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魔女の遍歴  作者: 天谷あきの
魔女の日常

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武器(2)

「ジェシカ」

「……何よ……!?」


 振り返ったジェシカの手を掴み、指輪を嵌めた。振りほどこうとするジェシカの手を必死で押さえつける。


「あなたの魔力を吸い取って利用してたっていうなら、証拠を見せて。わたしがあなたやミランダに近づくだけであなたたちの魔力が減るっていう証拠」

「放してよ!!」

「嫌だ!!」


 怒鳴り返してやるとジェシカは怯んだ。マリアラは彼女を睨んだ。


「憶測や思い込みで人を攻撃するなんて、絶対やっちゃいけないことなんだよ。いつまでもわたしがそんな理不尽を許したままでいるなんて思わないで」

「……何ですって……!?」

「ほら、数値が出た。見て」


 ジェシカの親指に填まった指輪に表示されていた数字は、先日みた自分の値とは桁が違っていて、それが少し哀しい。マリアラはジェシカに見えるように彼女の手を持ち上げて見せた。


「これから五分、わたしがあなたと一緒にいて、この数値が変わらなかったら、『近づくな』というのは理不尽な言いがかりだってわかるよね。そうしたら謝罪してもらう。絶対許さない。絶対絶対、引き下がったりしない。魔力が弱いというのは事実だけど、このことに関しては、事実無根の言いがかりだって証明してみせる」

「この数値が何だって言うの。魔力値だとでも言うつもり?」

「そうだよ」

「こんな指輪で計れるわけないじゃない。こんな魔力計測器、見たことない」

「計れるよ。見たことないのは当然だよ、これは、わたしのルームメイトが作ってくれたものだもん」


 それも、マリアラだけのためにだ。

 ラセミスタはきっと、ジェシカがその内これを言い出すことが、わかっていたのだろう。


「つく――作った?」

「わたしのルームメイトはリズエルなの。腕は確かだから、こんなに小さくても――」

「リズエル。ラセミスタ=リズエル・シフト・マヌエルね?」


 その言い方に、マリアラは、指輪から目を離してジェシカを見た。ジェシカは微笑んでいた。攻撃の糸口を見つけた、というように。


 彼女の後ろにいたミランダが、早足で歩き出した。それは目の隅に見えたけれど――


「あなた、ラセミスタって子がどんな子か、知らないの?」

「どんな――?」

「そんなの偽モノに決まってるじゃない。ラセミスタ=リズエル・シフト・マヌエルはねーえ、嘘つきで、偏屈で、意地悪で、特に同世代の女の子が大っ嫌いで、人を困らせるためなら何だってするのよ。魔法道具を使って人を陥れたり、平気でするんだから。そんな子が作ったものを、あなた本当に信頼してるの――」


 頭の中が真っ白になった。


「会ったこともないくせに!」


 気がつくと叫んでいた。


「――話したこともないくせに! 勝手な憶測や噂話だけでっ、わたしの友達を侮辱しないで!!」

「……ジェシカ」


 気がつくとミランダが戻ってきていた。彼女は走ってきたらしい、はあはあと息を乱しながら、ジェシカのもう片方の腕を取った。ぽん、という音と共に、大きな血圧測定器のようなものが廊下に出現した。


 ミランダは、どこかから、一般的に使われている魔力計測器を持って来たのだ。

 計測器からコードを延ばして、その先に付けられたパッチを、ジェシカの手の甲に貼り付けた。


「あたしも……誰かを攻撃するならきちんと根拠を示すべきだと思う。ラセミスタが信頼できないというなら、……あの子の作った魔法道具が本当に信頼置けないものなのか、確認しないといけないと思う」

「ミランダ、ちょっと、やだっ、――どうして!?」


 魔力計測器に示された数値は、指輪に表示された数値と殆ど同じだった。ごくわずかな違いはあったが、誤差の範囲だ。


「……ジェシカ。数値はどっちも変わらないし……マリアラの傍にいても、さっきから全然減っていないわ。あなたがさっき言った言葉は、理不尽な言いがかりだった。それを、認めた方がいいと思う」


 ジェシカは魔力計測器のパッチをむしり取って、ミランダの顔に投げつけた。それから指輪を地面にたたき付けた。


「助けてあげたのに。あの時……助けてあげたのに……!」


 悲鳴のような言葉を残し、踵を返して、走り去った。ミランダが指輪を拾い上げ、マリアラに渡した。哀しそうに呟く。


「それは感謝してるんだけど……」


 マリアラは恐る恐る指輪をはめた。もらったばかりで壊れるなんて悲しすぎる。しかし指輪は数秒後、昨日と似た数値を表示した。ホッとして、指輪を撫で、それから顔を上げた。


「ミランダ、……ありがとう」


 言うとミランダは、哀しそうに微笑んだ。「あーあ、やっちゃった」と呟いて、ぺろりと舌を出す。


「ちょっと、言い訳をさせて。前ね、あたし、製薬担当の、子から、そのう……不当な扱いを、受けていたことがあるの」


 ミランダの言葉を聞いて、シャルロッテが慌てた。


「あー……今はもういない子、だよ……?」


 ミランダは哀しそうに笑う。


「そうね。もう、過ぎたこと……なのよね……。去年の冬でね、すごくすごく、忙しくて……。その子は、あたしが作った薬を自分が作ったことにして、その内、その……他の子も、何人か……やるようになって、あたしに仕事を任せて、自分たちは休んだりボードゲームしてたりってことが……続いたのよ。ううん、シャルロッテ、あなたはそんなことしなかったけど、でも……。

『あなたは魔力が強いから、これくらい平気よね』って……当然みたいに言われるのが、辛くて」


 うわあ、とマリアラは思った。

 以前も、同じ光景を見たような気がする。フェルドを初めて見た時、まさに、雪かきの仲間が彼ひとりに、仕事を押しつけるところだった。

 魔力が弱くて虐げられるのは、間違っている、と思う。

 でも、魔力が強いからと言って仕事を押しつけることも、間違っている。


「確かに、人の分まで薬を作るのは、体力的には可能だったの。でもそれが、辛くて辛くて、行きたくないって、思っていたときに、ジェシカが来たの。だから……あの時、助けてくれた。一緒に立ち向かってくれた。魔力が強いからと言って利用していいってことにはならないんだって……辛いのは当然なんだよって、言ってくれて、本当に助かったの。だから……。

 でも、でも、だからといって、魔力の弱い子たちを虐げ返すのはおかしいわよね。それはわかっていたの、でもあたし、勇気がなくて。ジェシカに見捨てられたらまたひとりになってしまうって……思って、今までずっと、見過ごしてきたの。だから……あなたに会わせる顔がないって、思って」


「ミランダ……」

「マリアラ、一昨日はごめんなさい。次の日仕事だってわかっていたのに、止められなかった。夜中に、何度か部屋の前に行ったの。魔力回復剤を渡さなくちゃって、うろうろしたんだけど……でもやっぱり勇気が出なかった。あたしホント、だめなの」


 これ返してくるね、と、ミランダは哀しそうに笑って、魔力計測器に手をかけた。と、シャルロッテがその前に、計測器を取った。キャスターを押して、歩いて行く。


「あたしが返す。医局でいいんだよね」

「え、でも……」

「ミランダ、あたしもごめんなさい」


 少し離れた場所で、シャルロッテはぺこりと頭を下げた。


「一年前、あなたが困っているのを知っていたのに。あたし新入りだったし……怖かったし……それに正直、あなたは魔力が強いから、他の人の分も手伝ってあげるのは当然……というか、まあいいんじゃないかなって思ってた。それくらい平気だろうって」

「……」

「今はもう、思っていません。ごめんなさい。あたしが浅はかでした」


 もう一度ぺこりと頭を下げて、シャルロッテは手を振った。「じゃあまたね」と言い残して、魔力計測器を押して行った。ごろごろごろごろ、静まりかえった廊下を、キャスターの音が遠ざかっていく。


 ミランダはマリアラを見て、哀しそうに微笑んだ。

「それじゃあ……」

 マリアラは思わず、その肘を掴んだ。


「わっ、悪いと思って、いるのなら、その、一昨日のこと。……オススメのお店を教えて」

 ミランダが目を丸くする。「オススメ?」

「そ、そう。わたしまだ【魔女ビル】の美味しいお店をあまり、知らないから、その……いつもルームサービスじゃつまらないし、きょ、今日は、なんか、お店で食べてもいいかなー、って」

「今日は、非番?」

「そう」

「あたしも、今日の仕事はこれで終わり」


 そう言ってミランダは、おずおずと微笑んだ。


「じゃあ、パスタ……とか?」

「うん!」

「このまま、行く?」

「行く!」

「うん」ミランダは嬉しそうに笑った。「じゃあ、案内するね」

「うん!」


 マリアラは嬉しくなって、ミランダの隣に並んだ。人通りのない廊下を、ふたりの足音だけが響いていく。


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