立派ですな。しかし……脇が甘い!」



――ダンッ!

 


「きゃあっ!」


「サラ!」



 とつぜん駆け寄ってきた男が、剣を持つわたしの手を取りねじ上げた!

 


――カツーウウウウーンンンンッ! パシャンッ。



 剣はわたしの手を離れ、眼下に広がる河の濁流へと飲み込まれていった。

 わたしと男はいつの間にか、崖の淵に立っていた!



「サラを離せっ!」



 ジョージが男に飛び掛かった!



――ドンッ! ズザザザザザーッ!

 

――ガラガラガラガラーッ!



「ウワアアアーッ!」



 男が真っ逆さまに崖下へ転がり落ちていく!

 


――ズズズズッ、ズザアアアアーッ!



「きゃああああーっ!」


「サラーアアアアーッ!」



 男にスカートの裾を掴まれたわたしも、一緒に落ちていった! 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ